第194話 追加人員
予定通りに行ければ、明日には今章が終了します。
公爵邸にて天桜学園の事が公表されて数日。相変わらず冒険部上層部の面々は書類仕事に追われていたのだが、マネージャーが配属されたことと、全員が慣れたことでかなり時間に余裕が生まれ、今では一週間の内、2日程度の拘束で済むようになっていた。
「そいや早けりゃそろそろ帰ってくるんじゃね?」
「カイトか?」
書類仕事をしている最中、武器関連の書類を見たソラが思い出したように言う。それを受けて答えたのが瞬だったので、ソラが少し口調を改める。
「そうっす。あいつそろそろ帰ってくる頃じゃねえっすか?」
「ふむ……今日で5日目か。まあ、遅ければ一週間かかるらしいからな。帰ってくるにしても夕方頃だろう。」
「まあ、さすがに一週間はいかないよ。」
瞬の言葉を聞いて、ユリィが苦笑交じりに会話に参加する。
「一週間は誰か連れて帰ってくる場合は、って所。会うだけなら3日ぐらいだからね。」
「なら、だれか良い鍛冶師を紹介してもらえたのか?」
「さぁ……さすがにそこまではわかんない。唐突に魔物の討伐が入って、とかもあり得るしね。」
ソラと瞬、ユリィが会話をしていると、それを聞いていた瑞樹がふと疑問を呈した。
「鍛冶師……どの様な方なんですの?」
「イメージだと……なんか筋骨隆々の男性か、かなりシワだらけの老人?」
瑞樹の質問に魅衣が勝手なイメージを言う。まあ、海棠翁に竜胆はこのイメージそのままなのであながち間違いでは無い。
「そこの所、どうなんですか?」
話を聞いていた桜がティナに問いかける。
「さての。地球ではどうかは知らんが……此方だと筋骨隆々もおるし、シワだらけの老人もおる。普通の若者もおれば、女もおる。あまり見かけは当てにならん。」
そう言って更にティナが少し考えて自分の考える候補を上げた。
「妥当な所じゃと槐か。次点で竜胆じゃな。」
「あ、槐は無いよ。破門されたから。」
「ふぇ?」
ティナの予想を小耳に挟んだユリィが否定する。初めて聞く事実にティナが首を傾げた。そしてあまりに驚きの情報だったので、ティナが間の抜けた返事を上げる。
「んー……まあ、カイト居ないし向こうも聞いてる頃だからいいかな。」
少し考え込んだ後、ユリィは槐の一件をティナに教える事にした為、一時中断する。そうして全てを聞き終えて、ティナが溜め息混じりに頷いた。
「なるほどの。仕方があるまいて。」
「まあ、さすがに一門最大の戒律を破ったからね。今どこで何してるか、についてはさすがに私達でも把握してないよ。まあ、さすがにこっちに来たら挨拶はするはずだから、皇国には居ないんじゃないかな。」
ユリィが頭を振って少し心配そうな顔で告げる。生まれた里から追い出されたとは言え、公爵家が街への出入りを禁じてはいない。追い出された当初は公爵家に居候していたぐらいである。来ているなら挨拶に来ても、不思議はなかった。
「ふむ……まあ、カイトに懐いておった槐の事。挨拶に来てもおかしくは無いの。では次点で桔梗と撫子の二人じゃな。」
「私は最有力候補だと思うけどなー。」
カイトが中津国の村正一門を尋ねると言った直後にその未来を予想したユリィ。あの二人については、もはや諦めていた。
「ここ当分海棠爺ちゃんがかなり老けこんでたから次点そっちじゃない?ここ当分は竜胆が一門を引っ張ってたし。」
「そうか……アヤツは今、一門の長じゃったか。ならば仕方があるまいて。」
「そゆこと。で、鍛冶場の整理はどうなってるの?」
「それなら終わってる。出る前にカイトがひと通り確認してってたからな。」
その掃除に手伝わされたソラが答える。それを受けて、ユリィが再度思考を巡らせた。
「そっかー……後は人を待つだけ、か。材料の買い出しとかはどうなってるの?」
「そっちは来てから考えるってよ。」
「まあ、妥当かな。後はほんとに待つだけだねー。」
餅は餅屋、専門家に任せるのが上策と予算だけ確保しておいて、後は任せることにしてあるのである。そうしてそれを聞いて、ユリィがうだー、とカイトの机に突っ伏した。彼女の方は仕事が落ち着いたらしいので、のんびりとしたものであった。
「はぁ……こいつ修理してもらえっかなー。」
そう言ってソラが貰った玉鋼製の片手剣を撫でる。欠けが入ってからもどうしても、という場合には使用していたので、かなりボロボロになっていた。
「そろそろ私の武器も修繕してもらいたいですわ。」
「遠距離組以外はほぼ全員すでに買い替えどきですからね……。」
瑞樹、桜の二人の武器も修理待ちであった。一応予備の武器で依頼を受けているが、どうしても感覚が異なっている為、あまり無茶は出来なかった。だが、まだ二人は良い方だ。二人に対して魅衣が少し落ち込んだ様子で告げる。
「私なんてもう折れたわよ……」
レイピアという細身の剣を使っている魅衣の剣はすでに半ばから折れてしまっていた。レイピアの予備は特に消耗が激しいので、現在魅衣が使用できる武器は無いのであった。
「はぁ……マジでカイトが鍛冶師を雇う、って言った理由がわかるな。」
そんな面々の様子を見て、ソラが苦笑する。様々な理由から武器の消耗が激しい冒険者にとって、懇意にできる鍛冶師の存在は何よりもありがたいものである。それを知ってか知らずか彼等全員、鍛冶師の到着を待ちわびているのであった。
「みなさーん、マスターがお帰りになられましたよー!」
壁を突き抜けてシロエが現れる。
「お、噂をすれば、か。今何処よ?」
「1階の受付でミレイさんにメンバー登録をしてもらってます!」
「んじゃ、いくか。」
そう言って全員、カイトを出迎えに1階の受付へと向かうのであった。
その少し前。カイトは飛空艇を公爵邸の一角に着陸させてクズハ達に引き渡すと、直ぐに冒険部のギルドホームの前に立っていた。
「ここが、御館様の今の住居ですか?」
「まあ、そんなとこ。」
「これは……ご立派な建物ですね。」
殆ど元手を持たないカイト達が得るにしてはかなり大規模な物件だった。それ故にさすがに桔梗も撫子も目を丸くしていた。
「ああ、元は高級旅館だからな。訳あり物件だったんだよ。あ、荷物はそこら辺に居る箒やらなんやらに渡せばいいから。」
すでに付喪神が働いていることを知らせてあるので、二人が驚くことはなかった。そうして、カイトは変えていた性格を戻す。
「……よっと。これでいいか。二人共、もう準備はいいか?」
「はい。」
二人が頷いたことを確認したカイトは、玄関の扉を開き、中に入った。
「お!天音、帰ってきたか!で、鍛冶師っての見つかったのか?」
カイトが帰ってきたのを見つけた男子生徒の一人が声を上げる。
「ああ、入ってくれ。」
そうして二人を招き入れると、周囲が騒然となる。
「ほへ?」
カイトに声をかけた男子生徒がポカン、と口を開けて硬直する。周囲の生徒達も似たようなものであった。鍛冶師を連れてくる、と言っていたのに、連れて帰ってきたのは美少女である。瑞樹と同じようなイメージをしていたため、あっけにとられたのであった。
「お前、鍛冶師連れ帰るんじゃなかったっけ?」
「ん?鍛冶師だが?」
「どーみても俺達より力弱そうなんだが……」
どうやらこの彼は筋骨隆々の大男を想像していたらしい。そんな一同にカイトが苦笑しつつ、先に登録を済ませる事にする。
「まあ、彼女らの説明は全員が揃ってからにしよう。先に登録を済ませよう。」
「はい。」
そうしてカイトはミレイの元へと二人を案内する。
「ウチの事務関連をほぼ一手に引き受けてくれているミレイだ。」
「はい、初めまして。現在冒険部にてユニオンから嘱託書員をさせて頂いてますミレイです。」
「初めまして。桔梗/撫子です。」
ほぼ同じ声で完全にシンクロした答えにミレイが混乱する。
「え?あの、どちらがどちらなんですか?」
「私が姉の桔梗です。」
「私が妹の撫子です。」
そうして再び同時に答える二人。顔が少しだけ笑っているので、どうやら遊んでいるらしかった。
「青紫の髪が桔梗、赤紫が撫子だ。まあ、時々色変えて遊ばれるから、その時は頑張れ。」
苦笑しながらカイトがミレイに教える。
「え、あ、はい……では、此方の書類にサインと……」
カイトの補足でなんとか双子の名前を把握したミレイは、二人にユニオンに提出する冒険部加盟の書類を渡す。そうして幾つか書類に記名していると、ロビーの壁を突き抜けて、シロエが現れた。
「あ!マスター!おかえりなさい!」
「ああ、シロエか。今、帰った。」
「じゃあ、執務室の皆さんにもお伝えしてきますね!」
「ああ、済まない。頼んだ。」
「はーい!」
そうして再び壁を突き抜けて消えていったシロエ。数分後には今度は執務室に居た面々を引き連れて戻ってきた。
「お!カイト、帰ってきたか!」
一番初めにカイトを見つけた翔が声を上げる。それに全員がカイトに気づいた。
「ああ、ただいま。椿、来てそうそうに済まなかったな。」
一同の一番後ろに控えていた椿を見つけたカイトが声をかける。
「いえ、ご主人様。お帰りなさいませ。」
そうしていくつか椿と話をしている最中、ティナとユリィが桔梗と撫子に気づいた。
「ねー、言ったでしょ?」
「おお!お主らが来たのか!」
「ユリィさん、お久しぶりです……えーと、どなたでしたっけ?」
ユリィに気づいた二人だが、一方のティナには気づけなかったようだ。二人で同時に顔を見合わせた後、同時に疑問を呈する。尚、全く同時に語られる言葉に、周囲の面子は驚愕に包まれた。
「むぅ……余じゃ!ティナじゃ!」
「えぇ!ティナ様!何があられたのですか!?」
当たり前だが、二人にとってティナのイメージはスタイル抜群、圧倒的な美貌を誇る金髪金眼の妖艶な美女である。一方今のティナは子供体型に金髪碧眼という全く別物であった。
「まあ、いろいろと……ちょい、耳かせ。」
そう言ってティナは手招きして、二人にヒソヒソと事情を説明する。
「えーと、全くイメージと別物なんだけど、誰?」
「あ、二人は桔梗と撫子。双子だよ。」
「……見りゃわかるな。」
目と髪の色が異なるだけで、全く同じ容姿の二人が赤の他人です、と言われても信じられない。なので質問した生徒にしても直ぐに納得した。
「カイトの昔の仲間に村正一門が居るまでは説明したよね?その娘さんだよ。」
「初めまして。桔梗/撫子です。」
ミレイの時と同じく、全く同時に自己紹介をする二人。当然だが、周りの面子にはどちらがどちらかわからなかった。
「えーと、ごめん、悪いんだけどどっちがどっち?」
全員を代表して魅衣が問いかける。
「私が姉の桔梗です。」
「私が妹の撫子です。」
「……遊んでない?」
「あ、分かりますか?」
全く同時に答えられ、全員が肩を落とした。尚、カイトの知り合いである以上、普通の人材ではないことが確定していたので、初対面相手でも誰も突っ込まなかった。
「まあ、全員居るようだから、ここで挨拶しておいてくれ……きちんとしたのな。」
椿との話を終えたカイトが丁度良いと二人に自己紹介をさせる。
「では、改めまして……」
二人が同時にそこまでいい、そこから先は片方ずつ自己紹介を行った。
「私が姉の桔梗です。」
「私が妹の撫子です。」
そうして名前だけ別々に自己紹介をすると、再び同時に自己紹介を行う。
「私達は村正一門が二代目、竜胆の娘です。未だ鍛冶歴50年足らずの若輩ではありますが、よろしくお願いいたします。専門は刀鍛冶ではありますが、その他の武器についても修繕、改修等を行えるよう鍛錬を積んでいます。ご用命の際には鍛冶場にいらっしゃってください。」
そう言って二人は頭を下げた。それと同時に周囲からは拍手が起きる。それが静まった所を見計らい、カイトが声を上げた。
「と、まあ二人には通常鍛冶場で仕事をしてもらうつもりだ。尚、二人は一応いろいろな武器についての見識を積む、という理由で此方に来てもらっているから、積極的に持って行ってやってくれ……当然だが、口説け、という意味ではないからな。」
「お前が言うな。」
最も可能性がありそうなカイトに言われ、誰かがそう言う。尚、その言葉には全員頷いていた。それに、カイトが溜め息を吐いた。
「はぁ……オレは口説いた事無いんだが……まあ、良い。とは言え、二人が一日にこなせる仕事量も限られているからな。要は一人が足繁く武器の修理を依頼するな、ということだ。その点、気を付けてくれ。何か質問は?」
「しつもーん!」
「はい、そこ。」
勢い良く手を上げた男子生徒をカイトが指差す。
「二人は恋人とか居ますか!」
「あ、それなら御館様と婚や……」
「二人のプライベートに関する質問は後でしろ。」
桜や魅衣に目ざとく言いかけた言葉を察知されたカイトは、即座に話を遮る。これ以上藪を突かれる趣味はない。今ならまだカイトと断定される前に、潰せる筈、であった。まあ当然後でじっくり話すことになるのだが。
「じゃあ、はい。」
「はい。」
よく見れば、カイトが中津国へ渡る前に相談をした女生徒であった。
「武器の修繕って欠けた部品無くても大丈夫?」
「それでしたら同じ素材さえあれば、問題ありません……さすがに素材は皆さんに集めていただくことになりますが……」
「えっと……これとか、なんとかなる?」
そう言って女生徒は持っていた半ばから断たれた片手剣を見せる。
「その程度でしたら、一日頂ければ。」
「本当!」
「ただ……貴女用の調整を行いたいので、一緒にいていただきたいのですが……」
「ホント!そのぐらいなら喜んで!」
そう言って女生徒は喜んで鞘に入った片手剣を二人に渡す。
「お願いします。」
「はい。確かに……大切に扱っているようですね。鍛冶師冥利につきます。」
「うん。大切な物だから……」
「で、他に質問は?」
「はいはい!」
そうして、この後も幾つか質問を受け、二人は上層部の面々によって建物を案内されるのであった。
尚、その夜、やはりカイトは包囲されていた。
「で、カイトくん?」
「……はい。」
「だから言ったでしょ?」
「なぜカイトの周りに女が増えた所でここまで大騒ぎするのかのう……別に愛してくれるならそれで良いのではないか?英雄色を好むとも言うしの。」
「それとこれとは別ですわ!」
「さすがに昔の仲間の娘に手を出すとは……油断してたわ……」
そうして、数人の女生徒に引きずられ執務室に連行されるカイトの姿があったらしい。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第195話『鍛冶』




