第2051話 血の猛り ――模擬戦――
カイト達が瞬の暴走と遭遇する数日前から行われていた、冒険部の遠征。そこで瞬は自身の戦闘力の増大が因子による物であると理解すると、今回は訓練である事もあって一旦は鬼族の因子を使わず戦う事に専念する。そうして、初日の訓練を終えて遠征二日目。彼らは朝から荒野で少し大きめの訓練を行う事になっていた。
「今日は、そこそこ大規模な訓練だな」
「昨日で大凡の調子も掴めたので、帰る前に最後の締めで、という所ですからね」
瞬の言葉に、藤堂が少しだけ楽しげに笑う。やはり二日目になり自分達の実力の大凡が掴めたからか、二日目になると荒野地帯での訓練参加者は増えていた。というわけで、訓練の規模も少しだけ大きくなっており、この面子であれば群れと戦っても良いだろう、という程度にはなっていた。
「大体十五人という所か……これぐらいいれば、ある程度の相手とは戦えるな」
「だが、今回はあくまでも自分達の実力を知る為の訓練だ。あまり無理をするわけにもいくまい」
「そうだな」
綾崎の言葉に、瞬は一つ笑う。これについてはその通り、と言うしかない。とはいえ、昨日に比べれば幾分今の自分達の状態はわかっている。この場に来ている、という事は各々が昨日挑んだ所では十分に戦える、と踏んでの事だ。そこを踏まえる必要もまたあった。
「とはいえ、だ。昨日で十分に確認出来ているだろう。ある程度問題が無さそうなら、少し上の相手と戦っておいて、感覚を慣らすのも重要だ」
「それも、そうだな……まぁ、何かあればフォローは頼む」
「そのつもりだ」
この場では瞬が唯一、改めて腕の確認をしなくて良い冒険者だ。なのでもし万が一何かがあった場合には彼を主軸に考えて行動するべきだろう。というわけで、綾崎の言葉に瞬もまた同意していた。と、そんな事を話しながら荒野を歩く事暫く。それなりに開けた場所に、一同は臨時の野営地を設営する。
「こんな所か。まぁ、何かがあるわけでもないが……」
「それでも、しっかり休める場があるだけ御の字だ。違うか?」
「まぁな」
綾崎の問いかけに瞬もまた笑って同意する。野営地と言ってもそこまで仰々しいものではなく、一応持ってきた持ち運びが出来る椅子と簡易のテーブルがあるだけの野営地と言うのもおこがましいような簡易の休憩所だ。
と言っても一応常時で結界は展開する為、周囲を気にせず休憩する事が出来る場所だ。あるだけ確かに御の字だった。そして基本はここから見える場所で訓練を行う為、何かがあってもすぐに救援に入れた。
「さて……それで、今日はどの様にやる?」
「ひとまず、肩慣らしをしておきましょう。周囲に魔物も居そうにありませんしね」
「か……」
藤堂の言葉に、瞬も周囲の気配に耳を澄ませる。が、魔物が居る様子はなく、また少し遠くまで気配を見通しても居る様子はない。呼び寄せる事も難しいだろう。
というわけで、型稽古などで肩慣らしをしながら待つ事にしたようだ。と言っても、今回は訓練。順番で幾つかの班に分けて訓練を行っている。なので、瞬は藤堂と綾崎――自身と彼ら二人で三つの班に分けている――に告げる。
「先にやってくれ。俺は一番最後にしよう」
「どうする?」
「先にお願いして良いですか?」
「昨日の話か?」
「ええ」
綾崎の問いかけに対して、藤堂は一つ頷いた。そしてそれなら、と綾崎も一つ頷いて結界の外に出ていき、彼と同じ班となっていた者たちが型稽古などを開始する。というわけで、その間藤堂と瞬の二人が結界内に待機して敵の警戒を行いながら待つ事になるのだが、そこで瞬が興味深げに問いかけた。
「なんなんだ? 昨日の話って」
「プリショットルーティーンの事ですよ」
「プリショットルーティーン……」
プリショットルーティーン。それは何かの動作に入る前に必ず行う動作で、一連の流れを作る事で集中力を高め、動作のミスを無くすというものだ。瞬も地球時代には持っていたし、藤堂も何をか言わんやである。それは瞬も知っており、どういう動作だったか、というのを彼は思い出した。
「確かお前だと正眼の構えだったか?」
「ええ……これ、ですね」
正眼の構えとは剣道において基礎の基礎とも言える構えだ。元々が剣道家である彼は試合前に必ず取る構えと言えるそれを自身のプリショットルーティーンとして選んでおり、エネフィアに重要な戦いや強敵、難敵との戦いの前には必ず行っていた。そうして、自身のプリショットルーティーンとなる正眼の構えを取った藤堂に対して、瞬が問いかける。
「で、それがどうかしたのか?」
「これを、変えていまして。まぁ、まだ慣れていないので上手くいかないので……先に、と」
「変えた? なぜだ」
プリショットルーティーンを変える、というのは瞬もあまり聞かない事だったらしい。そしてせっかく長い時間を掛けて自分に順応させたプリショットルーティーンを変えるというのだ。かなり重大な決断と言っても良く、瞬の顔には驚きがあった。
「<<無刀取り>>など刀が不要な術技の練習するにあたって、正眼の構えというか刀ありきの精神集中がやりにくかったんですよ」
「<<無刀取り>>というと、あれか? 柳生新陰流の……」
「ええ。これでも古武術としては柳生新陰流に属する身。宗矩様や石舟斎様の動きを見て、学べるものがありましたので……安易に諦めるのもな、と」
「はー……」
それでわざわざプリショットルーティーンを変えているのか。瞬は藤堂の言葉に感心した様に頷いた。なお、一応言うが藤堂は石舟斎の<<無刀取り>>で殺されかけている。が、それが勉強になった、と前向きに捉えている様子だった。
「なぁ、興味本位なんだが、今はどんな形に変えているんだ?」
「自然体です」
「カイトと同じか」
「ええ……柳生新陰流とて本を正すと神陰流と聞きます。なら、そこにはどこか必ず同じ合理がある筈……そう、考えています」
それが正解かどうかはわかりませんけどね。瞬に対して、藤堂はどこか恥ずかしげに語る。そうしてそんな話をしながら待っていると、綾崎が戻ってきた。
「すまん。またせたな」
「いえ……では、次はお願いします」
「ああ。こちらが周囲の警戒にあたろう」
藤堂の申し出に、綾崎は一つ頷いた。そうして、その後も暫くの間藤堂や彼が率いる班員達の型稽古を見守りながら、瞬は自身の番を待つ事にするのだった。
さて、それから暫く。一同は型稽古による準備運動を一巡させると、手頃な魔物が現れるまでの間軽い組み手などを行いながら時間を過ごしていた。というわけで、瞬は藤堂と綾崎の両名を前に、構えを取る。
「よし……とりあえず、二人同時に戦えば良いんだな?」
「ああ」
「はい」
やはりさほど怪我をしていない瞬と、怪我を負った状態から復帰したばかりの藤堂と綾崎だ。元々の力量差に加えてその点が相まって、本気でなければ瞬なら二人同時に相手をする事が出来た。そして二人としても瞬が相手なら、遠慮なく戦える。
とはいえ、流石の瞬も冒険部でも有数の腕利き二人を相手に素で戦うのは厳しいものがある為、慣れる必要性もあって鬼の力を解放する。その代わり、<<雷炎武>>は抜きだ。これで、ほぼほぼ互角という所だった。
「っ……良し」
「っ……前の時でわかってはいたが、相変わらずの威圧感だな」
「ええ……生半可な相手ではない、と思い知らされます」
鬼の力を解放し槍を構える瞬に、藤堂と綾崎はわずかに冷や汗を流す。間違いなく猛者。そうわかるだけの威圧感があった。
「……」
「「……」」
僅かな間、瞬と二人の間で沈黙が交わされる。そうして、藤堂と綾崎が視線で意見を交わして、藤堂が地面を蹴った。
「っ」
来る。瞬は一瞬消えた様に見える藤堂が自身の前に超速で移動するのを肌身で認識する。今回、<<雷炎武>>による動体視力や反射神経の増幅は無い。なので一瞬本当に消えたかに思えたほどの速度だった。そうして、<<縮地>>で一瞬の内に肉薄した藤堂が、勢いそのままに居合斬りを放つ。
「はぁ!」
「くっ!」
流石に素の状態では厳しいか。瞬は咄嗟に防御が間に合ったものの、本当にギリギリ間に合ったと言える防御を鑑みてそう判断する。
とはいえ、鬼の力を解放していたおかげで剛力を得られており、防御の反動はほとんど受けていなかった。そしてそれとは対照的に藤堂にはかなりの反動が訪れており、顔にはしかめっ面が浮かんでいた。
「っ!」
「はぁ!」
「ぐっ!」
一瞬の鍔迫り合いの後、瞬は力技で藤堂を押し飛ばす。そうして藤堂を押し飛ばした彼は、即座にバックステップで後ろへと引いた。
「ふっ! はっ!」
「とっ!」
バックステップへ引いた瞬へと、綾崎が肉薄し正拳突きを放つ。それに再度瞬はバックステップで飛んで距離を取り、その場にしっかりと足を踏みしめた。
「ふぅ……」
「っ」
とんっ。軽い様に見えて、今の瞬より遥かに速い速度で綾崎が踏み込む。そうして先の藤堂より遥かに速い速度で、綾崎が瞬へと肉薄。左ジャブを放ち、瞬へと牽制を行った。が、それに瞬は一切避ける動作を見せなかった。
「ぐっ!」
「!?」
一切避けようとせず顔面で受け止めた瞬に、綾崎は思わず驚きを浮かべる。鬼の力で得られた防御力を以って、強引に受け止めたのである。そうして、直後。瞬は一切の容赦なく槍を突き出した。
「させません!」
「っ!」
「すまん、助かる!」
突き出された槍に対して、戻ってきた藤堂が割って入り槍を半ばから切断。綾崎へのカウンターを阻止する。今回はどちらもある程度は本気だが、同時にある程度でしかない。故に瞬の槍の強度もそれなりと言うしかなく、この一撃で断てたようだ。そして流石に武器を失っては瞬も引くしかなかった。
「ちぃ!」
「逃しません!」
引いた瞬に対して、それを見逃すほど藤堂も甘くはない。故に舌打ちして距離を取ろうとした瞬に対して、藤堂がそれを追撃する。そして<<雷炎武>>を使わないなら、速度は藤堂と綾崎の二人に分がある。流石に状況も相まって即座に綾崎が追いつく事こそなかったが、それでも満足に距離を取れる状態ではなかった。
「駄目か!」
仕方がない。瞬は仕切り直しが出来ない現状を受け、手札を一枚切る事にする。そうして、彼は追撃の手を緩めない藤堂に向けて、着地と同時に槍の残った柄を投げつける。
「っ!」
流石に今の瞬の投擲だ。速度は軽々音速を超過していたが、姿勢も良くなくあくまでも苦し紛れという感が見て取れた。というわけで、投げつけられた柄を藤堂は着地と同時に切り払い、それで残った柄の部分も消し飛んだ。
「まだまだ!」
「わかっているさ!」
一瞬足を止めた藤堂の横を、綾崎が通り過ぎる。そしてこのままではすぐに綾崎が来る事は、瞬も理解していた。故に彼は即座に無数の槍を編むと、その一本を自身で手に取って強度を底上げすると共に残りの槍を彼へと投ずる。
「っ!」
投じられた槍を見て、綾崎がしっかりと地面を踏みしめる。そうして、彼は拳一つで槍を叩き落としていく。それを迂回して、今度は藤堂が瞬へと肉薄した。
「はっ!」
「ふっ!」
流石に今度はある程度の距離があったし、瞬も目が慣れた事もあって藤堂の動きが追い切れたようだ。今度はしっかりと受け止められていた。
「はっ!」
「っと」
どうやら藤堂の方も瞬が順応してくるだろう、とは理解していたようだ。受け止められ先と同じ様に吹き飛ばされる事になったものの、彼は吹き飛ばされてもほとんど姿勢を崩す事なく地面に着地。追撃の姿勢を見せる瞬にしっかりと相対する。
「はっ!」
「ふっ」
一直線に放たれる槍に対して、藤堂は刀を振るって軌道を逸らす。それを受けて瞬が槍を引き戻したと同時に、横合いから槍を全て叩き落とした綾崎が仕掛けた。
「流石に、ここで攻めきれるほど甘くはないか!」
「当たり前だ!」
「当たり前です!」
笑う瞬に、藤堂と綾崎もまた笑いながら告げる。これで<<雷炎武>>でも使っていれば話は変わってきただろうが、今は所詮訓練だ。そして主眼はお互いではなく、魔物だ。本気でやるわけにもいかなかった。そうして、彼らはもう暫くの間模擬戦を続ける事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




