第2031話 大陸会議 ――英雄の背――
大陸会議に参加するハイゼンベルグ公ジェイク、リデル公イリス率いる使節団に同行し、魔族領にある国際会議場にまでやって来ていたカイト。そんな彼は要請していた冒険部の事務員の増員となったソーニャをシェイラから引き取ると、その後に皇国、教国と並ぶ大国であるラグナ連邦の副大統領ムルシアとの会食を行う事となっていた。そうして、ソラと共に臨んだ会食の後。二人はホテルの部屋に戻るなり、ネクタイを解いていた。
「はぁ……やっぱネクタイは慣れん」
「どこが? マジ言ってんのか」
「マジだ」
若干強引な様子でネクタイを解いたカイトであるが、しかめっ面のソラに向けてこちらもしかめっ面だ。
「ネクタイは首が締まる。あんまり、好きじゃないんだ」
「あー……それでお前、時々胸元開けてたのか」
「ん? オレ、開けちまってたか?」
「制服だよ、制服。ウチの制服にもネクタイ着いてるだろ? 簡易の奴だけど」
そんな不手際したかな。カイトは先程の事を思い出していたが、ソラの方は笑いながら地球時代の事を告げる。基本的に真面目なのか不真面目なのか良くわからない彼だ。制服は第一ボタンは基本常時開けっ放しだった。そしてそれについてはカイトも自覚があった。
「ああ、なんだそれか……ティナには直せ、と言われたがな。流石に第一ボタンなんぞ留めてられるか」
「まー、そうだわな。ってかなにげにそこら、ティナちゃん真面目だよな」
「魔王時代の癖、というべきかティステニアを養育していた時代の名残りか……さて、それは知らんがな。ファッションとしての崩すのは良いが、だらしなく着るのは好まんみたいだな」
ふとした事ではあったが、二人は着替えながら少しだけティナの事を話し合う。そうして改めて着替えて、ソラは僅かに目を瞬かせた。
「お前、ジャージも持ってんのな」
「そりゃ、あるだろ。何時も何時でもジーパン履いて寝てると思ってたか?」
「おう」
「まさか。夏はどっちかってと作務衣の方が多いぞ。冬はジャージが多い。ジーパンだって履いてるのは基本、ジャージに近いストレッチジーンズだ」
確かに事ある毎に外に出る際にはジーパンを履いていたし、初転移の際にもジーパンを履いて――この際は普通のジーパンだったが――いた。が、別にそれしか寝間着にしていないわけがない。なお、ソラは基本年がら年中ジャージだった。
「ま、それはともかくとして。流石に防寒対策はされていても、冬も近い魔族領で作務衣は履かんし、ストレッチジーンズも使わん。普通にオレもジャージだ。後はその時に応じてか。朝一番に鍛錬とかをする予定なら、寝る時にジーパンという事も多い」
「ふーん……」
なんか見慣れないな。ソラは自身にとっては珍しく映るカイトのジャージ姿に、そう思う。まぁ、実際には今回になりようやく同室となった事で見えた点という所で、本当は良く着ていたのだろう。別に着慣れていない様子はなく、普通に普段着として着れていた。
「って、訓練なら別にジャージで良くね?」
「別に良いが……単に気分の問題だ」
「そんなもんか」
「そんなもんだ」
ソラの問いかけに、カイトは一つ笑って頷いた。と、そんな彼が窓の外に興味を見せていた事に、ソラが気が付いた。
「何かあんのか?」
「まぁ、無いと言えば嘘になるが……被空挺がな。そろそろ到着する頃合いかとな」
「なんの飛空艇だ? もう皇国の飛空艇は到着してるだろ?」
「もう一隻、皇国の飛空艇が来る」
「一隻?」
基本的にエネフィアでは魔物が現れる為、よほど装備に自信がある飛空艇でもなければ単独で動く事はない。そして現在、この街では各国要人が集まって会議が開かれる事もあって、飛空艇の往来は制限されている。カイトが着目するとなると要人が乗っている可能性が高いだろうが、そうなると今度は護衛も連れずに一隻だけ、しかも夜に到着というのは中々不思議だった。
「……なんか訳ありか?」
「訳あり、だな。宗矩殿が乗っていらっしゃる」
「来るのか?」
「来ないわけにもいかないさ。今回の大陸会議では彼から情報を得る、という所もある。皇国一国だけに任せるのは各国納得しないからな。今回の大陸会議の最大議題の三つの一つだ。それに合わせ、予めウチが得た情報は各国に共有している」
三つの一つ、って事は当然ひとつは地球とのやり取りだろうな。ソラは先のムルシアとの会食を思い出し、そう理解する。そして実際、それが二つ目だった。
では最後の一つは、というと言うまでもなく邪神復活の一件だ。この三つが現状エネシア大陸全体で考えねばならない議題だった。というわけで、三つが大凡それだろう、と推測したソラはカイトへと問いかける。
「酔った頭であんま考えたくないけど……とりあえず、聞いておきたいんだけど。順番は?」
「最初に宗矩殿からの情報収集。それを受けての『リーナイト』の一件への対応と、邪神への対応。最後に、地球との関わり方だな」
「妥当っちゃぁ、妥当な順番なのか」
「まぁな」
最初に情報を集め、次にこちら側の対応を決定。その後に、外との対応を決める。単に内と外が異世界というだけの差だ。無論、宗矩からの情報提供は別にして、基本的な流れは他の大陸での大陸会議でも一緒だった。
「さて……どう転ぶか」
「オレ達が呼ばれるのは後ろの二つか?」
「ああ。邪神への対応と、地球との関わり方。その二つだ。特に邪神への対応はカナタの事とお前の神剣の事とか、色々とある」
「こいつ、か……」
ソラは何時もと変わらず自らの右耳のイヤリングの中に眠る神剣<<偉大なる太陽>>を思い出す。そうして思い出して、ふとソラが問いかける。
「そういや、さ。こいつの力をより……いや、もし全部発揮するならどの程度の力が必要なんだ?」
「うん? そうだなぁ……」
確かに、ソラがこの神剣を授かった頃に比べ彼は段違いに強くなった。なりたくてなったわけではないが、なった事は事実なのだ。ということはつまり、求める強さに随分と近くなったと言っても良いだろう。そろそろ次のステップを見極めても良い頃合いだった。
「最低限、今の倍は欲しいな。今のお前でようやく、エルネスト殿の背が見えたぐらいだ。それで集中して一発、届くぐらいだろう」
「そんなもんか」
「そんなもんだな……まぁ、後は。お前の前世が目覚めたタイミングぐらいなら、エルネスト殿と並べるだろう」
「使って素のエルネストさんと同格なのね……」
がっくり、という具合でソラが肩を落とす。なお、こう聞けばすごい様に思えるが、実際には<<原初の魂>>による身体能力の増強を受けて初めて並べるのだ。
実際にはまだ総合力ではようやく三割程度という所だろう。英雄の背はまだまだ遠かった。とはいえ、そこまで言うほど遠いというわけでもないらしかった。
「あははは……とはいえ、そう悲観するほど遠いわけじゃない。まぁ、もうお前に言うのは釈迦に説法だろうが……この世界には身体能力を多重に強化する方法は幾つかある。加護も幾つかあるその一つというにすぎないからな」
「そりゃ、俺これでも冒険部で先輩とトップクラスに加護を使いまくってる一人って自負してるからな」
今更言われるまでもなく、加護などの身体能力増強に幾つかの系統がある事をソラは理解していた。彼自身エルネストの記憶を頼りに<<古代魔術>>のデッドコピーを使っていた。
「では、彼が使っている事も理解しているな?」
「おう。これでもお師匠さんのお力添えで<<古代魔術>>を使ってるからな。つっても、デッドコピーだけどな」
「ほぉ……そうだったのか」
なるほど、それでソラが千代女に食い下がれたのか。カイトはここ暫く十分にソラと戦闘関連の話をする機会が無かった事から、今になって知った事実に僅かに目を見開く。
「とはいえ、それならお前もわかっていると思うが、これが不思議な話で一言に身体強化と言っても加算なのか乗算なのか、と強化に対する数式が違う。通常、オレ達が使うのは加算だな」
「お師匠さんから聞いたよ。確か、普通は多重に起動しても加算の関係にあるから、例えば3倍の上昇率の身体強化の魔術と2倍の身体強化の魔術を同時に起動したら5倍の強化になる、って」
「そうだ。だから普通は5倍の増加を行える一つの魔術を起動する方が遥かに効率的だ」
当たり前であるが、二つの魔術を同時に展開しコントロールするより多少難しかろうと一つの魔術をコントロールする方が遥かに容易だ。なのでカイトとしても基本は二つ同時に併用せず、一つしか身体強化の魔術は展開していない。費用対効果に見合わないからだ。
「さて……その上での話だが、身体強化の魔術の中には先にも言った通り乗算関係にある魔術がある。例えば加護。これは言うまでもなく乗算。全ての魔術に対して何倍か、という乗算の関係にある。例えば、5倍に対して2倍の乗算というわけだ。それだけで10倍になる」
「それも聞いてる」
「だろうな……さて、ではこれ以外に乗算の関係にある魔術を、お前は知っているか?」
「えっと……」
カイトに問われて、ソラはブロンザイトから教えられた知識を引っ張りだす。
「まずは加護。それで次は……ああ、神様達から与えられる神使化もそうだ、って聞いたな。あ、そっか。そうなのか」
「そうだ……つまりエルネスト殿は常に素である様に見えて、実際には太陽神の加護を使っていたわけだ。なので素の戦闘力が並外れて高いわけじゃない……勿論、それでもお前よりは高いがな」
「ですよねー……あ、そだ。一つ思った。てか、思ってた。お師匠さんに聞こうとしたんだけど、結局聞けなかった事なんだけど……」
「ん? なんだ?」
再度がっくりと肩を落としたソラであるが、そんな彼が即座に立て直しブロンザイトに聞く事が出来なかった事とやらをカイトへと問いかける。
「乗算関係にある魔術と乗算関係にある魔術を多重に起動すると、どうなるんだ?」
「お、面白い所に気が付いたな」
良い着眼点だ。カイトは当然として出るだろう疑問を受けて、一つ笑う。そうして、彼は笑いながら解説を行った。
「これが特殊な関係になる。通常、オレ達が使う魔術に乗算されるわけだが、ここから更に乗算される魔術もある。例えば<<原初の魂>>なぞその好例だな。なんで、基本はどういう関係にある魔術かを知っておくと良い。勿論、多重に起動する分魔力の消耗もコントロールの難易度も桁違いに上がっちまうから、そことの兼ね合い次第だ」
「そういう意味で言ったら、加護と<<原初の魂>>は物凄い便利なのか」
「ああ。ランクSの冒険者でさえ加護は未だ切り札と言う者は多いし、<<原初の魂>>は言わずもがな。全ての魔術や技に対して乗算関係にあるこの二つは別格と捉えて良いだろう。なにせあれだけ発動が簡単なのに、これだけ高効率の増強が出来るからな」
<<原初の魂>>も加護もどちらも極めれば一瞬で発動が可能で、なおかつ出来てしまえば発動は簡単だ。そして何より効率が良い。そういった点から、この二つは身体強化において別格と捉えられていた。勿論、どちらも使えるかどうか自らではどうにもならない所も多い為、学ぼうとして学べるわけではない。
「ま、ここらについてはティナの領域になっちまうから、オレは何も言わん。聞きたきゃあっちに聞け。実際、オレも全部は把握していない。あまりに係数が複雑過ぎてな。というより、専門の魔術師達でも全てはまだ解き明かせていない領域だ。未だ、新たに乗算関係にある魔術が見付かった、とか言われるほどだ」
「考えたくねー……」
「オレだって考えたくねぇよ……が、これをおろそかにすると痛い目に遭う」
はぁ。カイトは特大のため息を吐いた。冒険者だから、とバカであっては駄目なのだ。きちんと勉強もしなければならないのであった。というわけで、若干疲れた様子の二人はこれでこの話はおしまい、とその日は休む事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




