第2016話 大陸会議 ――解析と推測――
武蔵により捕縛され、皇城の地下へと移送された宗矩。そんな彼に行われた調書で軍部が感じた点を改めて確認する為、カイトは彼との間でいくらかの話し合うを行う事になる。そうして、その話し合いの後。再度地下へと移送されていった宗矩を見送った後、マジックミラーに近い壁が降りてそちら側に居たティナ達とカイトは話をしていた。
「武蔵坊弁慶ねぇ……」
『有名なのですか?』
「ああ……この名を知らなければ、日本史の勉強が不十分と言っても良い領域だ。武蔵坊弁慶……そう言われれば、確かに納得も出来る」
軍高官の問いかけに、カイトは一つ頷いた。そうして、彼は弁慶についてを語る。
「武蔵坊弁慶……一条家の祖先である源頼光。その子孫の一人である源義経に仕えた僧兵……神官系の戦士か。経緯は省くが、最後は落ち延びる主人に従って落ち延び無数の矢に射られながらも立ち往生……この場合は正真正銘、立ち往生。立ったまま亡くなった伝説を持つ僧兵だ」
『ふむ……確かマクダウェル公の報告書では無数の矢を受けながらも一切痛痒を感じている様子はなかった、とありますが』
「もし彼がその死に際の概念を強化されたのであれば、道理だろうな。無数の傷を負いながらも、彼は最後まで倒れる事がなかった。正真正銘のバーサーカー……しかも僧兵だ。当時の僧兵だと、攻防共に優れている。間違いなく、本物だったら厄介ではすまんな」
軍高官の言葉に、カイトは顔に苦いものを浮かべながら首を振る。が、そこで彼は気になった事があった。
「が、気になるのは彼が何を考え、奴らに従っているかという所だ」
『余としてはそれ以前に本物である事を疑いたいがのう』
「ん?」
ティナの言葉に、カイトは一つ首を傾げる。今まで彼は宗矩の言葉が真実である、という前提に従って話している。そしてティナもこれについては否定しない。
『まぁ、先の宗矩殿の言葉は大凡真実じゃのう。余とリル殿の魔術でも、嘘は無いと判断した。これ以上の調書は無駄じゃ、と言えるほどにの』
「それは朗報。で、それが?」
『うむ……武蔵坊弁慶。それは余も何度かサブカルで見たので調べておる……それによると、弁慶は一千年近く前の者じゃ……つまり、わかるな?』
「なるほどね……転生してないと可怪しいわけか」
ティナの指摘に、カイトも自分が見落としていた部分を理解して納得する。が、そうなると気になる点が無いわけではなかった。
「が、宗矩殿もそれは知っていると思うぞ。その上で武蔵坊弁慶とおっしゃられたのだと思う」
『じゃろうな。あれほどの御仁がそこを知らぬとは思えぬ……となると、何かからくりがあるか、本当にそう思い込まされているだけの別人か。そのどちらかであろう』
「お前は後者と考えている、と」
少なくとも、宗矩の言葉に嘘はない。それは二人の前提と言える。その前提がある以上、まずはその上でどうやればあの僧兵が弁慶ではないか、と話さねばならなかった。というわけで、カイトの指摘にティナは一つ頷いた。
『そういう事じゃな。流石にこの転生の道理を覆すのは難しかろう。それこそ、前もって魂を確保しておかぬ事には無理じゃろうて。が、そこまで用意周到にすべてを筋書き通りに出来るか、と言われればおそらく彼奴でも不可能じゃ。となると、からくりというより擬似的に武蔵坊弁慶を再現した別人、と捉えた方が良いかとな』
「ふむ……」
確かに、ティナの言う事も尤もだ。カイトはその意見に道理を見て、一つ頷いた。そもそも宗矩自身、それが本当かはわからない、と述べている。あくまでも道化師と久秀が彼は武蔵坊弁慶であり、肉体再生の折りに不備が生じて話せなくなった、と聞いているだけと言っていた。確証が取れているわけではないのだ。
「たしかにな。とはいえ、可能性としてありえないわけではない。悪いが、あり得た場合の想定でどうすれば可能か、と調べてくれ」
『良かろう。可能性論にはなるが、幾つか思い当たる節がある。そこらから、真偽の程を測ろう』
「頼む」
さすがは天才という所か。カイトはこれについてはティナに追加の調査を任せる事にする。彼女も気になる事がある、と言っているのだ。なら、彼女に任せておくのが最良だと判断したのである。
「さて……そうなると、後はあの二人組か。いや、二人組というか組まされただけだろうが」
どう考えるべきなのだろうか。カイトはかつて自身が愛した者の名を語る何者かに、思い馳せる。が、彼は一旦果心居士の話を横に置いた。
「ティナ。一つ聞いておきたい」
『なんじゃ?』
「ソラの前世の目覚めを促す事は出来ないか? この際、果心居士が何者かはわからんでも良い。手がかりが無いからな。が、どうにも先のアッシュホワイトの美人さんはソラにとんでもなーく因縁がある様子だ。そこから、何かが掴めるかもしれん」
『むぅ……確かに、そりゃそうじゃろうが。それで言えばお主も知り得そうなものじゃがな』
「会ってない以上、わからんよ」
ティナの指摘に対して、カイトは肩を竦める。こればかりは見ていない以上、わからないと言うしかない。もし会えたのならひと目で吉乃だろうとわかるだろうが、顔貌が大きく変貌している事もあるので映像ではわからないのだ。特に今は、見るべきではないと彼自身が判断していた。
『絵姿程度なら、防犯カメラに残っとろう』
「今は見れん。そうだ、と思い込んでしまうからな」
『む?』
「果心居士……さっきの会話でも出したと思うが、本物であれば本来の名は吉乃。織田信長の妻の一人。帰蝶が外側から信長を支えたなら、内側から支えたのが吉乃だ。オレでは前世に影響されて正常な答えが出せない。実際、確かめたい、という感情と確かめたくない、という感情が渦巻いている。今は、駄目だな」
『なるほどのう……吉乃の名は割と聞く。あり得ようて』
こればかりはカイトの内側に眠る者である為、どう足掻いてもどうしようもない。どちらで答えを出すにせよ、そこには必ず織田信長の主観が入ってしまうからだ。そして彼の主観が無ければ、真偽の程は掴めない。にっちもさっちもいかない。なら、今は見ない方が良かった。
『ま、そういう事であれば、確かにソラ側が良いのじゃろうて。が、のう……そうなると気になるのは、どんな因果がそこにあるか、じゃのう』
「千代女が言ったという御方、というのはオレだろうな。オレの下に居てはならない奴……となると、猿? 猿なら撃ち殺すって言ってるしなぁ……てーか、その白い奴。オレの部下か……?」
よく思えば、果心居士なる女を奥方と呼び、自身を御方と呼ぶのだ。それはすなわち、果心居士の正体を知る何者かだという事だ。そしてそれを知るのであれば即ち、自分もまた知っているという事に他ならない。というわけで、誰か居たかな、と考えるカイトにティナが問いかける。
『帰蝶という線は無いか』
「無いな。あいつが吉乃を奥方なぞ呼ぶはずがない。お互いに呼び捨てか吉乃が楽しげに帰蝶ちゃんと言うぐらいだ」
『ふむ……そうなってくるともう余にはわからんのう。あそこらの近辺は割とサブカルに使われるので知ってはおるが……女のう……』
「宗矩殿もさっぱり、という事だしなぁ……」
一応、道化師は千代女と紹介した、と宗矩は言っている。なのでその由来は望月千代女だと思われるが、久秀も石舟斎も揃って彼女は千代女ではない、と断言している。カイト自身、かつて放った密偵が千代女はあんな女性ではないとの報告を受けている。
「マジであっちだな。あっち次第だと、オレが間を取り持って何とか出来る可能性はある。気になるのは、何故あっちに居るか、という所だが……果心居士が吉乃と思わされて従わされている可能性も無きにしもあらず、か」
『ふむ……事と次第では寝返らせる事は出来そうじゃな』
「まぁ、オレの部下になるだろうからな」
ティナの指摘に、カイトも一つ頷いた。おそらく千代女の目的というか理由としては、果心居士の正体を知ればこそあちら側で補佐する為、と考えられる。もしかしたら何か果心居士が理由を告げて、という事だってあり得た。
果心居士が本物でない場合、彼女は自身しか知り得ない情報を利用されて操られているだけの被害者だ。十分こちらに取り込む事が出来るだろうと考えられた。
「兎にも角にも、やはり彼女か。風貌や身のこなしから鑑みるに、密偵の類だったとは思うが……」
『くノ一、おったのか?』
「何人かは。あの時代の伊賀はぶっちゃければ傭兵だからな。女忍を何名かは買い受けた。無論、男もな」
『そこで親しい者は?』
「何人かは。難儀な話だとは思うがな」
やはりどこまで行っても、魂の根は変わらないのだろう。織田信長は苛烈ながらも、今のカイトに似た子供っぽさがあった。なので気に入った忍は忍であるという事に関わらず重用していたし、普通に供回りに似た様な事もさせていたようだ。というわけで果心居士の正体を知る忍もおり、その中の数人は女だった。その彼女らの誰かの可能性は大いにあり得た。
「魔銃の類となると……千鳥とつゆりが確か雑賀から銃学んだって聞いたっけ……うーん……あ、後は……そういや、光秀から種子島習ってた奴何人か居たな……ああ、いや。あっち大半男か……あ、でも何人か教えろって言って教えさせたな……」
『多い! お主種子島使える忍を何人登用しとんじゃ!』
「だってすごい奴見たら登用したいだろ!? 信長じゃなくてもそうだろ!?」
実際にはこれ以上に忍が居たのだ。なので声を荒げたティナに、カイトが逆に声を荒げる。そもそも彼は今も昔も人材大好きだ。その大好きっぷりは今の方がひどいぐらいであるが、信長もそれに負けていない。
なので珍しい技能を持っていたり、珍しい者は好き好んで登用した。結果、銃を使える忍も当時の信長の種子島を多用する方針も相まって多くなったのであった。と、そんな二人に軍の高官の一人が告げる。
『あ、あの……それは置いておきまして……とりあえず、思い当たる節は?』
「あ、あぁ、すまん……が、悪い。こっちは思い当たる節が多すぎて、逆にわからん。が、こちらについては何とか出来ると考えて良いだろう。おそらく、オレが前世で重用した部下だと思う。その縁を使われ、奴らに使われているだけの可能性が高い。これについては大陸会議でも告げたいが、可能か?」
『可能かと』
『余もそれが良いと思う。その方が余らが公然と彼奴らとの戦いに関われる理由になろう』
カイトの問いかけに軍高官は一つ頷き、ティナの方もそれが良いと明言する。久秀は兎も角として、千代女については現状操られているのではないか、という推測が立っている。なら、説得が通用する可能性は高いのだ。それをしない道理はなかった。
「よし……そうと決まれば、とりあえずソラを何とかするか。あいつに千代女の事を思い出してもらわんと、どうしようもない」
『というか、ソラ。お主の敵ではないのかのう』
「今の奴がそっちに影響されてたまるかよ」
『先のお主の言葉と思いっきり矛盾しとるようにしか思えんのう……』
カイトの返答に、ティナは呆れた様に首を振る。とはいえ、ここら前世については彼女は彼女自身が封印している為にいまいち感覚としてわからないのだ。なのでそういうものか、と思うしかなかった。そんな彼女に、カイトが告げる。
「ま、それに……半端とはいえ目覚めかかっている今でも何も無いんだ。恨まれてる、って感じはないから、さほど気にする必要も無いだろう」
『そうかのう……ま、確かにそれはそうか』
どうだろうか。そう考えたティナであったが、ここ暫くのソラを思い出してなるほど、と納得する。どうしても目覚めた以上前世は少なからず影響するのだ。が、現状ソラがカイトを敵視するような事はなく、以前と同じ状態だ。敵だったとしてもさほど恨みがあるわけではない、というわけなのだろう。
「じゃあ、オレ達は戻る。リルさん。貴方はどうされますか?」
『ああ、私は勝手に戻るわ。貴方達も転移術でしょう?』
「ええ。今回は誰にも悟られる事なく入る必要がありましたので」
『なら、一緒に帰る意味もないわね。少しあの子達の教材になる物でも無いか、と探して帰るわ。ああ、そうだ。先に帰るのなら、回復薬をあの子達に持っていって頂戴。久方ぶりに、村の方に顔も出すべきでしょうし』
「わかりました。確かに、お預かりします」
村というのは天桜学園の近くにあるマリーシア王国からの避難民達の村だ。すでに村の大半は出来上がっており、ルミオ達は現在そこを拠点としていた。が、先の『リーナイト』の一件で一旦休養を取っており、その見舞いの品というわけだろう。というわけで、カイト達はその後宗矩の移送の手配などを行って、転移術でマクスウェルに帰還するのだった。
お読み頂きありがとうございました。




