第2060話 新たなる活動 ――仕事の話――
新たに上層部を補佐する人員としてやって来た教国の元特殊部隊隊員にして現ユニオンの事務員ソーニャ。そんな彼女と共に、カイトは彼女が今後仕事をするのに必要な物資の買い出しに出ていた。
その道中。幾度かのやり取りで自身がかつて教国に来て自分と関わっていた冒険者のカイトであると悟ったソーニャへと事情を説明しつつ、カイトは一時のじゃれ合いを行っていた。というわけで、話術で自身に都合の悪い話題から主眼を逸しつつ、警戒心を解いたカイトは改めてソーニャと一休みしていた。
「ふぅ……」
「……」
「ん? 何だ?」
「いえ……」
いつもそうやって優雅な姿をしていれば、おそらくマシに見えるのに。ソーニャはじゃれ合いを切り上げてギルドマスターとしての風格で優雅に紅茶を飲むカイトに、内心でそう思う。が、やはり最初の印象があるからか、そんな事は素直に言えないのであった。
「ああ、そうだ。そう言えば言い忘れていたが、シェイラさんには自由に連絡を取ると良い。ウチにも通信室はあるからな」
「あるんですか?」
カイトの言葉に、ソーニャは思わず目を見開いた。ユニオン支部に通信機や通信室がある事は珍しくもないが、ギルドホームにまで通信室があるギルドは滅多になかった。使う必要がない、と誰もが判断するからである。
「伊達に有能と知られてるわけじゃないさ。通信室はもとより、遠征隊には持ち運びの通信機も持たせている。この間の一件だって、通信機を用意させていたからこそ即座に応対が出来た。他にも、各員には緊急事態を報せる魔道具も渡してあるし、短距離であれば使える通信機を各自に配布している。他にも竜騎士で構成された即応部隊もあるから、救助要請にも即座に応じられる」
「……」
やはり冒険者として、ギルドマスターとしてこの男は非常に優秀だ。ソーニャは内心で舌を巻く。これが地球とエネフィアの教育の差かは彼女にはわからなかったが、少なくともわかっていてもそれが達成出来るだけの実力がある事だけは理解できた。
そしてその一点を以って、カイトは有能であると十分に言い切れた。というわけで、そんな驚きと感心をにじませた彼女に、カイトは笑う。
「見直したか?」
「……少なくとも、そう言うしかないかと」
流石にこれは認めるしかない。ソーニャはユニオンの事務員だからこそ、誰よりもカイトの采配がギルドとして重要なものかを理解していた。これだけで、死傷率は桁が変わるのだ。
年に何人の冒険者が、救助が間に合えば助けられたのか。そして間に合わない理由の最たるものは、連絡が即座に届かないからだ。なので安静にしなければならないのを承知でも、街まで運ぶしかない。が、それがまた死亡率を高める要因になり、と悪循環に陥る。
カイトはそれに手を打っていたのである。と、そんな彼は笑いながら懐を弄って、ヘッドセット型の魔道具を取り出した。
「ああ、そうだ。というわけで、ソーニャたんの分ね」
「……これは?」
「これだよ。マクスウェルの町中なら、これ一つでギルドホームとの連絡が取れる」
「通信室に常に誰か控えているんですか?」
流石にそこまで行けば驚きというレベルではない。ソーニャは可能ならするべき采配だろうが、と認めながらもそれを出来たカイトに驚きの様子――再度たんと呼ばれていたのも忘れるぐらいに驚いていた――で問いかける。が、これにカイトは首を振る。
「まぁ、通信室は24時間体制で連絡が受け取れる様にしているが……こいつは執務室と繋ぐ用だ。まぁ、他にもこいつと繋ぐ事も出来るが……基本ソーニャにはこちらで良いだろう」
「はぁ……えっと、どうやって着ければ?」
「こうだ」
カイトは再度髪をかき上げ、自身の右耳を見せる。
「三日月になっているだろう? そこの部分を耳の上に乗せる形だ」
「こう……ですか?」
「んー……ちょい失礼」
「っ」
カイトは一度立ち上がると、装着に四苦八苦するソーニャの手を取ってヘッドセットを着けてやる。一度装着できれば、後は自分で出来るだろう。
「これで良い。このヘッドセットは音響を骨伝導と念話に頼っているから耳の穴を塞がなくて良いのが特徴でな……だが、それ故にこっちの人には少し使い難いみたいだ」
「は、はぁ……」
当たり前の話であるが、骨伝導と言われた所でソーニャがわかるわけもない。しかもこのヘッドセットは色々と改良を加えているので、尚更にわかりにくかった。
「感覚としては耳に乗せる感覚か。後は、この下の所にスイッチがあって音量の調節も出来る。オンオフの切り換えもそこでも可能だが……慣れれば意思一つで切り替える事も出来る」
「……」
出来る様になる未来が想像出来ません。ソーニャは平然とヘッドセットをコントロールするカイトに、思わず内心でそうツッコんだ。まぁ、流石にこの通信機を自身の手足の様に使いこなすのは色々と慣れが必要だ。今の彼女がそう思っていても無理はないだろう。
「で、後は……こっちは好みになるが、こいつは欲しいか?」
「それは?」
「ウェアラブルデバイス。不人気商品なんだが……オレは重宝していてね」
「もしかして……ユニオンの受付にある物……ですか?」
「その小型改良版だな」
カイトは自身の右腕に装着したウェアラブルデバイスをソーニャに見える様に動かした。戦闘中には外しているが、基本的に彼は指揮官の役目がある。
なので行軍中にはこれを装着し、作戦概要を説明するのに使ったり簡易の資料を作成するのにも役立てていた。が、地球でそうである様に装着しなくてもスマホ型の通信機があるからか、いまいちウケは良くなかった。
「これはその中でも最近、更にアップグレードを重ねて両手打ちにも対応した新型だ……ま、実質オレかティナ、灯里さんしか使ってないから、オレ達専用にも近いがな」
「ティナとアカリさん……ですか?」
「ああ。ウチの技術担当。冒険部の技術班はあいつと灯里さん……教師の人の二人がトップだ。これはその二人作製のオリジナルだ。ま、そもそもオレ達三人しか使わんがね」
「……あれ?」
という事はもしかして、この魔道具はギルドで自主開発したオリジナルなのだろうか。ソーニャは改めてカイトから語られたウェアラブルデバイスの裏を理解するのに、しばらくの時間を要した。
「……ギルドで作った……んですか?」
「ああ。元々の原案は地球にあったからな。それをこちらの技術で発展してキーボードとモニターを投影出来る様に改良した」
「……」
一体全体自分はどんなギルドにやって来たのだろうか。ぶんっ、という音と共にモニターが投影され机にキーボードが半実体化して現れたのを見て、ソーニャは呆気にとられた。
このウェアラブルデバイスは小型なのに、性能はユニオンの受付にあるコンソールを遥かに上回っていた。というわけで、半ば唖然としながらソーニャが指摘する。
「それ……ユニオンの受付にある物より性能高くないでしょうか」
「いや、流石にそこまではいかんよ。ユニオンの受付にあるデバイスには、本部との情報をやり取りする機能が必要だ。他にもあちらは検索がメインだから、処理速度も重要になる。これは気の短い冒険者を相手にする上では重要な点だ」
「……そうですか」
しまった。完璧にやぶ蛇だった。ソーニャは自身の理解していない点での解説に、素直にそう思う。ユニオンの職員だから、と自分が使う道具の原理や性能を詳しく理解している者ばかりなわけがない。わからないのが普通だった。
が、それ故にこそ見直しもした。確かに軽薄な姿も見えたが、同時にこうやって語っている時はギルドマスターにふさわしいだけの見識と観察眼を持っていると認められたのである。とまぁ、そういうわけなのだが。今回ばかりはそれを素直に認めてやる事にした。
「すいません。私の負けです」
「ん?」
「言われてもわかりません。必要ならいただくという形でお願いします」
「あらら……ま、それで良いさ。こいつは部屋で仕事とかしたい、という時に使えるというだけの話だしな」
「あ、そういう」
言われてようやく理解したウェアラブルデバイスの使いみちに、ソーニャは目を丸くして頷いた。どうやら小難しい事を言われた――カイトも問われたので答えただけで、それが横道に逸れただけだが――ため、途中から理解を放棄していたらしい。
「ですが、それなら尚更今は結構です。ユニオンにあるコンソールは設けて下さっている……んですよね?」
「ああ。そっちは必要だからな。マクスウェル支部からの貸与品だが……別に支部が違っても使い方は変わらんのだろう?」
「と、思います」
ソーニャとて今の今まで教国のルクセリオ支部以外の支部に配属された事がない。なのでデバイスが同じかどうか、と言われてもわからなかった。
とはいえ、同じ組織で、ユニオンで使われているデバイスは全てカイトが原案となる。さほど変わらないだろう、とはソーニャも――もちろんカイトも――思っていた。
「なら、問題は無いだろう」
「はい」
「まあ、必要になったら申し出てくれ」
「はい」
とりあえずこれは使わないでおこう。ソーニャは今の所不要である現状を鑑みて、これ以上新しい道具は望まない事にする。なにげに彼女は器用ではないらしく、新しい物を使うのが億劫な様子だった。
「よし。じゃあ、引き続き残りの買い物を済ませよう」
これで話すべき事は話し終えたし、そもそも買い出しに出ただけだ。あまり長居するわけにもいかなかった。というわけで、二人は話を終わらせると再び買い出しに戻る事にするのだった。
さて、それからしばらく。買い出しを終えた二人は改めてギルドホームに戻ると、残って部屋の整理をしていたアリスと共に買い出した物を部屋に収納していた。
「よし……こんなものか」
「ありがとうございます」
「いや、良いさ。伊達で背が高いわけじゃないしな」
備え付けの棚の上段にインテリアを乗せたカイトが、アリスの感謝に首を振る。今更ながらに気が付いたわけであるが、ソーニャもアリスも小柄だ。なので棚の位置によっては脚立が無いと手が届かない、という事も往々にしてあったのである。
「で、アリス。水回りなんかはどうだった?」
「あ、はい。排水とか確認しました。匂いも抜けています」
「そうか」
これで大丈夫か。カイトはアリスの報告に一つ頷いた。基本的に使わない部屋では配管などへの負担を避けるため、水などが流れない様にしている。
が、それ故に使う際にある程度出しっぱなしにして中の汚れなど抜いたりする必要があった。アリスが残っていたのは、そこらで異常が出ないか確認して貰うためもあった。
「これで一通り片付けは終わった……かな。ソーニャ。これで大丈夫か?」
「……はい。問題無いかと」
カイトの問いかけに、ソーニャは一度周囲を確認して頷いた。と言っても、まだ完全に整っているわけではない。今回買い出したのだって大半が急場で必要になるものだけだ。それ以外の細々としたものについては、また別途買い足す必要があった。とはいえ、それは今考えるべきことではない。なのでカイトは一つ頷く。
「よし。じゃあ、後は明日からの業務に備えてくれ。アリスも、助かった。今日はもう上がって良いから、ゆっくり休んでくれ」
「「はい」」
「ああ……ああ、そうだ。一応明日の朝は各所にあいさつ回りに行くから、そこだけ忘れない様にな」
「はい」
カイトの言葉に、ソーニャはわずかに気合を入れる。何をするにしてもまずはあいさつ回りをして、人を覚える必要があった。というわけで、カイトも明日からに備えてこの日は仕事を終えて、公爵邸へと向かう事にするのだった。
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