第2027話 大陸会議 ――ラグナ連邦――
ローラントの思惑に従って教国のルクセリオ支部前支部長シェイラと共に皇国にやって来る事になったソーニャ。そんな彼女をシェイラから引き取ったカイトであるが、そんな彼はひとまず彼女をホテルへと案内すると長旅の疲れもあるだろうから、とアリスと共に部屋で休ませる事にする。
そうして一方の自身も自室に戻ったわけであるが、そこで彼はソラへとソーニャの事を語っていた。そして、暫く。彼らの所の扉がノックされた。
「はーい」
『カイトさん。私です、アリスです』
「ああ、アリスか」
カイトは魔眼を展開して、扉の先にアリスが居る事を確認。そして同時に、その横にソーニャが居る事も把握する。当たり前だが、声なぞ魔術でどうにでもなる。ソラの様に急に襲われても何とかなる装備を身に着けていない限り、安易に開けるわけがなかった。まぁ、彼も襲われても平然と撃退出来るだろうが。とはいえ、そういうわけなのでカイトは立ち上がると、扉を開けて二人を招き入れる。
「どうした?」
「いえ。ソーニャがソラさんにご挨拶を、と」
「ああ、なるほど。別に良いと思うがね……まぁ、入れ。紅茶の一つでも出そう」
よくよく思い返せば、ソラは一応ギルドのサブマスターとなる。そしてソーニャは執務室勤務となる以上、ソラと関わらない道理はない。アリスからカイトと同室のソラの話を聞いて挨拶を、となるのは普通だろう。というわけで、二人を招き入れたカイトは自身が飲む為に用意しておいた紅茶を二人に注ぐ。
「茶菓子は無くて悪いが、紅茶だ」
「あ、ありがとうございます」
「……」
「なんだ?」
少し驚いた様子を見せるアリスに、カイトが不思議そうに首を傾げる。これに、アリスが告げた。
「ご自分で淹れられたんですね」
「そりゃ、自分で淹れるしかない状況もあるし、そもそも地球じゃ椿も居ないぞ?」
「あ……そ、そうですね」
そもそもの話として、椿がカイトの傍に居る様になったのはエネフィアに来てからの事だ。なので良く考えるまでもなく、少し前まではカイトは全て自分でやっていた筈なのだ。アリスはそこを失念してしまっていたらしい。
「で、改めてになるが……こいつがウチのサブマスターのソラだ」
「天城 ソラだ。よろしくな」
「あ……ソーニャ・フィロウです」
頭を下げたソラに、ソーニャもまた頭を下げる。そうして少しの話を行う事になるのだが、暫くの会話の後ふとソーニャが問いかけた。
「そう言えば……他の方はどんな方なんですか?」
「他?」
「他なぁ……」
確かに今後仕事をしていく上で、他の面子について把握しておく事は重要だろう。というわけで、ソーニャの問いかけにカイトもソラも一つ腕を組む。
「まぁ、メインで覚えておくべきなのはこいつ以外のサブマスター二人だろうな。えっと……」
カイトはそう言うと、ポケットからスマホ型の魔道具を取り出す。そうして、冒険部の上層部で撮った写真を表示させた。
「こっちが桜。こっちが先輩……一条 瞬。この二人がサブマスターになる」
「……はい」
数秒カイトが表示させた映像を見て、ソーニャは一つ頷いた。どうやらこれで記憶したらしい。そうして彼女が記憶したのを受けて、ソラが驚いた様子を見せた。
「今の一瞬で覚えたのか?」
「はい。事務員の基礎で記憶力を高める魔術は覚えますので……」
「そ、そうなのか……」
当然であるが、ユニオンとて新人教育を施している。というより、地域によってはまともな教育も受けられないような環境はあるのだ。
が、ユニオンの支部は全世界に存在している。ある程度の教育を施さないと、支部の職員と冒険者との間で揉め事が発生してしまいかねない。ただでさえ相手は粗野な者の多い冒険者だ。
ある程度の教育はユニオンとしても必要に迫られて行う事だった。なお、実際にはソーニャの場合は前職で覚えていて、それを流用しているだけだ。
「まぁ、後はリーシャだの灯里さんだの色々と覚えておくべき奴は居るには居るが……全員一度に覚える必要もない。そっちは追々覚えておけば良い」
「はい」
「よし……ま、人について覚えるのは事務員の得意分野だろう。書類についてはオレの秘書に椿という少女が居るし、書類に関しては役に立ってくれるかは甚だ不明だがコナタとカナタも居る。その二人に聞けば良い」
「二人?」
「ああ、悪い。カナタとコナタは少し特殊でな」
少し言い方が悪かったか。カイトはソーニャの疑問に対して説明を開始する。そうして、もう暫くの間カイト達はソーニャに向けて仕事に関する話をする事になるのだった。
さて、ソーニャがカイトとソラの部屋にやって来て数時間。夕刻に近付いた頃に二人は自室に戻っていた。その一方のカイトとソラはというと、当然会食の用意を進めていた。
「ソラ。オレの方は本気で知らんのだが、ラグナ連邦の副大統領はどんな人物なんだ?」
「は? お前、情報屋とかに聞いてないのか?」
「いや、普通の情報は聞いてるし、裏で役に立つ情報は知ってるよ。オレが知りたいのはそれ以外。人となりとかどういう感じか、という所感だな」
少しばかり驚いた様子のソラに対して、カイトは自らが聞きたい部分を問いかける。これに、ソラも納得した。紙だけで得られる情報が全てではないのだ。実際に会ってみて初めて分かる事もあるのである。
「ああ、そっち……んー……」
どんな人物だっただろうか。ソラはラグナ連邦で数度だけ会った副大統領の事を思い出す。そうして、若干擦り切れた記憶を取り出して彼は一つ頷いた。
「そだな。なんというか、切れ者……というような感じはあった。そういや、お前ラグナ連邦の大統領知ってるっけ?」
「流石に把握はしてるよ。大国の長はな」
「長い付き合いだって言ってた」
「それは知ってる。ラグナ連邦の大統領とは大学の先輩後輩の関係だな。大統領が先輩だ」
「らしいな」
ソラは以前の会食でブロンザイトがそんな事を話していた事を思い出す。そうして、彼は一度自分の記憶を呼び起こす為にも、大統領と副大統領の関係性を思い出す。
「確か元々大統領の旦那さんが更にその先輩……なんだったっけ? お師匠さんが言ってた所だと、確か旦那さんと副大統領が二人三脚でやってて、旦那さんが事故で亡くなった後に現大統領がその後を引き継いだとかなんとか」
「ああ。現大統領の旦那さんが元々政治家だった。が……不慮の事故という名の暗殺で亡くなったのが、十年前だ。先の組織壊滅はその復讐の面もあった」
「は?」
それは聞いてない。カイトからもたらされた情報に、ソラは思わず目を見開いた。ここらやはりすでに政治家として動いている者と、単なる冒険者でしかない者の差だろう。そして同時に、先の一件で裏方仕事に関わっていた者の差でもあった。そうして、そんな驚きの顔でカイトはソラが聞いていない事を理解する。
「そうでもないと、国の裏に蔓延る非合法組織の壊滅なぞ目指そうと思わんさ」
「なるほど……だから、マクダウェル家が裏に居ても敢えて見過ごしたのか」
「そういうことだな。現在ってのは彼女にも時の利が得られていたんだろう。国境無関係で動けるウチの再結成に、ブロンザイト殿の再訪。些か拙速でも、十分勝機はあった。無論、政治的な得点としても高い。政治家として見ても悪くない」
「なんか……難儀ってかなんてか」
「それは言ってやるな。選挙で選ばれる政治家は何でもかんでも好き勝手出来るわけじゃない。色々とやる必要があるのさ」
復讐一つするにしても、ここまで大掛かりな事をした上で大義名分にも気を遣う必要がある。そんな事を理解したソラに、カイトは僅かに苦笑する。
「……ま、それは良い。で、思い出せたか?」
「ああ。それで、理解も出来たよ」
記憶を呼び起こし、会食の時にムルシアが深々とブロンザイトに頭を下げていた事を思い出した。あの時はブロンザイトの名に敬意を表しての事だと思っていたが、裏までしっかり理解すれば尊敬した先輩の敵討ちを果たせた事に感謝を示しての事だと理解できたのだ。
「……お師匠さんは、多分この話知ってたんだろうな」
「ご存知さ……語らなかっただろうがな」
どこか苦笑気味に、カイトは当時の事をそう推測する。これは別に余人に語る必要の無い事だし、調べればわかる事ではあった。実際、ブロンザイトも当人達から聞いたわけではなく、エマニュエルのその後を調べる中で知った事だそうだ。というわけで、そんな当時の事を思い出してソラが口を開いた。
「……そうだなぁ。なんか愛妻家らしい、ってのは思った。お師匠さんが奥さんは元気か、って聞くと少し嬉しそうにしながら困ったような顔をしてた」
「ふむ……確かに愛妻家とは聞いているな」
「ああ……ただ、奥さんは怒らせると怖いとか何とか。なんだかは忘れたけど、お師匠さんの冗談におどけたような様子見せてた。妻に吊るされる、とか。まんま、そのまま言ってた」
「……まぁ、そうだろうな」
どうやらカイトは何かを知っているらしい。ソラの言葉にカイトは僅かな苦笑を浮かべていた。後に聞くと、どうやらムルシアの妻は武道家らしい。ムルシアの護衛も務められる――流石に立場から周囲は止めるが――ほどの腕で、彼が十人居ても敵わないのでは、とは周囲の言葉であった。
「後は……なんだっけか。経済に関しては大統領に一任してます、とか」
「ふむ……大統領は首都の大学の経済学部だったか……そして夫が政治学部で、副大統領も政治学部。大統領と副大統領の妻が更に先輩後輩だったな」
「ってことは、ムルシアさんの奥さんも経済学部なのか」
「ああ、いや。この先輩後輩はサークルの先輩後輩だな。大統領も武闘派だ。確か歴史ある剣道場の師範代の資格も持ってたんじゃなかったかな、二人共」
「……ラグナ連邦の印象、思いっきり変わっちまった」
マジか。カイトの言葉にソラは思わず唖然とそうつぶやくしかなかった。実際、エネフィアの剣道場なので武闘派となると本当に戦える。実戦経験こそ少ないだろうが、冒険者としてもやっていけるだろう。実際、冒険者の中には道場で学んでから冒険者を目指す者も少なくない。
「まー、だからか軍部からの評判は良いらしいぞ? 実際、大統領は政治家として軍部に強い影響力を持つ一人で間違いないだろう。オレも大統領じゃなくても間違いなく注目していただろうな」
「なるほどね……えーっと……後は……」
他に何か思い当たる節はあったかな。ソラはカイトの話を聞きながら、再度ムルシアの事を思い出す。そうして、彼は一つ頷いた。
「ああ、そういえば。結構お酒は強そうだった。多分無意識だとは思うけど、お師匠さんとの会食でもお師匠さんの倍ぐらいはワイン飲んでたんじゃないかな」
「ほぉ……確かにブロンザイト殿は下戸だからあまり飲まれなかったが……その倍か」
なるほど。これは一つ良い話の糸口が見付かった。カイトはソラの言葉に僅かな興味を覗かせる。これが量を好むかそれとも質を好むかはまだわからない。が、少なくとも話のきっかけぐらいにはなってくれるだろう。そうして、カイトは更に少しソラからムルシアの情報を収集する事になるのだった。
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