第2020話 大陸会議 ――出立へ――
リルの要望を受けて天桜学園北に出来た『モアナ村』というマリーシア王国の避難民達が集まって出来た村へと訪れていたカイト。そこで彼はルミオ達と再会し、リルからの届け物である回復薬などの治療薬一式を手渡した。その後はメーア・ニーア母娘の所で少しの雑談を交えた彼であったが、そのままついでなので、と天桜学園に顔を出していた。
そこでソレイユの一言から自身の誕生日が近い事を思い出した彼は、マクスウェルに帰還するとひとまず冒険部ギルドホームに帰還する前に、マクダウェル公爵邸に帰っていた。
「? 不思議な事をおっしゃいますね」
「ん」
カイトの質問を受けたクズハがきょとん、とした様子を見せて、横のアウラも同じ様に不思議そうな顔を見せる。公爵邸に戻った以上、基本的にカイトの用事はこの二人だ。なので二人に自身の誕生日会がどうするのか、と問いかけたのであった。というわけで、クズハは何を今更、とばかりに告げた。
「私達がお兄様の誕生日会を忘れるとでも? すでに二ヶ月前の段階で支度は9割終了しております」
「すでに皇帝陛下には招待状を送付済み。返送も確認。同じく、二大公五公爵にも送付完了。今は他の貴族の返答待ち」
「こちらも、続々と返答を確認しております。基本、出席一択ですね。出席率は9割という所でしょうか」
「そ、そか」
元々カイト自身の現役時代から、彼の誕生日会はすべての高位貴族と皇室の面々が集まる場ではあった。なにせ大精霊達や古龍達が来るのだから、当然である。
そしてどうやら、それは今でも変わらない――流石に大精霊達は姿を見せないが古龍達は良く姿を見せる――らしい。参加率については自身が帰還している事もあって特段驚きはなかったが、すでに手配が終わっている事は驚きだった。
「え、えーっと……天桜学園とかには?」
「そっちはまだ。今送付したのは、基本的に予定を早めに押さえておかないと駄目な所」
「あ、叔父上も返送がありました。他、幾つかの高位種族のお歴々からも返答が。無論、全て参加です」
「ルゥルが一番早かった」
「お、おう」
なんだろう。クズハもアウラも前提が参加する、という事で話を進めているのは。カイトは自身の事であるが、あまりの状況に思わず気圧されている様子だった。
「ま、まぁ……それならえーっと……オレ、何かやる事ある?」
「ありません」
「ない」
カイトの問いかけに、クズハもアウラもコンマの刹那も掛からず即答する。実のところ、彼女らが一番はじめに任された仕事というのが、このカイトの誕生日会の主催だった。
なのでこのカイトの誕生日会は彼女らにとって最も思い入れのあるもので、その誇りに掛けてカイトの手は借りない所存であった。それこそ、彼の手を煩わせるぐらいなら自分達が直々に動く、というほどだったのである。
「伊達にウィルさんから引き継いでいません。お兄様はそのままただ呑気に座っていてくだされば大丈夫です」
「というわけで、こっちはおねーちゃん達におまかせ」
「……わかった。ま、それでも何かあったら言ってくれ。流石に見てるだけ、というのも居心地が悪い」
強い意思を滲ませるクズハとアウラに、カイトは少し笑ってその指示に従う事にする。ここで手を出すのは確かに筋違いだろう。なら、大丈夫という以上信じるのもまた必要な事だった。
「はい」
「ん」
というわけで、カイトの返答にクズハもアウラも一つ頷いた。そうして自身の誕生日会について一つ話を行った彼は、ふと思い出した。
「そういえば……オレ、結局何歳扱いになるんだ?」
「お兄様の年齢ですか?」
「んー……」
言われてみれば、確かに疑問になる事ではある。一応カイトは主観的にはエネフィアで13年。地球で3年で累計16年経過している為、なんと主観的には今年で三十路になる。
まぁ、実際には日時の経過が不確かな異空間で何年も経過しているなど、すでに彼自身自身の年齢が幾らか、というのはわからっていない。例えば地球でだって少しの事情があって送られた『影の国』で数日で二年経過してしまっている。
が、この二年は当時の『影の国』での二年。西暦以前の太陰暦だ。しかも怪我で意識不明になったり、とした結果正確に何日経過したか定かではない。こんな事を繰り返していれば、自分の年齢なぞわからなくなるのも無理なかった。
「……というか、何故今更?」
「いや、一応何歳の祝いなのか、と。自分の年齢ぐらいは把握しとかんとまずいかと」
「300歳は超えてますが……確かヘルメス様にお会いになられた際、13歳と申されていたのですよね?」
「ああ。爺さんがそこらの手続き全部してくれてたからな」
そもそも転移した当時のカイトは異世界人となるわけで、一切の国籍なぞ持ち合わせているわけがない。そこでヘルメス翁がカイトを引き取る時に皇国の国籍を取得していたのであった。そしてそれに合わせて年齢も書類に記載されていて、基本的にはカイトの皇国での年齢はそれに準拠するのであった。と、そんな事を思い出した彼であったが、ふとそこで思い出した。
「あ……そうだ。クズハ」
「はい?」
「お前、今年の誕生日はどうする?」
「……ああ、そういえば私冬でしたね」
カイトに言われ、クズハもふと自身の誕生日が近い事を思い出した。当然だが誕生日は誰にでも存在している。勿論、ティナにも存在している。
「で、それが終わった頃にティナの」
「だったな……それまでには、全体的に終わらせたいもんだが。それと、終わっておいて欲しいもんだが」
そろそろ、イクスフォス達には正式にティナの誕生日を祝って欲しいものだ。カイトは春にあるティナの誕生日を思い出し、そう笑う。そうして、その後は暫く各々の誕生日の事を話しながら、カイトは冒険部へと戻る事にするのだった。
さて、自宅での一時を終わらせたカイトであったが、冒険部に戻ってからは即座に出立の手配に入っていた。幸いな事に飛空艇の用意は必要なかったが、残留の面子に必要な手配を残しておく必要があった。
「さて……今回は数日だし、同じ大陸だから連絡も取れる。特段何かやっておく必要は無いが……」
「遠征とかどうしましょう」
「基本、急ぎでない限りは急いで出す必要はない……んだが、そうも言えん状況か」
「ええ……」
カイトの言葉に、桜も少し困り顔で頷いた。改めて言うまでもないが、現在ユニオンは『リーナイト』での総会の最中の襲撃という事もあって有名所の多くが少なくない被害を負っている。なので今はその立て直しに注力しており、需要に対して供給が追いついていない状況だった。
「桜。総会の前と後の依頼の件数の増加率。出しておいてくれているか?」
「はい……椿ちゃんにすでに」
「すまん」
「こちらを。数値なども確認済みです」
「ああ」
カイトは椿から提出された資料を確認する。そしてそれを見た彼は只々苦笑混じりにため息を吐いた。
「嬉しい事といえば、嬉しい事なんだが……」
「こちらも、被害はゼロではないですからね……」
「そこな。そこが、頭が痛い」
カイトは改めて資料を確認し、ため息を吐いた。そうして、彼は依頼の増加率再確認。苦笑の色を深くする。
「まぁ、当然っちゃ、当然なんだが……二桁人数のギルドは上位数%。今回の事件を受けても動けるギルドってのは限られる。ほんと、真っ当に通常のギルド運営が出来るのは八大ぐらいじゃないかね。ウチでも無理だからな」
「で、しわ寄せがこちらに来る、と」
「そういうこと」
大凡、倍。カイトは報告書に記されている依頼の増加率を見て、只々笑うしか出来なかった。総会とはそのまま総会。ルミオ達の所を見ればわかる様に、基本的にはすべての冒険者に参加する様に促しがある。勿論、本当にすべての冒険者が参加してしまっては依頼人が困る事になるので、参加しなくても罰則はない。
が、やはりギルドを運営すると、しっかりユニオンに所属するギルドとして動いていますよ、という所を見せておいた方が貴族達には受けが良い。組織としてのルールに従っている様に見えるからだ。
なので基本は小規模ギルドでも総会にはなるべく参加している。そしてそういう所は基本、ルミオ達の様に全員で参加という所も少なくない。
ということはつまり、だ。今回の一件で動けなくなったそういった小規模ギルドに出されるような依頼はまだ動ける<<暁>>のような大規模なギルドや冒険部のような中堅で人数の多いギルドに依頼が回ってきてしまうのであった。
「これが<<暁>>みたく超大規模ギルドなら、問題は無いんだろうが……ウチまで回されちまうと、結構キツイものがある……桜。大規模な派遣要請は?」
「えっと……現在5件。ウチ一件は急ぎです。特急料金含みと」
「そうか……」
桜の報告に、カイトは現在の冒険部の情勢を思い出す。が、そうして出たのは苦味だけだ。
「はぁ……運動部の部長連に被害がデカイ事が痛いな。まだ全員が復帰は不可能だしなぁ……今回のオレの遠征でリーシャも出るし……ルーも同行、アリスも同じく。アルやリィル達は引き続き薬草集め……面白い様に誰も動けんな……」
流石にまだ一週間程度しか経過していない。なので各地に緊急搬送された冒険者達は当然、動ける様になっていない。動いているカイトが可怪しいというか、彼の場合はリーシャを筆頭にした優秀な医者達が居るからこそ動いて良いだけだ。
その彼だってリーシャ曰く、本来は寝ていなければならない、である。藤堂を筆頭にしたその他の者たちであれば、何をか言わんやだ。大規模な遠征で率いられる者が居なかった。
「うーん……桜。それ、何日必要な依頼だ?」
「およそ一週間です」
「……そうか。となると、瑞樹か桜が現状の適任か」
「かと」
現在、瞬はジュリエットの結果待ちで動かせるわけがない。ではソラは、となるとこちらはカイトと共に大陸会議へのオブザーバー参加を要請されている。となると、後は部隊を率いれるとなると桜か瑞樹だった。
「……桜。すまんが、そちらは頼む。先輩には暫く内勤で書類仕事や応対を任せる。たまには良いだろ」
「はい」
カイトの言葉に、桜がくすりと笑う。基本、こういった遠征であれば瞬や彼を筆頭にした運動部の部長連が動くわけであるが、そこが動けない以上は仕方がない。が、その中でも瞬は肉体的にはほぼ怪我をしていない状況だ。書類仕事などの戦闘をしない事であれば、十分に可能だった。
「よし……瑞樹は?」
「瑞樹ちゃんなら、何時も通りレイアちゃんの散歩です」
「ああ、もうそんな時間だったか」
そういえば、とカイトも時計を見て一つ頷いた。基本的に天竜や地竜達にも散歩は必要だ。その散歩に出かけていたのである。
「となると……椿。通信機を」
「瑞樹様ですか?」
「いや、ウチのバカ共に繋いでくれ」
「かしこまりました」
カイトの要請を受けた椿が通信機を起動し、公爵邸地下の研究室に接続させる。そうして繋がったところで、カイトへと繋いだ。
『おーう、総大将。なんかあった?』
「おーう。オーア。ちょっと聞きたいんだけど、クリフ居る?」
『なんであいつ? まぁ、良いけどさ ……おーい! クリフ! 総大将!』
クリフ、というのは<<無冠の部隊>>の技術班に所属するエルフの男性だ。というわけで、オーアとの相性はあまり良く無い。まぁ、お互いに腕は認め合っているが、という所である。というわけで、そんなカイトの問いかけに彼女はしかめっ面で通信機を投げた。
『おい、手荒に扱うな! はい、団長』
「おう。ちょっと衛星とリンクする通信機欲しいんだが、何か余ってない?」
『ありますが……何に使うんですか?』
「ちょっと遠征隊を出す必要があるからな。現状が現状だ。即座に連携を取れる様にしておきたい」
『わかりました。明日には用意しておきます』
カイトの要望に、クリフは一つ頷いた。そうして、カイトは出立に向けての支度を整えながら、残り二日を過ごすことになるのだった。
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