第2047話 血の力 ――真紅の光――
魔族領にて開かれた大陸会議にオブザーバーとして参加したカイトとソラ。そんな二人は魔族領にて会談を行うというハイゼンベルグ公ジェイクとリデル公イリスを筆頭にした使節団と別れると、迎えとしてやって来たホタルが操縦する飛空艇で一足先にマクダウェル領へと帰還していた。
そんな彼らであったが、その道中。冒険部が使用する緊急事態を報せる信号をキャッチし、急遽そちらに向かう事になる。そんな中。カイトは緊急事態という事もあり、ルーファウスと共に飛空艇に先駆けて緊急事態の信号が発信された所へと向かっていた。
「ルー。問題は?」
「無い。何時でも戦闘可能だ」
「よし」
飛空艇に先駆けて救援に向かいながら、その道中で二人は急ぎ戦闘の支度を整えていた。基本的に緊急事態を報せる信号が発信されるのは、何か今の隊ではどうしようもない魔物が現れた時だ。
その場合、冒険部では基本的に緊急時に用意されている結界を展開し、一時的に避難。救援を待つ事になっていた。今の所、これで死者を出さずに済んでいた。と、そうして南へ向かう最中。ルーファウスがカイトへと問いかける。
「カイト殿。今から向かう領域ではどの魔物が出る? 確かまだ俺はあの一帯には足を運んでいなかった筈でな」
「ああ、信号が発信された一帯か」
確かに緊急事態という事で急いでいるわけであるが、移動は飛空術を使ってのものだ。なので普通に話す事は出来る。なら、今の内に情報の共有をしておくべきだろう。というわけで、カイトはさっとルーファウスへとこれから向かう一帯の魔物の情報を共有する。
「これから向かう先は荒野地帯と森林地帯の境目という所か。正確な場所はわからんから、どちらでもあり得る」
「森だと厄介だな」
「ああ。探しにくいが……まぁ、逆説的に魔物の側からも見付かりにくい。逃げられていれば、大丈夫だろう」
ルーファウスの懸念に対して、カイトは一つ頷きながらも悪いばかりではない、と明言する。そうして、彼は更に魔物について言及する。
「で、あそこら一帯だと森林地帯だと強い奴で『オーガ』系だな。亜種も出る可能性はある。そして活動領域の関係で、荒野でも時々確認されているそうだ」
「隊の構成次第だと、厳しいか」
「ああ。おそらく、そこらの出会ったらヤバい奴らに不運にも遭遇した、という所だろう」
基本的に冒険部では遠征に際して、ランクSの魔物が出る地域には決して行かない様にしている。依頼としてもこちらには回さない様に命じている。
なので出会ったが最後というような魔物に遭遇する可能性は無いが、ランクB程度までなら普通に遭遇する可能性のある依頼は受けられる様にしている。不運にも出会う事はあったし、そのための緊急信号だ。セーフティを設けたのがカイトである以上、彼は率先して動くのであった。
「他には?」
「荒野なら『タイガー』系が怖いが……森だと『ウルフ』系の群れに囲まれて、という場合もあるな」
「前者なら戦力次第。後者なら群れなら戦力よりこちら側の数次第で確かに危険か」
ルーファウスは現状何が危険か、というのを想定する。前者も後者もどちらでも何とかはなりそうではあった。が、その何とか仕方もそれ次第だ。
「カイト殿。前者なら、こちらが即座に割って入る。支援を」
「ああ。それが良いだろうな」
基本的な話として、ルーファウスは防御型。敵の攻撃を防ぐ事に長けている。なので敵の攻撃を食い止めて、カイトがその隙に仕留めるという常道を考えたようだ。そして彼はカイトの承諾を受けて、更に続ける。
「よし……それで『ウルフ』系なら、これはもうカイト殿にまかせて良いか? こちらは手を出さない方が早そうだ」
「りょーかい。ま、確かにそれが良いか」
先にカイト自身も言っていたが、『ウルフ』系の魔物で怖いのは群れに遭遇して数を相手にしなければならなくなった場合だ。が、この場合一体一体の強さはさほどではなく、そうなると今度はカイト一人で事足りた。
なら、下手にルーファウスが手を出すより、カイト一人に任せた方が遥かに楽かつ確実に救助が出来るだろう。そうして、難敵の想定とその対処を進めながら飛翔を続けること少し。二人は信号が発信された付近へと到着する。
「これは……」
「なん……だ?」
なにかはわからないものの、底冷えするような力の奔流を感じる。二人はそれ故にその場に停止し、状況の見極めを行う。
「カイト殿。これは明らかに、普通ではないぞ」
「ああ……この領域。どこかからランクS級が出たか……?」
ここらにランクS級が出現した、というのを聞いた記憶は無いんだが。カイトは苦い顔を浮かべながら、最悪の最悪を想定する。が、この底冷えするような威圧感は明らかに尋常ではないし、油断出来る状況ではなくなっていた。
「ルー……」
「ああ……流石に、これは」
本気で取り掛かる必要があるだろう。二人は現状を鑑みて、即座に頷きを交わす。そうして、一旦無策に突撃はせずにどちらも準備を行った。と言ってもやる事は、というと<<原初の魂>>を解放する事だ。そうして何時でも解放出来る状態に持っていった後、二人は更に進む事にする。
「カイト殿。このまま空中を行くか?」
「しか、無いだろう。どちらかというと遠方まで見れなくなる方が厄介だ」
「か……」
本当なら、速度も落として進みたいが。ルーファウスはカイトの言葉に同意しながらも、現状を考えてそれも厳しいと理解していた。それ故、二人は意を決して、しかし十分に周囲の警戒を行いながら進む事にした。
「……カイト殿。この領域だと、俺が前線に出る」
「そうしてくれ。一撃を防げれば、オレが仕留める」
「なんとか、してみよう」
この領域だ。油断していれば最悪一撃でやられる可能性は十分にあり得た。それ故、ルーファウスは気合を入れて頷く。そうして、ほぼほぼ無言で進む事暫く。進路上に唐突に真紅の閃光が迸った。
「「っ!」」
とてつもない威圧感を感じて、二人は思わずその場で停止する。どうやら、これが異変の原因らしい。そして確かにこれなら、緊急信号が発信されても無理なかった。
肌身に感じる威圧感は明らかにランクS級の領域だったからだ。これなら例え<<原初の魂>>を解放した瞬――そもそも彼が率いる隊かは不明だが――であったとて、到底相手にならない可能性とてあり得た。そして同時に、それ故にこそ二人も迂闊には近寄らずまずは現状の確認を開始する。
「ルーファウス。一旦降りるぞ。場所はわかったからな」
「ああ」
「降りた後は、警戒を頼む。こちらは現状の確認を行う」
「わかった」
兎にも角にも、増援の要請を行った部隊が現在どこで何をしているか、という事を把握しなければ話にならない。ランクSが相手なら、戦わないで良いのなら戦わない方が良い。最悪は後でカイトが密かにかたを付ければ良い。優先するべきは、冒険部の救助だった。
「こちら天音。偶然帰還中に緊急信号をキャッチした。誰か届いていれば、現状を教えてくれ」
『ああ、天音か! 助かった!』
「この声は……藤堂先輩? まさか先輩が?」
『苦言は無しにしてくれ! 今はそれどころじゃない!』
何をしているんだ。そんな様子を見せたカイトに対して、藤堂は苦い顔でそう告げる。そしてこの言葉には、カイトも確かに、と頷くしかない。
「わかっています。苦言は後で。ひとまず、現状の報告を」
『ああ』
カイトの促しを受けて、藤堂は一つ頷いて現状の報告を行う。が、そうして報告を聞いて、カイトとルーファウスは驚きしか浮かべられなかった。
「これを……」
「瞬殿が?」
今も感じる威圧感。その正体は、暴走した瞬だという。何が起きたかは定かではないが、結論から言えばそういう事だったらしい。そして、驚きを隠せない二人に綾崎――どうやら今回は部長連が中心となり出ていたらしい。瞬も会頭として率いていた――が頷いた。
『ああ……偶然、少し強力な魔物の群れと遭遇。あいつが主軸になり、戦闘を行う事になった。そこで若干苦戦したので、<<原初の魂>>を解き放つではなく血の力を解き放った様子なのだが……唐突に奴が真紅の光に包まれて、またたく間に敵を殲滅。が、そのまま奴はどこかへ消えた』
「それでは、先程の光は……」
『おそらく』
それが瞬だろう。綾崎はカイトの問いかけに一つ頷いた。それに、カイトは簡易の使い魔を創造。先の真紅の光が迸った地点へと移動させる。
「どうだ?」
「……居た。どうやら、確かに先輩らしい」
ルーファウスの問いかけに、カイトは苦い顔で一つ頷く。どうやら消えたという瞬であるが、そのまま戦闘を行っていたらしい。周囲には魔物の死骸が散乱しており、中には竜種も死骸もあった。と、そんな彼の圧倒的な魔力に引き寄せられたからか、更に魔物の一団が彼へと接近する。
「「っ!?」」
再び迸った真紅の光に、カイトとルーファウスは身を固くする。そうして、次の瞬間だ。『鬼』の咆哮が鳴り響いた。
『おぉおおおおおおおおおおお!』
ビリビリビリ。大気が鳴動し、地面が揺れる。それは敵を殲滅せんとする『鬼』の戦いの開始の合図。そうして、直後。猛烈な闘気が渦巻いて、可視化した。それを見て一瞬呆けたルーファウスであるが、意を決した様にカイトへと告げる。
「……カイト殿。想定と些か違うが、行くしかないと思う」
「だーろうな。手間が掛かるが……やるしかない」
現状、敵は何かというと瞬らしい。そして彼が正気を失っているのは明白だ。という事は、一戦は免れないだろう。とはいえ、今の彼は間違いなくランクS級の冒険者でも上位層に位置する戦闘力だ。真正面から戦いを挑むのであれば、<<原初の魂>>を使うしかなかった。
「「っ」」
二人は一瞬で<<原初の魂>>の展開を終わらせる。元々支度はしていたのだ。そうして、二人は意を決して魔物の殲滅を開始していた瞬の所へと接近する。
「先輩! 聞こえているか!」
「瞬殿!」
とりあえず、戦わないで良いのなら戦わない方が良い。カイトとルーファウスは絶賛一方的な殲滅というしかない戦いを展開する瞬へと、ひとまず呼びかけてみる事にする。それに、瞬はわずかに動きを停止する。
「っ」
行けるか。わずかに動きを止めた瞬に、カイトとルーファウスは僅かな期待を覗かせる。が、その次の瞬間。『ゴブリン』種の亜種が瞬へと攻撃を仕掛けた。
「っ! がぁああああああああああああ!」
雄叫びと共に、瞬は自身へと攻撃した魔物を周囲の魔物とまとめて右手に持った大鉈に似た太刀で消し飛ばす。が、その太刀は酒呑童子が手にしていた物と似ていたものの、彼が持っていた物のようなある種の美麗さはなく、形も鬼の牙を加工したかの様にいびつで禍々しい真紅のモヤに覆われていた。
そして瞬の戦いそのものも荒々しく、明らかに何時もの彼の状態ではなかった。そうして、戦闘を開始した瞬は再度圧倒的な戦闘力を以ってランクA級、B級問わず一方的に殲滅していく。それに、カイトは苦笑いを浮かべるしか出来なかった。
「どうやら、話は通じないらしいな」
「の、ようだ」
カイトの苦言にルーファウスもまた苦笑いで応ずる。どうやら、この様子だと敵を殲滅しても収まらないだろう。となると、一度落ち着かせる為にも戦うしかなかった。そうして、瞬はまたたく間に魔物の殲滅を終える。
「さて……先輩? 魔物は終わった様子だが」
「……」
どうやら、敵味方の区別はある程度はあるらしい。動きを止めた瞬に、カイトはそう判断する。が、そう油断していられるのも、ここまでだった。
「がぁああああああああ!」
「だよな!」
「っ! 瞬殿!」
雄叫びを上げてカイトに向かってきた瞬に、ルーファウスが間に割って入る。そうして、二人は暴走した瞬との戦いを開始するのだった。
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