第2058話 新たなる活動 ――あっけらかん――
ソーニャのこれからの生活に備えて、いろいろな用意を行う事になったカイト。彼はアリスと共にソーニャの新生活に向けた用意の手伝いを行う事になっていた。
というわけで、アリスに部屋の整頓を任せた一方、自身はソーニャと共に買い出しに赴くと共に、街の軽い案内を行っていた。そんな中、カイトはミカヤと偶然にも遭遇すると、彼との話し合いを経て彼のオススメという美容品を取り扱う店に向かっていた。
「あー……そういえばここに雑貨屋あったな」
「ここですか?」
「ああ。桜……先のソラや一条先輩と別のサブマスターが前に弥生さん……ああ、被服室で防具の簡単な修繕やってる人なんだけど、その人に連れて来て貰った事がある、って聞いた事があったんだ。少しおしゃれな小物入れから色々と揃うって……確か小物入れも幾つか欲しい、だったな?」
「はい」
カイトの問いかけにソーニャは一つ頷いた。やはり教国から皇国への引っ越しとなったのだ。古くなっていた物や思い入れの無い物については廃棄したらしく、色々とこちらで手に入れる事にしていたらしい。なお、費用についてはシェイラが支度金という形で出していたので問題はない。
「よし。どうする?」
「覗いても大丈夫ですか?」
「任せるよ」
基本的に、カイトとしては今回はソーニャの荷物持ちで来ただけだ。なので基本的な流れは彼女に一任している。というわけで、中を覗く事にする。
「さて……ソーニャはどんなものをお望みだ?」
「事務的に使いやすいものであれば」
「ということは、執務室で使う奴か」
じゃあ、あまり大きくするわけにもいかないな。カイトは執務室に設置された事務机を思い出して、どの程度の大きさが丁度よいか考える。と、そんな彼はふとソーニャの手が止まっている事に気が付いた。
「……どうした? 辛かったら、一度休むか?」
「あ、いえ……大丈夫です。ただ、教国に比べて皇国の品は色々とデザインがおしゃれな物があるんだな、と……」
確かに教国は宗教が根幹にある宗教国家だ。なので装飾にしてもある程度の統一性があり、質素倹約というような言葉が良く似合う。デザインもそれに合わせたシンプルな物が多く、使い勝手も悪くはないが良くもなく、という所だった。
が、皇国はやはりカイトの影響かつ世界中に支店があるヴィクトル商会があるからか様々な地域の文化風習がごった煮になる事も多く、それ故にデザインも多種多様だった。
「そう言えば、アリスも最初は呆気にとられていたらしいな」
「そうなんですか?」
「ああ」
少しだけ楽しげに、カイトは何度かアリスと出掛けた――デートというより単なる買い出しだが――時の事を思い出す。それに、ソーニャはどこか安心感を滲ませる。自分だけでなかった、という事で安心したのだろう。
「……ん、使いやすいのだとこっちかな。シンプルだが、洒落ではある」
「これは……どこか教国の物に似てます。でも、違う……」
「ああ。こっちは宗教に気を遣う必要がないからな」
そこらが影響して、違って見えるのだろう。カイトはソーニャに対しそう言外に告げる。そんな彼女が見ていたのは、白黒のピースが複数集まって出来上がったペン立てだ。そんな加工の仕方があるのか、若干光沢もありプラスチックに似た質感があった。教国ではまず見られないだろう物で間違いないだろう。
「こっちは……同じ拵えでも完全に木製だな。エルフ達が好むデザインに仕上がっている」
「はぁ……」
そうなのか。ソーニャはカイトの言葉にそう思うだけだ。当然、彼女は皇国に来るまで異族はほとんど見たことがなかった。まぁ、それで排斥意識を持つか、というと彼女は元々の扱いから同じ人間種の醜さを誰より良く理解していた為、どちらかと言えば種族よりその人個人がどうか、という所が重要らしい。
また、彼女自身はルクセリオ教の裏を知っていた為、教国人でありながら珍しく教徒でもない。異族達をどうとも思っていない様子だった。
「まぁ、ここらにあるのが基本的にはシンプルなデザインだろう。少し見てみると良い。何かあったら、オレか店員さんに聞けば良い」
「はい」
カイトの助言に、ソーニャが一つ頷く。幸いこの時間帯だからか人通りも少なく、比較的自由に見て取れた。そしてソーニャは美少女だが、カイトという男が居るおかげで店員側もさほど声を掛けてはこない。彼女としてもカイトが居てくれて安心だった。そうして、しばらくの間ソーニャはいろいろな品物を見て回る事にするのだった。
さて、ソーニャが雑貨店でここからの活動に備えた小道具を買い揃えて少し。改めて二人はミカヤの紹介してくれた美容品店にやってきていた。
「「「いらっしゃいませ」」」
「さて……ソーニャ。どんなのが欲しい?」
「えっと……一度見て回って良いですか?」
「そうだな。確かに教国の品と皇国の品は違うし、サンプルを嗅いでみないとわからない事も多いか」
それなら、一度見て回った方が良いだろう。どうにせよカイトにはソーニャの好みはわからない。となると、彼女に決めてもらう方が遥かに良かった。
というわけで、しばらくは彼女と一緒にいろいろなシャンプーやコンディショナー、ボディソープを見ていく事になるが、しばらくするとソーニャが混乱し始める事となる。
「……」
「え、えーっと……そこまで悩む必要は無い……んじゃないか? 何かこだわりがあるならまだしも、だが……」
先にカイト自身が言っていたが、皇国と教国では扱っている銘柄は大きく異なる。地球でだって国が違えば扱われる銘柄が違うのだから当然だ。が、ここで皇国と教国の差が出て来た。
皇国もしかもマクダウェル領の中心マクスウェル。ヴィクトル商会が本拠地を置く地だ。結果、世界中の匂いなどが集まり、ソーニャには混乱を来してしまったのである。というわけで、涙目の彼女に見つめられて、カイトは仕方がなく提案をする事になった。
「え、えーっと……良ければオレが頼んでいる品にする……か? 一応、良い品ではあるから……」
「お願いします……」
どうやらこの雑貨店が品揃え豊富な良い店であるのは事実だったらしい。が、それ故にソーニャには嗅いだ事の無い匂いが大量に出て来た結果、決められなくなってしまったようだ。
「すいません、ヴィクトル商会のロイヤル・ブルーはありますか?」
「ああ、ロイヤル・ブルーですね……大丈夫ですか?」
「ええ……気にしないであげてください」
相当な混乱を見せていたソーニャを見て困惑気味に問いかけた店員に、カイトは少し苦笑いを浮かべながら一つ頷いた。なお、ロイヤル・ブルーはカイトの好みに合わせて作られた物で、三百年前に出来た古参の銘柄だった。
今では冒険者達の間で験担ぎにされる事も多い銘柄だった。ただし、そういう事もあり値段はそこそこしたりするのだが、風呂好きな彼が気にするわけがなかった。
「えーっと……他に何か要る物はあるか?」
「その……アロマオイルがあれば」
「それなら、あっちだな」
ソーニャの要望を受けて、カイトはアロマオイルを扱った一角へと移動する。そうして移動した先で、彼はソーニャへと問いかける。
「それで、何を探しているんだ?」
「フランキンセンスオイルです」
「……なんだって?」
「フランキンセンスオイルです」
やばい。このオレをして聞いた事のない名が出て来たぞ。カイトは再度のソーニャの言葉に思わず冷や汗を搔く。大抵のアロマオイルにせよ花にせよ、カイトはユリィが教えてくれていたのでわかっている。が、聞いたことがなかったらしい。とはいえ、これの別名を聞けば、彼も理解できた。
「別名乳香とも言われる物です」
「ああ、乳香か。それならオレもわかるよ」
「……」
この男は何者なのだろうか。ソーニャは乳香と聞くなり理解を示したカイトにそう思う。伊達に数多の女性冒険者達をその女子力で沈めてきた勇者カイトではなかった。
「だが、まさかソーニャが乳香使うとはねー。結構高いのに……アロマオイル好きなのか?」
「いえ……教国で懇意にした方が、教えて下さったんです。夜寝る時にアロマを炊くと良い、と」
「へー……」
ソーニャの返答に、カイトはシェイラから少し聞いた事があったソーニャが復帰するきっかけとなった話を思い出す。どうやら、その子がソーニャにアロマの事を教えたのだろう。そうしてアロマオイルを探し出し、シャンプーなどのアメニティグッズ一式を買い足して二人は次の場所へと向かう事にする。
が、その道中での事だ。カイトがソーニャを先導する様に背を向けているわけであるが、その背にソーニャが触れた。
「ん?」
「……」
「……どした?」
「やっぱり……何やってるんですか、こんな所で」
どこか呆れたようなソーニャの声音に、カイトはようやく気付いてくれたか、とどこか嬉しそうに笑う。そうして、彼はその顔のまま後ろを振り向いた。
「やーっと気付いてくれた? ソーニャたんおひさー」
「何やってるんですか、本当に……」
先程までのギルドマスターとしていっぱしの風格はどこへやら、どこか軽い感じで笑うカイトにソーニャが盛大に呆れ返る。
「あははははは……ま、とりあえず一回落ち着いて話せる場所行くか」
「事情、説明してくれるんですよね?」
「当たり前。あ、落ち着ける場所で良いならベッド直行でも良いけど?」
「……撃ちますよ」
「ここ町中!? 少し遠慮して!?」
ぽぅ、と霊力の光を収束させたソーニャに、カイトが思わず制止する。しかも霊力であるせいで実質的に被害を与えられるのはカイト一人だ。というわけで、一旦二人は買い物を中断してショッピングモール内に設置されたカフェに向かう事にした。そうして、とりあえず二人は紅茶を頼み話をする事にした。
「あ、何か軽食を頼むか? 丁度三時のおやつ時だし、誘ったのオレだから奢るよ」
「その対価に一晩、なぞ言われても困りますので遠慮しておきます」
「わーい。ソーニャたんオレの正体気付いた瞬間一気に対応悪くなったぜ」
かつての様に楽しげに、カイトはソーニャの応対に笑う。こうでなくては面白くない。そう言わんばかりであった。
「ま、それはそれとして……とりあえず、別にそんな事は言わんよ。言ったらしばかれるし」
「……」
確かに、そう言われればそうかもしれない。ソーニャはアリスから聞いたカイトの事について思い出し、あれが演技だった可能性に気が付いた。そうして、彼女が問いかける。
「どちらが本当の貴方なんですか?」
「さて……それはわかりかねるし、答えかねる。実際、オレとしちゃソーニャとのあの状態でのやり取りは悪くなかった。今この場に居るのは、ギルドマスターとしてのオレ。あれはまた別のオレと言っても良いのかもしれん」
「……では、質問を変えます。なぜ、あんなことを?」
確かにカイトの言う事は尤もなのかもしれない。そう考えたソーニャはカイトへと質問を変更する。そんな彼女の問いかけに、カイトはこれは隠すまでもない、と明かした。
「皇国からの依頼だよ。皇国にとって教国が警戒するべき相手である事に違いはない。中枢に招かれたオレに支援を対価に、というのは何か不思議かな?」
「なるほど……ですが、それなら解せません。明かして良かったのですか?」
「もちろん。シェイラさんは気付いてたぜ? オレがどこかの密偵だってな」
「は?」
明かされた真実に、ソーニャが思わず仰天する。それに、カイトは楽しげに笑った。
「おやおや。ソーニャたん気付いてなかった様子……っとぉ!?」
「何度か言いましたが、たんで呼ばないでください」
「やだ」
「……」
こいつ、臆面もなく拒絶しやがった。ソーニャはあまりにはっきりと出された拒絶に思わず目を見開く。が、これがカイトの冗談であると気が付くのに、さほど時間は掛からなかった。
「……で?」
「あはは……まぁ、シェイラさんから預かってる伝言やらなんやらはある。そっち話した方が手っ取り早い。それで良いか?」
「さっさとしてください」
やっぱり扱い悪くなった。カイトはソーニャがいつもの調子を取り戻したのを見て、どこか嬉しげだった。というわけで、彼は元保護者であるシェイラから受け取った物を取り出す事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




