第2059話 新たなる活動 ――改めて――
ソーニャの新生活に備えた買い出し。それに協力するべくカイトはミカヤの店があるショッピングモールへと、ソーニャとともにやって来ていた。そこで幾つかの買い物を行ったわけであるが、流石に長時間一緒に居ればソーニャもカイトがかつて自身が親しんだカイトだと気付いていた。
というわけで、彼女の指摘を受けたカイトは一度話し合いの場としてショッピングモール内にあったカフェテリアへと場を移すと、そこで改めてシェイラからの伝言をソーニャへと伝える事になっていた。
「とりあえずもしバレた場合に渡す様に言われていた手紙を先に渡した方が良いだろう。これを」
「……」
兎にも角にも事情がわからなければ今後の方針も立てられない。ソーニャはカイトから差し出された手紙を受け取って、一つ中を確認する。
「……開けて読んだ……様子は無さそうですね」
「流石に女の子への手紙を読むほど、無粋じゃないさ」
「どうだか」
正体が判明するなり扱いが悪くなったソーニャは、カイトの返答に顔を顰める。とはいえ、兎にも角にも先に中を確認する必要があるのは事実。言葉半分に先に手紙を確認する。
『さて。これを貴方が読んでいるという事は、カイトが貴方が懸想していたカイトだと気付いたという事でしょう』
「……」
「ちょ、ちょっと待った! 何書いてたかは知らんが、破るにしても全部読んでからにしようぜ!? それともソーニャたん、速読スキル持ち!?」
「……」
「あ、ごめんなさいごめんなさい!」
最初の一文を読むなり手紙を真っ二つに引き裂こうとしたソーニャを慌てて停止したカイトであったが、ソーニャたん呼びをした事で再び霊力の光を向けられて若干慌てながら謝罪を入れる。それに、ソーニャも一つ落ち着いて改めて手紙を読む事にする。
「はぁ……」
『あ、先に言っとくけど、保護者の目が無いからってあんまり羽目外しちゃダメよ? ハメても良いけどね。あ、でも分別の出来る良い歳なんだから、ハメても計画的にね?』
「……」
「流石に、二度目はやめとこうな? オレも二度目はやめとくからさ」
再度真っ二つに引き裂こうとしたソーニャに対して、カイトはギルドマスターの風格で告げる。流石にこんな事でバカみたいに時間を使いたくなかったし、引き継ぎに忙しい――それ故に手紙を出した――シェイラにわざわざ話をして貰うのも手間だ。同じ轍を踏む事はない様にしていた。というわけで、そんなカイトにソーニャが告げる。
「……後でシェイラさんひっぱたいて良いのでしたら」
「それは好きにしろ」
そこらはソーニャとシェイラの問題だ。カイトとしては関与する必要も無い。ということで、後で何かの折りに会った際にシェイラを引っ叩く事を心に決めて、ソーニャは改めて手紙を確認する。
「……大体、わかりました。つまり私は貴方とシェイラさんの連絡役を務めろ、と」
「そこは知らん。オレはシェイラさんにソーニャを引き取ってくれ、と言われただけだ。君が何を言われこちらに来る事になったのか、は関与しない。それがシェイラさんとオレとの取引だ」
「それで良いんですか?」
「ソーニャたんだし? 最悪はベッド押し倒して強引に抱きこみゃ良いかなー、って。あ、これダブルミーニングね」
「クズですね」
敢えてらしさを見せたカイトに、ソーニャがどこか険の取れた様子で告げる。それに、カイトは軽く笑った。
「実績はあるぜ? なんだったら新しい世界も開いちゃう」
「うざいですね」
「うぉっとぉ!?」
一切の予備動作なく霊力の塊を放ったソーニャに、カイトはそれを手刀で叩き切る。相変わらずカイトに対しては遠慮が無かった。
「まー、それはさておいて。どっちにしろ君について問題はないとオレは判断した……以上に過ぎんな」
「皇国に報告もしていない、と」
「義務は無いからな」
報告はしていないな、確かに。カイトは内心で少しだけあくどく笑う。そもそも彼もまた国家に属する貴族だ。何かあっても領内であれば自分で対処出来ると判断しているし、それだけの戦力と準備は整えている。敢えて報告するまでの事でもない、と判断していた。
「さて……その上で一つオレからも聞いておきたい」
「なんでしょう」
「ローラントは何者だ? どこかの高位の騎士とは思うがな」
「なぜ、そうお思いで?」
正解だが、なぜそう思うのか気になる。そもそも現状ソーニャにとってカイトは味方とも敵とも判別出来ない状況だ。が、他方ローラントは自身を救い出してくれた味方だ。優先されるべきはどちらか、と言われれば圧倒的に後者だった。
「単純な話だ。君を引き取れた。それ以外に何が?」
「……私がどこに居たか、ご存知で?」
「まな。教国の暗部。シェイラさんは隠したが、部隊名を聞いたらルーファウスがしかめっ面した。ま、あいつも流石に部隊の噂が本当とは思ってない様子だし、それ故に気にしない様にしてるみたいだがな」
「っ」
カイトの言葉に、ソーニャは盛大に顔を顰める。知られたくない事を知られていた。そう顔が何より雄弁に告げていた。が、これにカイトは軽く笑った。
「あそこのシスターの待遇はオレも裏で聞いている。そうなる前で助かった。心が壊れると、流石に面倒だからな」
「……何も思わないのですか?」
「おう。そもそもコネクターを忌避しない時点でお察しだろ」
何を今更。カイトは驚いた様子を見せるソーニャに、軽く笑う。以前にソーニャが配属していた部署はいわゆる教国でも汚れ役の部隊だ。それを忌避する者はかなり多く、気にしないカイトがソーニャにはやはり特異に映ったのだろう。
「とはいえ……そういうわけで、あの暗部に居た君を引っ張り出したんだ。何があったかまでは聞かんが、ローラントはおそらくどこかの高位の騎士だろうな。それも小さくない影響力を持つ、な」
「否定はしません」
言うまでもない事であるが、ソーニャは教国に対する愛は一切無い。その彼女が庇うのはあくまでもローラントだ。彼の立場を明らかにするつもりはカイトにもなかった。
「ですが……一つ間違いが」
「ん?」
「私の引き取りに関して直接交渉したのは、ヴァイスリッターの当主だと聞いています」
「ルードヴィッヒさんが?」
これは初耳だった。カイトはソーニャの明言にわずかに目を見開いた。とはいえ、これは同時に彼の推測を補足的に正解であると言っている事でもあった。
(という事は……やはりローラントは高位の騎士だろうな。それも騎士団長と渡りを付けられるほど高名な騎士……騎士団長……は無いか、流石に。自分で出来るだろうしな。暗部だろうと騎士団長が動けば配置換えも許諾せざるを得ない)
が、そうなると今度はルーファウスが知らないというのが腑に落ちない。カイトは騎士だった場合に気になる点を考える。
(……いや、ヴァイスリッター家なら、相手が冒険者でも人道面から動くか? いや、確かに動くだろうが、それだけだとやはり弱い。騎士と考えた方が……いや、そうか。現職でなくても騎士だな。これは確定だ。そもそもあの水路での事がある。作法は高度な教育を受けた物だ。冒険者としても、元騎士だろう)
幾つかの事を思い出し、カイトはやはりローラントは元か現職かは別にして騎士だろう、と推測する。それが一番筋が通ると思ったのである。
「……ああ、すまん。まぁ、それなら一度ルーファウスに頼んで、ルードヴィッヒさんにも伝えてもらうか? 話ぐらいは出来るだろうし、ローラントにも伝えられるだろう」
「いえ、大丈夫です。ローラントさんからは、こちらから接触するまで何もしないで良い、と」
「……そうか」
となると、こちらからローラントの正体を探るのは厳しいか。カイトはソーニャの返答にそう判断する。というわけで、彼はこれ以上の追求は諦めて先程までのおちゃらけた様子を見せる。
「まー、それは兎も角。基本ウチじゃ自由にしてくれ。仕事は仕事でしっかりしてくれりゃ、別にオレは一切の文句はねぇよ」
「その前に、一つ良いですか?」
「どうぞ?」
「貴方は、何者ですか?」
まー、来るよね。カイトはソーニャとの間で交わした幾つかの契約を思い出し、この質問が来ない道理はないと思っていた。これに、カイトは敢えてどこか困ったような顔を浮かべる。
「何者か……それについては、答えかねる。オレはオレ。天音カイトという一人の人物に過ぎん」
「そういう意味ではないです」
「わかってるさ。だが、答えとしてはこれしかない。オレが誰で、何者か。先の答えを失くすと、オレにもわからんさ」
「では、質問を変えます」
「一つだけの筈だが……まぁ、良い。なんだ?」
楽しげに、カイトは笑いながらソーニャの問いかけを促す。伊達に社交界で数多の狐や狸達と渡り合っていない。小娘一人の質問、わからないわけがなかった。
「貴方の目的は何ですか?」
「地球への帰還。それに嘘偽りは一切無い。オレが何者であれ、地球に家族が居るのは事実だ。帰りたい、という気持ちに嘘はない。ま、オレはその更に先も見据えて動いているがね」
「先?」
「地球に戻った後。そこからどうするか、だ」
ソラ達はなるべく語らない様にしている様子だったが、別にこれを隠す必要は無いとカイトは考えていた。それ故に彼は臆面もなく、地球への帰還後の展望も持っている事を明言する。
「それは?」
「こっちにどうやって戻るか……別にどこかの世界に立ち止まる必要はない。なら、行き来出来る様にしても問題は無いだろ?」
「出来ると?」
「出来ないと?」
無理だ。そんな言外の言葉の滲むソーニャの問いかけに、逆にカイトは不敵な笑みを浮かべて問いかける。そうして、彼は道理を説く。
「こちらから向こうに戻れるのなら、あちらからこちらに来る事も出来るだろう。各国、すでにそこを見据えて動いている。地球側もおそらくそうだろう。なら、その中でオレ達にしか出来ない事はある」
自身の言葉の強さに飲まれたソーニャを見て、カイトは内心でわずかにほくそ笑む。ソーニャが気付いている事は無いだろうが、実はこれは話法の一つで、カイトは論点をゆっくりとだがずらしていた。当初、彼女は目的を聞いていた。が、今語られているのは未来への展望だった。
「ギルドについても、おそらく次の展望としてはそこになってくるだろうな」
「次の展望?」
「地球への帰還の算段がついた後だ。ま、その時にはソーニャたんはソーニャたんで好きにすれば良いぞ」
「その時はその時で考えますが……」
「っとぉ!?」
「たん付けしないでください」
放たれた霊力の弾を叩き落とし、ソーニャが再度霊力の光を指先に収束させながらカイトへと告げる。これに、カイトは笑って謝罪した。
「ごめんごめん。ま、ウチでは何をしても自由だ。そのまま補佐してくれても良いし、なんだったらオレの子供産んでくれても良い」
「……」
「ちょっと、せめて何か言ってから撃って!?」
無言で収束させていた霊力の弾を解き放ったソーニャに、カイトは声を荒げる。これに、ソーニャが半眼で告げた。
「お断りします」
「とぉ!? 今撃たなくても良かったよね!?」
「言ってから撃て、と言われましたので……何か文句でも?」
どこかソーニャが楽しげなのは、おそらく気の所為ではないだろう。カイトはわずかに柔らかな笑顔を浮かべる――自身では気付いていないだろうが――ソーニャに、内心でわずかに安堵する。
これなら、これからもウチでやっていけるだろう。そう踏んだのだ。そうして、カイトは自分に都合の悪い話題からずらしながら、ソーニャへと自分が根っこは変わらない事を理解させる事に成功するのだった。
お読み頂きありがとうございました。




