第2055話 血の猛り ――原因と対策――
鬼の血の暴走により起きた瞬の暴走。それはカイトとルーファウスの活躍により、何とか死傷者ゼロで終わる事となっていた。そうして、瞬の暴走から一時間。飛空艇は改めてマクスウェルへと出発していた。そんな中、カイトは通信室に入って冒険部のギルドホームへと連絡を取っていた。
『なるほどのう……それは余も想定外じゃな』
「ああ……まさか酒呑童子の血が半神半鬼とは思わなかった」
カイトは改めて、酒呑童子の血筋について言及する。流石にこれについてはそう言うしかなく、ティナもまた驚きに包まれていた。
「にしても……なるほどね。それで、酒呑童子が眠らなかったわけか」
『じゃと、思われるのう。好き勝手にやる鬼とは聞いておったが、同時に筋も通すし弱者には手を出さぬ真の強者とも聞いておった。それ故に、なのじゃろう』
なるほど、と告げたカイトに、ティナもまたそれ故なのだろう、と道理を述べる。二人共、なぜ瞬が暴走しながらも遠征隊の面々に手を出さなかったか理解していた。それに言及していたのである。
「酒呑童子が抑えていたのか。というより、大方今もなんだろうが」
『じゃろうて』
そうでなければ、筋が通らない。カイトとティナは瞬の暴走をそう理解し、なんとも複雑な顔を浮かべていた。とはいえ、そんな彼が気を取り直す。
「まぁ、良い。兎にも角にも、現状先輩をどう扱うべきか、が重要になる」
『で、ちょっぱやでとりあえず解析を出させよ、と』
「ヒッキー何人目かにな」
やれやれ。そんな様子でカイトはジュリエットの事を思い出す。彼女なのであるが、事もあろうにマクダウェル公爵邸の地下に自室を勝手に作っていた。そして何をしているかというと、瞬の解析だった。
「家賃ぐらい払えと言っとけ。現状、先輩をどう扱えば良いか、判断しかねる。来た以上は役に立ってもらう」
『まぁ、それについては良かろう。その判断が正しいからのう……』
兎にも角にも現状、瞬をどう扱えば良いかわからない。そう二人は判断していた。なにせ半神半鬼の祖先帰りだ。色々とそれで筋は通る事があったが、同時に症例が少なすぎてわからない事が多すぎた。安易に判断を下すのは、些か危険だった。
『とはいえ、じゃぞ。あの力。使いこなせれば非常に有用と思うが』
「それはそうだろうな。今の冒険部に欠けているピースの一つには最適だ……いっそ、本気でフリンの奴をこっちに呼びたいが……無理ならコンラでも良いが……」
『無理じゃろ、それ』
「まぁな。言ってるだけだ、気にすんな」
フリンはクー・フーリン。コンラはその子の事だ。前者は言うまでもなく瞬の師で、弟子入りが確定している相手だ。今の瞬の力が暴走したとて、彼ならなんとか出来る。後者はまだ瞬と出会った事はないが、少なくとも悪い相性ではないだろう、というのが数年『影の国』で生活していたカイトの言葉だった。が、そもそもの問題としてどちらも地球に居る。なんとか出来るわけもなかった。
「さて、どうしたもんか」
『手は無い事も無いが……』
「ん?」
『まぁ、出来るかどうか、というよりどうやってそちらに持っていくか、という話にはなる。が、手が無いわけではない。無論、かなりの裏技にはなるがのう』
訝しんだカイトに対して、ティナは一つ断りを入れておく。実際、その顔には若干厳しいかも、というような色合いが見て取れた。
『契約者じゃ。先に見えた限り、酒呑童子と源頼光の両名の力をあやつは宿しておる。そして見た感じ、酒呑童子は炎属性に相性が良く、源頼光はお主も知っての通り、雷属性に相性が良い』
「あー……なるほどね。契約者の力で強引に人間側に引っ張るのか」
『そういう事じゃな。流石に半神半鬼では生半可な制御では通用せん。となると、もう大精霊様に頼るぐらいしかない』
「かねぇ……雷華。出来るか?」
『出来る……耐えられればであるが』
カイトの問いかけに、雷華がはっきりと明言する。耐えられれば、というのは雷の大精霊の契約者としての力を使い、瞬の肉体が耐えられればの話だ。が、これにカイトは問題ないと口にする。
「それはおそらく、問題ねぇな。血の暴走が生じていた時点での先輩の肉体的な強度は爆上がり。並のランクSの冒険者をも遥かに上回る。肉体的な話だけでいえば、おそらくバーンタインにも匹敵していただろう……あくまでも、肉体的な話に限るがな」
『なら、問題は無い。あれ程度の力があれば、十分に制御しきれるだろう』
「なーんか手を考えにゃならんかねぇ……」
何か良い手があれば良いんだが。カイトは現状、なんとか出来る手がそれぐらいしか思いつかず苦い顔だった。
『無いのう……後ひと押し、何かがあればという話なんじゃが』
「流石に現状、大神殿巡りなんぞ方針を立てられんからなぁ……」
大神殿。それは神殿都市に代表される大精霊達を祀る神殿ではなく、彼女らが保有する本当の神殿、ある種の聖域だ。契約者となる場合はそこで彼女らの試練を突破して、最後に彼女らに認められてようやく契約者となれるのである。が、それには幾つもの問題が立ちはだかっていた。
『そもそも、契約者となると言うて簡単になれるものでもなし。なにせ大精霊様の大神殿はそもそも場所がわからんからのう』
「本来は、な。オレは全部の属性の大神殿を知ってる。他にもやろうとすりゃ全部把握する事も可能だ」
『お主の知識は除外じゃ除外。んな特例ありえるか』
「三百年前は有効活用したけどな」
『そりゃ、そうせねばならんかったし、そうした方が良い土台があったからのう』
笑うカイトに、ティナは呆れた様にため息を吐いた。かつては大精霊から祝福された『勇者』としての神秘性などを最大限に活かすべく、カイト達には大精霊の神殿に挑んでもらった。
そうして出来たのが、エネフィアの有史上唯一の――そして全世界でも稀な――複数人の契約者と全ての大精霊と契約し祝福まで得た『勇者』からなる伝説級のパーティだ。
が、これは当時の絶望が蔓延した世界に約束された勝利という幻想を見せ、その幻想を真実にしてしまう為に必要だった事だ。そして何よりこれが成し遂げられたのは『勇者カイト』だから、という前提が付いてくる。今の『天音 カイト』では出来ない事だった。
「とまぁ、そら一旦横に置いといて。マジどうすっかね」
『それが思いつきゃやっとるよ。まぁ、妥当な線一旦は封印措置で抑えつつ、かのう。カナンと一緒じゃ。しばらく、瞬にはカナンと共に訓練させた方が良さそうじゃのう』
「それが、一番か」
実際の所、瞬の状況は言ってしまえばカナンと一緒だ。彼女もまた自身の因子が強すぎる為、力を解放すると暴走状態に陥る。であれば、対処法も一緒で良かった。そうして、カイトとティナはしばらくの間瞬の扱いをどうするか、の話し合いを続ける事になるのだった。
さて、瞬の暴走から半日。カイト達がマクスウェルに帰還した後の事だ。カイトは瞬とソラの二人に冒険部の統率を一旦任せると、自身は単身ジュリエットの所へと向かっていた。理由は言うまでも無いだろう。
「ああ、来たわね」
「悪いな、時間取ってもらって」
「家賃よ家賃」
カイトの問いかけに、ジュリエットは事も無げにそう告げる。彼女としても居る以上は役に立つ必要があるとは思っているらしく、基本的にカイト達からの冒険部絡みの依頼は率先して受けてくれる事にしていたらしい。
まぁ、本音としては滅多に手に入らない異世界人達のサンプリングが簡単に出来るから、という所だろうが、役に立つならカイトとしても何も言うつもりはなかった。
「で、結果を聞こう」
「口頭が良い? 資料が必要?」
「資料を頼む」
「これよ」
カイトの要望を受けて、ジュリエットが数枚の報告書を転送する。それを受け取って、ひとまずカイトは魔術を使って資料を脳内に直接読み込んだ。
「……なるほどね。おおよそは理解した」
「そ。それにある通り、基本は半神半鬼であるが故ね。神の因子が確認されなかったのは、封印されていたから。再測定の結果、神の因子が確認されたわ。ついでに言うと、貴方達があの子の暴走に関わっている間、サンプルに特異な反応があった事も報告しておくわ」
「共鳴したか」
高度に強い存在の場合、こぼれ落ちた体液が本体に共鳴し活性化する事はままあった。実際、カイトもそうだろう。彼の闘気の高まりに合わせて、どこかにあるというかつての堕龍の肉体も活性化している。それと同じで、採血された瞬の血は専門機関で保管されていた事で保存状態が良く、共鳴したのである。
「そういう事。それで、昨日の時点で私としてもおおよその推測は立てられていたわ。最近の戦闘力の急激な上昇は神の因子の目覚めによる物ね」
「筋が通り過ぎて嫌になるな」
「で、今回の暴走は神の血によるバフで鬼の血が活性化。闘争本能が暴走した、というわけね」
「やれやれ……」
やっぱり結論としてはそれか。カイトは見えていた結論にため息しか出せなかった。神の因子とは色々と特殊で、こういう事も起こり得たらしい。とはいえ、これで学術的な原因究明も出来たと言える。というわけで、彼はジュリエットに助言を請うた。
「それで、どうすれば良い」
「簡単なのは、両因子の封印」
「許容できんな。現状、先輩を失うのは痛いどころの話じゃない」
ジュリエットの提案に対して、カイトは一つ首を振る。無論、これが一番安全かつ確実というのは彼もわかっている。が、それは最初からわかっていた事で、そうでない解決法が知りたいから専門家に協力を仰いだのだ。これを出されても意味がなかった。そしてそんな彼の心胆を理解出来ないほど、ジュリエットは愚鈍ではない。
「でしょうね。現状、引退さえ睨んでいる貴方にとって彼とソラという子は二枚看板。どちらか一方でも欠く事は出来ない」
「ああ……どちらか一方を欠いただけでも、冒険部は終わる。マスターがオレ以外の場合は、だが」
「でしょうね……そもそもこれ、複合因子による暴走の一般的な治療法だし」
「治療法どころか単なる対症療法だ」
ジュリエットの指摘に対して、カイトは本質を突いて一つ笑う。複合因子、というのは人間種以外のハーフや複数の種族の混血に現れる複数の因子の事だ。これが極まったのが、カナタとコナタだ。そんな彼に、ジュリエットも笑った。
「そうね。今のは単なる簡単かつ最も確実な策。ノーリスクノーリターンな策ね」
「ノーリターンどころかこっちにとっちゃハイコストローリターンだ。デメリットの方が大きすぎる」
「貴方にとっては、そうでしょうね」
肩を竦めるカイトの返答に対して、ジュリエットは呆れた様にため息を吐いた。本来、何よりも優先されるべきは安全だろう。が、これをカイトは二の次にしていた。とはいえ、彼女にもその理由はわからないではなかった。
「冒険者としてやるなら、腕っぷしが何より重要だ。その腕っぷしを落として安全策を取ってたら、結局危険となんら変わらん。実際、上位の冒険者の何人かには複合因子による暴走の危険を有している、と報告されている奴だって居るだろう」
「ま、そうね。年に何人かは、ウチにも複合因子の暴走で、と患者が運び込まれてくるもの」
「そんなもんだ、冒険者なんてのはな」
どこか呆れる様に、カイトは首を振る。実際、死地に追い込まれては使えるものは何でも使わねば生き残れない。なら、封印は緩めに。何時でも使える様に準備しておかねばならなかった。無論、暴走しない様にきちんとコントロール出来るようにもしなければならないが。
「昨日、魔帝陛下から大精霊様による加護での補佐は聞いたわ、じゃあ、それ以外を」
「頼む」
「一つ。魔道具による封印。解放と封印を魔道具で頼ってしまうパターン」
「一番妥当な線か」
「ええ。私としてもこれがオススメ」
カイトの言葉に、ジュリエットは一つ頷いた。一番安全で、一番手っ取り早く、そして一番楽。先の因子の完全封印以外では最も一般的な物だった。とはいえ、これにもデメリットが無いわけではない。
「とはいえ、冒険者用になると費用はすこぶる掛かるわ。その点だけは私でもどうしようもない。ワンオフだもの」
「費用は問題にならん。そこらはなんとでもなる」
「さすが世界一の大金持ち……で。とりあえず、二つ目」
元々カイトは必要なら出費は惜しまないタイプだ。なので金銭については一切問題視しない。そんな彼に若干呆れながら、ジュリエットは次の手を告げる。
「逆に慣らす」
「慣らす?」
「逆転の発想よ。暴走するのは、自分の力に自分が追いつかないから。ならいっそ、ゆっくりと順応させてやれば良い。まぁ、第一案との併用をオススメするわ」
「なるほどね……」
確かに、それは良いかもしれない。普通はやらない手であるが、今の瞬の素の実力などを鑑みれば悪い手ではないし、出来る見込みもある。十分、なんとかなるかもしれなかった。そうして、彼は更に幾つかの提案をジュリエットから聞く事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




