第2035話 大陸会議 ――現状報告――
大陸会議二日目。一日目に行われた宗矩への尋問と、それを受けての各国の動きの決定を経て開かれた二日目であるが、そこで予定外にカイト率いる冒険部へと宗矩受け入れに関する質問が飛ぶ事となる。
そうして飛んだ質問に対して、カイトは相手が柳生但馬守宗矩であればこそ受け入れるのだと説明。更に柳生但馬守宗矩と柳生宗矩の違いを交えながら説明し、ひとまずの理解を得られる様になっていた。
『……わかった。確かに安全保障の面でも君の差配は出来る限りをしているのだろう。はっきりと言わせて貰えれば、本来は受け入れない方が安全なのだとは思うがね』
「無論、それはそうだと思います。が、彼を受け入れる事によるメリットはあまりにも大きい。他ならぬ武蔵先生が彼はもう柳生但馬守宗矩に立ち戻った、と言われた言葉があればこそ、我々も彼を受け入れる結論を下したのです」
使者の言葉に対して、カイトは改めて武蔵の言葉があればこそ宗矩が柳生但馬守宗矩であると信じている、と明言する。と言っても彼自身、矛を交えたのだ。彼もまた今の宗矩が柳生但馬守宗矩であると理解していた。というわけで、最後のやり取りが交わされて、これで議論は終了となった。
『……良いだろう。我々からは以上だ』
『わかりました……では、他には?……ありませんね。では、これにてこの議論は終幕とさせて頂きます』
最初から大きく予定にない議題になってしまったものの、ひとまずこれで本題に入れるか。秘魔族の女性は一切の面倒臭さなぞおくびにも出さず、この議題の閉幕を宣言する。そうして彼女の宣言の後、改めて現状の認識の共有に入る事にした。
『では、まず。事の経緯の説明から開始しましょう。全てのきっかけは二千年以上も昔。我々が神話の時代と呼ぶ時代です』
秘魔族の女性は改めて、神話大戦の頃の事を語り始める。と言ってもこれはカイトとソラにしてみれば完全に現状の再確認程度で、特にめぼしい話は何もなかった。
まぁ、これはあくまでも現状認識を一致させる為のすり合わせ。一応この場に居るのは各国の要人達で高度な教育を受けているが、同じ事を聞いているわけではない。無論、時代が時代の事なので詳しくない使者も居るだろう。認識のすり合わせが必要だった。とはいえ、これはあくまでも認識のすり合わせ。カイト達はほとんど聞く必要が無い事ばかりだった。
「……なんか知ってる事ばっかりだな」
「しょうがない。基本的にここで話されている事はオレ達が関わった事ばかりだ。例えば、先のオプロ遺跡。ここでの事はオレ達は当然として知っているが、全ての国で知られているわけじゃあない」
「そりゃ、そうだろうけど……各国で同じ様に調査してたんだろ? ならオレ達が知らない情報とかあるかな、って」
確かに、ソラの言う事は尤もではあった。当然であるが、遺跡の調査をしているのは皇国だけではない。皇国や神殿都市の<<暁>>による情報提供を受けた各国が揃って情報収集に励み、ここに持ち寄って会議を行う事になっている。なのに知った情報が多ければ困惑も無理はない。
「そうだな……確かに、色々と知りたい情報はあるが……」
「なんかあんのか?」
「無いといえば嘘になる。ここら、国としての面倒な所でな。語れる事、語れない事色々とある」
「そりゃ、わかってるよ。でも全体で共有しておいた方が良い話もあるだろ?」
「ああ……がなぁ、ここら仕方がない話はあった」
カイトはソラの指摘に対して、若干困ったような笑いを浮かべる。そうして、彼はその仕方がない話とやらを語った。
「現状、一番情報を有しているギルドは、と言われると実はウチなんだ」
「へ?」
「ほら……ウチ、カナタとシャルが居るだろ? あの二人は神話大戦時代の生き残りだ。当然、何度となく邪神の尖兵達と戦った。そしてお前もな」
「俺?」
「お前もエルネスト殿の記憶を継承してるだろ。記憶、というには武芸寄りかもしれんが」
仰天という具合のソラに対して、カイトは彼に纏わる理由を語る。と言っても、これはあくまでも一例だ。彼が大きな理由というわけではない。
「まぁ……武芸よりってか武芸にかなり偏ってるけどな。基本武芸と魔術だ。まぁ、大半武芸で魔術はほとんど、って感じだけど」
「まぁ、戦士系の英雄だからな、彼は……とはいえ、だ。そんな感じでなんの因果か神話大戦に関しちゃウチはかなり関わっている。なんで、他のギルドより生の情報に触れてるんだ。なにげに、シェルターだって初めて見付けたのはウチだしな。後はカナタの事も知られていない。あいつ、なにげに存在自体が機密事項だからな」
「はー……」
確かに言われてみれば、そうなのかもしれない。と、そんなソラであるが、そこでふと今のカイトの言葉に驚きを得た。
「え? カナコナちゃん、機密事項なのか?」
「変なあだ名で呼んでやるなよ……まぁ、言い得て妙だがな」
くすくすくす、とカイトはソラのネーミングに笑う。とはいえ、これに彼は改めて一つ頷いた。
「……実はウチで引き取ったのも、そこらの偽装工作もあってな。そっちのがバレにくい」
「ふーん……」
そこらの偽装工作とやらについては、ソラは興味はなかった。無論、知っておかないと駄目という事もない。なお、彼女が機密事項にされた理由は、やはり人造の神だからだろう。
現代ではそんな発想さえ起きないだろう成果。ヴァールハイトはそれを実現させてしまったのだ。間違いなく、彼女を捕らえんとする勢力は出て来るだろう。そこらを鑑みた場合、国の影響下に置かなくて良い方が良い事もあるのである。
「ま、そんな感じで他よりは遥かに現状には明るい。単なる認識のすり合わせ程度で聞く必要はさほどは無いだろうな」
「さほどは、なのか」
「流石にオレも何から何まで把握してるわけねぇよ」
ソラの言葉に、カイトは僅かに笑う。如何に彼とて各国の調査結果を全て知っているわけがなかった。というわけで、彼も一応聞くつもりはある様子だった。というわけで、暫く二人は何かめぼしい話題は無いか、と話を聞くに徹する事になるのだった。
さて、現状のすり合わせが行われておよそ一時間。各国が情報を持ち寄り現状のすり合わせが行われたわけであるが、結論から言えばカイトからしても興味深い話題は幾つかあった。
「ふむ……」
「新しくやっぱ幾つか遺跡、見付かったみたいだな」
「ああ。それそのものについては、オレとしても疑問は無いんだが……」
それでも、やはり気になるな。カイトは各国の報告を思い出しながら、若干の訝しみを得る。それに、ソラが首を傾げた。
「何か気になる事、あったのか?」
「……ああ。さっきのカナタの話、覚えてるか?」
「ああ、機密事項だって話か?」
「それだ」
カイトが気になったのは、ヴァールハイトからの依頼の事だ。あれについてであるが、皇国もカイトも勿論忘れていない。なので皇国内で探索されている全ての遺跡で子供が見付かっていないか、という点は重点的に洗い出しを行っており、今の所見付かったという報告は受けていない。
まぁ、これは勿論まだ見付かっていた所だけの探索結果なので仕方がないか、と彼は思っていたのであるが、それでも各国が未知の遺跡を調べても出てこない、となると些か気になったのである。
「前にファルシュさんが裏で色々とやってた事は話したな?」
「ちょっとだけだったけどな」
「まぁな……とはいえ、それに関する話で報告が出るか、と思っていた。が、梨の礫とはな」
「何かおかしいのか?」
「いや、おかしいか、と言われるとそうでもないんだが……」
ソラの問いかけに、カイトは若干の苦味を浮かべ首を振る。実のところ、カイトも皇国も見付かるか否か、と言われると見付かりにくいだろう、という推測を出していた。理由は簡単で、そもそもヴァールハイトが活動したのは神話の時代。二千年以上も昔の事だからだ。
どこかのタイミングで見付かっていたり、オプロ遺跡の裏を知っていた某かが密かに助けて回った可能性もあるのでは、と考えられたのである。
無論、ヴァールハイト自身もこの可能性は考えており、その場合はその痕跡の発見を以って依頼の達成と判断するとしていた。が、痕跡さえ梨の礫とは中々に不思議だった。
(どこかのタイミングでシェルターが見付かっていた……? それか、何か特殊な施設があるのか……特殊な施設なら、厄介だな……)
特殊な施設ともなると、やはり普通の地図や資料には記載されていない。よほど特殊になるとそれこそレガドの地図にさえ無い。実際、異世界召喚の研究施設については未だ謎のままだ。
それと同じ様に、限定的とはいえ神を創り上げる事が可能な『天使の子供達』計画の被検体である子供達が搬送された施設も最重要機密として扱われていた可能性は十分にあった。
(となると……どうしたものか。一度皇国に戻ってから、改めて新規遺跡の調査任務を推進するべきか……? いや、それ以前に一度オプロ遺跡の情報の再検証を行わせた方が良いか)
どうするべきか。そう考えるカイトは、ひとまず今回の調査結果のまとめを聞いて内心で今後の方針を考える。少なくとも、ヴァールハイトがオプロ遺跡に居た以上あそこで『天使の子供達』が実行された事は事実なのだ。であれば、始点はあそこだ。となると、必ずどこかの情報は残されている筈だった。
(……現状冒険者達は動けんか。となると、一度ここらで立ち止まった方が良いな。よし。ひとまず、情報の再検証を行わせる事にしておこう。そうしている間に冒険者達も復帰してくる。ウチも動ける様になるか)
現状、思い返せば冒険部もまともに動ける状況ではないのだ。であれば、今出来るのは現場に赴かず出来る事に限られる。そこが決め手になった様子だった。と、そうして帰国後の事を考えるカイトであったが、ソラが小声で告げた。
「カイト。そろそろすり合わせ、終わりそうだぞ」
「……っと、悪い。ありがとう」
「おう……つっても、ほとんど目新しい話は無かったけどな」
結論から言ってしまえば、それしかない。確かにソラの言葉は正しかった。が、同時に間違いでもあった。故に、カイトはそれを指摘する。
「そうでもない。少なくともシェルターが使われた可能性が高い事はわかった」
「まぁ……確かにそうだな。でもだから、って感じな気も」
「それはそうだがな」
戦争である以上、そしてかなり劣勢の状況に追い込まれていた以上、シェルターが使われていたとしても不思議はない。なのでソラの指摘に笑うカイトであったが、一転して一つ指摘した。
「とはいえ……あれは構造上、内側からは開けられない。内部の人員の意識を奪うし、経時変化を変えているから外でどれだけ時間が掛かっても内側じゃ時間は経過していないんだ」
「あー……そっか。もし使われててそのままだったら、誰か中に居ないとおかしいのか」
「そうだ。カナタ・コナタみたいにな」
少なくとも使われた所については今の所救助活動が行われた可能性が高い、という所か。ソラはカイトの言葉に対してそう判断する。
「となると、現状もし新しい情報が欲しければやはり新しい遺跡に向かうしかない……だろうな」
「ってことは、冒険者の立ち直りが終わり次第……」
「また、新しい遺跡の調査依頼が入るだろうな。それへの準備はしておくべきだろう」
となると、また忙しくなりそうかな。ソラはカイトの指摘にそう考えて、一つ心構えをしておく事にする。と、そんな今後への見通しを立てたのを見て取ったかの様に、カイト達へと話が向けられた。
『ではここで、数度に渡って本件に関わった者として冒険部ギルドマスターとサブマスターから情報の提供をお願いします』
ついに出番か。カイトとソラは一つ気合を入れて魔族の大臣の言葉に頷いた。そうして、二人は今まで自分達が経験した事を語る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




