第2054話 血の猛り ――目覚め――
暴走した瞬とカイト、ルーファウスの二人との戦い。それはルーファウスが瞬を食い止めた隙にカイトが瞬へと<<バルザイの偃月刀>>なる呪具を突き立て、因子を一時的な不活性化状態に持っていく事により終わりを迎える事になる。そうして気を失った瞬を連れたカイトは、丁度戦闘終了と同時に現れたソラの乗った飛空艇と合流していた。
「というわけだ」
『先輩が? マジで?』
さっきまで肌身に感じていた猛烈な威圧感は、間違いなくランクSの魔物にも匹敵していた。ソラは何度となく激戦を越えてランクS級の相手とも相対した事があればこそ、瞬の暴走によるものだとにわかには信じられなかったのだろう。
「オレもにわかには信じられんよ。が、見たままをそのまま語れば、そうなる」
『いや、そう言われても信じらんねぇよ……とはいえ、今先輩は大丈夫なんだな?』
「ああ……お前にならわかるだろうが。<<バルザイの偃月刀>>を使って因子を一時的な封印状態へと持っていった。早々暴走する事は無いだろう」
『あー……そういや、お前使えるんだっけ』
ソラはかつてのミニエーラ公国の非合法収容所でカイトから話半分に聞かされた魔導書の事を思い出す。そして彼は自身を慕う桜の弟の関係――クトゥルフ神話にも詳しいらしい――で、クトゥルフ神話もある程度は理解している。なので<<バルザイの偃月刀>>と言われても理解出来たらしかった。
「まぁ、そういう事でな。とりあえず、ナコトに解析して貰って作った術式で対応した。暴走の危険は無いだろう」
『わかった。じゃあ、警戒態勢は解除しておくよ。ああ、後それと、遠方で停止しておいてもらった瑞樹ちゃん達には戻る様に言っとく』
「頼む」
ソラの返答に、カイトは一つ頷いて通信を切断する。そうして、彼は今度は藤堂達の方を向いた。
「で……藤堂先輩方。そちらは大丈夫ですか?」
「ええ……幸い、こちらには一切手出しはしませんでしたので……」
「はぁ……まったくもって手間を掛けさせる」
やはり暴走していても自分達には一切手出しをしなかったからだろう。遠征隊の面々は瞬に怯えるではなく、どこかやれやれ、と言った感じで呆れている様子だった。
まぁ、因子による暴走はエネフィアでは割と知られている事象だ。元々因子が強いと言われていた瞬だ。彼なら起こり得ても不思議ない、と誰もが思い、少し過信したのだろう、と判断していた。実際、それで正解だった。
「天音もすまんな。瞬が手間を掛けた」
「いえ……まぁ、こうなるとは予想していませんでしたが、可能性はあった。少し気になる事もありますし……」
「ん? 何かあるのか?」
「ええ……と言っても、これはもしかしたら、という話ですが……」
そうかもしれないし、そうではないかもしれない。カイトは若干の苦味を浮かべながら、気を失ったままの瞬を見る。と、そんな彼へと声が掛けられた。
「『……それで、正解だ』」
「む? 瞬。起きたか」
「……いえ、違いますよ。酒呑童子。あんただな」
「『ああ』」
カイトの問いかけに、酒呑童子は一つ頷いた。そしてそれに合わせて、瞬の姿が変貌して瞬が夢で見た酒呑童子その人の姿へと変貌する。
「「「っ……」」」
「やはり、か」
あまりに圧倒的な存在感。現れた酒呑童子に、誰しもが身構える。が、一方の酒呑童子の方はまるで弱い奴には興味が無いとばかりにそれを無視する。唯一見たと言えるのは、カイトを除けばルーファウスぐらいなものだった。彼程度にまでなって初めて、見て良いかな程度だったらしい。
「で、あんたがこのタイミングで出て来た、という事は……オレの推測は正解か?」
「ああ……これが、答えだ」
「やはり、か」
見ればわかるだろう。そう言わんばかりの酒呑童子に、カイトも一つ頷いた。とはいえ、そんな事を言われてもわかるのは彼ぐらいなもので、それこそルーファウスさえ――元々彼は教国出身なのでわかる筈もないが――わかっていなかった。故に、藤堂が問いかける。
「どういう事だ?」
「そうですね……まぁ、これは学会で提唱された論文に書かれていた可能性の一つ、ではあったんですが……」
「が、学会で……そんなの、良く知ってるね……」
「ちょーっと厄介なお姉さんが情報提供して下さったんで」
呆れた様子の藤堂に対して、カイトはため息混じりに肩を竦める。実際、彼もジュリエットが情報提供してくれていなければ、その論文の事を知らなかったほどだ。
これについてはティナとリルからも論文を読んだ結論として可能性としてありえる、という返答を貰っており、考慮には入れていた。が、まさか本当に起きるとは、と驚きが勝っていた。それぐらい、起こり得る事ではないと思われていた事だった。
「ま、まぁ……それは良い。それで、どんな論文なんだ?」
「転生により祖先が自身の直系の子孫に生まれ変わった場合、そしてその血がある程度保持され祖先帰りが起こった場合、当人がどうなるかという論文です。エネフィアでは数例、実例が上げられている事ではあるのですが……」
まさかそれが先輩に起きるとは。カイトはどんな可能性を引き当てれば起こるかわからない事態に、困った様に肩を竦める。と、そんな彼に綾崎が問いかける。
「それなら、こうなる事も予想出来ていたという事か?」
「いえ……そうではないです。この可能性は本当に予見していなかった」
「無理だろう。なにせこいつは俺の血筋を知らないからな」
綾崎の問いかけにはっきりと明言したカイトに、酒呑童子もまた同意する。これについては、そうとしか言い様がない。なにせ酒呑童子の血筋と言われてもカイトも知らないのだ。
というより、茨木童子や酒呑童子の妻を知るカイトさえ、酒呑童子の半生さえ知らない。茨木童子自身、酒呑童子の半生はほとんど知らないとの事だった。というわけで、カイトは酒呑童子へと問いかける。
「教えてくれ。一体あんたの血筋は何なんだ?」
「古い鬼神だ……両面宿儺よりも更に古い、な」
「名は?」
「語っても知らん。古事記にも日本書紀にも乗らんような国津神だ。アマテラスならば知っているかもしれんが」
「ガチ神かよ……」
そりゃ強いわけだ。カイトは酒呑童子が異常なまでの強さを持っていた理由を理解し、ただただため息を吐いた。
「てことは、あんたは半神半鬼か。なるほど。それなら納得だ。いや、それぐらい強くないと、逆に筋が通らんか」
「そこは知らん。俺は単に半神として知り得ていた知識の中に、この可能性があったというだけだ」
「へいへい」
どうやら状況の大凡が理解出来た事で、カイトは半ばどうでも良くなったらしい。周囲の者が唖然となるぐらいに酒呑童子とあけすけに話をしていた。
「はぁ……後はジュリエットにでも聞いてみんと、詳しくはわからんか」
「好きにしろ。俺は単に答えを告げただけだ」
「はいはい……ま、後はこっちで調べるさ」
「そうしてくれ……っ」
どうやら、これで要件は終わりだったらしい。酒呑童子が再度、瞬の奥底へと引っ込んだ。そしてそれに入れ替わる様に、瞬が目を覚ます。
「……ん?」
「……瞬、か?」
「あ、あぁ……どうした、急に……ん? カイトに……ルーファウス? 二人共、どうしたんだ?」
目を覚ますなり綾崎以下遠征隊の面々には警戒され、居るはずのなかったカイトとルーファウスがその場に居るのだ。瞬が困惑するのも無理はなかった。というわけで、瞬が目覚めた事により、改めて彼へと状況の説明が行われる事になるのだった。
瞬が目を覚ましてから、およそ一時間。今まで何があったか、というのを聞いて、瞬は流石に盛大に落ち込んでいた。
「そうか……すまん。みんな、迷惑を掛けた」
「まぁ、流石に今回は仕方がないだろう。気にするな」
「それに、完全にコントロールを失っていたわけでもない様子ですしね」
瞬の謝罪に対して、綾崎と藤堂がフォローを入れる。なお、これは当人たちが預かり知らぬ事なのであるが、実は暴走した瞬が綾崎達を攻撃しなかった理由はきちんとある。
そしてそれは酒呑童子が大いに関係している事なのであるが、それを唯一気付いていたカイトは黙っておいた。当人達がそう思っている場で水を差す事ではないからだ。
「はぁ……で、二人共。二人にも迷惑を掛けた。ありがとう」
「いや……久方ぶりに良い運動になった」
「まぁ、オレの方は若干オレの見込みが甘かった、という点が無いでもない。注意しておくべきだった、とオレの方は気にしないでくれ」
瞬の感謝にルーファウスは恥ずかしげに首を振り、一方のカイトは可能性としてわかっていながら止めなかった自分の責任と明言する。
まぁ、流石に実例がほとんどなく、ジュリエットが持ってきてようやく見付かるような論文だ。その上で今回のような特殊な事例が幾つも絡む場合を想定しろ、と言われても流石に無理があるとは言えるだろう。今回ばかりは、防ぎ様の無い事故だった、と考えるのが吉だった。
「すまん……それで、これからどうすれば良い?」
「ひとまず、遠征隊についてはそのまま進めてください。ただし、流石に先輩は一度戻ってジュリエット・ゲニウスと会う方が良いでしょう」
「か……わかった。すまないが、飛空艇に乗せてもらって良いか? それと、兼続達には悪いが、遠征隊の帰りの指揮を頼む」
カイトの助言に対して、瞬もそれを素直に受け入れる。流石に自身でやってしまった、と思っている以上、逡巡さえ無かった。というわけで、後のことを藤堂と綾崎に任せると、瞬はカイトとルーファウスの二人と共に飛空艇に乗り込んだ。そうしてそんな三人を出迎えたのは、ソラだ。
「先輩。大丈夫っすか?」
「ソラか……流石に、大丈夫とは言い難いが……」
致命的に気落ちしているわけでもなさそうか。ソラは落ち込んだ様子の瞬を見ながらも、内心でそう判断を下す。幸いだったのはやはり藤堂達に被害が一切無かった事だろう。
あくまでも殲滅されたのは魔物だけ。ある程度指向性のあった暴走だ。それ故藤堂達も軽く考えていたし、瞬も深刻には捉えていたがまだ前を向けていた。
「先輩はそのまま今日はもう何もせず、部屋で休んでいてくれ。兎にも角にも、間違っても因子に魔力を注ごうとしないこと。まぁ、今着けているネックレスがあるので問題は無いが……外そうとすれば外せる。決して、外さない様に」
「わかっている。絶対に外さん」
カイトの注意に、瞬ははっきりと頷いた。そんな彼の胸には少し大きめの魔石が取り付けられたネックレスがあり、これが彼の因子を完全に無効化していた。
アユルの身に着けている腕輪の強化版で、万が一意図せずに因子に魔力が注がれてもこれが散らしてくれる事になっていた。その副作用として瞬の戦闘力も落ちる事になるが、戦闘させるつもりは毛頭ないので問題無かった。
「ああ……ルー。お前も助かった。今日はもうこのまま休んでくれ」
「ああ。カイト殿はどうする?」
「オレはしゃーないんで、現状をホームに報告してジュリエット・ゲニウスに取り次いでもらう」
「それなら、俺も同席した方が良いか?」
「来させる気か? やめてくれ」
瞬の確認に、カイトはため息半分で首を振る。休んでおいてくれ、という指示には彼女が来る事を防ぐ目的もあった。
「そ、そうか……ま、まぁ必要なら呼んでくれ。すぐに行く」
「ああ……じゃあ、全員お疲れ様。一旦は休んでくれ。もう領内だし、マクスウェルも近い。付近には軍の巡視も居る。問題は無いだろう」
若干頬を引き攣らせた瞬に、カイトは一つ頷いて改めて全員に休憩を指示する。そうして、彼は一人通信室へ向かう事にするのだった。
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