第2014話 大陸会議 ――再会――
皇帝レオンハルトの要望を受けて、エネシア大陸の大陸会議に参加する事になったカイト。その会議であるが、これについては流石に以前要請を受けていた事もあり、特段の問題も無く受諾する事になる。そんな彼は出立の用意を進めながら忙しなく日々を過ごしていたのであるが、出立の前々日。彼は瞬と共にリーシャから報告を受けていた。
「こちらが、先の血液検査などの検査結果となります」
「これは……ふむ」
リーシャから提供された報告書を見て、カイトは一つ唸る。そんな彼とリーシャに、瞬が問いかけた。
「確か……この因子指数という項目が、俺の体内の因子の含有量? みたいなものを示す数値だったか?」
「ええ。正確には200を基準として、ベースである人間種の肉体からどれだけ異族に近い、かという値です。200より低いと基本は人間族と考え、200を上回るとそれ以外とお考えください。更に下の項目に、自身がどの種族か、という事が細分化されて表示されています」
「なるほど……ありがとう」
リーシャの解説に、瞬は改めてこの間の自身の病院での精密検査の結果を確認する。因子指数の下の種族にかかれていたのは、鬼一つ。そして因子指数は200を超過していなかった為、鬼族の血を引く人間という事で良いのだろう。そして同じ様に瞬の測定結果を見ていたカイトが、僅かに眉の根を付けて告げる。
「随分と因子指数が高いな」
「はい。これほどとは、私も想定外です」
「? どういう事だ? 確かに、前に比べ高くはなっていたが……」
基本的に冒険部では定期的に健康診断に近い形で様々な測定を行ってもらっている。これは一には職業柄もあって各員の体調を管理する事で怪我を無くす事があったが、もう一つには因子を測定しておく事でその者に最適な指南が出来るからだ。どちらも理由はきちんと通達として出ている為、誰もが拒む事はなかった。
「それでも、増加率が高すぎる。通常、こんな急上昇する事はまずない」
「はい……瞬さんの場合、前回測定時は160と祖先帰りである事を加味しても非常に高い値ではありました。が、それ故にこそ、現在の値に増加するのはありえない、と断言して良いのです」
「どういう事だ? 190になるのはそこまでおかしな事なのか?」
カイトの返答の補足を行ったリーシャの言葉に、瞬が不思議そうに首を傾げる。これに、リーシャが頷いた。
「はい……基本的に190以上の数値は出ないのです」
「設定されているのに、か?」
「はい」
不思議そうな瞬の問いかけに、リーシャは一つ頷いた。設定されている以上、その数値は出る筈なのだ。なのに、出ないという。それが瞬には理解出来なかった。
「設定されている以上、出ても不思議ではないのか?」
「そうですね……確かに出ても不思議はないですし、今回実際に出ています。が、それが本来はありえないと言いますか、出ない理由があって出ないのです」
「どういう事だ?」
出ない理由があって出ない。それはつまり、出ても良いが特別な状況下でのみ出るという事に他ならない。ということは、瞬はその特殊な状況下にあるという事だった。それに、カイトが答えた。
「そうだな……先輩。先輩が祖先帰りである事は良いな?」
「それは聞いているし、実感としてそうなのだろうな、という認識もある」
「ああ……リーシャ。確か祖先帰りの基本的な因子指数は150だったな?」
「はい。純異族を200とし、祖先帰りは150である。間違いありません。更に言えば、人間族とのハーフは100です。無論、これは性差や種族による因子発現の差を抜きにした値ではありますが。あくまでも平均的には、という形です」
先にリーシャが瞬に告げていたが、200を基準として異族かそうでないか、の認識を行っている。が、当然そこには様々な測定結果がある為、ハーフや祖先帰りの大凡の数値はわかっていたらしい。というわけで、リーシャの返答を受けたカイトが更に続けた。
「そっちは話がややこしくなるから、置いておこう……つまり、先の先輩は160……エネフィアでの祖先帰りよりも少し上であるものの、平均値である事を鑑みれば十分に妥当な範囲内だった。無論、純粋なハーフなどの異族に比べては非常に高い値となっていたわけだ」
「そう聞いている」
「ああ……実際、祖先帰りを父に持つ桜で95。特殊な事例にはなるが瑞樹で90……どちらもハーフ相当。先輩はそれに比べても明らかに高い」
桜の父である天道家の現当主は、以前に龍族の祖先帰りである事が語られている。彼女の龍族としての力の高さも大半が彼に起因するものだ。勿論、祖先になる女性が強い事もあるが、最たる理由はそれだった。
「が、それでも先の測定結果の160はまだ祖先帰りとしては妥当な範疇にあると言える。そして、そこが普通は限度なんだ」
「限度?」
カイトの指摘に、瞬は再度自身の測定結果を確認する。結果は何度見ても190。変わらない。
「ああ……普通に考えてもみろ。祖先帰りとはあくまでも祖先帰り。遺伝子的な要因で因子が祖先に近付いた、というだけだ。200になっちまえば、それはもう祖先帰りではなく祖先と一緒。普通はありえない……例外的に魔女族の様に、どちらか単一の性別でしか生まれない場合はあるがな」
「190だろう? なら、あり得るんじゃないのか?」
「それが、そうでもないのです。いえ、厳密に言えば無いわけではないのですが」
瞬の再度の指摘に対して、リーシャは一つ苦笑して首を振る。
「190という値は基本的には、逆の場合に生ずる数値となります」
「逆?」
「人間種の、祖先帰りだ。つまり先輩とは逆。異族のどこかで人間との混血が生じて、それが祖先帰りとして生じたパターンだな。だから、異族の因子の方が高くても不思議はない。そしてここから異族と交わる事により、異族に近くなる。結果、逆に因子の数値が高くなるわけだな」
「なるほど……そうか、その場合もあるのか」
今までは自分を中心として考えていたが、祖先帰りというのは逆のパターンでもあり得るのだ。なら、人間の祖先帰りというものが生じていても不思議はない。瞬はカイトの解説でそれがありえても不思議はない、と理解する。
「つまり、今の俺はどちらかと言えば異族側に肉体が傾いている、というわけか?」
「そうなります」
「ふむ……何か問題があるのか?」
「わからん」
「わかりません」
「……何?」
カイトとリーシャが揃って首を振ったのを受けて、瞬が思わず瞠目する。カイトはともかく、リーシャは専門家と言える。彼女がわからない、というのは中々に珍しい事だった。が、これは仕方がなくはあった。
「すいません……私も因子の研究に関しては専門分野ではないので……」
「リーシャは外科の専門家だ。怪我を治すのは得意だが、因子の研究については専門外だ。というより、そうでもないと専門機関での診断を勧めないさ。ウチで出来ないから、外に依頼したんだ」
「それは……そうか」
確かに、言われてみればわからない話ではない。診断結果が送られてきたのでそれを伝える事は出来るし、医者なのである程度の助言も出来る。肉体面の事もあるので、彼女自身が診た方が良い事もある。が、それでも因子の数値などに関する事は専門外で、彼女もわからない事は多かった。
というわけで、カイトは一つ深いため息を吐いた。というのも、こういう場合に誰よりも役に立っただろう人物を知っていたからだ。
「こういう分野だったら、本当はファルシュさんに聞きたい所だった。実際、カナタにも話を聞いたが……お父様なら、一発でどういう状況でどういう事が想定されるかわかっただろう、との事だった」
「実際に研究の論文などを拝見しましたが……因子の研究に関しては本当に天才と言ってよかったかと」
どうやらリーシャも素直に同意するほどには、ヴァールハイトの才能は惜しいものだったらしい。後にカイト曰く、可能であったのなら彼の背景を隠蔽した上で技術者として登用したかった、との事であった。
実際、その研究を道化師達が狙った事を考えれば、その才覚は間違いなく現代最高水準のティナと比べてさえ遠く及ばないものだっただろう。というわけで、そんな嘆きを浮かべるカイトに、瞬が問いかける。
「なら、どうすれば良いんだ?」
「ひとまず、更に専門機関での診断を病院より推奨されています。一度皇都にある因子専門の研究機関での診断を……と、言いたかったのですが」
「ん?」
と、言いたかった。そう言って言葉を区切ったリーシャに、瞬は不思議な物を感じて首を傾げる。彼女の顔にはどこか困ったような色が浮かんでおり、何か特殊な事が生じたのだと察せられた。
「先に会ったジュリウス・ゲニウスは覚えているか?」
「ああ。<<知の探求者達>>のギルドマスターだな」
「その娘のジュリエットは?」
「覚えている……殆ど話してはいないが」
カイトの問いかけに、瞬は一つはっきりと頷いた。結局彼が<<知の探求者達>>のギルドマスター一族と出会ったのはあの時限りだが、流石にあのぶっ飛んだ父娘が忘れられるわけがなかった。というわけで、そんな彼にカイトが告げる。
「どうやらアンテナが張られていたみたいでな……おい。覗き見してるのは、バレてるんだ。出てこい」
「ええ」
「貴方は……」
唐突に空間を割って現れたジュリエットに、瞬が目を見開いた。そんな彼に、ジュリエットが改めて自己紹介を行った。
「ジュリエット・ゲニウス。<<知の探求者達>>のサブマスター。専門分野は転移術などの空間に作用する魔術と、時間操作に関する魔術……そして、因子研究」
「あ、どうも……瞬・一条です」
差し出された以上、と瞬はジュリエットの手を握る。と、その瞬間だ。ちくりとした痛みが彼の手を襲った。
「っ!」
「よし。これで採血は完了、と。後は保管」
「え、えぇ……」
「これだからヤなんだよ、こいつら……」
にこやかな笑みを浮かべるジュリエットに思わず呆気にとられた瞬に、カイトは盛大に肩を落とした。今のは握手ではなく採血だったらしい。自分の興味のある分野についてはティナと同等には猪突猛進なのだ。ヴァールハイトと同様のマッドサイエンティストだった。
とはいえ、一族代々そうなのだから、こちらは本当に血に刻まれていそうだった。というわけで、彼は若干やけっぱちに告げた。
「まぁ、そういうわけで? ジュリエットが調査してくれる事になった。まぁ、優れた研究者の一部は<<知の探求者達>>のギルドメンバーを兼任している事も多いし? 良いんじゃね?」
「す、すごい投げやりだな……」
「こいつらと関わると碌な事が無い……今朝だって面倒を引き起こしてくれたからな」
「貴方の身体がどれだけ奇跡的な状態か!」
「だーら同意も無く魔眼で解析しようとすんじゃねぇ! てめぇらの魔眼だとこっちもそれなりに全力で防がにゃならんのじゃ!」
爛々と輝くジュリエットの目を目視するよりも早く、魔眼の起動を察知した時点でカイトは障壁が可視化するぐらいの強度で展開していた。どうやら三百年前から<<知の探求者達>>のゲニウス一族とはこんなやり取りが繰り返されていたらしい。
なお、彼女の目は後天的ではなく先天的に発露させられた物だそうで、三百年前より本気で防がないと駄目になった、とカイトは嘆いていた。なら貴族として処罰すれば、と瞬は思わないでもないし、ソラは後に言ったそうだがカイトにそのつもりは無いらしかった。
「ちっ……」
「はぁ……まぁ、ギルドマスターのジュリウスからも因子研究が専門分野である旨の書類は来ている。つーか準備良すぎだろ、お前ら……」
「総会の間から準備してたから。ウチがこーんな絶好のサンプル共を見過ごすわけないじゃない」
「はぁ……どうして優れた学者は変態しか居ない……まともな学者に会ってみたいよ……」
「あ、あはははは……」
なるほど。それであの時はあっさりと引いていたのか。瞬はおそらくここまでの流れを全部読んでいた上で行動を起こしていたらしい<<知の探求者達>>の父娘に、思わずすごいものを感じずにはいられなかった。
とまぁ、カイトは嘆いたものの、実際に彼女の腕が確かなのは彼自身が誰よりもわかっている。というわけで、冒険部は外部協力者というか、サンプリング相手として<<知の探求者達>>からジュリエットを受け入れる事となるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




