第2013話 大陸会議 ――出立へ――
『リーナイト』を筆頭にしたラエリアでの一件を受けて開かれたエンテシア皇国が二大公五公爵が集い行われる夜会。それに公爵の一人として、そして現地にて戦いに参加したものとして参加したカイトは、そこで同じく公爵であるアストレア公フィリップよりもたらされたアストレア家分家であるアストール家からの依頼を受ける事となる。
そうして、そんな会話の後。再度真面目な議論が繰り広げられた後、カイトは皇都で一泊するとそのまま即座にとんぼ返りにマクスウェル領に帰還。即座にギルドホームに入ると、そのままソラと話を行っていた。
「というわけで、お前も大陸会議に参加して欲しいそうだ。また、同様にアユル枢機卿、ルーファウスも参加だ」
「ルーファウス達も?」
「……いや、初耳だ」
驚いた様子のソラの視線を受けたルーファウスもまた、驚いた様子でカイトを伺い見る。それに、カイトが告げた。
「丁度皇都で教国からの使者と出会ってな。明日には使者が来る、との事だ。まぁ、早い話が顔を見せに、という名の報告を聞いておこう、というところだろうさ」
「そ、そうか……」
あまりにアッケラカンとしたカイトの暴露に、ルーファウスは思わず頬を引き攣らせる。まぁ、基本皇国に滞在する彼と本国の者が公的に接触出来る機会は限られる。無理の無い事だろう。と、そんな彼にカイトが告げた。
「あ、そうだ。それで一つ。会議にはアリスも同行させてくれ。こちらはオレからの要望だ」
「カイト殿からの?」
「ああ……この間、この執務室の補佐で人を増やす事は伝えたな?」
「ああ」
元々ルーファウスとしても少し上層部を補佐する人手は足りないかな、と思って吐いた。なのでカイトが増員を掛ける、と言った時には妥当と判断していたし、何ならカイトの手腕を鑑みれば少し遅いかもしれない、と不思議に思ったほどだ。なのでこれについては一切の疑問はなく、ただ事実の再確認でしかなかった。
「その人員が教国の出身でな。アリスを知っているらしい。元々神殿都市に教国の支部長が来る事は伝えたな? それが保護している女の子だそうだ」
「それと、アリスが……?」
どうやらルーファウスはアリスとソーニャの事を知らないらしい。不思議そうな顔でアリスを見ていた。その一方、逆にアリスの方はソーニャを思い出したらしく、驚きを浮かべていた。
「ソーニャが?」
「ああ、知ってたか。ああ、彼女だ」
「……言ってませんでした」
「言わなかったそうだぞ」
「むぅ……」
シェイラさんらしい。アリスはカイトの楽しげな言葉に、口を尖らせながらもそう思う。とはいえ、彼女としてもこちらに知り合いが増えるのは喜ばしい事だったのか、カイトの要望に対してルーファウスに告げる。
「兄さん。ソーニャの出迎えなら、私も行きます。その……彼女は少し特殊ですので」
「特殊?」
「……父さんに聞いたんですが……元第七特務機関所属だそうです」
「っ」
アリスの言葉に、ルーファウスが思わず顔を顰める。これに、瞬が疑問を呈した。
「どうした?」
「あ、ああ、いや……まぁ、あまり良い噂を聞かない部署でな。いや、決して悪いわけではない。色々と実績を上げられている部署だが、まぁ、それ故のやっかみもあるとは思う。が……」
「火のない所に煙は立たない、か」
「そういうところだ」
やはり他国かつ他の組織の人間の前なので、ルーファウスはぼかしてはいたものの瞬の言葉に少なくとも事実に基づく何かはあるのだろう、と語る。どうやらこの様子では彼自身も元々のソーニャの所属を良い様には思っていない様子だった。その一方、カイトは思わぬところからのソーニャの情報に、内心で半々の感情が渦巻いていた。
(第七特務機関だと……? ガッチガチの対霊・対不死者の特務機関じゃねぇか。確かに、三百年前の時点でも霊媒体質の者を囮として使っている、とか霊障に当てられた神父の『魔を払う』シスターが居るなど良い話以外も聞いていたが……それでも会った限り人権はあったと思ったんだが。それが先鋭化したか? いや、そういやキス程度ならした、と言っていたし、それ以上についてもぼかしてたが、あるような形は言っていたな……確かにソーニャの腕ならあそこ所属でも不思議はないな)
半ば得心、半ば苦々しげ。そんなカイトはソーニャの来歴の内、隠されていた情報を苦々しく思う。とはいえ、彼女の古巣がわかったところでなんなのだ、というところではあった。なので彼は内心の苦味をすべて飲み干して、気軽に笑う。
「ま、そこらはオレは知らんがな……そういう事なら、本当に知り合いなんだろう。それで、それを頼みにこちらに、という事だ。世話される側に世話役を頼むのはどうか、とオレも思うが……」
「いえ、もうこちらに来て私も数ヶ月。少しぐらいなら、案内出来ます」
カイトの言葉の先を読み取って、アリスはカイトの要望を受け入れる。元々教国でも数少ない退魔師の力を持つ、しかも同年代の少女なのだ。アリスとしても受け入れない道理が無かった。そんな彼女に、カイトは一つ頷いた。
「そうか。ありがとう……で、ルーファウス。そちらはどうだ?」
「ふむ……アユル卿に聞くべき……か? いや……この程度の細事のご判断を仰ぐのも……」
「なんだったら、ウチからの人員に含めちまうのは?」
悩むルーファウスに、ソラが一つ提案する。一応今回向かう事が確定しているのはカイトとソラの二人だけだが、これ以外に同行してはならない、という事は言われていない。
なのでカイトは会議などがありそうなので椿を筆頭にしてカナタ・コナタを連れて行くつもりだ。三人娘は今回、先の戦いの影響が無いか調べたいのと、ティナの方で手が借りたい、という要望がありお留守番である。というわけで、ソラの提案にルーファウスはなるほど、と一つ頷いた。
「あ、なるほど。それなら問題は無いのか……? カイト殿。どうだろうか」
「ああ、大丈夫だ。元々、ウチの人員を迎えに行く形だからな。ソーニャはオレの指揮系統に加えて良い、というのは言われている。なら、それで問題はない」
「そうか……なら、支度を急ごう」
「頼む……と、オレが言うべきではないか」
「そう……か。そうだな」
カイトの言葉に、ルーファウスは気軽に笑う。今回、ルーファウスの方は冒険部の活動とは無関係に抜ける事になるのだ。なので本来は彼は謝罪されるべきではなく、謝罪するか抜ける事に了承を貰うべき立場だった。というわけで、早速支度に入ったルーファウスが去っていくのを見送った後、アリスがふと問いかけた。
「そういえば……カイトさん」
「ん?」
「戻ってから気になったんですが、この席は?」
「ああ、あれか。あれがソーニャ? の席だ。基本的には彼女は元々ユニオンの受付嬢と聞くし、知り合いとは聞いていた。だから、というわけだな」
新たに新設された自身の近くの席についてを問いかけたアリスに対して、カイトは新たなソーニャの席である事を明かす。と、そんな会話にふと、瞬が問いかけた。
「彼女には何をしてもらうんだ? 確か元々下の増員を、という話だったと思っていたんだが」
「彼女には上層部が受ける依頼の相談を請け負って貰う。今まで椿や下に行って、依頼の相談をしていたが……流石に非効率的だからな。一括でこっちで行えれば、楽になる。無論、遠征隊の設営が必要な大規模な依頼を逐一見繕い、それを割り振る手間もある」
「なるほど……確かに、その面でも必須か」
言われてみれば尤もだ。瞬はカイトの説明に納得し、頷いた。とはいえ、実はカイトの想定としては元々は全体向けの補佐の事務員を要請していて、上層部向けは後にするつもりだった。
が、ソーニャとなると裏も鑑み自身の手の届くところで置いておくのが最良だろう、と判断したのである。そしてこれは幸いな事に椿の負担軽減にもなってくれたため、彼としては一石二鳥のお得な話であった。というわけで、彼は一応の所を明言しておく。
「まぁ、そっち以外にも下の増員も手配中だ。こちらについてはまた追って、支部長から連絡が来るだろう」
「そうか……そうだ。それなら上で依頼も受けられる事になるのか?」
「ああ。基本、上と下で同じ依頼が回されるが、その中でも公益性を筆頭にした重要度の高い依頼については誰でも受けられる様にはしていないのは、流石に先輩も覚えてるな?」
「ああ」
これはギルドとしては珍しい事なのであるが、冒険部では寄せられた依頼については一度全体掲示に適するかどうかを審理された上で、掲示板に掲示されている。
これはひとえにカイトが冒険部の風聞を守る為と、不相応の依頼を受けて怪我人や死者が出られても困る為だ。この審理については第二執務室が担っており、大規模な遠征隊の構築が必要な場合には下に張られるのは遠征隊の募集であり、主体的に受諾は出来ない様にしていたのであった。
「彼女には主にその依頼の規模や難易度を鑑み、どの程度の遠征隊を構築する必要があるか、という相談を請け負ってもらう」
「ウチではまだ足りていない、経験が物を言う分野か」
「ああ。そここそが一番重要だからな。だから基本はこの部屋に居て、となる」
「だが、常には仕事が無い気もするがな」
「ユニオンの受付なんぞ、普通はそんなもんだ。待機もまた仕事ってな」
瞬の指摘に、カイトは一つ笑う。そして彼はそれに、と続けた。
「それに、暇なら暇で仕事が無いわけじゃ……無い!」
「わー!」
「ほらよっと!」
「きゃあ!」
自らを抱き上げたカイトに、また遊びに来ていたらしい少女の一人が楽しげに声を上げる。そうして彼女を膝に座らせる。
「何してるのー?」
「ご相談……ま、こんな風に子供達の相手でもしてもらえば良いさ」
「そ、そうか」
「おう……で、今日はどうした?」
「日向と伊勢知らないー?」
「そういや、見ないな」
子供達の一人の問いかけに、カイトはふとあの二人が今日はまだ見ていない事を思い出す。と言ってもあの二人は基本は好き勝手にしているのだ。なので気が向けばまた顔を出すだろう。
「まぁ、今日は見てない。が、おそらくどっかほっつき歩いてるか、散歩でもしてるんだろ。このまま待つか?」
「お姉ちゃんとこ行ってくる」
「そか。仕事の邪魔にはならない様になー」
「「「はーい!」」」
カイトの言葉に、子供達は一斉に執務室を後にして去っていく。そうして嵐のように去っていった子供達を見送って、カイトは改めて真剣な顔をする。
「ま、こんな感じで子供達が来る事もある。ユニオンの一部じゃ、孤児院の世話をしている所もあるからな。その一環と思ってもらうさ……子供は、別に問題が無いんだろう?」
「あ、はい。そう聞いています」
カイトのどこか確認するような問いかけに、アリスは一つ頷いた。これは前の打ち上げの際にカイトも聞いていたが、やはり純真無垢の子供達には悪意が無いからかソーニャも普通に接する事が出来るらしい。そしてこの様子で、アリスもカイトがソーニャ引取にあたりそこらを聞いていたのだ、と察したようだ。
「そうか……ああ、そうだ。そう言えば。部屋は一応アリスの隣室にしておいたが、問題あるか?」
「ええ」
元々アリスもルーファウスも他国から出向して来た形だ。今とは違って客間に近い部屋をあてがわれていたが、今回からは正式に増援という形で来ている。なので対外的にはアル達と同じく冒険部に半ば所属する形となり、それに伴い部屋も正式なギルドメンバー用の物が充てがわれていたのである。
そしてソーニャは正式にギルドに加盟する事は無いものの形式上はこちらに出向する形になるので、客間ではなくギルドメンバー同様の部屋が与えられるのであった。
「そうか……まぁ、一応部屋についてはツクモ達が清掃してくれていて問題は無いだろうが、教国で何か必要な物とかがあるかもしれない。その点について、先にチェックを頼んで良いか? その後は、お前も出立の用意を整えてくれ」
「あ、わかりました。じゃあ、早速取り掛かります」
カイトの指示に、アリスは一つ頷いて手早く片付けを終えて立ち上がる。そうして、彼女もまた出立に向けて用意を開始し、カイトとソラも同じく出立に向けた用意を開始することにするのだった。
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