第2015話 大陸会議 ――もう一つの再会――
瞬の肉体に起きた異常の調査をきっかけとして、八大ギルドの一つ<<知の探求者達>>はギルドマスターのジュリウス・ゲニウスの子にしてサブマスターとなるジュリエット・ゲニウスを招き入れる事になった冒険部であるが、だからと言って何も変わる事なく、そして彼女が協力者となった事を知る者は初日は殆ど居なかった。
が、実は。カイトが彼女を受け入れた理由は、瞬以外にももう一つ存在していた。そしてそのもう一つの理由は冒険部には隠す物であった為、彼はジュリエットを連れてティナとリルの待つ皇都へと転移術で飛んでいた。そうして皇都に入った彼は、即座に皇城の地下にある古い――と言っても古くからあるというだけで古ぼけているわけではない――秘密の留置所へとやって来ていた。
「宗矩殿」
「……カイトか」
秘密の留置所の最深部。最重要かつ絶対に逃げられてはいけない相手や、決して脱獄されてはならない相手を一時的に拘束する為に拵えられた一室。そこに、宗矩は入れられていた。
が、彼に限って言えば厳重に拘束されているわけでもなく、敢えて言えば軟禁されているという方が良いだろう。警備としてもここより上の凶悪な囚人達の方が厳重と言えるぐらいで、看守達も宗矩に一礼したりしていた不思議な場所となっていた。というわけで、そんな様子にカイトが笑って問いかける。
「どうやら、中々なご活躍のご様子で」
「煩いのは好まん。それに寝床と飯の世話をしてくれているのなら、その礼ぐらいはする」
「ここに捕らえられてそう言われたのは、おそらく皇国七百年の歴史の中で貴方ぐらいでしょう」
宗矩の返答に、カイトは楽しげに笑っていた。先に武蔵が断言していたが、宗矩当人は現在はもう但馬守であった頃の精神に戻っている。なので現状の彼に危険性は一切無く、そして調書にも一切の嘘無く応じている。それこそ一応念の為、と用意されていた尋問官達がこれではやる事が無い、と二日目で引き上げたぐらいだ。というわけで、カイトは笑いながら自身の笑いの理由を口にする。
「私も何度かこのエリアには立ち入った事がありましたが……ここがここまで静かなのは初めてですよ」
「捕らえられた囚人たらば、治部少補の在り方を示すべきであろう。それが事もあろうに粗野な有様とは。見苦しい」
「あれを諦めと言いますか、それとも武士の本懐と見るかは私にはわかりかねますよ」
「そうか」
カイトの言葉に、宗矩は読んでいた本を閉じる。どうやら看守が届けてくれたらしい。まぁ、彼らにしても宗矩はまさに救いの神に近く、常にはうるさい囚人達が彼が威圧するだけで押し黙るのだ。
結果、この数日で最下層に自分達より遥かにヤバい奴が来た、と察した凶悪な囚人達は静かになってしまっていたのであった。なので彼が出所する時には看守達が密かに惜しんだとの事であった。そうして、そんな彼がカイトを見た。
「それで、カイト。どうした?」
「はい……こちらは<<知の探求者達>>のジュリエット・ゲニウスです」
「知っている。奴らがこちらに渡した資料の中には八大ギルドの大凡が書かれてあった」
「左様ですか」
なら、今更詳しく紹介する必要は無いか。カイトは道化師達ならまず注意するだろうというのが理解出来ていた為、ジュリエットの紹介はさらりと終えておく。そしてジュリエットの方もまた、そのつもりだった。
「ジュリエット・ゲニウスです。お話は常々」
「興味があるのは、私の肉体か?」
「はい」
殊更隠すまでもないか。宗矩の言葉に、ジュリエットははっきりと頷いた。前々からわかっていた事ではあるが、宗矩や久秀ら七人衆の肉体には何かしらの改造か改良が施されており、生前とは違う肉体となっている事がわかっている。
それは彼らも知っているが、彼らが知っているのはあくまでも自分達の肉体が改造されている程度だ。何が施されているか、というのは杳としてしれなかった。そこで、皇国は専門家としてジュリエットを招いていたのである。そもそも彼女は皇国に来ていたのであった。
「構わん。委細、調べてくれ」
「ありがとうございます。では、失礼して」
腕を差し出した宗矩の返答を受けて、ジュリエットが彼の腕に注射器を押し当てる。そうして、シリンジの部分に彼の血が満ちていく。瞬とは違いかなり精密な調査をする為ある程度の量が必要だったので、きちんとした採血を行っておく必要があったらしい。
「……これで、十分です。それと、一応因子以外の測定を出所後受けて頂きます」
「一切そちらの指示に従おう」
「ありがとうございます」
そもそも宗矩は調書については拒む事が無く、知り得た大半の事を素直に話しているし、再検査であろうと一切疎む事無く応じている。というわけで、これについてもそのままだった。そしてこれについては単に告げただけだ。
「それで、改めてになりますが……幾つか、伺っても?」
「……よもや、貴殿が尋問を担当するとはな」
「軍部に泣きつかれまして。一応、場所を変えましょう」
「ここで良いが」
「こっちの気が滅入るので」
そもそも大半の事を話している以上、宗矩としてはどこでも問題無く話すだけだ。なので調書を取る場所が地下の牢獄だろうとここだろうと違いはなかった。というわけで、カイトは宗矩と共に上層階にある軍が管理するエリアの、調書を取る為の部屋へと移動する。
そこは基本は日当たりの良い部屋ではあったものの、マジックミラーに近い壁で一方からこちらを見る事が出来る部屋だった。そちらにティナとリル、一部の軍高官達が控えてカイトと宗矩の会話を聞いていた。
「さて……それで、聞きたい事の大凡はお分かりかと思います」
「無論、承知している。が、幾つかは本当に知らない、と言って良い」
「幾つか、ですか」
ここが、軍の高官達が気になる所だった。とはいえ、これについては宗矩も知らない、と言っている事が多く、基本は軍の高官達も知らないと思っている。が、魔術とて万能ではないのだ。
騙す手段があったり、何か道化師達が対策を打っていないか、と気になったのである。というわけで、カイトはついでに、という形に近いが尋問官の役目を受ける事になったのであった。そんな彼は宗矩の言葉に笑いながら、軍から依頼された再調査のリストに従って話を聞く事にする。
「で、まずはなのですが……宗矩殿と共に蘇らされたという七人。と言っても、今は更に増えて八人ですか。この内訳を改めて」
「先に述べた通り、親父殿、松永久秀殿、そして渡辺綱殿。この三人に加え、私が唯一正体がはっきりと分かっている者となる」
「それは伺っていますし、久秀については私も確証を出しましょう。無論、包囲網瓦解の真相を知る以上、石舟斎殿がご本人である事は嘘偽りが無い。そしてその彼が言うのであれば、貴方が宗矩殿である事に偽りは無いでしょう」
カイトは自身しか知り得ない情報とそこから導かれる結論を以って、宗矩以下久秀と石舟斎が正しく当人である事を認める。源次綱は流石に彼は知り得ない相手なので、これについては瞬の二つ前の前世が酒呑童子であるという一点、その彼が源次綱だと明言した事から、正しいと認定されていた。が、それ以外についてはそもそもカイトは知らない状況だった。
「それで、伺いたいのはそれ以外……先に皇城へと襲撃した二人の女と、以前貴方と共に中津国に来た巴ちゃん、そして幾度かの襲撃で誰よりも被害をもたらした僧兵です」
「僧兵は、以前に告げた筈だが」
「ええ……ですので、改めての確認です。武蔵坊弁慶。それに、偽りは?」
「無い」
カイトの問いかけに、宗矩は改めてはっきりと断言する。あの僧兵であるが、どうやら道化師達曰くかの有名な弁慶だったらしい。が、一転そう断じた筈の宗矩が首を振る。
「が、これが真実かは私にもわからない。あの御仁は一度たりとも話された事がなかった。あくまでも、クラウン殿がそう申されただけに過ぎん。久秀殿は別人ではないか、と疑われていたが……」
「そうですか……では、その弁慶と最も共に居たという巴ちゃんは?」
「そちらは、一切不明だ。久秀殿は何かを存じ上げていたご様子だが、一言ま、良いんじゃないの、と」
「あの酔狂者らしいお言葉で……」
どうせこの流れは見えていただろうに。カイトは久秀の言葉にがっくりと肩を落とす。彼の事だから、大凡宗矩がこちら側に下る事は見えていたのだろうとカイトは考えていた。それなら、何時も通り一言それとなく言い含めておいてくれれば良かった。そう思うばかりだった。
「ま、弾正については今は横に置いておきましょう……武蔵坊弁慶と来て巴と来ると、当然思うのは巴御前です。存在したかもわからない女武者。それでは?」
「不明だ。私もそうではないか、と思い久秀殿に一度問いかけた事はあったが……その際に言われたのが、先の言葉となる」
「なるほど……」
宗矩ほどの知恵者が巴御前を知らないとも思えなかった。カイトはその一点から、彼も調べたもののわからなかった、とするのが一番良いと判断する。
「わかりました。それでは、次です。先に皇城を襲った二人については?」
「……存じ上げてはいる」
敢えてこの質問を最後にしたカイトの問いかけに、宗矩はどこか苦々しげに答える。これは軍の尋問官達が得た所感とは違う反応だった。そしてその表情の色とその意味を、カイトが理解しないはずがない。
「ふむ……それはオレに関係する事、で間違いないですか?」
「……然り。それ故に、言おう。答えられぬと」
「……一つ、お聞かせ願いたい。女の一人が果心居士と名乗った。お間違いは?」
どこか真剣な目で、カイトが宗矩へと問いかける。敢えて言うまでもないが、果心居士の正体が吉乃である事はカイトは百も承知だ。それ故にその顔には真剣さがあった。
「それに間違いはない。が、それが真実であるかは、私も知り得ない。無論……果心居士が織田信長が妻、吉乃殿であった事は承知だ」
「……やはり、存じておりましたか。果心居士と名乗った道士が、我が妻の一人であったと」
「……帰蝶殿と共に、江戸の初期まではご存命であったが故に」
歴史書では吉乃は信長の子を産んだ後、早逝している。が、実際には彼女は生きて、果心居士として動いた。これについて吉乃は時期的に見て、自分が果心居士として動いていた頃に幾つかの情報の齟齬が起きて、自身が死んだ事になってしまったのだろう、との事であった。丁度同時期に歴史書には記されない誰かが死んでいたらしかった。
そことの混同が起きたのだろう、というのが彼女の言葉だった。そしてそれ故、信長の妻であった帰蝶と吉乃は丁重に江戸幕府からも扱われ、幕臣の一人であり本拠地が近い――柳生の里は今で言う奈良県にあった――為、信長の死後は安土城に近い位置――安土城は滋賀県南岸に近い――に居を構えた帰蝶や吉乃とは顔を合わせる機会があったのだ。
「が、私には彼女が本人かどうかはわからない。何分、私が見知っているのは貴殿が死んだ後。老いたお二人であったが故に」
「そうですか……それなら、仕方がないのでしょう」
本人ではない。そう思いたいのだろうな。宗矩はどこか儚げなカイトの顔を、そう読み取った。が、彼は吉乃が当人である、と理解していた。それは言うまでもなく、弥生がそうだと理解していたからだ。
そして何時もならここらで気づく筈のカイトは、自身のゆらぎもありそこを完全に見落としていた。故に、これ以上の追求は当人が避けた事もあって、されなかった。そして勿論、もう一つの方の事もあった。
「……それで、もう一人は? まさか帰蝶、というわけではないでしょうが」
「そこは本当にわからない。これについては一切の嘘偽り無しだ。久秀殿さえ、殺されそうなほどに睨まれてるが、わからないと言われていた。あれに嘘は無いだろう。そも、そちらについてはおそらくソラ・天城の方が知っているのではないか?」
「それが分かれば、苦労しませんよ。あいつの前世は正体に気付いた様子があったらしいのですが……彼自身が何を言った結果、自分の前世が某であると気付かれたのか、とさえわからない。そもそも、あいつの前世が何か、というのもまだわかっていないんです」
「そうなのか?」
「ええ」
どうやら、宗矩はてっきりソラが自身の前世が何者か掴んでいると思っていたらしい。カイトから告げられた事実に驚いたような様子を見せていた。
「とはいえ……そのご様子だと、本当に知らないのですね」
「ああ……が、一つ。先の果心居士は正体を掴んでいる、とだけわかっている。そしておそらく、我らと同時代の存在であった、とも」
「そうですか……わかりました。ありがとうございます」
少なくとも果心居士が最後の一人。千代女の正体を知っているというわけか。カイトはそう判断し、そう記す事にする。そうして、彼はその後も暫く軍が気になった点を宗矩に問いかけ、ほぼ徒労に近かった調書を終わらせるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




