第2046話 血の力 ――帰国――
三日に渡る大陸会議。それはひとまず、各国が集まって技術検証として通信機を作製する事で決定する。そんな決定を受けて、カイトとソラは冒険部としての今後を話し合い、次に向けた動きを考えていた。
そうして、そんな会話から明けて翌日。各国の大使達が順々に帰国しだしたと同時に、カイト達も帰国の途に付いていた。
「今回はほんと座ってただけの気がする……」
「実際、座ってただけだな」
朝一番から何もしていないといえば何もしていないソラではあったが、どこか疲れた様子を見せていた。まぁ、確かに考えるようにはなったものの元来彼はあまり考えて行動する性質ではない。そして戦略や戦術などを考えるのは苦手ではないが、こういった会議を行うのはあまり好きではない様子だった。
「ま、そりゃ良いわ。とりあえずこっからは帰るだけか?」
「いや、ハイゼンベルグの爺の要望で、一度魔王城に寄る事になってる」
「ハイゼンベルグ公の?」
なんでだろう。ソラはカイトから教えられた今後の予定に、一つ首を傾げる。とはいえ、これは仕方がない側面はあった。そしてこれについては語れるわけでもないので、カイトはもっともらしい嘘を吐く事にする。
「今回の一件を受けて、クラウディアと話をする事になっているんでな。それに合わせて、一度魔王城で会談を持とう、というわけだ。実際、ウチみたいに各国道中で大使と道中の国の王様やらが話をしておく、という事は良くある」
「ああ、なるほど……別に最短ルートで帰る必要も無いのか」
「そういうこと」
現状、急いで報告しなければならない内容はソラも会議に参加している限りでは無い様に思われた。そして事実、カイトとしてもそう言わざるを得ない。なので急いで帰る必要は無い、と考えそれより隣国にしてもう一つの大国とも言える魔族領の意見を聞いておこう、と考えたのは無理ない事だろう。ソラはそう考えたらしい。まぁ、実際こちらも無いではなかった。
「ま、そういうわけでここからは魔族領で一泊して、マクダウェル領に帰還だ。ああ、そうだ。一応言うの忘れてたが、魔族領でウチはマクダウェル家からの飛空艇に乗り換えるんで、そのつもりでな」
「ああ、そうなのか。わかった。用意しとくよ」
一応、カイト達は使節団の一人として参加しているが、別にだからといって皇帝レオンハルトに報告する必要があるわけではない。
彼らはあくまでも大陸会議の依頼で使節団にオブザーバーとして参加したに過ぎないのだ。なのでマクダウェル領から迎えを寄越して、そのままマクスウェルに直行しようというわけであった。というわけで、そこらの話を終えたカイトは改めて外を見る。
「さて……ここからどうするかね」
「何かあんのか?」
「いや、何も。ひとまず転移術の開発に勤しむ事になるのは確定だろうが、そのためにも色々と機材の発注やら何やらをしないといけないからな。そちらを優先だ。となると、こちらは発注を掛けて資材を回収し、となるが……転移術の研究には色々と必要な物が多くてな」
「やっぱ、そなのか?」
「ああ」
やはり曲がりなりにも地球に帰還する為に世界間転移術の研究を行い、地球では地球でエネフィアに戻る為の転移術を開発し、としていたからだろう。
カイトは転移術の研究については一家言存在している様子で、入念な準備が必要と悟っていた。なので本格的な研究をする為にも、そちらの準備を怠るわけにはいかなかった。とはいえ、それはソラもわかっていたし、理解していた。
「具体的には何が必要になるんだ? そこら、結局一度もお前話してくれた事無いよな?」
「ああ。知ってたらおかしい、って判断でな。知らなけりゃ、嘘言う必要が無い。だから意図的に教えていない」
ソラの問いかけに対して一つ頷いたカイトは、改めて今まで自分が転移術の研究に関して必要なものを一切語っていなかった事を明言する。とはいえ、それももう良いのだ。なので彼は改めて具体的な話を行う事にした。
「まず、転移術の練習において最重要なのは空間と次元を安定させる事だ。これが出来ないと話にならん」
「出来ないと、どうなるんだ?」
「難易度が激上がりする。転移術は転移先の空間を把握する事が基本になる。それは世界間転移術でも普通の転移術でも変わらん。だから、基本は空間が安定していた方が転移しやすい」
なるほど。それは確かに当然だろう。ソラは空間に関する魔術についての講習をわずかにはブロンザイトから受けていた事もあり、次元系、空間系の複合魔術となる転移術の行使においてそれが重要なのだと理解する。とはいえ、それ故に気になる事があった。
「その安定しない空間、ってどんなのなんだ? 見たこと無いと思うんだけど」
「そうでもない……いや、目視はできんな。空間が不安定、と言われてお前、どんなの想像する?」
「えっと……」
安定しない空間。そう言われて、ソラは少しだけどんなものか考えてみる。そうして、彼は思いついた答えを口にした。
「なんか、こう……ごごごごご? って感じで空間が揺れてるっぽいの」
「ま、まぁ……それで間違いじゃないっちゃ、間違いないが……もうちょっと言い方無かったか?」
「うるせぇよ! 俺だって考えたけど、思いつかなかったんだろうが!」
どうやら自分でも少し子供っぽいかな、と思わなくもなかったらしい。カイトの苦笑いを見て、恥ずかしげに声を荒げる。とはいえ、そんな一幕を挟んだ後、カイトは改めて問いかける。
「とはいえ……空間が揺れてる。確かに、お前の言葉は正しい。が、その空間が揺れてる、というのはどんなのだ?」
「……だから、それが思い浮かばなかったんだってば」
「と、言うわけだ。言われて想像なんて出来ないだろう? これを理解して初めて、転移術行使の第一歩となるわけだ」
「あ、なるほどな……」
言われて、ソラにも納得出来た。空間がどうなっているか、と今自身が言われてもまず間違いなく理解が出来ない。そしてどうやれば理解出来るのか、と言われても無理というしかなかった。つまり、それぐらいの難易度というわけなのだろう。
「とまぁ、そういうわけで。ひとまず空間を安定化させて、観測しやすくする。敢えて言えば白紙の盤面を作るわけだ」
「で、そこに色付け、ってか空間に変化を出させればわかりやすい、って事か」
「そういう事だな。だから、まず転移術の訓練では空間観測から始めて、次に次元の観測に入る。で、その両者が習得出来たら、その次に転移の練習に入る」
「まずは何をするんだ?」
転移の練習。やはり転移術と言えば多くの物語で語られ、そして高難易度の魔術として知られているからだろう。使える使えないは別にして、ソラも興味がある様子だった。
「まずは空間の置換。場所を入れ替える事からだが……これについては一応、問題無いだろう」
「あー……高所順応やらなんやらの際にやったもんなぁ……」
ソラは今自身が高所で普通に活動出来る理由を思い出し、今更これの練習をさせられても、と思う。ブロンザイトとの旅路で彼は高山にて活動していた。それが見えた時点で彼は以前の付け焼き刃ではなく改めて空間置換の魔術を習得させられており、問題なく使いこなせた。
そして彼がそうである以上、冒険部でも魔術師系の冒険者達はある程度の力量を持っていれば普通に使える様になっていた。
「ま、そういうわけだ。と言っても、流石に今回は物体の転移になるから、最初に小石の移動から始めていって、という形だな。で、何度か繰り返して大規模な空間置換が可能になった時点で空間置換による人体の空間置換による転移。その後は、転移術による物体の転送となる」
「……先、長そうだな」
「長いに決まってるだろ。オレでもティナ直々に練習させられて長く無理だった」
天才と名高いティナである。その彼女が教えてさえ、練習段階でさえ中々成功しなかったのだ。幾ら転移術の魔術の基礎が手に入ったからと一足飛びに出来る様になるわけがなかった。
「ま、長くともやっていくしかないんだから、やるしかない。のんびりとな」
「か……っと、あれが?」
「ああ。あれが、魔族領の首都だ」
「へー……」
飛空艇の上から見えた魔族領の首都に、ソラがわずかに興味深げに目を見開く。そうして、そんな彼らを乗せた飛空艇はゆっくりと降下していくのだった。
さて、更に明けて翌日の朝。ハイゼンベルグ公ジェイクとリデル公イリスが率いる艦隊がクラウディアとの会談や魔族の重鎮達との会談を行う一方。
カイトはというと、オブザーバーという立場もあり一足先に帰国の途に戻っていた。というわけで、今日も今日とてカイトとソラは昼過ぎから甲板に出て外を見ながら、呑気に話をしていた。
「ふぁー……今回は特に何もなく、か。もうマクダウェル領入ってんだろ?」
「ま、何かあっても困る……後、今大体半分ぐらいだな。もう三時間もすれば、マクスウェルだ」
「そか。ふぁー……」
「呑気だな、おい」
「ここ暫く、何かしらはあったからなぁ……少しぐらい気ぃ抜いて良いだろ」
一ヶ月に一回程度の頻度で起きていたトラブルを思い出し、ソラが笑う。といってもこれはあくまでも大規模なトラブルという意味で、冒険者という職業柄小さなトラブルなら毎日の様に起きていた。
が、もう彼としてもその程度の細々としたトラブルはトラブル扱いにならない様子であった。そして一方のカイトはというと、もう大半のトラブルに慣れていた。なのでソラの言葉に笑って同意するだけだった。というわけで彼もまたのんびりとする事にする。
「ま、それもそうだな」
「帰りぐらいのんびりしても良いだろ。もう戻るだけだし、飛空艇もホタルちゃんが動かしてんだし」
「ま、そうだな」
冒険部で用意した飛空艇だが、この飛空艇は修理が終わり幾つかのスペックアップを行ったホタルが操縦していた。というわけで、カイト達は一切何もしなくて良かったのである。と、そんな所に。唐突に警報が鳴り響いた。
「「っ!」」
鳴り響いたアラートに、カイトとソラが顔を上げる。飛空艇で移動する以上、魔物に遭遇する事は珍しくもない。そして無駄話をしながら呑気にやっていたので、如何に二人とて魔物に気付かなかったとしても不思議はない。
とはいえ、流石に二人共もう長い間エネフィアに居るのだ。こういうアラートが鳴り響いたからとて、慌てふためく事はなかった。
「ソラ。甲板の人員の統率を頼む。オレは状況の確認に入る」
「おう……おい、甲板の全員集合! 戦闘員は戦闘態勢! 合わせて、非戦闘員は即座に艦内に退避! 手の空いてる奴は避難誘導!」
「「「おう!」」」
「ソラ殿! 俺も手伝おう!」
「悪い! 頼む!」
ルーファウスの言葉に、ソラが一つ礼を述べる。そうして始まった避難誘導と戦闘配置を横目に、カイトは通信機を起動して艦橋に連絡を入れた。
「ホタル。何があった?」
『冒険部で使用されている緊急事態を報せるコードが感知された模様』
「ちっ……緊急事態か。距離は?」
『ここからおよそ百キロ南方』
若干マクスウェルの街に近いが、同時に遠すぎる距離というわけでもない。大方小規模の遠征に出た冒険部の遠征隊が道中でトラブルに巻き込まれて、瑞樹ら即応部隊の支援を求めているという事なのだろう。
「ホタル。この船の武装は?」
『一応、軍用の物を密かに積んでおりますが……行かれるおつもりですか?』
「必要性とこちらの手札次第だ」
『了解……リスト、転送します』
「頼む」
カイトは右腕に装着したウェアラブルデバイスを起動して、ホタルから送られてきたリストを確認する。
「ふむ……この程度なら、即座に落ちる事はないか。まぁ、冒険部の戦闘員も居るし、なんとか保つか」
『はい。後、本機も不十分ではありますが戦闘行動は可能です。ランクS相当の魔物が群れで襲ってこない限りは、大丈夫かと』
「わかった。が、一応速度を上げて街に向かう様にしておけ」
『では、そのまま街へ?』
「いや、一応合流ポイントを指定しておく。状況如何では飛空艇が必要になる可能性もあるからな」
『了解』
カイトの指示に、ホタルが一つ了承を示して飛空艇の出力を増大させる。それと共に輝きを増した飛翔機を目の端で見ながら、カイトはソラとルーファウスの二人に状況を告げる。
「全員、第一種戦闘配置解除! 第二種に移行! 緊急信号を感知したらしい! これより飛空艇は進路を変更し、そちらに向かう! ルー! 悪いが、オレと共に先行してくれ! ソラ! お前はこちらの人員の統率を!」
「了解!」
「了解だ!」
ソラとルーファウスが一つ了承を示す。そしてそれを受けて、カイトとルーファウスは飛空艇の甲板より飛び立ち、緊急信号が発信された所まで急行する事にするのだった。
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