第2011話 大陸会議 ――夜会――
『リーナイト』を筆頭にしたラエリアでのゴタゴタを終えて、マクスウェルに帰還したカイト。そんな彼はソラとアルが率いる遠征隊が『リーナイト』での一件を受けて薬草収集に出立した翌日。今回の一件を受けて決まった夜会への参加をするべく表向き今回の一件で軍が意見を聞きたい、という要請を受けた事にして、皇都へと移動していた。
「今年は、何時にも増して大忙しですわね」
「オレはこれしか知らんから、なんとも言い難いもんだ」
「お主がおる限り、例年こうなるような気もするの」
「うるせぇよ」
リデル公イリスの言葉に応じたカイトに、ハイゼンベルグ公ジェイクが笑う。カイトとしてもそんな気しかしなかった。そんな三人に、アベルが告げる。
「とはいえ、今回は流石に被害の規模が大きい。そう笑い事として流せるものでもない」
「『リーナイト』が壊滅なぞ、かつての大戦でさえ起きなかった異常事態と聞く。そうですな、ハイゼンベルグ公」
「うむ。『リーナイト』は冒険者ユニオンにとって本拠地と言える。故にここにだけは、彼奴らも手を出さなんだ。が、今回はもう気にする事も無い様子じゃのう」
アストレア公フィリップの言葉に、ハイゼンベルグ公ジェイクは首を振る。前に言われていたが、魔王ティステニアを操った者は多方面作戦を行っている様に見えて、『リーナイト』に居を構える冒険者ユニオンと商人ギルドには手を出していない。
前者はその自主性と独立性を担保し、依頼人となる事で。後者は取引を交わす事で手出ししない事を確約していた。が、今回は現時点で『リーナイト』に手を出している。その時点で、冒険者ユニオンにさえ喧嘩を売ったと言える。取引もするつもりはないだろう。と、そんな事を話し合う三人に対して、リデル公イリスが問いかけた。
「そういえば、マクダウェル公。貴方の兄弟子は?」
「それはオレじゃなしにアベルに聞くべきだろう。オレは調書には参加していないからな。参加してくれ、とは言われているが」
「それか……少し待ってくれ」
カイトの促しを受けたアベルが、軍の報告書を取り出した。そうして、彼はリデル公イリスに報告を行った。
「基本、調書には素直に応じてくれている。その調書ももう大半が終わっている。惜しむらくは、どこかに奴らの拠点があるか、というのを彼も知らなかった事だろう」
「そりゃ、当然だ。なにせその為の転移術だろうからな」
「だろう」
カイトの言葉に、アベルもまた頷いた。これは元々知恵者達の誰もが推測していた事だった。転移術を多用して往来をしているのは、宗矩の様に相手方に下った場合に備えての事。そして彼らには恩さえ返してくれれば裏切ってくれて結構、と言っている。最初から、研究所の場所がわからない事なぞわかりきった事だった。
「ああ、そうだ……そういえばマクダウェル公」
「ん?」
「一つ、不思議な話を聞いた……かの道化師が、『こちらの戦力を底上げしたい』と言っていたと」
「ふむ……」
中々に意図の掴めん発言だな。カイトはアベルからの情報に、一つ唸る。そうして、彼は一度ハイゼンベルグ公ジェイクを見た。
「爺」
「ま、そこについては儂も思うてはおった。何か妙に殺さぬ様にしておる気がする、とな」
「実際、過去と今を見比べればわからんでもないからな」
「うむ」
カイトの返答に、ハイゼンベルグ公ジェイクも一つ頷いた。これに、アベルが問いかける。
「どういう事だ?」
「簡単だ。三百年前と今。それを比べてみると、幾つかの差がある。まず、人口。これについては三百年前の倍どころの話じゃない。概算でも三倍近くには登る……無論、これにはウルシア大陸での文明の発見など、考慮に入れるべき因数も存在する。そして次に、人口増による兵力の拡充。これは流石に軍の准将であるお前に言うまでもないな?」
「無論だ。三百年前に比べ、軍の兵員は倍程度にまで拡大している。無論、それでも最盛期に比べれば減った方だが……」
「飛空艇艦隊などが出来たからな。前線がその分、減っちまったのはしょうがないさ」
アベルの返答に、カイトは一つ笑いながらその要因を告げる。なお、最盛期では教国との冷戦がギリギリに到達した時点で、三百年前の終戦時の三倍程度にまでは膨れ上がったらしい。
が、それも今は昔で飛空艇艦隊の設立や兵装の高度化、整備の複雑化などがあり、兵員そのものは減ったらしい。それでも、三百年前の終戦時に比べれば多いのは多かった。そうして、そんなカイトにアベルは続けた。
「ああ……そしてそれにより、兵装も三百年前に比べれば格段に性能が上昇している。マクダウェル家の魔導機や半魔導機については除外するにしても、大型魔導鎧であれば飛翔が可能になったり、それに伴って出力は大幅に増大している。無論、単なる増大だけではなく効率化も成し遂げている為、継続戦闘能力も格段の上昇を見せたと断じて良いだろう」
「そうだ……だが、それにより起きた弊害もある」
「弊害? 何がある」
「兵士各個人の力量の低下だ。こればかりは戦時と平時を比べるべくもないのだから、仕方がなくはある」
アベルの問いかけに、カイトは一つはっきりと明言する。エネフィアではやはり各個人の戦闘力というのは大きく響いてくる。そしてこれはやはりどれだけ強い敵と戦い、勝ち、そして生還出来たかというところが大きな要因だ。
その面であれば、三百年前の兵士達はあまりに練度が高すぎる。それこそ、二千年前の神話の時代の戦いの兵士達と同等か、それ以上だっただろう。これに、今の平時の兵士達が勝る道理は一切無かった。そしてそれは軍を統率すれば、否が応でも理解せねばならない事ではあった。故に、アベルもまた一つ同意を示して、しかし首を振る。
「それは理解出来る。だが、それを補って余りある装備がある。例えば、マクダウェル公が開発に携わった飛翔機付き魔導鎧なぞ、その最たるものだろう。今では飛空術を使えない者とて、これを使えば自由自在に飛翔出来る。無論、魔導鎧そのものの性能の向上も見過ごせん。確かに各個人の戦闘力は落ちたが、装備の性能向上と数を鑑みれば、決して三百年前に劣るものではない」
「無論、これもそれは鑑みた上での話じゃ」
アベルの言葉に、ハイゼンベルグ公ジェイクは一つ頷いた。カイトも彼も、そこは当然鑑みた。そしてそれ故、彼は笑って告げた。
「これはあくまでも、仮定の話じゃ。何故そこを気にするか、など問われたところで儂らにもわからぬよ。が、三百年前と今を比べ、と考えた場合に違う点としてそこは上げられよう、というだけじゃからのう」
「なるほど、確かに」
そう言われれば、アベルとしてもそうとしか言えない。何が差としてあるか、と今は提示されただけだ。そしてその点が問題になっているのだろう、というのは宗矩の調書から読み取れる。無論、ハイゼンベルグ公ジェイクが言う様に、これが何故なのか、というのは杳としてわからないが。
「にしても……こちらの戦力を底上げねぇ……何が目的なのやら」
「さすがの勇者殿もわからんか」
「わかるわけがない。そもそも、何故こちらの戦力を底上げしたい。そこが掴めん。こちらが強くなる、という事は逆説的に言えば相手には不利になるという事だ。が、ここで奴らはそれをするという……つまり、こちらが強くなるという事は奴らにも有利になる、という事」
「……訳がわからんな。敵に塩を送って得られるものなぞ、戦いでの満足感だけだろうに」
「言うな。オレは奴らじゃない……それこそ、これが単なるブラフの可能性もある。はっきりとした事なんぞわかろうものかよ」
理解不能、と言わんばかりのアベルの顔に、カイトもまた笑って肩をすくめる。何が目的でこんな事を言ったのか。それは誰にもわからなかった。と、そんな事を話しながら待つ事暫く。皇帝レオンハルトが二人の大公達を伴って現れた。
「「「陛下」」」
「ああ……皆、席についてくれ。早速だが夜会を始めよう」
自身を迎えた一同に皇帝レオンハルトは手で着席を命ずると、自身もまた自席に腰掛ける。そうして、彼は単刀直入に本題を切り出した。
「さて……まずはマクダウェル公。此度の旅路の報告を」
「はっ……と言っても、もう多くは宗矩殿の調書により把握されているとは思いますが」
「それでも、貴公からの所感が聞きたい」
「かしこまりました」
皇帝レオンハルトの言葉を受けて、カイトは改めて、という形で今回の『リーナイト』での一件を報告する。
「というわけで、シャリク陛下はご自身の意見ではありましたが、大陸間会議の開幕は避けたいとの事でした」
「ふむ……リデル公。ハイゼンベルグ公。どうか」
「ふむ……ハイゼンベルグ家としては、次の大陸会議次第というところ。とはいえ、どちらかと言えばブランシェット家に合わせようと思います」
「リデル家としては、ラエリア帝のお言葉に同意したいところです」
「それは如何に」
リデル公イリスの返答に、皇帝レオンハルトはその意図を問いかける。これに、彼女ははっきりと明言した。
「我が国に掛かる負担が大きすぎます。他国の大陸間会議に参加するだけの国に比べ、もしもう一度開幕するとなれば我が国は主催国となります。それに伴う費用や兵員の動員、それにもし万が一そこでの襲撃が起きた場合に受ける被害などを鑑みた場合、明らかに開いた方がメリットとして少なすぎるかと」
「なるほど……確かに。アベル。貴公はどうか」
「……そうですね。我々軍としても、現状避けたい事は避けたい。特に今回の『リーナイト』の一件により、皇国のみならず各国の冒険者達の腕利き達の一部が『リーナイト』へと増援として訪れており、更にマクダウェル公を筆頭に手傷を負い即座の戦線復帰が困難となった者も少なくない。今は、戦力を過度に集中させたくはないかと」
「そうか」
皇帝レオンハルトは、アベルの言葉に一つ頷いた。これについては軍略家としても知られる彼としても同意する意見だ。今は、国内の戦力を下手に動かせない。それが彼としての意見だった。そうして、彼は更に他の公爵と大公達に意見を聞き、結論を下す。
「……うむ。各公の意見、理解した。一致した意見として、大陸間会議は開かないという事で良いな?」
やはり総論としては、大陸間会議を再度開幕するという事は避けたい事だったらしい。無論、カイトはそもそも大陸間会議は開催しない方向で話を進めたい、とシャリクに伝えている。
故に彼も当然開幕せず、という意見に同意していた。というわけで、これについては皇国も大陸間会議は開幕しない、という事で意見を統一させる事にする。そうしてそこの話題に結論を出したところで、皇帝レオンハルトは次の議題に移る。
「さて……では次だが。次は大陸会議。こちらは、開幕で一致しているのは良いだろう。その上で、誰が行くか。これを話したい。まず、ハイゼンベルグ公。貴公は頼む。地球の事もある。報告はせねばなるまい」
「かしこまりました……ただ、おひとつよろしいでしょうか」
「なんだ?」
ここまでは決められた話ではあったし、皇帝レオンハルトもわかっていた。が、ここでのハイゼンベルグ公ジェイクの申し出に、彼は首を傾げた。しかしそうして言われたのは、道理といえば道理の事だった。
「此度、元々の予定では陛下が行く事になっておりましたな?」
「通例であれば、それが道理故な」
「はい……が、今年は避けるべきかと」
「弱気と捉えられんか?」
元々、皇帝レオンハルトが参加する事になっている最大の理由は弱気と捉えられないから、という所があった。そして各国同じ思惑で動いていたが、数日前に状況が変転する事情があったのである。
「は……が、教国の教皇ユナルが不参加を表明しました」
「む……教皇がか」
「は……」
今回の『リーナイト』壊滅を受けて枢機卿が流石に止めたか。ハイゼンベルグ公ジェイクの言外の言葉を皇帝レオンハルトはそう読み抜いた。
「……マクダウェル公、この意見どう思う」
「今年の大陸会議が現状では警備に不安がある事は事実。不参加でも大丈夫でしょう。が、各国と民衆の反応を見たい、という所もあるかと」
現在、各国共に冒険者という傭兵に近い者たちが動かせない事はわかっている。そしてそれは民衆達も理解しており、各国首脳達が集まる警備に問題が無いのか、という声は若干だが上がっていた。
「ふむ……各公、どう思われる」
どうするべきか。皇帝レオンハルトは流石に自分ひとりでは決めかね、公爵と大公達の意見を募る。そうして、暫く。皇帝レオンハルトはカイト達の議論を聞いて、結論を下した。
「……わかった。基本的には私は行かない事にしよう。が、そうなると使節団をハイゼンベルグ公に預ける事になるが……良いか?」
「かしこまりました」
「うむ……とはいえ、そうなるともう一人、誰かを送りたいが……」
どうするべきか。人選を考えながら、皇帝レオンハルトは一つ唸る。と、そんな彼であったが、ふと思い出したかの様にカイトを見た。
「そう言えばマクダウェル公。ソラくんは?」
「出立前に、必要なら行くと」
「そうか……」
さて、どうしたものか。皇帝レオンハルトはカイトからの返答に、一つ悩む。そうして、彼は使節団を率いる事になったハイゼンベルグ公ジェイクに問いかけた。
「ハイゼンベルグ公。公はソラくんは必要と思うか? 公の意見を聞きたい」
「必要かと。『輝鉱石』の一件で、賢者ブロンザイトが死去しています。それに加え、ラグナ連邦での一件、皇城での一件もある。邪神復活についても、神剣を持つ者として色々と意見があるでしょう」
「そうか……マクダウェル公。そういうわけなので、ソラくんにも同行を命じてくれ」
「かしこまりました」
元々カイトもソラも必要ならば大陸会議に向かう、という事で一致していたのだ。そしてソラは冒険部では残留組だったおかげで怪我もしていない。その結果、怪我も癒えており、同行には問題なかった。
「よし……となると、護衛などに問題は無いか。では、リデル公。公がハイゼンベルグ公に同行を」
「私……ですか? 構いませんが……」
「うむ。まぁ、基本商家である貴公に命ずるには命ずるなりの理由がある。色々と此度の案件で入用にもなろう。そこで、商人達を連れて貰いたい。その統率を」
「なるほど。かしこまりました」
確かに、現状は戦時と変わらない。故に色々と物資は必要になるだろう。なので新たな流通ルートの開拓など、出来る時にしておきたいところだった。
そうなると商人達を連れて行くのが一番だろうし、商人達の統率を取るのはリデル公イリスしかいなかった、というわけであった。そうして、この後も暫くは大陸会議に関する夜会が繰り広げられる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




