第2004話 新たな旅 ――対応――
『大地の賢人』からの助力。それを受けて新たな一歩を踏み出す事になったカイト達。そんな彼らは『大地の賢人』に別れを告げると、改めて帝都ラエリアの地を踏む事になっていた。そうして訪れた帝都であったが、そこで待っていたのはカリンの飛空艇だった。
「あれは……カリンの所のか。ホタル、通信を繋げられるか?」
『可能かと』
「頼む」
折角見えたのだ。そして向こうもこちらの事は認識しているだろう。なら、話しておくのは損ではないだろう。そう判断したカイトは、ホタルに頼んで『桜花の楼閣』に通信を繋いでもらう。
「カリン」
『ああ、カイト。あんたか。通信が入った、っていうからなんだと思ったが……どうだった?』
「ああ。爺さんの顔の上に森が出来ちまってた」
『あっははははは。そりゃ、見たかった』
「土いじりお前、好きじゃないだろ」
『ああ、土いじりも一緒か』
楽しげなカリンはカイトの言葉に笑みを潜め、一息つく。そうして一息吐いた後に、カイトが問いかける。
「で、お前がここに居るって事は向こうは粗方なんとかなったか?」
『ま、そんな所でね。いや、私らが居なくても問題無い程度にはなった、って所に過ぎないんだけどさ』
「しゃーない。街の建屋は完全に全損だ。立て直しは容易じゃない」
『そういうことさね』
どうやら『リーナイト』の復興は本格化しているらしい。それに伴い求められるのは戦闘員ではなく、左官工事などが出来る大工らだろう。そして『転移門』も何時までも開けておけるわけではない。
一応動作確認で開いては閉じて、を繰り返しはしたものの、長時間はまだしていない。なので左官工を受け入れた後は、一時的に閉じていた。それに合わせて安全の確保は大丈夫だろう、とカリン達もこちらに来たのだろう。理由はカイト達と同じく、日程がずれたので許可証を再発行して貰う為だった。
『で、そっち何も無しか?』
「ああ、そんな所だ……ああ、爺さんが待っとるぞー、とか言ってたから、元気な顔でも一つ見せてやれ」
『そうかい……ま、そこらはあの爺さんもわかってるだろ。このエネフィアで起きる事の大半は知ってるんだからさ』
「だな」
本質的に彼はこのエネフィアで起きるすべての事を知っているのだ。なのでここでの会話も当然の様に把握しているし、彼女が来る事も把握している事だろう。というわけで、カイトは着陸の間カリンと話しながら時間を潰す事にする。
「ふーん……じゃあ、やっぱりバルフレアの奴、遠征隊は延期で確定すんのか」
『そりゃ、しょうがない。今回の一件でこっちが被った被害はデカすぎるからねぇ』
「ま、そりゃそうか。ここでやる、と言えるほど奴は見境なしじゃないからな」
まぁ、そうなるか。カイトはカリンから聞いたユニオンの現状に、僅かな苦味がこみ上げる。カイトとしても可能なら暗黒大陸の調査は行っておきたい所ではあった。
が、如何せん今回ばかりは負った被害が大きすぎた。多少の被害なら強行もあり得たが、流石に度外視出来るような被害ではない。なので最後の最後まで悩んだものの、今は一度復興を優先する事にしたのであった。というわけで少しの間情報交換を行ったわけであるが、それもすぐに終わりを迎える事になる。
「っと、着陸したな」
『そうか……っと、じゃあまたな』
「おう。次はマクスウェルかね」
『だろうね』
どうせここで話さないでも、どちらもマクスウェルに戻る予定だ。なのでそこで話をする事が出来る。というわけで着陸したわけであるが、それと同時に今度はホタルから報告が入った。
『マスター』
「どうした?」
『ラエリアの使者が来ています。どうされますか?』
「オレにか? シャーナ様にか?」
『マスターに』
「応接室に通してくれ」
『了解』
自身の指示にホタルが応じたのを受けて、カイトは一度身だしなみを整える。そうして、彼は飛空艇の中に設けられている応接室へと向かう事になる。そして彼が応接室へ入って、数分。シェルクに案内されたラエリアの使者が応接室へと通された。
「こちらです」
「ありがとうございます……ギルド・冒険部のギルドマスター、カイト・天音様ですね?」
「ああ」
「シャリク陛下の名代として参りましたダビ・ランガリカと申します」
ダビ。そう名乗った使者はカイトと一つ握手を交わす。そんな彼に、カイトは単刀直入に問いかけた。
「それで、どうされました? 確か陛下とお会いする予定はなかったと思うのですが……」
「ええ……そうなのですが、出立前に是非とも一度話をしておきたい、と陛下が申しておりまして。それで急ではありましたが、私が使者として立てられたのです」
「そうでしたか……それで、何か御用で?」
先にカイトも言っていたが、本来はシャリクと会う予定は無い。彼のこの後の予定としてはこのまま帝都にて一泊し、バルフレアと通信で相談。そこで遠征隊についての最終決定を行い、マクダウェル領に帰還となる予定だった。
「ええ……実のところ、つい先ごろユニオンマスター殿と陛下との間で会談が持たれまして、その際に天音様との間で会談を持つ予定、とお伺いたそうです。お間違いは?」
「いえ……確かに、ここで一度ユニオンマスターとの間で会談を持つ予定です。以前私共の方で保護した冒険者が、彼らの元ギルドメンバーの子供で、目を掛けていらっしゃいますので」
別にこれを隠す必要は特に無い。一応カイトはバルフレアとの間で友誼を持っている事になっている。そして彼らのギルドの所属であった二人の子供が所属するギルドマスターでもある。なので別に話をしても不思議はないのだ。
「そうですか……それで、陛下もその会談に同席したい、との事です」
「はぁ……別に構いませんが」
「かしこまりました。では、その様に陛下にお伝えさせて頂きます」
「わかりました……それで、議題については?」
「暗黒大陸への派兵について、と」
なるほど。そもそもユニオン本部があるのはこのラエリアだ。なので基本的にユニオンはラエリアと良くやり取りをしており、遠征隊についても当然やり取りを行っていた。
そして遠征隊となるとユニオンが一時的とはいえ、戦力を減らす事になるのだ。この話をする以上、彼としても成り行きは知っておきたかったのだろう。
報告だけでも良いが、カイトとバルフレアはどちらも冒険者に強い影響力を持つ。参加出来るのなら、参加しておきたかったとて不思議はない。
「わかりました」
「ありがとうございます……では、失礼致します」
カイトの応諾を得て、ダビは一つ頭を下げて立ち上がる。後に聞いた話なのであるが、彼の本来の役目はカリンの所へ向かう事だったらしい。その前にカイト達が帰ってくる事を聞いたので、シャリクがついでなので話を通しておいてくれ、と言われていたそうだった。そうして、カイトは彼を見送ると改めてバルフレアとの会談までの時間を潰す事にするのだった。
さて、カイトがラエリアに帰還して数時間。シャーナやソラ達が各々ホテルに入り、休んでいた頃。カイトはユリィ、アイナディスらユニオンの幹部とも言われる者たちとともに飛空艇に戻ると、通信室に入っていた。
『よーお』
「つ、疲れてやがんな……」
『……』
当たり前だろ。流石のバルフレアも今回の一件で疲れない、という事はなかったらしい。カイトの言葉に疲れた様にどかりと椅子に座る。カイトとしても――それどころかアイナディスさえ――流石の有様から、それについて何かを言うつもりはなかった。というわけで、彼は手早く話を済ませてやる事にした。
「まぁ、その様子なら長話をしたいわけでもないだろ」
『寝たい。正直、マジ寝たい』
「あはははは……で、遠征隊、延期するって?」
『ああ……詳しい事はシャリク陛下が来てからな』
疲れた様子で、バルフレアはカイトの言葉に一つ頷く。どうやら遠征隊の延期は確定らしい。とはいえ、あくまで延期だ。実施するつもりはあるのだろう。そうして数分。バルフレアはただ目を閉じて休憩し、カイトはこちら側の面子と共にのんびりしながら、シャリクの参加を待つ。
『……申し訳ない。こちらが急にねじ込んだのに、待たせてしまった』
『いや、構わない。こちらもおかげで休憩出来た』
『ユニオンマスター・バルフレア。疲れている所をすまない』
『いや、良い』
シャリクの謝罪に対して、バルフレアは一つ頷いた。そうして、彼は一度だけ深呼吸をして気を取り直して、改めて話を開始する。
『で、今回の話なんだが……まぁ、わかっての通り、遠征隊の延期だ』
「延期ね……あくまでも、延期で良いんだな?」
『ああ』
カイトの確認に対して、バルフレアははっきりと頷いた。延期と中止は話が違う。延期はあくまでも実施の予定はあるものの、一時的に停止するだけだ。
『今回、あの赤い奴のおかげで被害は最低限に何とか抑え込めた……あの赤い奴はもう居ない、で良いんだな? ウィザー……預言者の奴に聞くと、詳しくはお前に聞け、私は知らん、の一点張りだ』
「はぁ……ああ。あいつは稀人。一時的に召喚された、っていうだけのスポット参戦だ。冒険者でさえ無い。超長時間は無理だ」
『そうか……残念だが、まぁ、しゃーない。居ないもんは言ってもしゃーないからな』
カイトの明言にバルフレアは一つ首を振る。とはいえ、彼の言う通り、無理な物を考えた所で意味はない。なので彼は今に目を向ける。
「延期だが、再開は何時頃だ?」
『それなんだが……シャリク陛下。先日の話は』
『勿論、覚えている』
どうやら先に設けられた会談の時点で、何かの話が出ていたらしい。そしてこの様子なら、改めてカイトを交えて話したい、となりここで場が設けられる事になったのだろう。というわけで、バルフレアがカイトへと状況を伝えた。
『カイト。一応の再開予定なんだが、二ヶ月遅らせて行おうと思う』
「二ヶ月? 早くないか?」
『わかってる』
元々延期というのは前々から言われていた事だが、それを聞いたカイトも大体どれぐらいを目処に再開させるか、という推測は立てていた。その推測によるとおよそ半年は必要だろう、と考えていたのであるが、それより遥かに早かった。そしてその拙速とも取れる早さはバルフレアも理解しており、理由を彼は口にする。
『今回の襲撃……理由はわからないが、総会を狙ったのは確かだろう』
「まぁな。間違いなく、総会を狙ったものだ。それについては宗矩殿もはっきり明言されている」
『ああ……で、こう考えたんだ。俺の根回しが察知された可能性がある、って』
「……なるほど」
確かに、あり得なくはない。元々かなり前の段階からバルフレアは遠征隊の根回しを行っていた。なのである程度の人脈がある者はバルフレアの根回しを受けていなくとも状況を察知していた。それを、<<死魔将>>達が察知していないわけがない。それを受けてのカウンター。その可能性はあり得た。
『もし暗黒大陸に拠点があり、その痕跡を消す為の時間稼ぎだったら。そう考えた場合、急ぐ必要があった』
「確かにな……だが、それでも拙速過ぎないか?」
『わかってる。そこで、シャリク陛下と話し合った』
『先日、この申し出を受けたわけであるが、それを受けて大陸間同盟軍を動かす事にした。遠征隊が出ている間、同盟軍が各地の警戒を強化する。すでに同盟各国には内々にだが提案を行っている』
「なるほど」
それでこの場に参加が必要だったわけか。カイトはシャリクとバルフレアの言葉を聞いて、それならいささか早くとも行けるかもしれない、と判断する。
「だが、復興は良いのか?」
『ああ。それも考えてる……お前の昔のアイデアを聞いてな』
「オレの?」
『墨俣……だっけ? そんなの』
墨俣。それは言うまでもなく、日本の墨俣の事だろう。そんな話題を出したバルフレアは、今度はアイナディスに視線を向ける。
『アイナ。エルフ達の国はどうだった? 特に木材の手配なんだが……』
「それについては、陛下が手配を明言されました。遠からず大量の木材が搬入されるかと」
『助かるよ……カイト』
「ん?」
『木材の一部をマクスウェルで加工しておいてくれないか?』
「なるほどね、それで墨俣……わかった」
一応大量の大工が『リーナイト』に入っているわけであるが、それでも復興には手が足りない。というより、言ってしまえば街の大半を一から作り直しにも等しいのだ。
幸い街の基礎の基礎となる結界などについては中心となるユニオン本部が無事であったので問題は無いが、建物については完全に立て直しだ。少しでも復興を急ぐのであれば、どこかで材料を加工して搬送する、というのも手だろう。マクスウェルと同じ様にいくつかの拠点に申し出を出し、同じ手配をしているとの事であった。
『というわけ。これなら何とか、本隊の派遣までには大方の目処が立つだろ?』
「ま、それなら、か」
それでも若干の拙速は否めないが、逆にこれほど早くなければ相手の裏を掻く事なぞ出来はしない。これが時間稼ぎに過ぎないかもしれない以上、急ぐ事は重要だった。そうして、カイトはその後も暫くバルフレアやシャリク、アイナディスらと共に今後の相談を行う事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




