第2026話 大陸会議 ――精霊種――
冒険者ギルドとしての規模の拡大に伴い、それをサポートする人員の不足に悩まされていた冒険部。そんなわけでギルドマスターとしてユニオンに事務員の増員を要請したカイトであったが、そんな彼は総会にて再会したシェイラとの取引により、ソーニャを受け入れる事になる。
というわけで、総会から暫くの大陸会議の前日。カイトは教国からの使節団に同行し神殿都市の支部長として赴任する事になっていたシェイラと共にやって来たソーニャと喫茶店にて再会――と言っても彼女は知らないが――する。そうして、暫く。彼は昼食――ソーニャ達がやって来た時点で頼んだ――を食べながら、ひとまずの冒険部の説明を終えていた。
「というわけだ。基本的には第二執務室もあるんだが……あちらは全体のフォローをしてくれている。こちらも追加で人員の派遣要請を行っているが、まだだね。まぁ、要請を掛けたのが総会の前だったから、仕方がなくはあった」
「で、偶然神殿都市の情報を集めてた私の所に情報が入って、貴方にというわけね」
「聞いています」
シェイラの補足説明に、ソーニャが一つ頷いた。ここら、彼女は元々ローラントの意向で自身が冒険部に行く事になっている、と聞かされている。なのでカイトとシェイラの取引を知らない彼女からしてみれば、カイトを騙しているようなものなのだ。シェイラに口裏を合わせていたのである。
「そうか……まぁ、そういうわけで偶然にオレ達とシェイラさんの利害が一致した形でね。君としても、アリスも居るだろうから良いだろう、と。アリスも然り」
「……」
カイトの言葉に、アリスは少しだけ恥ずかしげに頬を染める。というわけで、そんな彼女を見ながらカイトが告げた。
「基本的に、暫くの間はギルド内部の事はオレかアリスに聞くと良い。無論、仕事面でこっちに聞かれても困るがな。そこについては下の受付で働いている子か、ギルドホームを縦横無尽に浮きまわる子に聞いてくれ」
「お二人居るんですか? 一人と聞いているんですが……」
「ああ、ユニオンの職員は一人だ。もう片方は……まぁ、その、なんだ。半分地縛霊みたいな子でね。ギルドホームに居着いている、というか先住民はあちらなんだが……ああ、そうだ。言い忘れていた。基本付喪神やら幽霊やらが居るギルドホームだが、払わないでやってくれよ」
「「……」」
あれ、想像以上にこのギルドぶっ飛んでないか。シェイラとソーニャは揃って顔を見合わせる。先に子供たちが遊びに来る事然り、ギルドホームを平然と付喪神や幽霊が闊歩している事然り。普通はそんな事ありえなかった。
「付喪神達は可愛いですから、安心して大丈夫です。まぁ、時折ベッドの下から出てきてびっくりしますけど……シロエよりはマシかな、と」
「あいつは壁だろうと床だろうとお構いなしに現れるからな」
「はい」
少し楽しげに、アリスがカイトの言葉に頷いた。というわけで、そんな二人にソーニャが問いかける。
「……それ、ギルドホーム……なんですよね?」
「ああ。ウチは色々と特殊だ、と言ったろ?」
「「……」」
それでも特殊過ぎるんじゃないか。カイトの楽しげな言葉に、ソーニャもシェイラもそう思う。なお、この様子から後にアリスは自分が随分と冒険部のギルドホームに慣れてしまっていたのだと気付かされたとかなんとか。
「まー、早い話が掃除洗濯は楽ですよ、という所だ」
「……ねぇ、その付喪神ちゃん? 一人くれない?」
「残念ながら、ギルドホームに憑いてるみたいなもんなので」
「ちぇ」
前にソーニャが言っていた事であるが、シェイラの自活能力はかなり低い。と言っても、騎士学校を卒業しているローラントと一時旅をしていた事と冒険者である事もあって、一応料理は出来る。が、それ以外は本当にからっきしだった。
シェイラと別れる事になったソーニャが冒険部以外唯一不安があるとすれば、これだった。とはいえ、これについてはシェイラが強固に大丈夫、と念押ししたので一応はそう考えたらしい。
「あはは……まぁ、詳しい話はアリスから聞くと良い。ひとまず、君の部屋はアリスと同室。そしてアリスの部屋はオレの泊まる部屋の正面だ」
「あ、お願いします」
「あ、はい。お願いします」
そうなのか、という具合で頭を下げたソーニャに、アリスも慌てて頭を下げる。
「ん……まぁ、オレの部屋の方は別の奴が一人居るが、何かあったらこっちに来ると良い」
「よろしくお願いします」
「ああ……良し。じゃあ、こんな所だな。後は昼食を平らげちまって、ホテルに案内しよう」
「はい」
カイトの言葉に、ソーニャが一つ頷いた。そうしてこの後は一同昼食を囲み、カイトとアリスはソーニャと共に、この大陸会議の間は一介の冒険者となる――ルクセリオ支部の支部長は退任済みだが同時に神殿都市支部の支部長は就任前なので――教国側の関係者となるシェイラは教国側が用意したホテルへと戻っていく事になるのだった。
さて、シェイラ、ソーニャの両名と共に昼食を食べて暫く。カイトはひとまずはホテルへと帰還すると、自室に戻りソラと合流していた。
「へー、という事は、前の部屋なのか」
「ああ。アリスだけ別室なのはそういう理由だな」
「そうなのか」
基本的に今回はカイトが居るという事で、ソラは統率をカイトにまかせている。というより、それが正しい姿だろう。なので部屋割などは特に気にせず、という所だったようだ。
「ま、それは良いわ。とりあえずどんな子なんだ?」
「どんな子、ねぇ……小柄な子だ。後は物静か、って所か。後は前に言ったと思うが、霊力がかなり強い。才覚面で言えば、オレを超えているな」
「ふーん……って、お前を?」
一応、退魔師や除霊師としてのカイトの腕は相当な物だと言われている。現状でさえアリスが出向している最大の理由がそれと言われるぐらいだ。それを上回るというのだから、とてつもない領域だろうと推測された。これに、カイトは自身の推測を告げる。
「詳しくはわからんから推測に過ぎないが、もしかしたら祖先に精霊種が居るかもしれん」
「精霊種ねぇ……そういえば精霊種って良く聞くけど、詳しくわかんねぇんだよな。一体どんなのなんだ? 確かお前、会った事はある、って言ってた気がするんだけど……」
精霊種。そんな種族というか存在が居る事はソラも流石に聞き及んでいる。が、非常に珍しい存在と聞いており、それ故にソラも見た事が無かった。それに、カイトは少しだけ考え込む。
「ふむ……そうだな。精霊種。確かに会った事があるといえば、会った事はある。というより、オレに狩りのいろはを教えたのが精霊種だからな」
「だよな。前にそんなっぽい事言ってたし」
「ああ。森の精霊だな。オレが最初期に出会った女の子だ」
どうやらソラは以前カイトが言っていた事を覚えていたらしい。それなら話は早い、とカイトは一つ頷いて、話を進める事にした。
「精霊種、というからには大精霊達と近い存在だ。大精霊達が属性を司る存在である事は、今更言うまでもないよな?」
「ああ。そりゃ、流石に常識として理解してる」
「そうだ。で、精霊種ってのはその下位存在、という所なんだが……さっきの森の精霊みたいに何か下の概念……より小さな概念を司る存在か。日本で言えば川とか山の神様とかそんなのだな。川そのものとか山そのものに依存した存在、でも良いかもしれん」
「あー……」
なんとなくであるが、ソラにもこの説明で理解出来たらしい。納得した様に頷いていた。とはいえ、それ故にこそ疑問も得た。
「でもそんなのが子供? 作るのか?」
「滅多な事じゃありえん。が、時にはあってな。そうだなぁ……ここら、フェルグス・マック・ロイを知っていれば、という話になるんだが……」
「えーっと……フェルグス・マック・ロイ……ああ、ケルトの英雄だっけ?」
「ああ。ケルトの英雄フェルグス・マック・ロイ。クー・フーリンの友人にして後にやむにやまれず敵となる男。<<虹断の刃>>の使い手にして、おそらく神話でも類を見ない性豪」
ソラの確認に対して、カイトはフェルグス・マック・ロイのざっとした概要を語る。そしてこの彼の妻が、今回の話の中心だった。
「彼は精霊を妻としている。こういう様に極稀にだが、精霊と人が結婚するという事はある」
「なるほどね……で、そのソーニャって子はその精霊の子孫の可能性が高い、と」
「ああ。流石に祖先になると誰にもわからんし、ソーニャ自身もわからないらしいけどな」
ここらはソーニャ自身からカイトが聞いたわけではなく、今回のソーニャ引取に際してシェイラから聞いた事だ。というより、ソーニャの出自は完全に隠匿されていたらしい。彼女の元々の所属は教国の暗部。普通に所属していても、来歴などは一切が隠されている。
なのでシェイラにも調べようがないそうだ。唯一ルードヴィッヒなら何とか出来たかもしれないが、些か危ない橋になる――教国の裏を知っていた為――のでローラントもシェイラも調べよう、と言った彼を止めたらしかった。
「調べんのか?」
「いいや、流石にやめとく……というより、少し厳しくてな。ヴィクトル商会はウチの関係で教国に支店が無いし、情報屋ギルドも教国の特殊性があってイマイチ掴みにくい」
元々、教国と皇国が揉める最初のきっかけとなったのはマクダウェル家にも関わりがある。なのでその時点ですでに勇者カイトのスポンサーを公言していたヴィクトル商会も必然警戒対象になっていた。そしてそうなると情報屋ギルドや暗殺者ギルドの拠点と出来る支店や支社を置く事は難しい。
そして教国は皇国との冷戦の開始と合わせたかの様に異族を下に見る風習が根付く。異族の特殊技能を使った諜報活動も難しくなり、情報も集めにくかったらしかった。
「ふーん……でもその子は大丈夫なんだろ?」
「ああ。ソーニャ自身は悪い子じゃないし、腕も悪くない」
「じゃあ、気にしないで良いか」
「そういう事だな。普通のユニオンの職員だと思えば良い。思考を読み取る、ってのも感情が高ぶったりしなければ無理だしな」
当然であるが、幾らソーニャでも何でもかんでも思考を読み取れるわけではない。彼女は敢えて言えば他者の思考が読み取れるほどに感受性が強いだけだ。
なのでシャーナと同じくある程度近付く必要があったり、感情の高ぶりにより感じ取れる様にならないと、読み取れる事はない。というより、そうでないと日常生活もままならないだろう。
「なら、気にしないでも良いか」
「そういうこったな。あ、一応再度になるが、思考が読み取れる、って事は公言禁止だぞ」
「わかってる」
カイトの改めての注意に、ソラは一つ頷いた。これについては流石に彼もわかっているらしく、只々頷くだけだった。と、そんな彼はふとカイトへと問いかけた。
「そういや、お前は大丈夫なのか? 確か前に一緒に居た、って話だろ?」
「あー……まぁ、駄目だろうな」
「は?」
あまりにアッケラカンとした暴露に、ソラが思わず仰天する。これに、カイトは笑った。
「流石にソーニャには気付かれるだろう。が、そこはまぁ、手八丁口八丁。最悪はベッドにお持ち帰り」
「えぇ……」
前者は兎も角として、カイトらしからぬ発言といえばらしからぬ発言に、流石にソラは少しだけ頬を引き攣らせる。が、これにカイトは少しだけ苦笑して肩を竦める。自身らしからぬ、とは思ったらしい。
「それぐらいしかなくてな。先の一件でやむにやまれずソーニャとは魂の接続を行っている。今はまだ気付いていない様子だが、どこまで保つか。となると、口八丁手八丁でなんとかするしかない」
「手八丁が別の意味に聞こえるわ……」
「実際、別の意味だな。まー、実際ソーニャの霊能力者としての腕はガチ欲しいし。必要ならやらにゃしゃーない。ついでに言うとソーニャたんいじめるの楽しいし」
「……お前、遊んでね?」
「遊んでる」
そう言えばこいつ、若干エスっけあるんだっけ。ソラは楽しげなカイトの様子から、先の言葉が若干の冗談を含んでいた事を理解する。というわけで、その後は暫くソラにソーニャの事を語りながら、時間を潰す事にするのだった。
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