第2034話 大陸会議 ――二日目――
大陸会議一日目。それは各国が集まり宗矩から情報を手に入れる事と、それを受けての各国が対応を決定。それを持ち寄って、今後に対する話し合いとなっていた。
とまぁ、そういうわけでカイトはこの日は呼ばれる事が無い、と判断。彼は単身クラウディアに会いに魔族領の首都へと向かう事になる。そうして入った首都というか魔王城の私的スペースでは、ミレーユが彼を見て驚いていた。
「おや、婿殿。確か国際会議の真っ最中では?」
「今日はなーんにも無さそうだったんでな。オレは良いか、とこっちに来た。クラウディアは?」
「彼女でしたら、今日は会議があるので控えています」
「そうか。なら、執務室か。邪魔しても?」
「問題無いかと」
そもそもカイトにとっても魔王城はもう一つの自宅みたいな感じになっている。というわけで、案内されなくとも普通に動けるし、何よりここの設計者はティナだ。
そもそも彼女から案内されていたので、案内される意味もないのだ。というわけでそちらに向かう事にしたわけであるが、その前にミレーユが箒を異空間に収納する。
「ん?」
「いえ、一緒に参ろうかと」
「何かあったか?」
「特には。とはいえ、客が来た以上給仕は必要でしょう?」
「確かに、あった方がありがたい」
カイトとしては給仕が無いなら無いで問題はないが、あるならあるであった方が有り難い。というわけで歩き始めた二人であるが、そこでミレーユが問いかける。
「そう言えば姫様はマクダウェル領ですか?」
「ああ。今回はウチも全体的に手酷くダメージを受けた。負ったダメージを考えれば、公爵家としての立て直しもやらんとならんからな」
「それで、クラウディアが姫様とやり取りをしていたのですね」
「なんだ。あいつとも連絡取ってたのか」
それならマクダウェル領に戻っても良かったかも。カイトはそう考えるも、一転してそれならそれでティナも交えれば良いか、と考える事にする。別にティナが居ないでも問題はないが、話を聞けるのであれば聞いておきたい。というわけで、カイトはミレーユと共に魔王城の執務室へと向かう事にする。
「あ、そうだ。そう言えば……イクスがまた会いに行くとかなんとか言ってた」
「かしこまりました」
元々ミレーユはティナの世話役兼お目付け役兼見張り役だ。何かがあった場合に自身の正体に勘付かない様に、とされていたのだ。というわけで当然イクスフォスは彼女の事を知っていたし、逆もまた真なりだ。というわけで、密かに彼女からも連絡を受けていたらしい。そうしてそんな益体もない話をしながら進む事少し。魔王城の執務室へとたどり着いた。
「クラウディア。入ります」
『ああ、ミレーユですか。少々、お待ちを……どうぞ』
「失礼します」
「失礼するぞー」
ミレーユに続いて、カイトもまた魔王城の執務室に入る。そうして入って、クラウディアが驚いた様子を見せた。
「カイト?」
「おう。大陸会議の真っ最中だが、今日は出番が無さそうでな。こっちでひとまず対応聞いておくか、と思って来た」
「対応……ですか。こちらの対応はもう決まっています。奴らが何を考えていようと関係ない。ティスを貶めた落とし前はしっかりつけてもらいます」
カイトの言葉に、クラウディアははっきりとした意思を滲ませる。そしてこれは魔族達にとって一致した考えだ。自分達と同じ魔族の一人が不当に貶められ、敬愛する魔王に痛みを負わせたのだ。魔族領は一致した考えとして、<<死魔将>>達を討つべしという共通認識があった。
「それはわかってる。奴らにだけは落とし前をつけてもらう。それだけは絶対だ。ティナの義弟は本来、オレにとっても義弟になる筈だった。それを操った挙げ句、ああなった……無論、オレの当時の腕の不甲斐なさもあるがな」
「貴方が不甲斐ないのであれば、我らは揃って出来損ないでしかありませんよ」
僅かな苦味を浮かべたカイトに対して、クラウディアは笑ってそう首を振る。結局、あの当時十分な裏取りが出来なかったのは誰もが一緒だ。そしてカイトの言葉にフォローを入れたクラウディアはそれなら、と話を進める事にした。
「とはいえ、それでしたらこちらの基本方針はおわかりかと。基本方針としてこちらは<<死魔将>>に対しては徹底抗戦。相容れられる事はありませんからね」
「ま、そりゃそうだがね……それ以外の所だ。外交面やら軍事面やら、奴らへの対抗策と言う所だな」
基本的に魔族達にとって、自分達を騙り世界に戦争をふっかけた<<死魔将>>達は決して相容れない存在だ。よしんばティナが統一するより前の古い魔族達が賛同を示したとて、それで全体を動かせるわけではない。
「それでしたら、基本的には我々はそちらと共同歩調を取りますよ。外交面でしたら、また別に動く事もあるでしょうが。軍事面であればそもそもこちらの有力者の中にはそちらと共同で動いていた者も少なくない。今更ですね」
「それもそうか、と言えばそうなんだが……」
そもそもの話として、現在の魔族領の統治者達は揃ってティナに仕えていた者たちだ。なので結果的にカイトと共に行動していた者たちでもあり、公爵家と共に行動する事も多かった。そしてそれは今でも同じで、どうせ連合軍を組むのなら最初からカイト達公爵家、ひいては<<無冠の部隊>>と共に行動した方が楽なのであった。
「まぁ、ウチとしてもそれならそれで良いか。で、今思うのは物資の面なんだが、以前奴らが重点的に採掘していた……」
「そちらでしたら、先程魔王様と共に……」
「そうか。なら、一度ティナも交えた方が良いな……」
やはり来た以上は、色々と話しておきたい事があったらしい。カイトが気になった点を幾つか指摘し、クラウディアもまたそれに対する対策を話していく。
そうして、この日は基本マクダウェル家と魔族領でどう共同歩調を取るか、魔族領で問題となりそうな点は何か、などを話し合う事に注力する事になるのだった。
さて、明けて翌日。カイトはこの日からは朝から大陸会議に出る事になっていた。理由は言うまでもなく、邪神に対する対策が話し合われるからだ。というわけで、カイトは二日目にしてようやく、国際会議場の会場に足を踏み入れていた。
「はー……」
「どした?」
「いや、設計図は何度か見てたが、実際に出来たのを見るとまたなんというか、感慨深いものがあるからな」
どこか感じ入った様子の自身に首を傾げたソラに、カイトは少し照れくさそうに笑う。とはいえ、そう何時までも呆けてはいられない。今日からは彼らもオブザーバー。議決権こそ無いものの、意見は述べねばならない立場だ。しかも前の大陸会議の時とは違い、今回は彼らのみで事に当たる必要がある。腕の見せ所だった。
「さて……ソラ。一応わかっていると思うが、基本的な応対はオレになるだろう。が、同時に邪神関連とブロンザイト殿関連であれば、お前に話は飛ぶ。そちらはお前が受け答えしろ」
「わかってる」
「よし」
カイトはソラの返答に一つ頷くと、自身もまた気を引き締める。ここでミスをすれば今後の活動にも面倒が生ずる。なるべくミスなく終わらせたい所だった。というわけで、二人は会場の係員に案内されて自分達の席に着席する。
「なんか……普通に地球の会議場って感じだな」
「そりゃ、オレの意見が取り入れられてるからな。基本的なベースは一緒だ」
「なる……」
基本的な構造は一緒。そう述べたカイトであったが、やはりエネフィアではエネフィアの事情がある。なので細かな違いはあり、その点は少し差としてソラには映っていた。と、そんなこんなで開幕を待っていると、各国の使者達が揃い着席する。
『では、これより大陸会議二日目を開始します』
基本的な話であるが、大陸会議も大陸間会議も主催国が議長を務める事になっているらしい。なので今回の大陸会議では魔族の女性が議長を務める様子だった。とはいえ、魔族故にか一見すると二十代の女性に見えたので、ソラが小声でカイトへと問いかけた。
「かなり若く見えるけど……何族なんだ?」
「彼女は秘魔族。ほら、腕のあたりの覗く肌に何か特徴的な模様があるだろう? あれは秘魔族の特徴だ。ウチのユハラはわかるか?」
「ああ、ユハラさん? アウラさんの補佐やってる……ああ、彼女と同種族か」
「ああ。後はコフルもだな。かなり魔術に長けた種族で、彼女は魔族領で魔術大臣をやっている」
「知り合いか?」
「ああ。元々ウチの外部協力をしてくれていた女性だ。ティナも知ってる……というより、元々はあいつの下で研究者をやっていた統括リーダーの一人だな」
どうやら今の魔術大臣――日本で言う所の文部科学大臣の科学のみを担当する大臣――とやらはカイトの古い知り合いだったらしい。というわけで、そんな彼女が本日の議題を提起する。
『さて……本日の議題ですが、その前に。現時点でのエネシア大陸の現状について、認識を統一しておきましょう』
『その前に、一つ良いか?』
『なんでしょう』
さてこれから本題となる邪神復活に関する話し合いを。そうなる所に、どこかの国の使者が手を挙げる。それに、魔族領の大臣が首を傾げ先を促した。
『昨日の議論に関して一点、聞いておきたい事がある。彼らに関する事なのだが、良いか?』
『彼らに?』
「む?」
「へ?」
予定にない初手からの質問に、カイトもソラも思わず首を傾げる。二人共最初の段階で質問が飛んでくる事は想定しておらず、どちらもどんな質問が来るのか、と僅かな警戒を表に出していた。とはいえ、そんな様子から挙手した使者が一つ笑った。
『いや、警戒しないでくれ。昨日の話は君たちは知らないだろう。そこでミヤモト殿は自身の伝手で柳生宗矩なる男を君たちの所に預ける、と聞いてね。それについて聞いておきたい』
「ああ、なるほど……無論、構いません。それについては私も同意の上です」
昨日武蔵と宗矩が参加した大陸会議一日目であるが、そこでは当然宗矩の今後についても話し合われていた。そこで武蔵は自身が監視役となりつつ、彼の自由をある程度確保する為に冒険部に預ける事にしている、と言っていたのである。
『そうか。確かに、昨日ミヤモト殿もそう仰られていた。だが、君たちは本当にそれで良いのか、と思ってね』
「確かに、皆さんのご不安は尤もです。ですが、私が知り得る柳生宗矩……いえ、柳生但馬守宗矩であれば、不安になる道理が無いと言うしかないのです」
『それは如何に?』
何故かはっきりと明言したカイトに、使者が首を傾げる。これに、カイトは柳生但馬守宗矩という男の説いたものを語った。
「柳生但馬守宗矩は剣心一如を説きました。正しい心には正しい剣が宿る、という意味です」
『それを説いたから信ぜられる、と?』
「そうですね。無論、こう言えばそう説いた彼自身が敵に与したのだから、と言われる事でしょう」
指摘されるより前に、カイトは使者の疑念を口にする。剣心一如を説いた宗矩その人が悪に与したのだ。これに疑念が飛ばない筈がない。だが、これへの答えはカイトは持ち合わせていた。
「……ですが、彼のそうなった理由を私は理解出来るからです。そしておそらく、彼の助命嘆願に動いた多くの方々はそれを理解できてしまった。同じく戦士なればこそ、です」
『戦士なればこそ?』
「ええ……どれだけ正しい事をしている英雄であれ、戦士であればどうしても求めるのですよ。自身の存在理由とも言える『敵』を」
どこか呆れる様に、カイトは自分達戦う者のどうしようもない性を口にする。それに、使者達は理解が出来ない、と揃って首を傾げた。
『どういう事かね?』
「そうですね……こうやって腕を磨いていくと、時にこういう疑念に襲われるのです。この腕はなんのために鍛えているんだろう、という。おそらく宗矩殿は最期の最期。今際の際までそれを自覚しなかった。が、最期の瞬間、自身の今までを振り返って気づいた。この腕はなんのためにあったのか。誰へと振るわれるものだったのか、と」
自分の敵が居ない事に、宗矩は気づいた。そうカイトは説く。そうして、彼は僅かな呆れと多大な嘆きを浮かべた。
「だから、彼は夢見てしまったのでしょうね。対等の敵というものを。惜しむらくは、私がそれになれなかった、という事ですが……」
『では今は?』
「この世界で、彼はもはや単なる柳生但馬守宗矩であった者に過ぎません。どこでどう剣を振るおうと勝手。故に、こちらで振るっても問題はありません。そして彼は良くも悪くも、柳生但馬守宗矩でしかあれない。剣心一如を説いた、日本では剣聖と言われる者でしかあれないと彼もまた気付いた。これで、問題があるわけがない」
確かに柳生宗矩であれば、自身も受け入れる事に難色を示したかもしれない。カイトはそう述べる。そうして、彼は更に暫くの間宗矩受け入れに関する自身の考えを説明する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




