第2006話 新たな旅 ――帰還――
ラエリアでの総会に端を発する様々な出来事。それを終えたカイトは、最後にシャーナとアルミナとの語らいを終えて、ラエリア最後の一夜を終えていた。そうして、少し。彼は出立の用意を手早く整えると、改めて飛空艇に乗り込んでいた。
「良し……シア。そちらの艦隊は?」
『問題ないわ。何時でも、飛び立てる。まぁ、各艦艇若干の損傷はあるけれど……これをこっちで本格的な修理をするわけにもいかないものね』
「わかっている。帰還後すぐに『ポートランド・エメリア』の軍港に入れられる様に手配はしている。その後、代替の艦隊もな」
今回、本来想定された展開とは異なり、マクダウェル家の艦隊も前線に出した。幸いホタルやアイギスの補助があったおかげで最大でも中破程度となり航行不能に陥る事はなかったものの、ここはラエリア。他国だ。幾らなんでも軍艦の本格的な修理は出来ず、有り合わせの物で応急処置を施すだけに留まっていた。
「はぁ……なんか色々とあったけれど。兎にも角にも、これで今回の渡航も終わりか」
「色々と得る物もあれば、考えねばならぬことも出来てしもうたか」
「しゃーない。今回は騒動の規模がデカすぎた」
ティナの言葉に、カイトはここまでの一ヶ月を思い出す。厄災種を操れた事にはびっくりというしかなかったが、そこに更に畳み掛ける様に<<七つの大罪>>の復活だ。厄介この上なかった。
「はぁ……厄災種が最後のびっくりかと思ったんだがね。世の中、そんな甘くないか」
「というより、まだまだこの程度では終わらぬのじゃろうて」
「まだ、見せ札程度か」
「であろうな」
どこか遠くを見据えるようなカイトの言葉に、ティナもまた一つ頷いた。
「嫌な話だ。<<七つの大罪>>が見せ札か」
「あれが御せぬ事は彼奴らも把握しておるじゃろ。あれは言ってしまえば広域殲滅兵器。核と一緒じゃ。後先考えずに敵を殲滅する場合には良い手札じゃが、それ以外の面を考えれば良いとは到底思えぬよ。今回の様に、こちらの戦力を目減りさせる為に使うのが良しじゃろう」
「ま、そうなんだろうがね」
<<七つの大罪>>の力の強大さは誰よりもカイトが知っている。そしてそのヤバさもまた把握しており、あれを御しきれるとは到底思わない。
そして<<死魔将>>達もあれを制御出来るとは到底思っていないだろう。彼は変な話ではあるが、長い付き合いである事を思い出してそう判断する。そうしてそんな事を考えたカイトであったが、時間はたくさんある――艦隊すべてをホタルとアイギスで統率する事になったので、カイトは何もしなくて良くなった――ので気を取り直していくつか聞いておきたい事を聞く事にした。
「で、ティナ。ホタルとアイギスについてはどうだ?」
「む? ホタルは良いが、アイギスもか?」
「ああ……前に言っただろ。<<守護者>>の制御を行っていたって。その負荷が出てないか、と気になった」
「ああ、それか……これについては不足はない。一応、定期的に診断はしておる。その結果に今の所、不審な所は無い」
「そうか。なら、安心だ」
ひとまずアイギスには何かしらの異常は見受けられないらしい。カイトはそれなら良いか、と安心しておく。
「で、それ以外なんだが」
「む?」
「無の空間を創る魔術。何かに利用出来そうか?」
「無論じゃ。これについては色々と利用出来そうでのう。帰って専用の実験室を拵える」
「それについては、そのまま許可を下ろす。即座に申請書を作ってくれ」
「なんじゃ。妙に素直に応ずるのう」
一応聞かれたから答えはしたものの、何時もなら何が必要で不要かきちんと言え――もしくは書け――というカイトが予め許可を素直に下ろしたのだ。ティナとしては少し気になったらしい。が、これは彼が遥か未来を見据えればこそ、仕方がない話だった。
「<<七つの大罪>>はまだすべてが完全に滅んだわけじゃない。確かに『暴食の罪』のような無限に肥大化する奴は居ないが、何が利用出来るかわからん。魔術的に無の空間を創り出せるのであれば、何かに応用出来るかもしれんからな」
「なるほどのう……確かに、それもそうか」
「ああ……それに何より、『暴食の罪』はまだ完全に滅んだわけじゃない。何百年……何千年経過したかはオレにも定かじゃないが、奴らが幾重にも張り巡らせた結界を通り抜ける事が出来た事を考えれば、彼らの創った無の空間にもほころびが生まれているかもしれないからな」
今のカイトには世界を越えて何もかもを見通す力はない。世界を越えて見る事が出来るとすれば、それはあくまでも自身の縁を辿っての事だけだ。なので自身の縁が薄いと言わざるを得ない『暴食の罪』の封印場所については見れないのだ。経時変化により、何が起きても不思議ではないかもしれない。そう考える様になっていたらしい。
「ふむ……そうなれば厄介な話ではあるが。少なくとも此度は勝てたし、何より此度の戦いで得られた情報を鑑みるに、彼奴には発展性は無かろう。掛け合わせる事は出来ても、それだけじゃ。お主の様に混ぜ合わせ一つに組み直す事は出来まい。使われた物。取り込んだ物。それらを組み合わせた物。それが、彼奴の限度じゃ」
「知性は無い、か」
「無いのう。少なくとも本能的な戦略性はあっても、知的な戦略性は見受けられなんだ。いや、もし知的な戦略性があれば、あのような乱雑な軍勢を生み出す事なぞありはしまい。あれは粗製濫造も良い所。精神支配も甘い……お主が先に語った『淫蕩の罪』とは対照的と言えよう。とりあえず数を生み出し、とりあえず取り込む。肥大化に極度に特化した魔物じゃな」
改めて『暴食の罪』の事を思い出し、ティナは本質的には恐れるに足る魔物ではない、と判断を下す。無論、だからといって警戒しないで良いわけではない。あれだけの巨体だ。それだけで警戒するに足りる理由になる。が、それだけだ。というわけで、少しの間<<七つの大罪>>の対策について話し合う二人であったが、そこにホタルから連絡が入った。
『マスター、マザー』
「なんじゃ?」
『全艦艇、出立の準備が整いました。人員、全て問題無し。各艦の出力も安定。問題ありません』
「そうか……出力はどれぐらい出せそうじゃ?」
『各艦、安全を考慮するのであれば巡航速度の九割が限度かと』
「ふむ……現状は各艦応急処置を施して、という所。いささか帰りが遅くなるのは仕方があるまいか」
先に言われているが、今回被害を負った飛空艇はあくまでも応急処置を施して、数日の巡航速度での移動に耐えられる様にしただけだ。が、それだって全速力というわけではない。破損しているのだからその分は落ちるのである。というわけで、ティナは仕方がない、と判断を下した。
「アイギス」
『イエス、マザー』
「ラエリア側に出立を打診。問題無ければそのまま飛び立て」
『イエス……ホタル、何時でも飛べる様に最終チェックを。ラエリア側には私から連絡を送ります』
『了解』
ティナの指示を受けて、ホタルとアイギスが作業に取り掛かる。そうして、それからおよそ二十分後。出発の許可が出た事を受けて、一同を乗せた飛空艇はラエリアを離れて、遠く皇国目指して進む事になるのだった。
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