第2053話 血の猛り ――鬼――
カイト達が大陸会議に参加した一方で行われていたという瞬達部長連による遠征隊。そこに参加していた瞬であるが、彼は魔物との戦いに端を発しどういうわけか暴走を開始する。それを受けて放たれた緊急信号を受けて、大陸会議からの帰路に付いていたカイトとルーファウスの二人は遠征隊に合流。瞬との戦いを開始する。
「ぐっ!」
魔物の殲滅を終えるなりカイトめがけて突進した瞬とカイトの間に割って入りその攻撃を受け止めたルーファウスであったが、彼の顔には苦々しい色があった。
基本的に真面目なルーファウスとバトルジャンキーに近い瞬はお互いの相性もあり割と頻繁に組み手を行っている。なので彼の一撃を食い止める事は良くしているのだが、今回の一撃は明らかにそれを数倍にしたよりはるかに強かった。というより、<<原初の魂>>を使っていなければまず堪えきれなかった。
「ぐっ……これ……はっ!」
『鬼』の剛力を以って押してくる瞬に対して、ルーファウスは地面をしっかり踏みしめてなお堪えきれない事を理解する。というより、地面は草原。しっかりと踏みしめていても、滑るのだ。故に、彼ではなく地面が耐えきれずにルーファウスが吹き飛ばされる結果となった。
「っ!」
どんっ。まるで押し出される様に吹き飛ばされたにも関わらず、ルーファウスはまるで射出された様に一気に吹き飛ばされる。そこに、更に瞬が地面を蹴った。が、そこに。無数の鎖が迸る。
「!?」
「させんよ」
無数の鎖で瞬を拘束したのは、言うまでもなくカイトだ。彼の背後の空間から無数の鎖が伸びていて、瞬の体を雁字搦めに拘束していた。そんな鎖に対して、瞬は思い切り息を吸い込んだ。
「すぅ………がぁああああああああああ!」
雄叫びと共に、強大な力が迸る。そして雄叫びと共に瞬の力が瞬発的に増大し、鎖が粉微塵に砕け散る。そうして、次の瞬間。瞬の姿がかき消えた。
「がぁああああああ!」
吼える様に、瞬がカイトへと大鉈に似た大太刀を振るう。それに、カイトは背後に大剣を顕現させて防ぎ切る。そうして一瞬瞬の動きが止まった瞬間、カイトが指をスナップさせた。
「封」
無数の大剣が虚空に生まれ、瞬の周囲に突き刺さる。そうして、大剣を基点として瞬を覆う様に結界が展開された。と、そのタイミングでルーファウスが戻ってきた。どうやら相当遠くまで吹き飛ばされたらしい。
「やった……か?」
「さて……」
完全に封じ込まれ、一旦は止まった様に見える瞬を二人は注意深く観察する。が、どうやらそう簡単に事は進んでくれないらしかった。
『……』
「駄目か。ルー! 来るぞ!」
「っ! 了解した!」
諦めたのではなく、単に力を溜めているだけ。二人は瞬が動きを見せていないのを、そう理解した。そして、それは正解だった。直後、瞬の圧が爆発した様に増大した。
『ぐぉおおおおおおおおおお!』
雄叫びと共に、カイトの張った結界が砕け散る。が、防ぎきれない事を悟っていたカイトは直前に結界をある程度解除していた為、即座の行動に入る事が出来た。
「ふっ」
雄叫びで結界を破砕した瞬が次の行動に移る直前。カイトが一瞬で肉薄して瞬をサマーソルトキックの要領で蹴り上げる。そうして蹴り上げられた瞬であるが、彼は直後に力を放ってその場に急停止する。
「がぁ!」
「それは見えていた!」
カイトが打ち上げれば、確実に瞬は強引な制動を掛けてその場に立ち止まる筈。それを読んでいたルーファウスが、地面を蹴って彼へとタックルを仕掛ける。そうして、急制動の瞬間を狙い定めたタックルにより、瞬は更に上空へと打ち上げられる。
「ぐっ……?」
強引なタックルで吹き飛ばされ、瞬が周囲を見回し訝しむ。唐突に雲の上に出たのである。そうして、雲の上にカイトが着地する。
「ふぅ……ま、言ってもわからんだろうが、タックルの瞬間に先輩の背後に簡易の『転移門』を作らせてもらった。生憎だが、ウチの領土あんまり荒らされても困るからな」
誰が困るかと言うと、他ならぬオレが困る。カイトはここが自領地だからこそ、そして近辺に冒険部の遠征隊が潜んでいればこそ、距離を取らせる事を選択していた。
あのまま戦ってもしほかの魔物の群れが引き寄せられても面倒であった事もあった。と、それから数瞬遅れて、ルーファウスもまたその場に着地した。
「ふぅ……ここなら、存分に戦えそうか」
「ああ……が、久しぶりに中々強い相手か」
「カイト殿……身体の方は、大丈夫なのか?」
「大丈夫と思うか?」
カイトはルーファウスの問いかけに若干の苦笑いを浮かべる。今更であるが、彼の怪我はまだ完治しているわけではない。が、この場で戦えるのは彼とルーファウスの二人しかいない。なら、答えは決まっている。
「やるしかないなら、やるしかない。ただ、それだけだ」
「そうか」
らしい。過去世を呼び起こせばこそ、ルーファウスはここでカイトを止める言葉が無い事を理解していた。彼は何時だってボロボロになっても戦う事をやめなかった。それを誰よりも見てきていたのだ。それ故、彼はここに並び立つ事を選択する。
「なら、行こう」
「おうさ」
ルーファウスの言葉にカイトが頷き、闘気を纏う。そうして、彼が地面を蹴った。
「っ」
「どうした? この程度じゃあないだろう」
双剣と双剣がぶつかり合い、火花が散る。そうして、暫くの押し合いの後。カイトが押し勝った。
「おぉ!」
どんっ、という音と共に瞬が吹き飛ばされる。が、彼は強大な力を背景にその場に轟音と火花を散らしながら急制動を掛けると、大太刀を広げカイトへと肉薄する。
「させんっ!」
肉薄する瞬とカイトの間に、再度ルーファウスが割り込んだ。が、今度は過去世の力を背景に加速しつつ転移術で強引に割り込んで、真正面から激突した。
「このまま封じ切る!」
出来ればだが。ルーファウスは内心は別に、過去世の自身が得意とした氷を盾から解き放ち、瞬の身体へとまとわり付かせる。しかしそんな氷に反応したかの様に、瞬の身体が灼熱を帯びた。
「離れろ!」
「ぐっ!?」
何が起きるのかはわからないが、何かが起きる事だけは確か。そう理解したカイトがルーファウスを鎖で引き寄せ、強引に距離を取らせる。その直後だ。瞬が灼熱と紫電を纏い、一気にカイトの背後へと回り込んだ。
「む」
これは中々。カイトはおそらく瞬得意の<<雷炎武>>を使用したのだろう、と理解する。が、それ故にこそその速度はもはや音さえはるか置き去りにしており、一瞬だが反応が遅れてしまった。そうして、斬撃が迸る。
「カイト殿!」
「問題ねぇよ……危なかったがな」
極光と見紛うばかりの斬撃が通り抜け、その中から無傷のカイトが現れる。その彼の左手には魔導書があり、文字が光り輝きながらページが高速で捲れていた。一方の瞬はというと、アル・アジフから迸る光と押し合いを演じていた。どうやら、彼女による結界が間一髪間に合ったというわけなのだろう。
「それは?」
「ちょっとしたルートで手に入れた秘蔵品だったんだが……まさか身内に使うとはね」
「ちょ、ちょっとしたか」
明らかに並々ならぬ力を感じるのだが。ルーファウスはカイトの手にある魔導書を見ながら、若干頬を引き攣らせる。とはいえ、彼の場合は本当に少し危ないオークションにも参加しているので、それも不思議はないと思っていたらしい。特に気にされる事はなかった。と、そんな彼が左手に持つアル・アジフの一方、懐に仕舞われていたナコトが告げる。
『父様……解析終わった』
「よろしい。状況を教えてくれ」
『解析結果……血の暴走』
「見りゃわかる」
『鬼の血の暴走』
「見たわかんね!」
言われんでもわかるわ。ナコトの言葉にカイトは声を荒げる。と、そんな彼が左手に持っていたアル・アジフの光が収束し、一本の刃が出来上がった。それを、カイトは右手の鎖を消失させて右手で持つ。
「<<バルザイの偃月刀>>……で、中途省いて答えだけどうぞ」
『封印術式構築完了。出力終了』
「よろしい」
<<バルザイの偃月刀>>なる刃に宿った不可思議な刻印を見て、一つほくそ笑む。が、そんな不可解な光景に、ルーファウスが首を傾げた。
「だ、誰と話していたんだ……?」
「魔導書」
「本当にどこで手に入れたんだ……」
エネフィアでは意思を持つ魔導書という存在は広く知られている。そもそも魔導書はどんな物より魔力を溜め込みやすい性質を持つ。なので大凡全ての物の中で一番付喪神化しやすいのであった。
とはいえ、ここから実体を持てるかどうか、という所は魔導書の格となる為、カイトは敢えて実体化させずに魔導書のままにさせておいた。あくまでも今持っているのは一冊で、力は持つがある程度の物という所にしておきたかった。敢えて言えば、ランクAの冒険者でそこそこの伝手と資金、実績があれば手に入れられても無理のない品。その程度だ。
「実際の話、現状で考えればあまり無茶もできん。お前だって殺すわけにはいかんだろ?」
「それは勿論だ」
実際の所、瞬は殺しに来ているがカイトもルーファウスも彼は身内であるので殺せるわけがない。なので基本は非殺傷の攻撃を主軸に手を考えていた。
「さて……ルーファウス。とりあえずこいつを叩き込んで強引に因子を封印する。支援を」
「了解した」
何が何なのかはさっぱりわからないが、少なくともルーファウスにもこの状況下で魔導書を手にしたカイトが何かしらの手を考え付いているぐらいは理解出来ていた。故に彼はアル・アジフの光と押し合いを演じていた瞬へと、光を切り裂いて肉薄する。
「っ、おぉ!」
光を切り裂いて現れたルーファウスに、瞬が驚きを浮かべる。とはいえ、即座に彼は虚空を蹴って距離を取ると、そのまま牽制とばかりに両手の大鉈を振るい二筋の斬撃を生み出す。
が、その閃光が近付く瞬間。瞬はルーファウスがわずかに笑っていた事に気が付いた。そうして、直後。瞬の斬撃がルーファウスの氷像を粉微塵に打ち砕く。アル・アジフの光を抜けるあの瞬間、一歩だけ先に氷像に薄く幻影を投じた偽物を先行させ、瞬の目測を誤らせていたのである。
「おぉ!」
最大の効力を発揮するポイントを逃した事でわずかに減衰する斬撃へと、ルーファウスは氷を前面に展開して強引に突破する。これに、瞬は即座に急停止。大鉈を片方だけにすると、両手で構えて振りかぶる。が、次の瞬間。その真横から無数の槍が放たれた。
「!?」
まさかそんな事まで出来たとは。ルーファウスは今まで瞬が刀ばかり使っていたので、血に支配された事で槍を使えなくなったのだと思い込まされていたと理解する。
というわけで、彼は仕方がなくその場に停止。氷を前面に展開して槍衾を防ぎ切る。とはいえ、その顔は苦々しく、次に続く大斬撃が理解出来ている様子だった。が、そうはならなかった。
「残念だが、そこまでだ」
「っ……?」
背中に突き立てられた何かに、瞬が不思議そうな顔を浮かべる。突き刺さった筈の偃月刀からは一切血が流れておらず、痛みも無い様子だった。が、それで問題は無い。<<バルザイの偃月刀>>は本質的には物理的な攻撃を行う為の物ではない。魔術の補助具だ。
「封」
「ぐっ……っ」
カイトの口決に合わせて、ナコトが編んだ封印の術式が瞬の体内へと潜り込んで彼の体内で暴れ狂う鬼族の因子を封印する。そしてそれに合わせて瞬は気を失う事になり、彼の暴走は終わりを迎えるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




