第2061話 新たなる活動 ――森への誘い――
新たに冒険部の活動を補佐する事になったユニオンの事務員にして元教国特殊部隊隊員であるソーニャ。そんな彼女の買い出しに付き合って買い物に出掛けたカイトは、必要と思われる物の買い出しを終えて再びギルドホームへと帰還する。
そうしてそこから更にアリスと共にソーニャの部屋の整頓を手伝ったわけであるが、それがある程度の目処を見た所で作業は終わりを迎え、明日からの業務に備えて二人には休憩を取らせる事にする。その一方。カイトは自身も部屋に戻るフリをしながら、公爵邸へと戻っていた。
「ふぅ……」
とりあえず部屋の清掃作業もしていた為、カイトはひとまずシャワーを浴びる事にしていた。一応相手は気を遣う必要の無い相手であるが、それとこれとは話が別だろう。と、そんな彼に声が掛けれられた。
「ご主人様ー。アイナディス様来られましたよー」
「おーう」
やっぱり使者とはアイナディスだったか。カイトは特に驚く事もなくそれを受け入れる。と、そんな彼であったが、ユハラに向けて声を上げる。
「あ、着替え、そこ置いといてくれー」
「はーい。あ、後脱いだ服はこのまま洗濯に回しちゃいますねー」
「頼むー」
シャワーを浴びながら、カイトはユハラの言葉に了承を示す。そうして、彼は手早く埃を落とすと湯冷めしない様に気を遣いつつ、用意された衣服に袖を通す。
「よし……」
ひとまず身だしなみは整えた。カイトは鏡を見ながら、一つ頷いた。これから会うのはアイナディス。下手に着崩したりすると、何を言われるかわかったものではない。
そうして一通り身だしなみを確認した彼は、公爵邸にある自身の部屋へと移動する。客だが、アイナディスだ。自室で会って問題はないだろう。そして相手の事は公爵邸では知られている。普通に彼の部屋に通されていた。
「悪いな、待たせた」
「いえ……シャワーを浴びていたとの事ですが、何かあったのですか?」
「いや、ギルドの規模の拡大に伴って、新しく事務員を雇う事になってな。その子の謂わば引っ越しの手伝いをしていた」
「なるほど」
それでシャワーを浴びていたのか。アイナディスはカイトの説明に納得し、一つ頷いた。それを横目に、カイトは自分の椅子に腰掛ける。
「で、どうした? 使者というからにはアイナだとは思っていたが」
「ええ……少し、依頼が」
「聞こう」
そもそもアイナディスからの依頼であれば、往々にして公益性の高いものだと判断出来る。伊達に学芸会の風紀委員長とあだ名されるわけではない。公明正大さであれば、おそらく冒険者で一番だ。その彼女からの依頼は聞くに値した。
「現在、『神葬の森』の調査を行っている事は、以前お伝えしましたね?」
「ああ。スーリオン殿の依頼で調査している、とは聞いた。それが?」
「ええ。その調査で少し助力を頂きたく」
そんな所だろうとは思っていたが。カイトはアイナディスの言葉にそう思う。が、それ故にこそ彼には訝しみしか出なかった。
「だろうな、とは思ったが 『神葬の森』……というか、あそこはエルフ達が管轄している異空間。確かに、出入りは限定され増援が出せる相手は限られる。が、それでもあそこの調査でお前がわざわざ依頼を出すほどの事とは思えんが」
なにせアイナディスは契約者でもある。その彼女だ。戦闘に関して言えば、わざわざカイトに依頼を出すほどの事は相当な事態でなければありえない。そして『神葬の森』はカイトも知っている。そこまでヤバい魔物が出るとは思えなかった。であれば、これは戦闘面以外で何かが起きていた可能性が高かった。
「無論、戦闘面で困難はしていません。そこについてはご安心を」
「なら、何があった?」
「『神葬の森』で新たなエリアが見付かりました……正確には異空間というべきでしょうが」
「ほぉ……」
そもそも『神葬の森』は広大な異空間だ。それはあそこからならエネフィアの大半の場所へつながる事が出来る事からも明白で、その広さ故にエルフ達も領土全てを把握しているわけではない。
事実、『神葬の森』と言われている、とは言うがその神がどこに葬られているかがわからない、とも言われているのだ。アイナディスの調査はそれ故だ。そこで発見があった、というわけなのだろう。
「ということは、遺跡関連だったわけか」
「そうなります。流石に私も遺跡になっては、専門外。神々につながる貴方に助力を求めるのが最適だろう、と。議会もカイトになら助力を求めて良い、と判断しました」
「オレ限定なのね」
「貴方以外を議会が許すとでも?」
どこか呆れるようなカイトに、アイナディスが若干苦笑混じりに笑う。当たり前の話であるが、何でもかんでもスーリオンが一人で決めているわけではない。
彼の補佐をする為に議会が存在しており、基本はスーリオンと同じく保守派のエルフ達が議会の大半を占めていた。なのでカイトなら、という形容詞が付くのであった。とはいえ、それは二人にとっていつもの事なので気にする必要もなかった。
「ま、ねぇわな。とはいえ、遺跡と言われてもオレもシャムロック殿の関連ならわかりはするが、それ以外になるとさっぱり専門外だぞ?」
「それは無論存じ上げています。が、それがわからない事には何もならない。逆にそこさえ分かれば、他の専門家に依頼を出すという択も出る」
「なるほどね。とりあえずオレがわからない、という答えがあれば、次の選択肢も生まれるか」
今回『神葬の森』で新しく見つかったエリアにあったのは遺跡だという。となると、ここで気になるのはこの遺跡が神々の墓だった場合だろう。そうなるとエルフ達としても滅多なことはしたくない。
が、調査しない事には始まらない。というわけで、何があっても大丈夫と判断出来るカイトに一番最初に来てもらい、それでも無理なら彼の助言を得て、という形で議会に提案する事が出来るというわけだった。
「わかった。それならオレも受けよう。クズハに泣きつかれても面倒だしな」
「ま、まぁ……それはそうですが」
「あはは……ま、それはそれとして……本題に話を戻すと、どれぐらい日数が必要だ?」
「調査そのものは一週間程度。軽くの事前調査となります。議会としても本格的な調査隊を出すかどうか、という所で現在思案中ですので……」
となると、本当に調査の為の調査という所か。カイトは議会からの依頼をそう認識する。ここが単なる旧文明の遺跡であるのなら、その時は本格的な調査隊を組織するも良い。
が、逆に墓ならあまり本格的な調査隊を組織したくない、というのが議会の思惑だ。そこらを鑑みた場合、少人数での事前調査となるのは無理がなかった。
「何時から開始する?」
「半月後、という所でしょうか。議会が開かれるのが来週の最初。そこから依頼書を整え、としますので、それぐらいは必要かと」
「妥当だな」
一週間もあれば、必要な装備は整えられる。後は人員の選定だが、そこは議会の返答を待つしかないだろう。カイトはそこらの事を考えながら、アイナディスの言葉に一つ頷いた。
「まぁ、後は議会の返答待ちという所か。わかった。こちらも半月後には予定を空けておく」
「ありがとうございます。では、私は議会に返答を持っていきましょう」
「頼む……で、先に聞いておくんだが、遺跡はどんなのだった?」
「どんな、ですか……」
カイトの問いかけに、アイナディスは一つ考え込む。予めわかっておけば、それに備えた準備も出来る。重要な情報だった。そうして少しして、彼女は口を開いた。
「少なくとも水没している、という事は無いでしょう。が、まだ全容は把握出来ていないので、なんとも言えませんね」
「草が生い茂っていたりは?」
「それはしていません。保存状態はそこまで悪くは無さそうですね……ただ、少し気になる点が」
気になる点。そう敢えて明言しての言葉に、カイトはわずかに真剣な顔を浮かべる。それに、アイナディスが告げた。
「何か文明が混じっている……というような印象を受けました。一部にはエネシア大陸の旧文明の色が見えたのですが、同時に一部にはアニエス大陸の旧文明の影響も。故に議会もカイトに聞くのが良いだろう、と判断した形となります」
「……エネシアとアニエス……?」
それは、どこかで聞いた事がなかったか。カイトはアイナディスから語られる言葉に、僅かな引っかかりを得る。そして彼がそれにはたと気付いて、目を見開いた。
「それは、もしかして……」
「ええ。私もそれを危惧しました」
「『敗北者達』の遺産か」
「ええ。その関係の可能性があるのでは、と」
カイトの言葉に、アイナディスもまたはっきりと頷いた。『敗北者達』、というのは十字架の遺跡で発見された映像に残っていた人物達がルーザーと名乗った事から、こう通称される事になったらしい。
「なるほど……確かに、手がかりには深き森の奥深くに墓があると記されていた。『神葬の森』の奥深くなら、その条件に合致するな」
「ええ……そしてそうなれば、流石に私も下手を打ちたくはありません。万全を期したい」
「ふむ……」
それで、オレに話を持ってきたわけか。カイトは改めてアイナディスの思惑を理解する。無論、『神葬の森』が各地につながっていたのは今に始まった事ではない。
なのでこれが正解かどうか、と言われればまだわからない、と言うしかない。が、その可能性があるのなら、それに備えておくべきだろう。そしてそれなら、とカイトは告げた。
「アイナ。可能なら議会には予め<<知の探求者達>>に協力を依頼したい、と伝えてくれるか?」
「……やらなかったとでも?」
「あはははは……だろうな」
アイナディスも『敗北者達』の研究所の可能性が見えた時点で、議会には現在ラエリアの依頼で調査を行っている<<知の探求者達>>への依頼を提案したのだろう。
が、<<知の探求者達>>はやはり議会には受けが良くなかったらしい。下手な事をされかねない、と危惧していたのである。とはいえ、それはカイトも想定済みだ。なので妥協案を提示した。
「オレの率いるパーティに一人入れさせてもらえる様に頼んでくれ。そのあてもある」
「誰ですか?」
「ジュリエット・ゲニウスだ。現<<知の探求者達>>ギルドマスターの令嬢だな」
「その理由を聞いておいても?」
「今、彼女からの協力が得られていてな。話を通しやすい」
「なるほど……わかりました。議会にはカイトからの推挙で、と添えておきましょう」
議会も流石にカイトからの推薦かつ一人なら、受け入れざるを得ないだろう。アイナディスはカイトの出した妥協案に対して、そう判断する。そしてその推薦相手も、カイトが依頼するには十分な格を有していると議会も判断する相手だ。受け入れやすい。十分、許諾を得られる芽はあった。
「頼んだ。それと、議会には基本はオレが勇者カイトとして選定する人員でパーティを構成する、と伝えておいてくれ。念押しされても面倒だ。先に明言しとく」
「あははは……ありがとうございます。そう、添えておきます」
この一言があれば、議会としてもこの依頼は冒険部宛の依頼ではない、とカイトが理解していると理解するだろう。流石にこの依頼は冒険部では請け負えない。
いや、請け負える依頼だが、議会が出したがらない。この依頼はあくまで勇者カイト個人に出された依頼。その形だ。なのでカイトも基本は冒険部以外の面子を中心にパーティを構築する事にしていた。
「では、改めて私はこの旨を議会に伝えておきましょう」
「頼む……ああ、そうだ。そう言えばもう一個聞きそびれてた」
「なんですか?」
「場所はどこだ? 竜車やらで行ける範囲か?」
これ次第でどんな装備で行くか、というのが変わってくる。カイトは改めて何が必要かリストアップして、そこに気が付いたらしい。そんな彼の問いかけに、アイナディスもそう言えば忘れていた、と頷いた。
「ああ、それですか。いえ、流石に無理です。飛空艇をベースとして使う事になります。私もそうしていました」
「そうか。飛空艇は? こっちで準備しても大丈夫か?」
「ええ。議会もそこに否やは言わないでしょう」
「わかった。まぁ、一応確認取っといてくれ。一隻でなんとかする」
「わかりました」
元々飛空艇の性能であれば、マクダウェル家の物が最高性能となる。なのでアイナディスとしても彼が自分で用意する、という意見には理解が出来た。というわけで、彼女はカイトとのやり取りを終えるとそのままマクダウェル公爵邸に一泊し、翌朝再び戻っていく事になるのだった。
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