第2045話 大陸会議 ――その後――
地球との関わりを考える大陸会議三日目。そこにオブザーバーとしてやはり参加していたカイトとソラであったが、結論から言えば基本的に彼らがした事と言えば、通信機開発に関わるあれこれの説明という所だった。というわけで、長い会議の終了後。カイトは一息吐いていた。
「ふぅ……」
「結局、何も決まんないのな」
「ん? いや、決まっただろう。実際、ひとまず大陸会議で通信機は一台作製する、って決定になったからな」
「いや、それ元々決まってただろ?」
カイトの言葉にソラは不思議そうに首を傾げる。元々一台は大陸会議で作製する、という事になっていた。このソラの指摘は間違いではないといえば、間違いではない。が、同時に正解かというとそうではない。
「それは内々の話だ。決して正式決定として、そうなってたわけじゃない。実際、各国で共有した認識として持つにはまだ早かったからな。まぁ、趨勢として関わるしかない、という時点であまり意味がない事ではあったが……中には地球と関わる事を厭う国だってあった」
「そうなのか?」
「当たり前だろ。大国が関わる、と言っているから関わらざるを得ないだけで、面倒と思っていても不思議はない」
「そりゃ、まぁ……」
そうだよな。確かに現在のエネフィアの民衆の現状を鑑みれば、表立って自分達の行動を疎む事は出来ないだろうが、面倒だから嫌だと思っている国があっても不思議はない。他国と関わる事は何も全てが自国の利益になるばかりではないのだ。
「とはいえ、大国は基本関わるとしている以上、保護国もそちらに意見を合わせるしかない。結果としては、変わらないというわけだな」
「ふーん……まぁ、そりゃ良いか。どうせ俺たちがやる事は変わんないし」
「まぁな。何かが変わるか、と言われれば何も変わらない。それどころか、より活動しやすくなるとも言える。まぁ、逆もまた真なりではあるが」
やはり国と国で関わりが生まれるのだ。そこにはどうしても国としての責任が生まれてくる。異世界故にある程度の差はあるだろうが、カイト達の行動が地球の評判にもつながるのだ。日本というバックボーンが生まれるおかげでやりやすくなると同時に、それ故にこそ求められるものがあった。とはいえ、それにソラは何を今更、と首を振る。
「そこらは徹底させてるだろ。ここが異世界だから、と何でもかんでも好き勝手出来るわけない、って」
「まな」
なにせ自身こそがそれを一番理解している。カイトはソラの指摘に一つ頷いた。そんなものは最初からわかっていた。なにせカイトこそ、こちらで長年暮らした一番最初の日本人なのだ。誰よりもそれが重要である、とわかっていた。それに何より、彼の場合は後の自身の動きやすさにも直結する。
とはいえ、そういう事なので活動開始時点でカイトは冒険部の人員には一人一人に日本の代表である、という心構えで動く様に口酸っぱく述べており、その点はさほど心配はしていなかった。
「で、それはともかくとして……結局各国どうするんだ?」
「ひとまず、各国通信機作製に動くだろうな。表向きは大陸会議での作製に協力しつつ、になるだろうが。まぁ、それについちゃ地球側もさほど変わらないだろうが」
「そういや、そこらどうしてるんだ? 幾つも通信機があったら、混線とか……」
「ああ、それは勿論、対応してるよ。最初から複数台作製するのは織り込み済みだからな」
ここらはソラが知らなくても無理はないか。カイトは当時彼はミニエーラ公国に捕らえられていた事もあり、詳しく知らないのも仕方がないと一つ頷く。というわけで、彼はそこらの詳細を教えてくれた。
「普通の電話機と同じ原理だ。予め番号を割り振って、というわけだな。まぁ、流石にまだ技術的に未熟すぎて番号はそこまで多いわけじゃないが……それでも、現状を鑑みれば十分だろう」
「何台ぐらい織り込んでるんだ?」
「地球とエネフィアで早計百台」
「おぉ!?」
せいぜい十数台程度と思っていたら、桁が一つ違っていた。そんな事実にソラが思わず声を大にする。が、これは些か彼の勘違いがあった。
「二つの世界で合計百台だ。地球でも日本で数台がすでに運用済みと考えれば、さほど多くは思えんよ」
「えっと……確かお前の隠れ家とかに一台あるんだっけ? 後公爵邸にも一台あるって聞いたな……」
「ああ。オレ用、というかオレが裏で使う秘匿回線か。まぁ、これは本来は別口にしたいんだが……技術的な甘さがあってどうしてもな。番号としてもゼロ番を割り振っているし、オレの専用IDが無いと繋がらん」
で、後は天桜学園に一台、皇国に一台。他にこれからエネシアの大陸会議で一台作るし、日本の政府施設のどこかにもあるという。で、技術的な検証やらを行う為、マクダウェル公爵邸にも一台設置――『時空石』はティナの追加調査で何とか確保した――してある。この時点で、六台だ。運用スタート時点でこれだけなら、確かにここから増えていくだろうと容易に推測された。
「これからどれだけ増えそうなんだ?」
「まず、大国各国は作るだろう。唯一、教国がどう出るかわからん、という所だが……」
先程の会議の折り、教国のみ別に国としてやり取りを早急にするつもりはないので、大陸会議での結論に同意する、と半ば委任状のような形で意見を述べていた。通信機についても自国で作るつもりはないのか、さほど興味は見せていなかった。
「とはいえ、それ以外の各国はまず大陸会議に集う各国での作製に協力して、技術を蓄積。それを基にして作製に取り掛かるだろうな。無論、運用はまだまだ先。最低でも一年か二年は見繕うべきだろうが」
何より、『時空石』の問題もあるしな。カイトはそう思う。現時点で『時空石』の存在については各国は知っているが、秘匿事項として隠されている。
発見に関してはマクダウェル家――と興味を抱いた<<無冠の部隊>>技術班――が全面協力で行い、領土を一週間洗いざらい探して何とかなった、というのが公的な見解だ。
これを探すにはカイト達をして相当の労を掛けていた為、すぐに見付かるとは到底思えない。そこらを鑑みれば、一年はすぐに経過するだろう。
「ってことは……それで五台か六台か、か」
「それが、各大陸分となる。まぁ、ウルシア大陸の各国がどう出るか、というのはわからんがな。とはいえ、そこらで技術の基礎は大凡固まると見て良いだろう。そうなると、後はユニオンとヴィクトル商会が保有する……そこらで一気に保有数は増える。こちらで五十はすぐに到達するだろう」
「地球は?」
「現段階ではまだ日本の二台しかないが、この技術検証が取れ次第アメリカが保有する事で確定している。これについちゃ、外交的な約束事なんで避けようがない。アメリカも複数台持つ」
「マジすか」
なんだか面倒な話になってきた。ソラはカイトの言葉に思わず頬を引き攣らせる。やはりここらは地球の事だ。わかりやすかったらしい。
「で、後はイギリスも保有する事で確定。と言っても両国共にインフラ設備としてネットワークは整っているから、重要施設に数台で後はそこに繋ぐ形か。まぁ、それでもアメリカは広すぎて無理だから、必要性の観点から複数台になるわけだ」
「電話の親機子機みたいなもんか?」
「その理解で良い。電波が届かないわけだ。実際、日本に置いてるオレのが、その技術的な検証機になっている。この検証が取れ次第、両国に提供という形だ」
「はへー……」
地球は地球で厄介な事になってんなー。ソラはカイトから伝え聞く地球の現状に思わずため息を吐く。そんな彼に、カイトが告げた。
「とまぁ、そんな感じで数えれば、番号十個は余裕で上回る。そこから地球側でも増えるだろうし、エネフィア側でも増えるだろう。となると、百個なんてあっという間だ」
「確かにな……」
言われてみれば、実際には少ないのかもしれない。片方で作れるのは五十台まで。が、国家も組織もどちらの世界にも大小様々を考えなければ数千数万とあるのだ。どう考えても数は足りなかった。
「勿論、運用していけば技術が蓄積されるから、番号も増やしていけるだろう。が、現段階ではまだ百台が限度、ってわけ」
「後はどれだけ早急にその番号を増やせるのか、か」
「ああ。更にそれが出来れば、他の技術の蓄積も進む。こちらの帰還もそれだけ早まる、というわけだ」
「あ、そっか。それもそうだよな」
通信機というのは情報をやり取りする為のものだ。である以上、やり取りされる情報は通信機に関する技術だけではない。それ以外の情報もやり取りされるだろう。となると、その中には世界間転移に役立つ情報もあるかもしれなかった。と、そんな事を考えてふとソラが思った。
「そういや……そうなると情報ってどうなるんだ? 好き勝手にやり取りする、ってのもなんか危険じゃないか?」
「ああ、それか。流石にそうはならんよ。さっき、番号を割り振ってって言ったろ?」
「ああ」
「さっき言ったゼロ番。オレの専用機が分配器の役割を持っている。こちらだと公爵邸にある一台だな。こればかりは技術的に未熟な現状がある為、各国納得しているし、仕様書にもそう書かれている」
「そうなのか」
それは初めて聞いた。ソラはカイトの言葉に僅かに目を見開いた。基本的には一度この二台が異世界側からの情報を受け取って、改めて指定の番号に信号を割り振る事になるとの事であった。
「ああ。本来、ティナとしては通信機と分配器を分けておきたいそうなんだが……どうしても現状だと情報のロスが無いか確認する為に、通信も可能な状態にしておきたいんだと。で、各国それがわかっている以上、好き勝手話せるってわけでもない。覗き見されるのがわかってるからな」
「あ、すんのは前提なのね」
「そりゃ、そうだろ。下手にウチに対する面倒を考えられても面倒だし。防げるなら防ぐさ。まぁ、地球側もエネフィア側も分配器置いてるのがオレの所だから、誰も攻め込んだりは考えないだろうがな」
あくまでもこれは一例。カイトはソラに対して言外にそう告げる。とはいえ、そういう事なので各国聞かれてはまずい内容の話はしないつもりでいるだろう、というのがカイトの推測だ。こればかりは良くも悪くも技術的に未熟なればこそ、だった。と、そんな事を語ったカイトであったが、一転して少しだけ笑う。
「ま、そう言っても流石に各国未熟な技術でそこらの事をやるなら、いっそ人員を送り込んだ方が良いと判断するだろうさ。そうなってくれればこちらとしては儲けものだ」
「どして」
「協力してくれるからな。基本今まで各国がウチに口約束程度での協力しかしていないのは、そこに利益が生まれるかどうかわからないからだ。利益が生まれる、と分かれば協力してくれる所も増える」
「あ、そっか。そうだよな……」
そもそも現時点でマクダウェル家が支援しているのは第一にはここがカイトの家だから、という所もあるが、それはあくまでも建前と言える。
なのでマクダウェル家としての本音は勇者カイトと魔王ユスティーナの現状把握の為と言って良い。皇国もほぼほぼ同様だ。無論、どちらもカイトの帰還を知る以上、あくまでも公的な本音という所だろう。
「そこらを鑑みれば、まずヴィクトル商会が動くだろう……いや、正確には動ける様になるかな」
「利益が生まれると踏んだから?」
「そういう事。戻り次第、サリアさんには会いに行くつもりだ」
というより、実際には帰ったら来てくださいね、と言われているんだがな。カイトは内心で少しだけ笑う。やはり情報屋の長で、何より世界最大の企業の長だ。
異世界の物を取り扱える様になる、という利益は計り知れないと理解していたようだ。通信機が出来上がった、という時点でいの一番に飛びついていた。とはいえ、そこらはソラは関知しない所である。というわけで、彼は別の事を問いかける。
「ふーん……まぁ、そこらはお前しか出来ないだろうからお前に任せるけどさ。俺達としちゃ、次はどうするんだ?」
「ひとまず、戻ってから転移術の基礎研究の開始となるんだが……それが終わった頃合いでまた通信機の作製に協力する事になるだろう」
「通信機の?」
今更ウチで作る事があるんだろうか。そんな疑問をソラは得たようだ。とはいえ、勿論これは天桜や冒険部で保有する為のものではない。
「二台分な。一つは大陸会議。もう一つは、大陸間会議で保有する物。前者の置き場はまた考える事になるんだろうが、後者はレガドに設置が確定している。そちらの技術検証やら素材集めやらに協力する事になる」
「そこにウチが絡むのか?」
「情報統制の関係からな。使う素材には現在各国が秘匿するべき、と判断されている素材もある。となると、依頼出来るギルドは限られる。そこらを勘案した場合、ウチが第一候補になるだろう。後は皇国の関係だな。レガドが皇国近海にあるし、皇国はすでに一台作っている事になっている。技術的には一歩先んじている形だ。各国の主導する事が出来る。となると、ウチがやはり第一候補というわけだな」
なるほど。確かにそれならウチに依頼が来るのもわからないでもない。そして事実、皇帝レオンハルトとしても第一案として冒険部への依頼を考えていた。無論、単に依頼するだけではないが、大凡主導的には冒険部に出す事になる、というのが現状の見通しだった。というわけで、そこから暫くの間カイトとソラはそこらの今後の打ち合わせを行いながら、ホテルへと戻る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




