第2037話 大陸会議 ――誘い――
大陸会議において邪神対策の会議にオブザーバーとして参加していたカイトとソラ。二人は各国の大使達の問いかけに答える事に半日ほどの時間を費やす事になる。そうして、会議の開始からおよそ半日。何とか邪神対策については一区切りつく事になっていた。
「とりあえず、これで何とか一区切り付いたか」
「結局、なーんにも決まってない気すんだけど」
「そんなもんだ、この会議なんてな。どっちかっていうと隣国とかでウチはこうするけどそっちは、って感じで集まって話し合いを行う向きが強い。どーせ、最初に言っていた通り情報がまだまだ足りていない。が、ここらで一度集まっとかないと、民衆から突き上げ食らうからな」
一見すると長時間に及ぶ話し合いでいろいろな対策が煮詰まった様に見えるわけであるが、実際には煮詰まった様に見えるだけ。結論から言えば各国有事の際には協力して事に当たりましょう、と言う所だった。
が、こんなものは最初から改めて口に出さなくてもわかりきった事だ。なので何を今更、と言われれば何を今更である。とはいえ、何を今更、と言われてもやらねばならない事もまた事実だった。
「それに何より、こうやって集まって定期的に話し合いしとかないと、どこかで好き勝手する国とかが出て来かねない。特に大国だとな。ぶっちゃけ、この大陸会議は大国を抑える為に存在する会議と言っても過言じゃない」
「多数決原理か?」
「それもあるが……大国つっても大陸の全土を支配できるほどの戦力は今はまだどこの国にも無い。教国も連邦も、皇国だってそうだ。となると、中小国の言葉も完全に無視できるもんじゃない」
「ほーん……」
これは仕方がない事ではあったが、諸国を渡り歩いたブロンザイトやトリンの指南を受けようと、ソラはまだエネシア大陸各国の規模などを把握しているわけではない。彼が知っているのはせいぜい今まで彼が行った国とその関係で知っておけと言われた国程度。それ以外は知らないのだ。なので各国にどの程度の国力があるのか、というのは実感がわかなかったようだ。
「ま、それにもしかしたら各国で出た意見の中にも良いアイデアがある可能性もあるからな。話しておく事そのものに意味がないわけじゃない。何より大国だから、小国のアイデアを無視して良いわけじゃない。小国に仕えている賢者が良案を出してくれている場合もあるしな」
「そういえば、何人かお師匠さんの弟さんも辺境の国を気に入って仕えてる、って言ってたなぁ……」
ブロンザイトが旅をして各地で有名になっていたので彼の弟達は彼ほど有名ではないが、それでも名を無視して良いわけではない。それどころか各国彼の弟達の知恵は油断ならない、と考えて一目置いているぐらいだ。ソラもそれを思い出したらしい。それに、カイトもまた笑った。
「そういう事だ。そういう意見を無視して運営すれば、待つのは破滅だけ。ま、皇国はその点不安は無いがな」
「どして」
「ハイゼンベルグ公も賢人の一人だ。本来はな。まぁ、得意分野は軍略だが……内政はウチの爺さん仕込み。外交は大戦後の混乱期からの叩き上げだ。流石にそれはわかってる」
「あ……そういや、そうなんだっけ」
言われてみてソラも思い出したが、ハイゼンベルグ公ジェイクは本来は叛逆大戦において大陸制覇に王手を掛けていたマルス帝国を打倒したのだ。軍略家としての腕は間違いなく大陸でも有数で、そしてそれ以降は七百年に渡って皇国を支えてきた生き字引だ。彼が賢者をおろそかにするとは思えなかった。
「で、それはそれで良いんだけどさ。こっから俺達何も無し?」
「無いだろうな。流石にオレ達に<<死魔将>>案件の意見を求めたいほど、各国知恵と情報に困ってるわけじゃない」
基本的にカイト達に求められているのは、地球との関わり方と邪教徒達対策だ。前者はそもそも彼らしか情報を持たないし、後者はそれなりに関わっていてなおかつ現状で動けるのは間違いなく彼らぐらいだ。どちらの情報も手に入れるのであれば、カイト達を呼ぶのが一番良かった。
が、彼らに聞きたいのはそれだけで、他に何か聞きたいことはあるか、と問われれば首を振るしかない。とはいえ、だ。それでも全く無いわけではない。なのでこの場に残る事になっていたのであった。そうして、彼らはそのまま会議の終了までその場に居る事になるのだった。
さて、それから更に数時間。<<死魔将>>対策の会議も終わり、二人は改めてホテルへと戻っていた。とはいえ、戻ったから何をするのだ、と言われても何もしない。ただ明日に備えるだけだった。
「ふぅ……あー……座りっぱなしでケツいてー……」
「安心しろ。本番は明日だ」
「さいあくだー……」
うだー、とソラは背筋を伸ばす様にベッドに横になり反り返る。まぁ、彼にとってはほぼ初となる会議への大規模な出席だ。殊更疲れが溜まったのだろう。と、そんなソラがふと顔を上げた。
「あー……あ、そだ」
「ん?」
「あ、わり。書類読んでたのか」
「いや、良いよ。この間持ってきてくれた報告書を読んでいただけだからな」
「報告書ってと……どれだ?」
基本的にカイトに渡される報告書は幾つもある。例えば冒険部で第二執務室の精査が終わった報告書は勿論彼に届くし、それ以外にも彼が見なければならないような書類は幾つもあった。ここにも幾つか持ち込んでおり、どれかは想像が出来なかったようだ。
「領内の報告書だ」
「ああ、なんだか軍人さんが持ってきてた奴か」
「それだな。ちょうど出発前だったから、ウチに置いてくる余裕がなくてそのまま持ってきた。時間があるから読んどくか、とな」
「いや、時間あるからって……」
どっちかってと俺達一仕事終わらせた後だぞ。ソラは部下――この場合は公爵としての――からの報告書を読んでいたカイトに、思わず空恐ろしいものを感じずにはいられなかったらしい。
「あはは……ま、ここら怠ると面倒な事になる。ならない様に、ってわけ」
「ほーん……大変だねぇ、領主様ってのは」
「大変は大変さ。だがそれでも、まーだこれが出来る分楽は楽だ。横流しやらなんやらを掴みやすいからな」
「地球でもやってるだろ?」
「地球でこれを、ってのはあんま聞かねぇな。公安警察だのなんだの、無いわけじゃないだろうが」
カイトが読んでいたのは、所謂各地に彼が派遣している統治者達に放った密偵達からの報告書だった。と言ってもこれはストラ達彼が抱える暗殺者紛いの密偵達ではなく、表向きから各地に散って実際に民達と関わり生の声を聞いてきてくれる報告者とでも言うべき者たちだった。
無論、それだけでなく状況によってはスパイと同じ事も行う。戦闘も状況に応じて許可されるし、有事の際には悪徳領主達を捕縛する権限もある。ここまで自由な権限を持つ密使を抱えるのはエネフィアだからだと言い切れた。地球ではそれだけの権限を与えられないのだ。
「で、それは良い。どうした?」
「いや、今日の晩飯どうするかなー……って」
やはり方や真面目に仕事をしている所に、これを言うのは恥ずかしかったらしい。話を促したカイトの言葉に対して、ソラはすごい恥ずかしげだった。
「ふむ……何も無ければ普通にホテルのレストランでご飯だな」
「何も無ければねぇ……まぁ、お前にはあるかもなぁ……」
「あはははは。まー、お呼び出しはあるかもなぁ……」
今回の大陸会議において、カイトは一応は裏方ではあるものの皇帝レオンハルトから使節団を任された公爵の一人ではある。なので適時彼も意見を述べる必要があり、会食を呈した会議を行わねばならない必要はあった。そして、そんな事を話していればだろう。噂をすれば影がさす、とばかりにホテルの内線に着信が入った。
「言ってる傍から、か。はい、天音です」
『ああ、天音様。天城様はいらっしゃいますか?』
「天城ですか? ええ、居ますが……」
てっきり爺達が呼んでいると思ったんだが。カイトは自身の読みが外れた事を受けて、僅かに首を傾げる。が、ソラの客である以上、彼に話を通すべきだろう。そう判断し、彼はソラへ向いた。
「ソラ。お前に客らしい」
「俺?」
「ああ」
「おぅ……はい、天城です」
『天城様。ラリマー王国より使者を名乗る方が来られていますが、如何なさいますか?』
ラリマー王国。聞かない名だ。ソラはフロントの言葉に首を傾げる。それにカイトを見るが、カイトも意図が掴めず――国そのものは知っていた――首を傾げていた。というわけで、ソラは訝しげに問いかける。
「あの……どういう要件か伺って良いですか?」
『はぁ……大使が会食をお望みとの事です。これより一時間後に迎えを出したいが、如何かとのこと』
「俺にですか? カイトでなく?」
『……天城様に、との事です』
「俺に……?」
尚更理解出来ない。ソラはホテルのフロントの言葉に首を傾げるしか出来なかった。と、言うわけで彼は判断に困った事もあり、カイトへと問いかける。
「どうすりゃ良いと思う?」
「さぁ……流石に要件がわからない以上、オレとしちゃ行けとしか言えん」
「ラリマー王国ってどんな国だ?」
「ふむ……まぁ、中小国ではある。どちらかと言うと中国よりの小国という所か。風光明媚で草原が有名な国だな。そうだなぁ……ほら、お前が捕まってたミニエーラ。その南部の草原地帯と考えれば良い」
「俺行ってねぇよ」
結局、草原に行く前の温泉でソラは捕まってしまったのだ。そして脱出後はそのまま教国を通って皇国に戻っている。なので結局、南部には足を運んでいなかった。
「そりゃわかってる。が、どんな所だ、と言われればそんな所だ、というのが一番わかり易い。と言ってもあっちよりも更に草原は広いし、国土の大半が肥沃な大地だ。基本は農耕。が、通商の要所でもあって、陸路を行く旅人達が良く通るから、文化もどこか各地の文化が混ざったような所がある」
「はー……」
一回行ってみたいな。ソラはカイトの言葉を聞くだけで想像出来る光景に思わず目を輝かせる。
「でもそんな国がなんで俺に?」
「そりゃ、わからんよ。あぁ、いや……ちょっと待てよ……?」
何かあったような気がする。カイトはソラの言葉に首を振ったものの、即座に記憶を呼び起こす。が、その直後だ。再度内線が鳴り響く。若干長かったのでフロントが掛けてきたのだろう。ソラはそう考え、慌てて受話器に手を伸ばす。
「あ、やべっ。出た方が良いよな?」
「ああ、出ろ。こっちはこっちで考える」
「おう。あ、すいません」
『ああ、良かった。申し訳ありません、天音様はいらっしゃいますか?』
「? カイト……天音ですか?」
あれ。もしかして結局勘違いだったのか。ソラは今度はカイトを呼ぶ様子のホテルのフロントにそう思う。が、これはそういう意味ではなかった。
『はい。天音様にハイゼンベルグ公が用事と』
「ハイゼンベルグ公が? ああ、わかりました。すぐに向かう、とお伝え下さい」
『かしこまりました。それで、天城様。どうされましょうか』
「え? あ、はい。それでとお伝え下さい」
ひとまずカイトも考えていられる余裕は無さそうだったし、ソラはこうなれば受けてみて考えるしかない、と判断したようだ。それに、カイトも一つ頷いた。
「ソラ、すまん。オレはあっちに出る必要がある。ラリマーの事はお前に任せる」
「おう。まぁ、なんとかやってみる」
「頼む。一応、適時情報を送れる様にはしてみる」
「頼むぜ」
急ぎ出立の用意を整えるカイトに対して、ソラが一つ頷いた。そうして、カイトは急いで会合に向かい、一方のソラはソラで会食に向けて用意を整える事にするのだった。
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