第2028話 血の猛り ――数日前――
『鬼』と化して無作為な魔物の殲滅を開始した瞬。そんな彼との交戦を開始したカイトとルーファウスであったが、事の起こりは数日前に遡る。カイト達が参加した大陸会議が開始された当日の事だ。
『リーナイト』での一件を受けて大量に舞い込む依頼を片付ける事になった冒険部では、瞬を筆頭にした冒険部上層部残留組がその職務を遂行していた。
「ふぅ……」
ひとまず、これで今日分の書類仕事は終了か。瞬は朝一番に片付ける必要のある書類を書き終えて、疲れた様にため息を吐いた。まぁ、カイト、ソラ、瞬という冒険部上層部の看板となる三人の中で誰が一番書類仕事が苦手か、というと間違いなく彼だ。椅子に座っての書類仕事は一番苦手らしかった。と、そんな彼の所に綾崎が現れる。
「瞬。少し良いか?」
「ん? 綾人か。どうした? 怪我は良いのか?」
「ああ。今日からお墨付きもでた。それで少し、遠征隊を出せないか相談したい」
「遠征隊?」
確かに現状忙しい事は忙しいが、同時に必ずしも全員がギルドに控えていないとだめというわけではない。何より冒険部は規模だけでいえば皇国でも有数の規模になっている。人員だけは、整っているのだ。なので忙しくとも小規模な遠征隊を出す余裕が無いわけではなかった。
「ああ。先の一件で負った怪我の治療がある程度済んだ。それを受けて、一度遠征隊……と言えば仰々しいが、小規模な訓練という所か。二日程度掛けて、野営を行っておきたい」
「なんだ、そういう事か」
遠征というのだから、どれだけの規模なものだろうか。そう思って身構えた瞬であったが、話を聞いてみれば単に怪我を負って一週間近くも寝かされていたので、現状確認の為にも一度集中的な訓練を行っておこう、という所だった。そしてこれについては予めカイトもそういう申し出があるだろう、と認識しており、指示を残していた。
「問題無い。カイトからもそういう申し出があれば、受けて良いと言われていた」
「そうか。助かる」
「いや……それで、支度などは?」
「それはすでに藤堂と一緒に整えている」
「兼続も?」
どちらも今回の総会に出席するべく『リーナイト』に出ており、兼続は特に怪我が深いわけではなかったが、早々にマクダウェルに送られた者の一人だ。なので完治はもう少し時間が必要かな、と瞬は思っていたのである。これに、綾崎が笑う。
「俺も、その疑問は得たんだが……どうやら兼続の奴、自費でいくらか上等な回復薬を持っていたらしい」
「何?」
「元々、冒険部の職業柄こういう事は何時か起こると思っていて、天音の奴に相談していたそうだ。それで、回復薬の高級店を紹介してもらっていたそうだ。幾つか予備で持っていたらしい。それを使ったらしいな」
「そうだったのか……」
なるほど。兼続らしい真面目かつ手堅い手だ。瞬は綾崎から聞いた藤堂の差配に納得し頷いた。とはいえ、そういうわけなので冒険部の備蓄に加え、更に上等な回復薬を藤堂は独自に確保。今回の一件でそれを融通し、結果として彼の怪我も予定より遥かに早い段階で完治まで持っていけたそうである。
なお、残った分は冒険部に供出していたので、回復薬の流通が元通りになった頃合いでカイトが更に上等な回復薬を渡していた。
「とはいえ、そういう事なら兼続ももう問題無いのか」
「それを、調べたい」
「わかった。そういう事なら、止める必要も無いだろう。何時ぐらいに行くつもりだ?」
「大凡二日後か三日後には出発したい」
「ふむ……」
二日後か三日後という事は、準備もそこまで大掛かりなものではないな。綾崎の要望を聞いて、瞬はそう考えながら一度備え付けのコンピュータ型情報処理端末――天桜にあったパソコンを改良した物――の中にあるスケジューラを起動。何か問題があるか、と確認する。
(二日後だと……ああ、天道の帰還とかち合うか。む……そういえばアルもそろそろ帰還する、と言ってたか……? となると……)
どうしようか。瞬は一度、現状などを見直してどうするのが最適か考える。
(確か……考えるべきは誰が居て、誰が居なくなっているか。即応部隊と救援部隊との兼ね合いは大丈夫か)
そこをしっかり確認すれば、基本的な問題は出ない。瞬はカイトの助言を思い出す。そうして、彼はスケジューラを更に広げ、誰が居て誰が居なくなっているかを確認する。
(現状としては、天道と共に三枝と小鳥遊が遠征隊に参加中。この三人が戻ってからの方が良いか……そうだな。確か現状、フロドさんが怪我で治療中。まだ戻れないとの事だったな)
若干、現在の残留組の状況であれば戦力が気になるな。瞬は怪我の治療や大陸会議への同行、桜が率いる遠征隊への参加などの状況を見極める。そうして、それを行う事およそ五分。彼は一つ結論を出した。
「とりあえず、三日後で良いか? 二日後に天道が帰還する。で、その頃にはアルも帰還する筈だから……おそらく三日後には残留組の全員が復帰するはずだ。そうなれば、お前らが居なくても問題はないだろう」
「わかった。そういう事なら、三日後で予定を立てておこう」
別に遠征も必ず行かねばならないものではない。遠征に出ないでも確認しようと思えば確認出来る。ただ今回は負った被害が被害だった為、どうせなので他人から見てもらう事で見える物もあるだろう、と一緒に訓練をする事を提案したまでの事だった。
「よし」
「一条会頭。それなら、いっそ貴方も行かれては?」
「む?」
瑞樹の提案に、瞬が一つ首をかしげる。それに、彼女が道理を説いた。
「いえ……そもそも今回の遠征隊は基本、部活連合の所属者が多数。基本、一条会頭も一緒に居ますわよね?」
「まぁ……たしかにな」
先にトリンがソラに説いていたが、基本的に部活連合に所属する部活生達は瞬の部下にも近い。なので彼が遠征に出る際には基本的に部活生達を基本として構成しており、瑞樹の指摘は尤もではあった。
「となると、一度ご自身で見られておくのがよろしいかと」
「それは……まぁ、確かに出来るのなら、という所だが。サブマスターが全員居なくなるのも、だめだろう」
「三日後でしたら、桜さんも戻られていますわよ」
「だが、帰還してすぐに任せるのもな……」
どうなのだろうか。瞬は瑞樹の指摘に対して、若干の難色を示す。
「それでしたら、問題は無いかと。戻ると言っても戻りは朝一番ですから」
「む? そうだったか? む……」
改めて桜の行動予定表を見直すと、確かに朝一番には戻る予定になっているらしい。そして定期的に送られてくる報告によると、今回の遠征は若干予定より早いペースで進んでいるらしく、問題なく朝一番に到着できそうだ、とあった。瑞樹はそこらを見ていたのだろう。
「確かに、朝帰還の予定が早朝になっているな……ふむ……」
基本的にどの街でも夜間の入場規制はある。無論冒険者達が居るので戦時中でもなければ完全に入場規制がされているわけではないが、そういう理由で誰もが起き出して行動しだす朝の街への入退去は混み合う。
なので早朝は案外空いている事が多く、規模の大きいキャラバンなら早朝に申請やらを済ませてしまって、さっさと入る事も多かった。
「綾人。出立を朝一番が過ぎた頃で大丈夫か?」
「問題ない。というより、その予定で進めている。朝一番は、こちらも朝練をしているからな」
「それもそうか」
綾崎の指摘に、瞬もまた笑う。カイトがそうである――というより、彼を見て全員する様になった――様に、基本的に冒険部でも武闘派で通っている面子は朝一番に起きてからする事は、と言われれば鍛錬というぐらいには朝練が習慣付けられている。
なのでよほど朝一番でなければならない遠征隊でなければ、出立は朝一番を避けて動きやすい時間帯が選ばれる事が多かった。
「なら、朝一番に天道に引き継ぎを行って、その後に俺も参加するか。最近、座りっぱなしだったしな」
「そうか……まぁ、今回の遠征は何かをするものでもなし。お前が加わっても一切問題はない」
今回は敢えて言えば集中的な訓練という所だ。遠征というより部活動の合宿と言う方が近いだろう。なので誰が参加しようと、問題は無かった。
「そうか……なら、有り難くそうさせて貰おう」
どうせカイトが帰り次第、そちらに引き継いでまた冒険者としての活動だ。瞬はそこらを考えて、遠征隊に参加する事にしたらしい。というわけで、彼は三日後の遠征に備えて書類仕事を急ぎ片付けていく事にするのだった。
さて、それから三日後。帰還した桜へと朝一番に引き継ぎを行うと、瞬は改めて遠征隊に参加していた。とはいえ、今回は執務室での統率業務もあったので、準備などについては藤堂や綾崎ら部活連の部長達に任せており、どういう形でするのか、というのは把握していなかった。というわけで、彼は馬車に揺られながら行き先などを確認する。
「で、今回はどこへ向かうんだ?」
「今回は北西部の草原地帯の北部だ。丁度荒野地帯と森林地帯、草原の三つに移動出来るポイントがあっただろう?」
「ああ、あそこか」
学園の更に北。新たに出来たモアナ村の更に北に暫く向かった所に、小さめの森があった。そこは少し強めの魔物が居るという事で活動開始当初は近寄らない様にしていた場所であったが、今の冒険部の実力ならそこそこ挑める様になっていた場所だった。
「あそこらなら、状況如何では洞窟やら色々と行ける。あそこに拠点を置いて、何人かで集まって行きたい所に向かうか、とな」
「なるほど。一応の拠点だけ用意しておいて、後は各個人でというわけか」
「ああ」
やはり各個人によって確認したい所は違ってくる。そこらを鑑みた場合、一緒くたの訓練というのは中々に難しい。が、今回拠点を設営する予定の場所であれば、幾つかのポイントに足を伸ばせる。そして草原地帯は見通しも良く、迷う事も無い。周囲の魔物にも弱い魔物が多く、拠点を置くには最適だった。
「となると、着いたら一旦は拠点を設営し、後は自由行動か」
「そうなるな」
「で……兼続。刀、代えたのか?」
「ああ、これですか」
綾崎との打ち合わせを終わらせた瞬の問いかけに、藤堂は少しだけ苦笑する。彼は瞬と綾崎の会話中、ずっと刀を調整していたのであった。それを見て、代えたのか気になっても不思議はないだろう。
「ええ……以前の物はこの間の戦いで砕けたので……戦いの途中からはどこかの方が下さったこれを使っていたんです」
「どこかの方?」
「わかりません。中津国の方だと思うんですが……」
すぅ、と藤堂は刀の反りを確認しながら、困った様に笑う。
「天音くんに確認したら、おそらく<<土小人の大鎚>>の鍛冶師だろう、という事なのですが……」
「わからない、と」
「流石にあの状況では、と」
流石に十数時間にも及ぶ激戦だったのだ。量産品を使っていたような多くの冒険者は武器を失っており、それに対して<<土小人の大鎚>>が急いで修繕をしたり、急造した武器を提供していたりしていた。
彼らは彼らの戦いをしてくれていたのである。というわけで藤堂も武器を失い、どこかから現れた中津国風の衣服に身を包んだ鍛冶師に刀を貰ったのであった。とはいえ、そんな武器は急造品には見えず、かなりしっかりとした拵えだった。
「にしては、かなり良い拵えに見えるが」
「ええ……なので一応返却しようと思ったんですが……<<土小人の大鎚>>に問い合わせた所、必要無い、と」
「そうなのか」
必要無い、と言われたのならそのまま有り難く使わせてもらおう。武器を新たに手に入れようとすると、色々と手間なのだ。藤堂はそれ故、今自分に合わせた調整をしていたのだろう。と、そんな彼を見ながら、瞬がふと呟いた。
「ふむ……俺も槍を一つ手に入れたいんだがな」
「必要なのか?」
「流石に、そろそろ一つ手に入れるべきか、と思い始めた」
あの連戦の際、魔力の消耗は何よりもキツかった。瞬はそれを思い出し、実体を持つ武器を手に入れる重要性を改めて再認識していたらしい。カイトが戻ったら一度相談しよう、と考えていたらしかった。そうして、一同はここからどうするかを話し合いながら進んでいくのだった。
お読み頂きありがとうございました。




