第2028話 大陸会議 ――会食――
ラグナ連邦副大統領ムルシア。ラグナ連邦からの申し出によって行われる事になった彼との会食に向けて、カイトは以前のラグナ連邦との一件で彼との会食を行っていたソラから幾ばくかの情報を得る事になる。そうして、そんな事をしながら時間を費やす事少し。二人は会食用のスーツに着替えると、ホテル前出ていた。
「ここで待て、って話なんだが……」
「馬車で移動する、って事だよな?」
「ああ。招待状にはそう書かれていた」
ソラの問いかけにカイトはハイゼンベルグ公ジェイクから渡された招待状を改めて確認する。そこには良ければ迎えの馬車を向かわせるので、と書かれていた。
すでに返答は送っている以上、そして街の中での移動なので時間に遅れる事はないだろう。と、そんな事を言っていると、普通に馬車がやって来た。
「カイト・天音様とソラ・天城様ですね?」
「はい……身分証明証もこちらに」
「ありがとうございます」
カイトから提示された冒険者の登録証を確認し、御者席から降りた御者が一つ頷いて後ろの馬車の扉を開く。
「どうぞ、中へ」
「ありがとうございます。ソラ」
「おう」
御者とのやり取りを終えたカイトに促され、ソラもまた場所へと乗り込んだ。そうして乗り込んだ馬車は当然、以前にソラがラグナ連邦で乗った馬車とは段違いの豪華さだった。
「うはー……やっぱすっげー豪華……内装とか完全オーダーだろうなぁ……椅子もすげぇ」
「相手は大国の副大統領。客を招くなら招くで、主人の格を見せ付けないといけないからな。下手な馬車は出せんさ」
「お師匠さんもおんなじ事言ってたなー……」
一応、ソラも上流階級の出身だ。が、同時に地球でこんな華美な内装なぞ滅多にお目に掛かれるものではない。そうして二人が椅子に座ったのを確認し、御者が扉を閉じて少ししてゆっくりと馬車が動き始めた。
「そう言えば、店はどこなんだ?」
「大通りの中央。この街でも有数の高級レストランだ。メインは肉だな」
「肉か」
「肉だな……と言っても、焼き肉とかじゃないがな」
「わかってるよ」
どこか冗談めかしたカイトの言葉に、ソラは少しだけ笑う。これが自身の緊張を和らげようとしてくれているのだ、という事ぐらい彼にもわかっていた。そうして、馬車で移動する事十五分程度。大通りにあるとある高級レストランの前にて、馬車が停止した。
「どうぞ」
「ありがとうございます。こちらを」
「ありがとうございます」
御者はカイトの差し出した袋を受け取ると、一つ頭を下げる。魔族領はカイトの影響が強いのでチップ文化はあまり無いのだが、相手の格などを鑑みてカイトは用意しておいたのである。が、それは普段は見られない姿で、ソラが僅かに訝しむ。
「あれ? チップ……渡す必要があったのか?」
「普通は渡さんよ。が……まぁ、大国の副大統領に最高級レストランに招かれたんだ。心付けの一つでも渡しておかんと、店の客の格を落とす事になる。勿論、そこらはこっちの格やらなんやらと相談の上だ。失礼にならない程度の額にはしてある」
「そっちね……」
やっぱりまだまだこいつには追い付けないらしい。こういうのはどうしても経験が物を言うのだ。仕方がない。というわけで、レストランの中に入った二人はウェイターに案内されて、最奥のVIPルームへと通される事になった。そこで待っていたのは、横に三十前後の一人の男を控えさせた一人の白髪混じりの五十代の男性。ラグナ連邦副大統領のムルシアだった。彼は二人を見ると立ち上がり、微笑みかけた。
「やぁ、随分と見違えたよ……元気、そうで何よりだ」
「お久しぶりです、ムルシアさん」
「覚えていてくれたのか。ありがとう」
ムルシアとソラが握手を交わす。ムルシアからしてみればまだ数ヶ月前に過ぎないが、ソラからすればあの地獄のような日々を間に挟んだ一年前だ。
覚えていなくても礼儀を損なうわけではなかったし、それに目くじらを立てるようでは狭量を疑われる。大国の為政者の一人として、その姿は見せられなかった。というわけで、そんなソラがカイトを紹介する。
「彼が、冒険部ギルドマスターです」
「カイト・天音です。はじめまして」
「ああ、はじめまして。ムルシア・クレモデナ。ラグナ連邦にて副大統領の職を預からせて頂いている。こっちは私の護衛だ。何分、このような役職なのでね。気にしないでくれ」
カイトの差し出した手を、ムルシアが握る。それに、カイトは一瞬だけ軍人を見た。
(彼が、例の部隊の隊長……か)
なるほど。確かに強い。カイトは一切の感情が見えない表情を一瞬だけ伺い、僅かに気を引き締める。副大統領の護衛を単独で任されるほどだ。間違いなく相当の腕利きの筈だし、実際カイトもなるべく町中では戦いたくない、と思った様子だった。
とはいえ、それは今回はあくまでも副次的に得ておきたい情報。あくまでもメインはムルシアにある。なのでお互いに挨拶を交わした所で、改めてムルシアは二人に席を勧めた。
「折角レストランに居るのに、何時までも立ち話もなんだろう。座ってくれ」
「「ありがとうございます」」
ムルシアの勧めを受けて、カイトとソラはムルシアの対面に腰掛ける。そうして二人が腰掛けたのを見て、ムルシアが口を開いた。
「まずはソラくん……ブロンザイト殿の事は残念だった。まさか、たった数ヶ月でもう会えない事になるとは」
「はい……でも、お師匠さんらしい最期だったんじゃないかな、と思います」
「そうか……私は最期は知らないが、最期を看取った君が言うのだ。そうなのだろうね」
どこか残念そうな顔を浮かべ、ムルシアはソラの言葉に一つ頷いた。それにソラは一つ頷いた。
「はい」
「うむ……ああ、それで今回来てもらったのは、一つには君達が大丈夫かを見ておく為でね。ひとまず、今は大丈夫かね?」
「はい。とりあえず治療も終わり、今は前と同じ様に活動しています」
「そうか。それは良かった……それで、トリンくんは?」
「あいつも今ウチで一緒に。俺の補佐をしてくれています」
やはりトリンはブロンザイトの最期の弟子にして、彼の全てを受け継いだ存在だ。ムルシアとしてはその動向は気になる所だったのだろう。これについてはソラは予めカイトから質問が飛ぶだろう、と言われており、答えも予め用意しておいた。
「そうか。彼も元気か」
「はい……あいつはもっと成長したんじゃないかな、と思います」
「ふむ?」
「いえ……違いますね。多分お師匠さんが最期に背中を押してくれたおかげで、あいつが本来持っていた全てを出せる様になったんだろうな、と思います」
どこか興味深げなムルシアの様子に対して、ソラは自らの感じた所感を語る。これについてはカイトも同意見だし、おそらくブロンザイトが生きていれば同意見だっただろう。ブロンザイトという名に隠れていた彼はその死を受け自らが表に出る事を決意。その結果、隠されていた才能が全て芽吹いたのである。それを、ソラはムルシアへと語る。
「なるほど……そういう事なのか」
「はい……おかげでまだまだ敵わないと思わされてばかりです」
「そうかね……ああ、すまないね。カイトくん。君を放置したまま、話をしてしまっていた」
「いえ……こういう話は私の居る前ではあまりしませんからね。聞けて良かったかと」
「うっ」
どこか恥ずかしげに、ソラはカイトの言葉に僅かに頬を赤くする。聞かれたから答えた、という程度であったが、それ故にこそ彼はカイトの事を一時的に失念してしまっていたらしい。それに、ムルシアもまた笑った。
「ははは……っと、何か飲むかね?」
「ありがとうございます……では、氷冷酒を」
「ほぉ? また珍しい酒があったものだ」
やはり食いついたか。カイトは自身が述べた酒の名を聞いて、提供されたメニュー表を興味深げに探しだしたムルシアにそう思う。当たり前だがムルシアとてこのレストランの全てのメニューを把握しているわけではない。料理については基本任せてあるが、飲み物などは趣向があるので選べる様にしていたのである。
「二ページ目の真ん中あたりにありますよ」
「ああ、これか……む。焔実酒もあるのか」
「なぁ……氷冷酒ってなんだ?」
「氷冷の実という魔族領の北部で採れる実を使って作られる魔族領の地酒だ。焔実酒は焔の実というぶどうに似た真紅の実で作られるワインに似た酒だ。実がまるで焔に似た様な形だから、焔の実というわけだ」
ここらは元々酒豪兼酒飲みとして知られているカイトだ。なので何かを見る事もなくスラスラとソラの問いかけに答えていた。と、そんな彼に他に何か珍しい酒は無いか、とメニューを見ていたムルシアが問いかける。
「にしても、君は氷冷酒を元々知っていたのかね?」
「ええ。魔族領の名酒は幾つか個人で入手しましたので……その中に氷冷酒も」
「手に入れられたのか?」
カイトの言葉にムルシアは非常に驚いた様に目を見開いた。それに、ソラが不思議そうに首を傾げる。カイトとムルシアであれば公爵としてでなければ、ムルシアの方が格上なのだ。何をそこまで驚く必要があるのか、と思ったのである。
「手に入れられないんですか?」
「ああ。氷冷酒は……その、まぁ、なんだね。氷魔族が作る地酒なのだ。彼らは三百年前の事があり、他国にはあまり売ってくれなくてね。私も数度しか手に入れられた事はない。その内一度は、大統領が私に子供が出来た時に、というぐらいでね。中々手に入らない」
「そんなに珍しいんですか……」
「うむ……どうしても、来歴があるからね」
驚いた様子のソラに対して、ムルシアは少しだけ困ったような顔を浮かべる。魔族領なら割と流通しているので、それが流れて他国に来る事はあるらしい。
が、元々氷魔族は過去の来歴からあまり良く思われておらず、それを受けて氷魔族も排他的になっていた。結果、輸出出来るような業者達もあまり信頼されず、本当にこの商人なら良いだろう、という者に極稀に卸される程度だった。故に希少価値は物凄く高いらしく、大国の長達でさえ滅多に手に入らない代物らしかった。
「……それならお前、どうやって手に入れたんだ?」
「ユスティエルさんから貰ったんだ」
「ユスティエル……マクダウェル領の魔女族の族長か。なるほど。確かに彼女なら、容易に手に入れられても不思議はないな……」
ソラの問いかけに答えたカイトの返答に、ムルシアはなるほど、と一つ頷いた。これにソラが問いかける。
「どういう事ですか?」
「ああ……まぁ、これについてはおそらく君の方が詳しいんじゃないか?」
「そうですね……ほら、ユスティエルさんは元々魔王ユスティーナの師匠だろう?」
「らしいな」
カイトの問いかけに、ソラは一つ頷いた。これについては前々から言われていた事だし、ソラも聞いた事はある。実際、リルにティナが弟子入りしているのも師の師だから、という所が大きかった。とまぁ、それはさておき。ここで重要なのはユスティエルがティナの師という所だった。
「魔王ユスティーナが魔王ティステニアを養育した事は、お前も知っているな?」
「ああ。聞いてる」
「魔王ティステニアは氷魔族。勿論、孤児だったから直接的に繋がりがあるわけではないが、氷魔族である以上、彼女は氷魔族と関わりを持っていた。となると、ユスティエルさんにもつながるんだ」
「それは……まぁ、なんとなくはわかるな」
ユスティエルが氷魔族と関わりがある事はソラは知らなかったが、ティナの周辺を考えれば確かに関わりが無いという方が不思議だとは理解できた。
老婆の状態でもなんだかんだ面倒見は良かったのだ。ティステニアの事もありティナが何かと関わりを持っていただろうことは想像に難くなく、そして百年もの間ティナは統治者だったのだ。一度や二度ぐらいは困り事があればユスティエルが動いた可能性はあった。そしてそれ以外にも理由はあった。
「それで、魔女族は氷魔族に排斥意識を持たない稀な種族だったからな。繋がりを維持していたんだ」
「あー……」
そっちのが納得出来た。魔女族は元来そういった激情に関してはあまり抱かない種族だ。そして基本は研究がメインである為、特段気にする事がなかったのだと思われる。
結果、氷魔族も変わらず関わりを持っていた。となると、滅多に外には出さない氷冷酒が手に入っても不思議はなかったのである。で、ユスティエルは当然、カイトが酒好きを知っている。氷魔族に頼んで贈り物として手に入れられても不思議はなかった。
「で、氷魔族に一番近い魔女の里はマクダウェル領の魔女の里。ユスティエルさんが一番関わるわけだ」
「なるほどな」
「ああ……それで、それ以外にはもう魔族領ぐらいでしか手に入れられなくてね。魔族領でも滅多に手に入る事はないのだが……うむ。せっかくだ。私もこれを一杯」
「かしこまりました」
ムルシアの要望を受けて、ウェイターが一つ頷いた。そうして、それに続いてカイトとソラも各々飲み物を注文し、会食は本格的にスタートする事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




