第2029話 大陸会議 ――会食――
ラグナ連邦の副大統領ムルシア。その彼の要望を受けて行われる事になった会食。それにソラと共に参加する事になったカイトであったが、そんな彼は氷冷酒という非常に珍しいらしい酒をきっかけとしてムルシアとの会食を開始する。
そうして飲み物の注文をしたわけであるが、カイトとムルシアの前にはウィスキーグラス程度の大きさに入れられた澄んだ水の様に透明な液体が、ソラの前には真紅の液体が注がれたグラスが届けられる事になっていた。ソラの方はショットグラス。食前酒というわけだった。
「君のは……」
「あ、焔実酒です」
「やはりか」
どうやらソラは先にムルシアが焔実酒もあるのか、と言っていた事から、こちらも珍しいものだと思ったらしい。折角なので、と頼んでみる事にしたようだ。実際、こちらも魔族領で作られる地酒で珍しいものではあった。というわけで、真紅の酒を前にしたソラに、少しだけ楽しげにムルシアが告げた。
「気を付けなさい。それは思った以上に、強いからね」
「はぁ……んぐっ!?」
試しに舐める様に一口。そう思って焔実酒を口にしたソラであったが、早々に思わず目を見開く事になってむせ返る。
「げほっ! げほっ! えぇ……?」
「ははははは。この店だから、と油断したかね? 焔実酒は思う以上に辛い。ワインに似ている様に見えて、その実焔の実の名に相応しい熱さだろう?」
むせ返り困惑を露わにするソラに、ムルシアは楽しげに教えてやる。後のソラいわく、思わず目の前が真っ白になるぐらいにキツかった、との事であった。そしてそんなソラを見たムルシアだが、そのまま楽しげにカイトへと問いかける。
「にしても……焔実酒を知っているなら、君もこれについては知っていると思ったがね」
「こういうものは自分で体験しないとわからないものですよ。特に各地の地酒なんてね。そして言われてもやっぱり自分で経験したいし……自分で経験したならやはり経験させたいものでしょう?」
「確かに……では、我々は氷冷酒を頂くとしよう」
楽しげなカイトの言葉に同意したムルシアであったが、そのまま透明な液体の入ったグラスを掲げカイトと共に一口口にする。
「……ああ、まさしく氷冷酒。澄んだ氷の様に冷たく、そしてそれ故にこそどこまでも味わい深い」
「ええ……ややもすればハッカにも近い清涼さにもなってしまうが、これは良い酒蔵の物ですね」
「うむ」
カイトの言葉にムルシアは再度氷冷酒を口にして、再度一つ頷いた。氷冷酒はソラの物とは違いカイトの言う通り飲んだら氷を舐めたかのような清涼感を与える口当たりの良い酒だった。
なお、どちらも度数は中々のもので、ガバガバと開けるものではない。無論、値段からそう気軽に飲める物でもない。そうしてムルシアと共に再度氷冷酒を口にしたカイトが、控えていたウェイターに告げる。
「すいません。こいつにファイア・アンド・アイスを」
「かしこまりました」
「いや、勝手に頼むなよ。てか何だよ……って、え?」
訳知り顔のウェイターが自身の前にあった真紅の酒を引いたのを見て、ソラが思わず困惑する。これに、カイトが笑って告げた。
「流石にお前あれ、飲めないだろ?」
「な、なんとか飲める」
「なんとかならやめとけ。ま、あの様子なら店も慣れてるんだろうさ」
「ファイア・アンド・アイスは焔実酒と氷冷酒を混ぜたカクテルの一つでね。先のよりは随分と飲みやすいはずだ。初めて聞いた時は、誰もが馬鹿な事をと言うカクテルだからアンビリバボーなんかとも言われるがね」
どうやらこちらも訳知り顔という所のムルシアが、カイトの言葉を引き継いでカイトが頼んだカクテルの事を説明する。そうしてそんなうんちくが終わるか終わらないかのタイミングで、先程の焔実酒のような真紅ではなく、透明度の高い赤色の液体が入ったグラスがやって来た。
「こちら、ファイア・アンド・アイスとなります」
「あ、ありがとうございます」
運ばれてきたグラスを受け取り、ソラが一つ頭を下げる。そうして、促すようなカイトとムルシアの視線を受けて彼は少しおっかなびっくりという具合ではあったがファイア・アンド・アイスなるカクテルを口にする。
「あ……」
「飲みやすいだろう? 度数の高い酒と度数の高い酒。しかも両方とも安いわけじゃない。それを混ぜただけの……と言えば悪いが、金持ちの発想だ。だのに、馬鹿にできないほどに美味い」
「はい……なんというか、さっきの舌が焼けるような感覚が一転して、柔らかくなってる。中和されている? そんな感じがします」
先に焔実酒を飲んでいたからだろう。ソラには尚更に驚きがあったらしい。どこか感動さえ覚えた様子があった。そんな彼にムルシアは笑い、カイトを見る。
「なるほど。上手い飲ませ方だ。これは見習わせて貰おう」
「いえ……偶然ですよ。流石に」
「ふふ……」
どうなのだろうね。笑うカイトにムルシアは少しだけ策士の笑みを浮かべる。これが意図したものであれば、中々策士ではあるだろう。少なくともソラの緊張はかなりほぐれているし、ムルシアもかなり気分が良い。身内さえ利用して、大国の大幹部を上機嫌にさせたのだ。少なくとも、油断するべきではないと思わされた。そしてそうこうしている間にも料理がやって来て、会食は本格的に開始される事になった。
「さて……まず聞いておきたい事があってね」
「なんでしょう」
所詮、今までの所は単なる挨拶。ここからはじまる本番に向けたプロローグだ。故にカイトもここからに向けて気持ちを入れ替える。そうして、ムルシアが問いかける。
「君達はここからどうするのかね」
「どうする、ですか。それは徹頭徹尾変わりませんよ。もとより我々の目的は地球への帰還。規模は拡充し拡大しましたが……それは変わりません。勿論、単にそれで終わる事は無いとは思いますが」
「そうだろうね……まぁ、聡い君にブロンザイト殿の弟子であるソラくんの事だ。私がここに君達を招いた理由は、お見通しだろうね」
そう来たか。カイトは投げかけられたムルシアの言葉に、僅かに内心で唸る。この質問一つで、カイトとソラの力量を見極める事が出来るのだ。
よしんば先に答えた方が正解を出したとて、もう片方の表情を見れば大凡答えを当てられていたかが掴める。掴ませないのならそれだけの役者を相手にしなければならない、と思わなければならないだけだ。ジャブとしては、十分だろう。そして先に答えたのは当然、カイトだった。
「地球の事、ですね?」
「うむ。君は把握していると聞いているが、今後エネフィアと地球との間で何度となく会合が開かれる事になる。それに際して、君達の話を聞いておきたい」
当然の話になるが、今後地球側が会談を開く場合基準となるのは一番最初に会談を持った皇国だ。であれば、同格を自負するラグナ連邦としては遅れを取りたくない。集められる情報は一つでも多く集め、自国が皇国に遅れていない所を示す必要があった。
「まず、地球にはどれぐらいの国がある?」
「国連加盟国であれば、約200。ただし、エネフィアと同じく大小様々な国を含んでの物になります」
「無論、それはそうだろう。大国ばかりとは考えたくはない」
それについては今更言われるまでもない事だ。ムルシアはカイトの言葉に一つ笑う。そうして、彼は一つ問いかけた。
「ソラくん。君のお父上は現在、日本という国において総理大臣をしているという。その総理大臣という職について、少し聞きたい。大統領と何が違うのかね?」
「大統領と何が違うか、ですか……?」
なんだろう。改めて問われてみて、ソラは自分の父とアメリカの大統領の政治家としての違いは何か、と考える。が、流石にこればかりは地球時代の不勉強が祟った。答えようがなかった。
「……すいません。実は地球に居た頃はあんまり、父親の仕事に興味無くて……ちょっとやんちゃしちゃって、詳しく知らないんです」
「これについては、私からもフォローさせてください。別に彼が悪いわけではないんですが……少しお父君の政敵がいらない事をしたそうでして。少々、お父君と不仲だった時代がありまして。と言っても勿論、まだ総理大臣という任に就く前の事でしたが……」
「そ、そうだったのか……というか、君はそんな事を良く知っているね」
カイトのフォローに恥ずかしげな様子を見せたソラに、ムルシアはこれが嘘や方便でないと理解したらしい。それ故にこそ驚いた様子を見せていた。これに、カイトも僅かに視線を逸らす。
「……まぁ、色々と」
「……まさか、君も?」
「まぁ、そんな所です……と言っても、流石に私自身がやんちゃしてたわけじゃないです。単に、その、なんと言いますか……若気の至り、と言うべきか、こいつが喧嘩を売ってきたので返り討ちに何度かしてただけです。そうしたらいつの間にか仲良くなり、色々とあってお父君から裏事情という形で」
「……そんな所です」
「そ、そうかね」
今更思い返せば、地球に居た頃は二人は本来は普通の少年たちだったのだ。である以上、そこには普通に青春があったのだろう。ムルシアはカイト達の過去を聞いて、内心で僅かな同情を抱く。
が、それはこの場には不要な物で、彼も気を取り直す。そして同様にカイトも気を取り直して、自身が説明を行う事にした。
「とはいえ、日本の総理大臣と貴国の大統領の違いなら私の方から説明させて頂きます」
「出来るかね?」
「はい……最もの違いは権限の違い、と言っても良いでしょう。日本の国としての体制は?」
「理解しているつもりだ。確か国王がトップに居るものの、国風としては君臨すれども統治せず、という所と聞いている。議院内閣制を取る、とも」
やはりさすがは民主主義国家かつ政治学部卒という所だろう。自国と同じ民主主義の幾つかの政治体制は理解していたらしい。なお、エネフィアでは議院内閣制を取っている国は少数派だ。なのでムルシアも今回の会談に際して大学時代の恩師に再び講義を依頼したよ、と後に笑っていた。
「それなら、話は早い。大凡それで間違いありません」
「なるほど……」
それなら、こちらとしては話を合わせやすいか。ムルシアはカイトの言葉にそう推測する。お互いに選挙で選ばれた政治家同士。単に異世界の政治家というだけだ。そしてカイト達の知性を見ていれば、大人である政治家達の知性も大凡は想像できる。
「では、こちらの議院内閣制における首相に位置するのが、総理大臣というわけか」
「そう言って良いでしょう。議院内閣制を取りますので、内閣総理大臣とも言います」
「内閣……複数人の大臣という事か。ここらは、皇国の方が近いか……?」
基本的にエネフィアの大統領はアメリカの大統領と似ていて、大統領個人に権限が集まっている。その補佐に各種の長官達やムルシアのような副大統領が居て補佐している形だ。
違いと言えば公的に大統領直属の特殊部隊が居るか居ないか、ぐらいだろう。無論、それに合わせて権限も若干だがエネフィア側の方が強い部分もある。
「……ああ、ありがとう。大体は想像出来た。それで、大臣についてはどのような大臣が居る?」
「どのような、ですか……」
どのような大臣を置いているか、という所で国風が見えてくるのだろう。ムルシアの問いかけに、カイトとソラはソラの父が率いている内閣を思い出す。そしてここらについてはソラも知っている事は多かった。
「えーっと……外務大臣に官房長官に……あ、官房長官は大臣じゃないっけ? あれ、どうなんだろ……」
「官房長官は長官だが、一応は国務大臣だ。いや、一応は要らんか。わかりにくいがな……で、外務大臣はその名の通り、外交を専門に行う大臣です。無論、実務は補佐官が行うわけですが」
「ふむ……やはりそこらは皇国に似ているか?」
やはり基準としては皇国が意識にあるらしい。ムルシアは笑ってソラに補足説明を入れたカイトの言葉にそう思う。そうして、暫くの間カイトとソラはムルシアとの会食を行う事になるのだった。
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