第2039話 大陸会議 ――先へ――
ソラの師ブロンザイトの弟にして、ラリマー王国なる国の要人でもあるクロサイト。そんな彼からの要請を受けて、ソラはとある高級レストランにてクロサイトとの会食を行う事となっていた。そうして、食前酒で口を潤しブロンザイトの思い出話に花を咲かせ、とした後。メインディッシュが届くか否かという所で、クロサイトは本題に入っていた。
「それで、その……提案ですか?」
「うむ。単刀直入に言おう。ラリマー王国に来る気は無いかね?」
「依頼、という事ですか?」
それならまだ話は通る。確かにソラは今冒険者だ。そしてクロサイトと彼の間にはブロンザイトという縁があり、ソラ自身もまたランクA冒険者に匹敵する実力がある。二つ名としても『太陽の剣』というかなり大きな二つ名も持っており、一国から依頼を受けられても十分不思議はなかった。が、これはそういう事ではなかった。
「いや、そういう事ではない。臣下として、ラリマーに来る気はないか、というとこよ」
「は?」
一瞬、ソラは言われた意味が理解出来ず困惑を露わにする。が、少ししてようよう、この意味が理解出来たらしい。
「えっと……それはつまり、仕官しないか、と?」
「それで良い。無論、何時までもこの国で仕えてくれ、とは言わぬよ。お主も地球に帰りたいであろう?」
「それは……まぁ……」
「む? 妙に歯切れが悪いな」
地球に帰りたいか。そう言われると、ソラは頷くしか無い。無いのであるが、実際どこまで帰りたいか、と言われると断言はしにくかった。というわけで、ソラは相手がクロサイトだった事もあり正直に明かす事にする。
「その……正直、俺は本当に帰りたいか、と言われると良くわかりません。そりゃ、最初に活動を開始した時は帰りたい、って思ってましたし、今も思わないわけではないです。でも、本当にそうか、って言われると……わからないです」
わからない。正直な所、ソラとしてはこう言うしかなかった。というのも、彼もやはりこちらに長い間留まってしまっていたからだ。そして留まれば留まるほど、縁は結ばれていく。その中には、断てるような物もあれば、断てないようなものまで様々だった。
「俺……実は恋人が居るんですけど。こっちの人なんです。彼女手放したいか、って言うとそんなわけなくて。で、カイトもそこらはわかってて、学園が使うのはまた別だけど、自分が昔使った転移術は更に発展させるつもり、ってかもう発展させてる、って」
「……彼らしい事ではあるな」
当然だが、カイトがクロサイトを知っていた様にクロサイトもまた彼を知っている。そもそも彼はクロサイトの一族とは親戚関係だ。知らない道理がない。
なので帰還するに当たってカイトがどういう考えで帰還し、そして戻るつもりだったかを知っている。なので彼が転移術を更に発展させようとしている、と言われても不思議には思わなかった。
「それで、あいつは多分往来をかなり自由にするつもりなんだと思うんです……そうなってくると、もう帰るってなんなのかな、って思います」
「ふむ……」
なるほど、とは思う。帰りたい、というのは端的に言えば帰れないと思うからこそだとも言える。もう帰れないと思うからこそ、殊更帰りたいと思えてしまうのだろう。
クロサイトはソラの返答からそう思う。実際、彼とて長らく帰っていない故郷に帰りたいか、と言われるとさほど思わない。それは何時でも帰れると思えばこそなのかもしれなかった。とはいえ、そんな事に気が付いたクロサイトが何かを言う前に、ソラが口を開いた。
「あ、すんません。今の事、誰にも内緒で頼みます……なんってか……その、頑張ってる奴らに悪いってか……手を抜いてるとか思われたくないんで」
「わかっているとも」
慌てた様子のソラに、クロサイトは笑って頷いた。が、そんな彼の内心はカイトへの畏怖が僅かに渦巻いていた。
(あいも変わらず、というべきか、それともさすがは魔帝殿とウィスタリアス陛下の弟子というべきか……気付けておらぬのは、まだ数歩も及ばぬが故か。これに気付け利用出来る様になれば、もう一皮剥けるのであろうが)
手を抜いている様に思われる。ソラはそれを危惧していた様子だが、実際にはこれはカイトの思惑通りだった。先にソラが言っていたが、カイトが往来を容易にするべく動いている事を彼は知っている。
つまり、彼は戻れるという確証を得ているのだ。それは他の者達に比べ余裕となって現れる。手を抜ける、という事は手を抜く余裕がある事に他ならない。それがどれだけ重要なのか、彼は理解していなかった。
(そも、異世界転移を魔術を利用すれど普遍的な方法で成し遂げる事がどれだけの偉業か。それが成し遂げられれば、間違いなく勇者カイトと魔王ユスティーナの名にもう一つの偉業として記されよう……それを、真の意味で彼らは理解していない)
普遍的に異世界転移が出来る様になる。それは誰もが一度も想像した事がない事で、そして誰もが無理と知っている事だった。それを、成し遂げる。まさしく不可能を可能にしてしまうのだ。その難易度はベクトルこそ違えど、かつて百年続いた戦争を終わらせるにも等しい難行だった。と、そんなカイトへの畏怖を抱いたクロサイトであったが、そんな彼にソラはそれ故に、と続けた。
「それに……まぁ、なんていうか。他の奴らが頑張ってるのに、俺が一抜けたは言えません。曲がりなりにもサブマスターですからね。だから、その……すいません。有り難い申し出ですが、お断りさせて頂きたいです」
「……良いよ、それで。儂としても実のところ、受け入れられるとは思っていなかったからのう」
「へ?」
朗らかに笑って自身の拒絶を認めたクロサイトに、ソラが僅かに目を見開く。
「元々、お主を引き入れられないか、というのはローディン殿のご提案。儂は無理だ、と言ったが……試してみて運良く、という事もあり得よう」
「それならカイトでも良かったんじゃ……」
「彼は無理筋であろうて。それはローディン殿もご理解されておる。ギルドマスターをヘッドハント、というのはギルドそのものを引き抜くに等しい。それも抜きにして、彼をヘッドハント。一番自由に出来る立場に居る者を引き抜く……どのような利益を提示出来るかね?」
「あ……」
確かに、それはそうだ。そもそもカイトが冒険部を抜ける、という事は想像出来ないが、それを抜きに現状のカイトをヘッドハントしようとすると何の利益があるか、何も無い。誰がどう見ても利益なぞ提示出来ないのだ。
「何も無いのよ。が、他方お主やもう一人。一条なる少年であれば、まだ芽はあろう。サブマスターである以上、誰かの下に居るという事。何かしら出来ぬ事はそこに存在するからのう」
「はぁ……出来ない事、ですか……」
何かあるかな。ソラは今の自分に与えられている権限を思い出し、クロサイトの言葉に悩む。基本、カイトはかなり上層部に自由を与えている。それこそソラと瞬、桜の三人にはほぼほぼ審査無しでの人員の登用さえ認めている。
流石に同盟などギルド運営全体に関わる事はカイトの許可が必要だが、許可さえあれば同盟を結ぶ事も可能だ。何が出来ないか、と言われてもわからなかった。
「思いつかんかね?」
「……はい」
「まぁ、そうであるのならカイト殿の腕がすごいという事なのであろうな」
「多分……」
実際、ギルドの運営に関して言えばソラは出来ない事の方が聞いてみたかった。なので考えながらも、クロサイトの言葉に頷いていた。と、そんなクロサイトがソラへと笑って告げた。
「とはいえ……そういう事であるのなら、いっそラリマー王国ならずとも国に仕えるのも悪くあるまい。別に冒険者をせねばならぬ、という事ではないのだからのう」
「国に仕える……ですか?」
「うむ……お主であれば、どこかの領主にもなれよう」
「領主? 領主……え、いや! 無理です! 流石にあいつと同じ事なんて到底出来ませんよ!」
領主ってなんだっけ。唐突に言われた言葉にソラは一瞬困惑してしまったが、意味を理解して大慌てで首を振る。そんな彼に対して、クロサイトは笑う。
「それは誰も期待していないとも。カイト殿の統治の腕は十数年成し遂げて、そして何人もの賢人から教えを受けてようやく到達する領域。無論、マクダウェル領に合わせてのものでもある。そこと同じ成果を得よう、なぞ考えてはならんよ。何より、国に応じて法律も違うからのう」
「で、ですよね……」
当たり前といえば当たり前の話をされて、ソラもまた少し恥ずかしげに頷いた。が、そんな彼にクロサイトは告げた。
「とはいえ……お主が出来ぬとは思わんよ」
「はぁ……」
「わからんかね……君はすでに数百人の組織の運営を行っておる。それを満足とはいかずとも、十分には成し遂げている。それは十分に素晴らしい事なのだ」
「は、はぁ……でもそれなら、桜ちゃんとかの方がすごいと思うんですが……」
基本的に、カイトは各個人の適性を見極めた上で配置している。なので瞬はソラより遠征隊などの軍事面に長けているし、一方の桜はソラより内政面に長けている。
どちらも元々が部活連合会頭と生徒会長という経歴があればこそだ。それに対してソラは両者よりどちらも劣っているが、内政面では瞬よりはるかに上だし、軍略面では桜よりはるかに上だ。平均的には一番高いのが彼だ、とカイトは見込んでいた。
「違うよ。統治とは、内政だけでも軍事だけでもならぬ。どちらも上手く動かさねばならん。その点で言えば、お主を代理人としたカイト殿は慧眼であったと言えよう」
「そう……なんでしょうか」
「むぅ……これは致し方がない事なのやもしれんがなぁ……わからんか?」
「はい……」
クロサイトの問いかけに、ソラは一つ頷いた。自分が優れている。そう言われても、どうしても実感がわかなかった。それは言うまでもなく、比較対象がカイトしか居ないからだ。
いや、後一人居るが、それとて内閣総理大臣である父だ。どちらも凄まじい才覚と才能を持っている事が分かればこそ、そして事実この二人は今のソラとは比較にならないからこそ、自身が優れていると言われても理解出来ないのである。
「この間も、カイトの手腕を見て舌を巻いたぐらいです。到底、あいつと同じ事が出来るとは思いません。なんていうか……発想が違いすぎる。先程クロサイトさんは同じ物は求めないし、求められないとおっしゃいましたけど……基礎や応用出来る部分はあると思うんです」
「それは否定しまい。学ぶべき所は学び、とするのが基本よ」
「はい……この間も、そうでした」
「この間?」
「はい」
クロサイトの言葉に、ソラは少し前の事を思い出す。それは出立の直前。ちょうど今日話したばかりの報告書の事だった。そうして、ソラは数日前の出立直前の事を思い出すのだった。
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