第2057話 新たなる活動 ――買い出し――
瞬の血の暴走。自身が半神半鬼である酒呑童子の生まれ変わり、そして彼の祖先帰りである事により起きた事象。これについては瞬専用の腕輪を作製する事でひとまずの方針が決定される。
そうして、その話し合いが終わった後しばらく。カイトは午前中一杯を書類仕事に費やすと、午後からはアリスとソーニャの二人に合流する事になっていた。というわけで、昼食を食べて少し。彼はギルドホーム内を歩いていた。
「さてと……ソーニャたんのお部屋はー、と」
楽しげに、カイトはギルドホーム内を闊歩する。そうして食堂から歩く事しばらく。ちょっとした改修を施した上層部が使う上層階に近い所の一室に、ソーニャの部屋はあった。と、そこに向かう道中だ。カイトは一度真剣な顔で壁に手を当てる。
「ふむ……」
壁に手を当てて目を閉じて、わずかに意識を集中する。そうして返ってくる反応に、一つ頷いた。
(ソーニャの引取が決まる前からしていた策だったが……まさかその被検体第一号がソーニャとはな)
カイトがしていたのは、霊力関連に対する防御の確認だ。元々桜を筆頭に冒険部にも数人霊力関連に適性を示していた者はおり、それが訓練を積んで本格的に動ける様になった場合に備えて、ギルドホームに改修を加えておいたのである。が、まさかそちらで有用になる前にソーニャに使うとは、彼も思っていなかった。
(まぁ、それはさておいても。これならある程度の霊障に対する防壁になってくれるし、階層としても上の方に置いている。街の影響は受けないだろう)
基本的にギルドホームの上層階というのは、どんなギルドでもギルドメンバーの生活空間となる。なので基本的には依頼人も上まで来る事はなく、普段生活する分には静かだ。
実際、夜になるとここらも人通りは少なくなり静かになる。そして元々が高級ホテルという事もあり、防音機能も十分だ。これで現状出来る事としては十分だろう。
「さて……じゃあ、行くかな」
兎にも角にもそれ以前の話として、まずは生活空間を整える必要がある。というわけで、カイトはアリスとソーニャの手伝いをするべくまずは彼女の部屋へと向かう事にする。
「ソーニャ、アリス。カイトだ。入って大丈夫か?」
『あ、はい。少々お待ち下さい』
扉をノックしたカイトに対して、中からソーニャの声が響いてくる。そうして、少しして扉が開いた。とはいえ、開けたのは二人ではなかった。
「ん? ああ、お前か。よ」
『……』
一瞬の困惑の後に片手を挙げたカイトに、付喪神の一人はにこやかに笑って同じ様に手を挙げる。どうやら新規入居者という事で、部屋の掃除を手伝ってくれていたらしい。その手にははたきがあった。というわけで、そんな付喪神に招き入れられ、カイトはソーニャの部屋に入る。
「悪いな、急に仕事が入っちまって」
「いえ……ありがとうございます」
やはり自身があのカイトと気付いていないらしい。カイトは礼儀正しいソーニャの様子に、内心で少しだけ笑う。とはいえ、そんな彼はそんな事をおくびも見せず、本題に入る事にする。
「二人共、昼食は?」
「あ、はい……頂きました」
「よし。口にはあったか?」
「少し、濃い味でした」
「そうか」
ソーニャの感想に、カイトは一つ微笑んだ。少なくとも味がわかるぐらいには、余裕はあるらしい。それがわかっただけ儲けものだった。
「で、午前中で片付けやらなんやらしてもらったが……何が足りていない?」
「あ、はい……えっと……」
「リストにまとめてあります」
一瞬周囲を探したアリスに対して、ソーニャが即座にメモ帳を取り出す。やはり元々がユニオンの事務員だからだろう。こういった事務的な処理についてはやはり慣れ親しんだものなのだろう。
「よし……じゃあ、ここから買い出しだが……街だが大丈夫か?」
「少しなら」
「そうか……まぁ、なるべく人混みは通らない様にするが、場所が場所だからそこだけは頑張ってくれ、と言うしかない」
「はい」
カイトの言葉にソーニャは一つ了承を示す。基本的に彼女の能力はシャーナと違い非接触でも発動してしまう。人混みは天敵と言っても良いのだが、生きていく上で人と関わらず生きて行く事は不可能だ。こればかりは、諦めて貰うしかなかった。
そしてもちろん、付喪神達に買い出しを依頼するわけにもいかない。他にもソーニャでしかわからない買い物だってある。彼女に行ってもらうしかなかった。というわけで、昼時をずらして仕事人達が再び仕事に戻り人混みも大分はけた頃合いに、二人――アリスは残って部屋の清掃などを行う事になった――は街に繰り出す事にする。
「基本的に、マクスウェルでは東町に行かない限りは問題ない」
「東には何があるんですか?」
「歓楽街だ。ソーニャの場合は、殊更行くべきじゃないだろう」
「……はい」
どうやらかつて自身が欲望に晒されていた頃の事を思い出したらしい。ソーニャが若干だがしかめっ面を浮かべる。
「まぁ、ギルドホームからは遠い。そこまで気にする必要は無いだろう。特にここらはマクダウェル公爵邸に近い所だ。治安は一番良い。おそらく、大陸で一番な」
これだけは、自身を持って言える事だ。そう言って、カイトはソーニャへと笑いかける。それに、彼女も少しだけ安心したらしい。
「わかりました」
「ああ……さて、まずは何から買いに行く? もしくは、どこを確認しておきたい?」
「えっと……まずはシャンプーなんかのアメニティグッズの買い足しを」
「ん? 備え付けもあったと思うんだが……足りてなかったか?」
「いえ……あの、その……少し別のは無いかな、と」
少しだけ恥ずかしげに、ソーニャが視線をそむける。どうやら単なる好みの問題だったらしい。とはいえ、それならそれで問題はない。カイトも笑って受け入れる。
「そうか。それなら、こっちだ。こっちにショッピングモールがある。土日は人通りが多いから避けるべきだろうが……今日は幸い平日だ。特に今の時間帯なら、それなりに人は少ないだろう。まぁ、基本は女性が多い所だから問題は無いとは思うから、慣れれば一人でも行けるだろう」
「はい」
平日の午後の13時を少し回った頃合いだ。この時間なら大抵の所は人通りはなく、そしてこれから向かうのは人が居ても基本女性が多い一角だ。というわけで、ソーニャも安心して行く事が出来た。
「ここが、ショッピングモール。基本的にはこの通り、通路は広い。この時間なら見ての通り人通りも少ないから、間隔を空けて歩く事も出来るだろう」
「……そうですね。これなら……」
確かに安心して歩けそう。ソーニャは平日の昼過ぎという事もあって混雑している、と言えるほどには人は居ないショッピングモールを見て一つ頷いた。そして何より、彼女にはまだここら一帯の女性らが抱く感情が自身が嫌悪するような感情で無い分気が楽だったのだろう。どこか肩の力を抜いたような印象があった。
「じゃあ、とりあえずアメニティグッズだが……さて、どこがあったかな」
ここはショッピングモールだ。なので基本は専門店が立ち並んでおり、その中にはソーニャが求めるアメニティグッズも手に入る店があるだろう。と、いうわけで地図を探して歩く事にしようとしたわけであるが、そんな彼に声が掛けられた。
「あらぁ……カイトじゃないの。何? またデート?」
「んぁ? って、ミカヤか。今からまた仕事か?」
「そーなのよ。ほら、今物凄い忙しいでしょ? 仕事良い所で切り上げたら、ご飯遅れちゃって」
カイトに声を掛けたのは、このショッピングモールでなくても有名人であるミカヤだった。どうやら昼を少しずらして昼食に入った事により、偶然にも戻りがカイト達の来訪と一緒になったのだろう。
「まー、今ばかりはなぁ。総会に襲撃食らっちまったせいで、魔道具の大半が喪失やら損壊した。魔道具作製はどこも大忙しだ」
「で、バルが予定より遅らせはするけどそのまま遠征隊出すー、でしょ? おかげでしわ寄せこっちに来ちゃって」
「あー……そうだなぁ。そこら、ちょっと一度言っとくか」
「そーして頂戴。ちょっと忙しさが想像以上よ。可能なら、後更に一ヶ月伸ばしてって」
一応ミカヤの専門は魔眼封じの魔道具作製であるが、だからといってそれ以外が出来ないわけではない。例えば革で作られた魔道具ならある程度の修繕は出来るので、今の忙しさから彼にも色々と仕事が舞い込んできているというわけなのだろう。
「わかった。掛け合う」
「お願いね……で、そっちの子は?」
「ああ、ソーニャか」
改めて話が飛んだのを受けて、カイトは若干ではない警戒を見せるソーニャへとミカヤを説明する。
「ソーニャ。彼はミカヤ。このショッピングモールで女性用の衣服を販売する専門店の店主だ」
「ミカヤ・ララツよ。よろしくね。これ、名刺。良かったら来てね」
「あ……ありがとうございます」
流石にソーニャも見ず知らずとは言えギルドマスターの知り合い兼専門店の店主となっては挨拶を交わすしか無いと思ったらしい。が、そんな彼女も名刺を見て、目を点にする。
「魔道具修繕師……?」
「ああ、ごめんなさい。カイトと一緒にいたから、うっかりそっち渡しちゃった。そっちは本業用」
「お前本業用の名刺持ってんの?」
「印刷所のお付き合いで作ったのよ……使わないけど」
「だわな」
からからからと笑うミカヤに、カイトも楽しげに笑う。彼の本業の魔道具の作製などに関わる方は基本おおっぴらにはされていない。なので名刺を渡す事はないし、基本は客が客を呼ぶ。
わざわざ売り込みを掛ける必要もなかったし、売り込みを掛けて下手に客が増えてしまっても面倒だ。付き合いで一応作ったものの、今まで一度も使わなかった。というわけで、そんな彼は改めて店の名刺を取り出した。
「で、こっちが本来のね。そこの店のオーナーもやってるの」
「はぁ……あの……モデルって書いてますが……」
「え? あ、ああ! もちろん女性用のモデルじゃないわよ!? 流石にこんな性格で話し方だけど、服はきちんと男性用よ!?」
もしかして女装しているのだろうか。そんな誤解を抱いていた様子のソーニャに、ミカヤが楽しげに笑う。
「そ、そうですか……」
「ええ。で、こいつとは本業側の客と職人の関係。最近だったら、二、三ヶ月ぐらい前に眼帯作ったわね」
「え?」
「ああ、オレも魔眼持ちでな。少し戦闘で魔眼暴走しちまって、こいつの世話になってた」
「はぁ……?」
あれ。何か引っかかる。ソーニャは手で片目を覆ったカイトに、妙な感覚を得る。当人で単に眼帯を着けているか否かなのだから、当然である。
「あ、そうだ。そう言えばあの眼帯。まだ持ってる?」
「ああ。と言っても今は流石に部屋に置いてきたが」
「あれ、一回調整やっとくから、また持ってきて頂戴。貴方の魔眼は本当に危険なんだから、いざというときに使える様にしておかないと」
「悪い、頼む。手が空いた時で良い」
どうにせよ特急で作って貰ったものを二ヶ月近く使ったのだ。そろそろ一度調整に出しておくべきではあった。というわけで、そこらの軽い話を終わらせた後、改めてミカヤが問いかける。
「で、ソーニャちゃんは何?」
「ああ、今回から新しくウチで雇った。上の方で依頼の管理を行ってもらうつもりだ。流石に事務の手が足りないからな」
「らしいわね。この間来た弥生ちゃんがそんな事言ってたわ」
「まぁな」
どうやら何度か店に来ていた弥生から、カイトの現状は聞いていたらしい。ミカヤはなるほど、と納得した様に頷いていた。
「で、自分で案内?」
「保護者から頼まれたからな」
「あら。身請けする気?」
「あっはははは。そりゃ良いね」
楽しげなミカヤに、カイトもまた楽しげに笑う。と、笑った彼はどうせなので、とミカヤに問いかける事にした。
「で、ここらにアメニティグッズ売ってる良い店ないか? お探しです」
「ああ、それなら私の店から少し行った所に、オススメの店があるわ。あ、後私の紹介、って言えば安くしてもらえるから、名刺使ってね」
「あいよ、サンキュ」
ミカヤの助言にカイトは一つ礼を告げる。そうして、また仕事に戻るミカヤと別れて、カイトはソーニャと共にアメニティグッズを取り扱う店に向かう事にするのだった。
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