第2043話 大陸会議 ――次――
クロサイトの助言を受けて、次の一歩として自分の組織の構築を考えだしたソラ。そんな彼はすでに組織を構築した者として、為政者や指導者としてのカイトに助言を乞う事になる。そうして少しの助言を受けたわけであるが、その後彼はカイトからの助言でマクスウェルに居るトリンに話をしていた。
『ふーん……自分の部隊をねぇ……』
「ああ……クロサイトさんから、自分の組織を持ってみるのは良いんじゃないか、って」
『うん、悪くはないよ』
「悪くはない、ね」
トリンがこう言うってことは、つまり決してはなまるがもらえるわけでもない、って事か。ソラはすでに一年以上にもなる付き合いの中で、それを理解していた。
『実際、そうだね。君の場合、領主になれるだけの才能はあると僕も思うよ。それについてはお爺ちゃんも言ってたから、間違いないと思う』
「そ、そうなのか?」
ブロンザイトが言っていた。初めて聞かされた師の推測に、ソラは大きく目を見開いた。やはり誰よりも恩師と慕ったからだろう。彼がそう言っていた、と言う言葉が何よりソラには自信になってくれたようだ。
『うん。と言っても、まだまだ無理だ、とも言ってたけどね』
「あ、あはははは」
『あはは。でも、実際君が一番領主向き、というのは事実だよ。領主というのはバランスが重要でね。武力だけに長けていても、内政にだけ長けていても駄目なんだ。勿論、この二つだけに長けていても駄目。領地は一つで成り立つわけじゃない。外交も重要だ』
何度もお師匠さんから聞かされたな。ソラはトリンの言葉にそう思う。とはいえ、それ故にこそ、トリンはソラがカイト達を除いた冒険部では一番領主に向いている、と思っていた。
『それで言うとね。君はそのバランスがしっかり取れている。桜さんは内政に長けているけど、軍事面はいまいち。瞬さんは逆……楓さんは経営と外交に長けているけど、内政と軍事はアウト。瑞樹さんは軍事……ここら、カイトさんはよく人を見ていると思うよ』
「それは俺も思う」
『うん……そしてだから、君に留守を預けてるんだ』
「なして?」
『だから、君が一番バランスが取れてると思ってるからだよ。君は案外社交的だし、戦闘面でも悪くない才能を持っている。そしてお父さん譲りなのか、内政も悪くない』
やっぱりどこか突然抜けてる時があるな。通信機越しにトリンは気付いていない様子のソラに笑う。が、そんな彼の称賛にソラは恥ずかしげだった。
「お、おぉ……」
『まぁ、そういうわけで。部隊を作る、というのは悪くはないんだ……悪くはね』
「さっきからそれだよな。何か問題があるのか?」
『ある。かなり大きな問題がね』
ソラの問いかけに、トリンははっきりと頷いた。それに、ソラは一つ気を引き締める。彼がこう言う場合、本当にかなり大きな問題の可能性が高かったのだ。
『組織の内部分裂。その可能性を孕んでいる。カイトさんとユスティーナさんが最も危惧している事だね』
「……なるほど。確かに、そりゃまずいな」
言われてみれば、確かに問題は問題だ。なにせ冒険部のトップはカイト。その彼とはまた別の指揮系統で動く部隊を作ろうというのだ。これが問題でないわけがなかった。
『うん。だから、本当にやる場合はどの程度の部隊を構築するのか、とかなり入念に打ち合わせを行う必要がある』
「なるほど……わかった。サンキュ」
『ん。役に立てたなら、幸いだよ』
「おう……でも、それカイトもわかってる筈だよな?」
そもそもトリンの指摘ではカイトが危惧している、と言っている。ということはつまり、カイトがすでにその危険性を理解しているという事でもある。そしてそれ故にこそ、ソラはそこが気になったらしい。
『うん。さっきも言ったけどね』
「ならなんで許可してんだ? ヤバいってわかってんだろ? 何か手を打ってるってわけか?」
『あー……それは多分、カイトさんは更に先を見てるからだね』
「……」
マジですか。ソラは更に先を見ていたカイトに、思わず呆気にとられる。そして事実、彼はその先を見ていた。そしてその先とやらを、トリンが教えてくれた。
『カイトさんが見てるのは、自分が退いた後だよ。彼が裏方に回った後、どうするかという所』
「あいつが退く? どして」
『今のままは何時までも無理だからだよ。カイトさんは今はまだ単なる天音カイトだけど、何時かはマクダウェル公カイトに戻らないといけない。今は<<死魔将>>達の事もあって、彼が自由に動けなくなるから戻ってないだけ。この一件が片付いたら、本格的に戻るだろうね』
「マジか……」
おそらくソラはそんな事を一切考えた事は無かったのだろう。カイトが引退を考えている事を知らされて、思わず驚きを浮かべていた。
『そしてそうなっても、当然だけど地球へ戻るのなら冒険部で動かないと駄目だ。その時、カイトさんは冒険部のギルドマスターでは居られない。立場的には顧問かな。そんな所が妥当になる。なら、誰かが冒険部の舵取りをしないといけない。でも、桜さんや瑞樹さんは無理』
「なんで?」
『カイトさんが公爵に戻った時点で、彼女らはマクダウェル公の寵愛を受ける者として扱われる。彼女らは冒険部の存在でも天桜の存在でもなく、マクダウェル公爵家の人間になるわけ。表立って関わるのは、正直外交的に無理。多分、各地の貴族達がやめてくれ、って頼むと思う』
「……責任、持てないからか」
『そういう事だね』
やはり事ここに至ると、ソラも自分の頭で考え出したらしい。各地の貴族達が何を厭うか、という所を理解したようだ。
『まだエネフィアでは盗賊は居る。賄賂を貰うような悪徳領主達もね。その盗賊達や内部のあくどい人達から、各地の貴族達は桜さん達を守らないと駄目なんだ。間違っても、伝説の勇者かつエンテシア皇国最大の貴族に悪い意味で目を付けられたくない。なら、最初から安全が担保出来ないので来てくれるな、と言うか来るなら軍も護衛につけてくれ、となる。そうなると、もう冒険部の一冒険者じゃなくて、マクダウェル家の要人だ』
「……」
なるほど。そうなると当然、冒険部は今の体制では動けない。そもそも今の体制はカイトとティナありきの体制だ。彼らが細やかな指示を出して、有事には自分達無しでも動ける様にしている。
が、それはあくまでも彼らが現状に合わせて指示を出しているから出来る事だ。それが出来なくなるのであれば、それに備えて次の体制を構築する事を考えねばならなかった。そしてつまり、カイトはその次を見据えているに他ならなかった。
『今、カイトさんの頭の中には二つのプランがあると思う』
「二つ……一つは、多分俺が組織を構築するパターンだな」
『うん。それが一つ。もう一つは、瞬さんが部活連合を母体として組織を構築し、運営するパターンだね』
「なるほど……」
確かに、言われてみれば現状もその兆しはある。ソラは冒険部でも何かと部活連合で動くのを思い出し、それがカイトの思惑だったことに今更ながらに気が付いた。今後自身が居なくなった場合に、各部の部長達が幹部となり動いていく事を想定していたのである。
「でもそれなら、そっちのが良いんじゃないか?」
『そこが、難しい所でね』
「へ?」
現在、冒険部の中でも部長達の連携はかなり取れているとソラは思っている。そして事実、部長達の連携は悪くはなく、部活動という根があるからか上下関係もしっかりと構築されている。
次の体制としてこちらを、と考えたソラの考えもわからないではなかった。が、これにトリンはこの体制の場合のデメリットを口にした。
『これはあくまでも天桜学園という組織が母体にある。つまり、組織としては古参になるわけだね』
「だな」
『うん……でもそうなると、今度は新しく入ってきた人達は、どう思う?』
「あ……あまり、良い顔はしないよな……」
ここはやはり、カイトがすごい所だったのだろう。基本母体として天桜学園があるにも関わらず、彼はエネフィアの冒険者達の要望も聞いて動けている。
確かに活動内容の根本として地球への帰還があるが、それを踏まえた上でエネフィア側の冒険者達にも配慮が出来ているのだ。それはひとえに、彼がエネフィア側で長く過ごしているからでもあるだろう。が、それを瞬達が出来るだろうか、と言われるとソラも首を振るしかなかった。
「多分、先輩達だけだと帰還に向けた事業に偏りが出ると思う。そして、上下関係が構築されている組織が母体になるから、指示はトップダウンになりがち……」
『うん。エネフィアの冒険者達はあまりトップダウンには慣れてない。どうしても、こればかりは世界の風習の差があるからね』
そしてそうなると、後はエネフィア側の冒険者達が不満を溜めていく結果になるだろう。ソラはトリンと話しながら、見える可能性の一つとしてそれを理解する。そしてそれを語った上で、トリンはだからこそと告げた。
『だから、多分君に部隊を作る事を許可したんだ。今の君なら、どちらかに偏らずに意見を聞いて、部隊を作れるだろうからね。そして君の場合、おそらくまず第一に副官にするのは瞬さんだ。天桜学園側の顔も立てる』
「それなら先輩も多分、俺を補佐に置くと思うんだけど……」
『それは置くよ。間違いなくね』
ソラが瞬の重要性を理解している様に、瞬もまたソラの重要性は理解している。実際、軍略の面では自身を上回るソラを瞬は内心尊敬してもいる。そして勿論、瞬がソラをないがしろにする事はない。が、それとは別だった。
『それでも、君は多く居る天桜学園出身の冒険者の一人に映る。でも逆に君の場合、僕が居る。エネフィア側の冒険者や天桜学園出身の冒険者達を広く登用した中で、瞬さんを重用しているという形に映る。そして君達の関係は知られているから、それは自然に映るんだ』
「なるほど……」
確かに、言われてみれば納得出来た。現状、ソラはトリン無しでの組織の構築なぞ考えられない。今だって彼に助言を受けながら、どうするか考えているのだ。故にもし自身が組織を率いる事になったとて、まず第一にトリンは入れる。これは確定事項と言っても良かった。
そして同様に、瞬の戦士としての腕はソラにとって尊敬に値する。故に、彼も可能なら自身の率いる面子に入れたいし、入れられるのならまず間違いなくトリンと同等に頼りにするだろう。知識でトリンを頼みにするのなら、武力では瞬を頼りにしたいのである。
『そういうわけで、君の方が良いかもしれない、というカイトさんの考えは至極わかりやすいものなんだ』
「なるほどね……」
『まぁ、勿論。これも彼にとっては幾つかあるパターンの一つに過ぎないから、他にも代替案はあるんだろうけどね。あくまでも、これは君が部隊を、組織を構築していこう、と思った場合だよ。だから、君は君がしたい様にすれば良いと思うよ』
「……そうか。そだな。わかった。ありがとう」
『うん。また何かあったら、相談してよ。これでも相棒だからね』
「おう。サンキュな」
ソラはトリンの言葉に一つ礼を言うと、それで通信を終わらせる。そうして、彼はもう少しだけ次の自身の展望をどうするか悩みながら、この日を終える事になるのだった。
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