第2063話 新たなる活動 ――代替案――
冒険部に新たにソーニャを迎え入れ、彼女にギルドホームの案内などを行った後。カイトは一通りのギルドホームの案内を終えるとそのままユニオンのマクダウェル支部に向かい、ソーニャをユニオン側に紹介。一応の顔見せを行っておく。
そうして、そこらのあいさつ回りが終わった所で、カイトは早速仕事に取り掛かったソーニャとその補佐兼今までの引き継ぎに入った椿を横目に瞬を呼び寄せていた。
「カイト。もう良いのか?」
「ああ。これで一通りの説明は終わったし、アル達には明日来てもらう事にしている。あちらは今日一日休暇だな」
「そうなのか。午後には来ると思ったが」
「まぁ、午後は好きにしてくれ、という形だ。流石に朝は避けてもらったがな。アリスは一応ソーニャの補佐に午後から来る予定だそうだ」
確かにユニオン職員として人を覚えるのは出来るだろうが、一度に大量の人を覚える事が出来るわけでもない。なのでソーニャが覚えやすくする為にも、午前中はソラの補佐となるトリンとユニオンでも大物になるソレイユを除いて全員に休暇を出していた。
午後からも自由出勤という形で、来たければ来ても良いという形だ。まぁ、そう言っても流石にアルもルーファウスも状況がわかっているからか、どちらも結局は来なかったが。なお、アルは午後からデート、ルーファウスは溜まった報告書の仕上げを、というふうに過ごし方は正反対だったらしい。
「で、それはともかくだ。昨日渡した資料は?」
「ああ、読んだ。大体は理解した」
「そうか……でまぁ、それはそうなんだが……」
「何かあったのか?」
どこか苦い顔のカイトに、瞬が問いかける。これに、カイトは一つ頷いた。
「ああ。さっきのあいさつ回りの間に回答が来てな。案の定、<<魔術師の工房>>も大忙しだそうでな」
「やはり、か」
『リーナイト』壊滅の件で冒険者達が負った被害はかなり大きい。なのでどこもかしこもその復旧に向けて動いており、その中でも八大ギルドはかなり大忙しの状況だった。特にその中でも<<魔術師の工房>>は回復薬の作製も行ってくれている為、八大ギルドの中でもかなり忙しい部類と言って良かっただろう。
下手をすると、その忙しさは『リーナイト』にて復興の総指揮を担う<<天翔る冒険者>>よりも忙しかったかもしれなかった。
「一応、接触はしてみたが……回復薬の作製に人員を取られていて、順当に進んでも封印用の腕輪を作製出来るのは一年先だそうだ。回復薬が終わっても、先の『リーナイト』の一件で魔道具を失った冒険者は星の数ほど居る。一年でも十分早い方だ、だそうだ」
「い、一年……」
気の遠くなる話だ。瞬は返ってきた答えに、思わず乾いた笑いを浮かべるしか出来なかった。そしてそれ故、彼ははっきりと明言する。
「流石にそこまでは待てん」
「だな。こちらとしてもサブマスターが一年使い物にならない、は有り難くない」
「じゃあ、何か代替案があるのか?」
「ああ」
流石にカイトとしても瞬が一年も異族の力の暴走の危険を抱えたまま活動してもらうのは許容出来ない。が、他方彼無しで運営する、というのも中々に厳しいものがある。であれば、早急に代替案を考案するしかなかった。というわけで、彼はティナと共に考えた代替案とやらを口にした。
「無いなら無いでこっちで作っちまう。当然の話だな」
「出来るのか?」
「無理じゃあない。やりたかないからやらなかっただけで」
基本、現状を鑑みれば専門家の手で作られた物を使いたいのは事実だ。が、それが出来ないならしょうがない。カイトは言外にそう告げていた。というわけで、彼は出来るだろうという理由を口にした。
「そもそも原理としちゃさほど難しいわけでもない魔道具だ。素材やらそれを腕輪の形に加工する技術やらが必要になる、という点がネックなだけでな」
「何か手があるのか?」
「魔道具の部分は別の物を流用して、腕輪の部分は腕輪の部分でそれに合うように外注する。別に一つの所で全部を作る必要はない。出来る所で出来る様にしちまえば良いだけの話だ。無論、本物の職人が作ったわけじゃないから、その分若干性能は落ちるが……一時的な代用品ぐらいにはなる」
可能なら<<魔術師の工房>>に依頼してワンオフで作ってもらえるのが一番良いが、現状それが出来ない。なら、出来る範疇で出来る事をやるしかない。それが、カイトの答えだった。
「一時的か」
「一時的だ……そもそも半神半鬼の力を封ずるなぞ、本来はシステム側がやる領域だ。神話級の魔道具でもないと完璧な封印なぞ出来るかよ」
それを三百年でやろうとした結果が、これだ。カイトは世界達の失策に盛大にため息を吐いた。とはいえ、そんな愚痴を言われても瞬には何がなんだかだった。
「システム側?」
「世界達側だ。本来、転生に際して必要な封印措置を取るのは世界側のシステムで行うべきものだ。それが不十分になった結果、今の先輩になったわけだ」
「酒呑童子は関係ないのか?」
「無い。それどころか、彼は逆だ」
「逆?」
てっきり酒呑童子に何か原因があると思っていた。そんな様子の瞬であったが、カイトの言葉に首を傾げる。これに、カイトは状況を解説した。
「先輩の中に眠る半神半鬼の力は本来、世界側が封印措置を取るとさっき言ったな? それの本来の主は酒呑童子だ。そして彼は半神。その力と彼は密接に関係する」
「ふむ……それで、それがどう酒呑童子と関係するんだ?」
「彼でしか制御が出来ないんだよ。より正確に言えば、彼なら本来の力の持ち主なので制御可能だが、他になると相当な力を持たないと制御できない。自分の力じゃないくせに、強大な力だからな……」
やれやれ。カイトは瞬の状況にただただため息を吐く。そうして、彼は瞬にわかりやすく噛み砕いて説明した。
「まぁ、わかりやすく言ってやると、外付けのブースターだな。それが機体内部に仕込まれててある程度の出力を出すと自動的に駆動するわけだ。で、今の先輩だと制御不能なわけだ」
「なぜだ」
「……聞きたいのか?」
「ああ」
「先輩は謂わばパイロット。その腕が未熟なので振り回されてる」
「……そうか」
なるほど。それでカイトが言わなかったわけか。瞬は自身の未熟さを指摘されて、若干だが落ち込んだ様子を見せる。とはいえ、これは逆説的に彼に対して活路を告げている事でもあった。というわけで、気を取り直した彼が問いかける。
「が……そういう事は逆説的に言えば腕さえ磨けば、コントロールも出来るようになるという事なのだろう?」
「そうだな。それは否定しない。最終的には自発的に抑制が出来るようになるのがベストだ」
「なら、しばらくは腕輪に頼りつつ暴走しないように訓練し、最終的に腕輪無しでそうなれば良いだけの話か」
「そうだな」
少なくとも、瞬のこの前向きな姿勢はカイトは好印象だった。そして暴走しないようにする為に、今自分が色々と手を打っているのだ。きちんとそこがわかった上での話だったので、カイトも特に苦言は言わない事にしたらしい。と、そんな前向きな発言をした瞬であったが、ふとカイトに問いかけた。
「そう言えば……豊久さんにはこういう事は無かったのか?」
「オレに聞かれても、という所ではあるが……多分、無かったんだろう」
「そうなのか……む」
どうやら自身の話が出たからか、豊久が瞬に答えを告げていたらしい。一瞬彼がわずかに目を見開いた。
「……やはりそうらしい。が、原因はわからない、と」
「いや、それはわかっている。先に渡した資料にもあったと思うが、先輩の現状はまず滅多な事では起きない状態だ。なにせ祖先帰りに祖先の魂が転生した挙げ句、それがある程度の状態にまで研磨されて過去世が目覚めたんだからな。その程度にまでならなければ、こういう事はまず起こらんよ」
豊久の告げた答えを口にした瞬に、カイトはそれが道理である旨を告げる。わからないのはもしそうでなかった場合に、というだけだ。起きていないのなら、それは道理を損なっていないだけだった。が、これに瞬は疑問を得た。
「む? だが、多分俺より豊久さんの方が腕は上だぞ」
「それはあくまでも技術の話だ。身体能力で言えば先輩の方が上だ。更に島津豊久はあくまでも鬼の血を色濃く引いただけの人間だ。よしんば祖先帰りだったとしても、酒呑童子の血でもないしな」
「あ……そうか。そう言えばそこがあったか」
ここで重要だったのは、祖先帰りが起きている事だ。それが前提にある。である以上、他の鬼の血を引いている島津豊久が瞬と同様の状態になるという可能性はかなり低いと思われた。というわけで、この話に納得した瞬は改めて本題に戻る事にした。
「で、カイト。一つ聞きたいんだが、どの程度の力を持てばコントロール出来るようになるんだ?」
「そうだな……実際、先輩がコントロールするべきなのは神の力だ。鬼の力を暴走させている原因はそっちだからな」
「……神の力か」
「ああ」
どこか嬉しそうな瞬に、カイトは瞬もまた男の子なのだな、とそんな感想を抱く。神の力や龍の力と言われるとなんとなくだが興奮する、という所だった。が、それをする為にも、まずはしないといけない事があった。
「とはいえ、だ。そのためにもまずは腕輪を何とかする必要がある」
「……そうだった。そう言えば、それにはどうすれば良いんだ?」
「そこが、悩みどころでな。まぁ、封印部分ぐらいはウチでなんとかしたい、所ではあるんだが……」
「流石にそれは……厳しいな」
現状、冒険部の技術班は総勢として転移術の調査に取り掛かっており、そちらが重要である事は瞬も十分理解していた。なので彼としてもそちらの人員を自身に割いてもらうのはなるべく避けてほしい様子だった。
「だろうな。というわけで、しょうがないから知り合いにあたる」
「知り合い?」
「前にオレが眼帯をしていたのは、覚えてるか?」
「ああ。通信機を作ってる時だな」
あの時、確かカイトは異界の魔物と戦って目を負傷したんだったか。瞬はそれを思い出す。そして魔眼の暴走が起きてしまい、眼帯を装着していたのであった。
「ああ。その眼帯を作ってくれた奴なら、本業側の知り合いで一人か二人封印の魔道具を持ってる奴知ってないかとな」
「そうなのか?」
「あの眼帯は魔眼封じ……そして魔眼関連の魔道具は基本、万が一の暴走に備えた封印装置の役割も兼ね備えている。より効率的な封印を行う為に、という事でそっち系統の知り合いも少なくない」
「なるほど……」
確かに言われてみれば尤もだ。瞬はカイトの告げた言葉の道理を理解して、一つ頷いた。魔眼で一番怖いのは暴走だ。なので眼帯に限らず魔眼の制御に影響する類の魔道具は魔眼の一時的な封印措置が行えるようになっており、基本それ故によほど低度かつ後天的な魔眼でなければワンオフになるのであった。
「というわけで、ひとまずそいつの返答待ちだな」
「何時頃返答がありそうだ?」
「さぁなぁ……あいつも忙しいからな。まぁ、近々飲みに行くかー、って言ってるから一回そこで返答聞くつもりではあるがな」
「そんな親しい相手なのか」
「古馴染みだよ」
冒険部でミカヤの事を知っているのは、冒険部では基本は女性陣――と言っても街の重役達との会合を行う桜以外は会った事はないし、その桜もカイトと知り合いとは知らないが――とファッションに敏感な者ぐらいだ。そして上層部の男性陣はアルを除けば揃っておしゃれには無頓着である。上層部男性陣は誰ひとりとして、ミカヤの事を知らないのであった。
「なんだったら、今度の飲みに来るか? どうせ単にバーで愚痴言ってるぐらいだしな」
「む? まぁ……良いのであれば、一度礼を言っておくのが筋だろう。そうさせて貰えれば有り難いが」
一瞬だけ悩んだ瞬であったが、自身の為に動いてくれている相手に礼を言う必要はあるだろう、と思ったらしい。
「そうか。まぁ、それなら予定は空けられるようにしておけ」
「ああ」
カイトとしては、相手がミカヤである事もありどちらでも良かったようだ。そんな彼の言葉に瞬は頷いて、この話題は終わりとなり二人もまた転移術の研究開始に向けた支度に動く事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




