第2003話 新たな旅 ――大地の知恵――
『大地の賢人』から提供された転移術の理論が記されたクリスタル。それを受け取るという本来の目的を達成した後、灯里はひとまず転移術についての基礎を学びながら、疑問点を解決するべく議論を交えていた。そうしておよそ一時間。転移術の議論が終わっていた。
「……わかりました。ありがとうございます」
「うむ……基本といえば基本的な事であるが、それはあくまでも実験的な場に留めるべきじゃ。転移術は本来おいそれと使えるものではない。なにせカイトとて、初めて成功させたのは土壇場じゃからのー」
「あれなぁ。成功させなきゃ死んだからな。マジ、なんで成功したんだか」
「あれは距離もあった。練習とさほど変わらぬ距離に、戦場で満ち溢れた魔力。そして土壇場に追い込まれた際の火事場のクソ力とでも言うべきものじゃろうな。そういうものが発揮され、生きようとする力がお主を生かした」
自身の事とはいえ盛大に呆れたカイトに、ティナが理論的に解説を入れる。どうやら奇跡でもなんでもなく、これについては理論的に解き明かせる事だったらしい。カイトがきょとん、となっていた。
「マジ?」
「マジもマジ。大マジじゃ。基本的にお主がぶっ飛んだ事をする以外は大半、そこにはそうなるだけの理論がある。これもそうに過ぎん」
「はー……ま、それは兎も角。爺さんの言ってる事はマジだ。基本的に近接系の戦士タイプが転移術を使うのは夢のまた夢。オレだって戦中の土壇場でようやく、ってぐらい難しい」
「夢のまた夢ねぇ……」
カイトの言葉に、灯里はアイナディスやソレイユ、果てはセレスティアを見る。この全員が平然と転移術を使いながら、魔術師ではない者たちだった。
「ここは別格だ。特にアイナディスは魅衣の極まった状態に近い。転移術も普通に使える」
「極まったのが近くに多すぎて、勘違いしないと良いんだけど」
「そこは、なんとかするよ」
灯里の懸念に対して、カイトは少し困り顔で自分の仕事と口にする。転移術の理論はたしかに手に入ったが、これはあくまでも理論。実用化が出来るか否か。そして使いこなせるか否かは、また別の話だ。これがあったから、と誰しもが使えるわけがない。
「ああ、兎にも角にも……ありがとうございました。大切に使わせて頂きます」
「うむ……さて、次は……カイトとは異なる世界から来た者よ」
「お初、お目にかかります」
「うむ。可愛らしい来訪者さんじゃのー」
「すいませんね、可愛くない来訪者で」
ぺこり、と優雅に頭を下げたセレスティアに、カイトが口を尖らせる様に合いの手を入れる。それに、『大地の賢人』は笑う。
「ふぉふぉ。男が拗ねても可愛くないのー……ま、それはさておき。お嬢さんらが知りたかった話については、もう良かろう。儂が改めて言うまでもない」
「本当に、なんでもご存知なのですね」
「大地に繋がる精霊じゃからのー」
本来、セレスティア達がここで聞きたかったのはレクトールの居場所や現状だ。が、それについては彼自身が総会にて接触してきた事により、無意味になった。とはいえ、彼女らが聞きたい事が無くとも、『大地の賢人』が力になる事は出来る事はまだあった。
「さて……そんな大地に繋がる精霊として、少しだけ力を貸してやろう」
「力を?」
「うむ……カイト」
「なんだ?」
「お主、少しすまぬが媒体となってくれんか」
「なんの?」
別に媒体となる事について吝かではないが、同時になんの媒体になるのか、何をするのか、などわからない事があった。というわけで、そんな彼の問いかけに『大地の賢人』が告げる。
「うむ……可愛らしいお嬢さん。精霊種の血を引いておるね?」
「はい」
「うむ……その血を解き放つきっかけを与えてやろうと思うてのう」
「なるほどね……確かに、セレスならもっと強くなれる筈だ……が、それはセレスの意思次第だな」
確かに力を得る、というのは今後を考えてもセレスティアにとっても悪い話ではない。が、それはあくまでもこちらの考えであり、彼女がどう判断するか、は別問題だ。というわけで出された提案に、セレスティアは二つ返事で了承を示した。
「ぜひ、お願いします。私達は何があっても、帰らねばなりません。待つ民が居て、待ってくれている人達が居る。そして終わらせねばならない戦いがある。少しでも可能性を高められるのなら、高めたい」
「そうか……爺さん。答えは聞いたな?」
「うむ……では、ゆくぞ。むむむむむ……」
『大地の賢人』は目を閉じて、なにかを念ずる様に力を込める。そうして、少しの後。彼が目を開いた。
「これで良い」
「……何も変わってませんけど……」
「腹に力を込める要領で自らの力を解き放ってみよ」
「はぁ……んっ!」
「「「!?」」」
「っと! 灯里さん!」
「あ、ありがと!」
どんっ、という音が響いたかと思うと共に放たれた強烈な衝撃波に、全員が思わずその場に足を踏みしめる。そうして感じたのは、とてつもない圧力だ。
「すごいな……<<鬼島津>>を解放した俺と同等……いや、それ以上か? 酒呑童子と同等……」
『そこまではない』
「そ、そうか」
どうやら自分より強いかもしれない、というのは酒呑童子には見過ごせない話だったらしい。実際、今のセレスティアは酒呑童子には及ばないまでも、レクトールにも比肩し得る力は持っていた。そしてそれは当人が一番理解出来ていた。
「すごい……これが、私……そうだ!」
「すまんが、彼は無理じゃ」
「え?」
自身の問いかけを先読みして告げられた言葉に、セレスティアが思わず呆気にとられる。これに、『大地の賢人』は申し訳無さそうに告げた。
「彼はすでに持てる力の大半を出し切れておる。これ以上、呼び覚ますのは危険じゃ」
「眠れる力はまだあるが、と。流石は兄さん、ですが……」
「うむ……今、儂が呼び起こしたのはあくまでもお主の中に眠り、今耐え得る力の限界。まー、言ってしまえばカイトと共に行くにあたり、邪魔にならぬ程度という所じゃのー」
「ほぁ?」
告げられた言葉に、セレスティアは思わず素っ頓狂な声を上げる。これに、『大地の賢人』が楽しげに笑った。
「今のお主ではカイトの足を引っ張るだけ。話は聞いておるとも……こやつとの道はしばし重なっておろう。であれば、こやつの敵とも戦う事になろう」
「無論です」
カイトにとって<<死魔将>>達との戦いは避けて通れない道だ。そんな彼からの助力を受ける為には、天桜学園と共に彼らをなんとかする必要があった。であれば、彼女にとっても戦いは避けては通れない道だった。
「うむ……まぁ、どうやらお主にもまだまだ力は眠っておろう。その力を目覚めさせれば、戦いの力にもなろうし、お主らがお主らの世界に戻る役にも立つじゃろうて」
「はい。がんばります」
「うむ……さて、では、最後は森の子とおちびさんじゃな」
「私は何も無いよー」
「知っとるのー」
ソレイユの言葉に、『大地の賢人』が楽しげに笑う。彼女は単にカイト達が行くから一緒に行っただけで、特に聞きたい事は何もなかった。というわけで、ユニオンの代表としてやって来たアイナディスが頭を下げる。
「『大地の賢人』様」
「うむ。久しいのう……はぁ。にしても、面倒な話じゃて。まさか<<七つの大罪>>とは」
「はい……」
流石に『大地の賢人』もこれにはため息を吐くしかなかったらしい。そんな彼にアイナディスも苦い顔で同意を示す。そうして、彼女は一応問題を提起する。
「カイトが戦ったという<<七つの大罪>>。その対策にお力をお借りできれば、と」
「むぅ……難しい話じゃ。儂も精霊。かつて異なる世界に生まれし七つの厄災は特例として、知っておる。あれだけは、特例としてすべての世界すべての精霊が情報を共有しておるのじゃ」
特例として。本来はエネフィアの事しか知らない筈の『大地の賢人』が例外的に知っている事を明言する。そうして、彼は少しだけ語り始めた。
「<<七つの大罪>>……そうは言うが、蘇る恐れがあるのは六体だけ。それはカイトが語ろうな」
「そう、伺っております」
「うむ。これについて嘘は無い。世界も確証を出す。七体目にして最強にして最凶とも言える『傲慢の罪』はよほどの事が無ければ復活しまい。そしてそのよほども、まずあり得まい。儂も無いと思う」
「そうですか……」
僅かに安堵する様に、アイナディスが胸をなでおろす。カイトはあくまでも人として語ったもの。が、『大地の賢人』は精霊だ。世界側として、情報を提供出来た。実はここに来る様に提起したのはカイトで、彼もまた一応の確認として聞きたかったのであった。
「その上で、対策として言えるのであれば。今のままで良い」
「今のままで良い?」
「そうじゃ。今のままで良い。それが、<<七つの大罪>>最強と名高い『傲慢の罪』を蘇らせぬ秘訣じゃ……じゃろう?」
「ああ」
どこか穏やかな顔で、『大地の賢人』は『傲慢の罪』についてをカイトへと問いかける。そしてこれはカイトもまた同意する。愛する者が自身の心の中にある限り、決して『傲慢の罪』には戻らない、と。
あれは愛する者との記憶が摩耗した結果、機械に、システムに成り果てた彼の末路だ。今のまま彼女らの笑顔があり続ける限り、カイトは決してああはならないのであった。
「まぁ、それは良かろう。復活せぬものの事について語る必要は無い……では、蘇る可能性のあるものは、と言うと……一つ、厄介な事がある」
「む……」
「お主は知ろうが、<<七つの大罪>>のすべてを完全に破壊出来たわけではない」
「……一応、『暴食の罪』以外は殲滅したつもりだがな」
確認は取れていないが。カイトは『大地の賢人』の言葉に、僅かな苦味を浮かべる。彼が何より気になったのは、ここだった。それ故に今回のアイナディスの来訪を押し込んだのである。そうして、彼の知り得ないその後が、語られる。
「一応、世界側も復活の予兆は見られぬと今の所は判断しておる……が、ありえぬとは、判断しておらぬ」
「……可能性として高いとなると、<<嫉妬の罪>>あたりか」
「うむ。細胞一つから蘇る可能性……それは無くはない」
「マジなんだ、あいつら。肉片一つ遺さず消し飛ばしたが、細胞も消さないと駄目か」
「というより……これはお主が知らぬでも致し方がない事であろう。あれのサンプルが、何処かの世界の何処かの組織で回収されておったようじゃ」
「ちっ……旅人の弊害か」
カイトはあくまでも、世界から世界へ渡り歩く旅人。その中のいくつかの世界ではかなり高い地位に就いた事が無いわけではないが、<<七つの大罪>>の居た世界では大半がそうではない。無論、状況から高い地位にある者達と協力したり話したりはしたが、それでも全てを知れる立場ではなかった。
「一応、無いとは思うし彼奴らが蘇ったとてお主は追えぬ。お主も知っての通り、彼奴らが別の世界に渡る事だけは何がなんでも防がねばならぬ事じゃ」
「その割には、今回の一件が起きたがな」
その為のクラス6<<守護者>>なんだがね。カイトはそう思いながらも、今回の一件で異世界から『暴食の罪』の遺骸が持ち込まれていた事を口にする。これに、『大地の賢人』もため息を吐いた。
「世界は万能でさえない。真に全知全能たるは、<<終焉まで眠りし者>>のみよ。我らや世界もそうでない以上、対処出来ぬ事は出る」
「ま、そうだがね」
「<<終焉まで眠りし者>>?」
耳慣れない名前に、ティナが首を傾げて口を挟む。言葉から察するにあまり良い存在とは思えないが、気になったのでつい口にしてしまったのである。それに、カイトが少しだけ語る。
「……創世神話にして創世真話。原初の世界でのみ伝わる神話の神……まぁ、あの世界の神話だから、神話って言っても作り話の類じゃない。歴史書とも言うべきか。だからガチの創世神。一番最初の神。オリジナルだ」
「なんじゃそりゃ」
「世界達が世界を創るに至った経緯とかの話だ。そこに記されている一番最初の世界。本当に原初の神。ま、有り体に言えば普通の神話の普通の創世神だと思えば良い。笑えないのは、本当に世界を創った奴という所だ」
「だから、眠る。彼の神の目覚めは世界の終わりにも等しい。なんでも出来てしまうからのう」
「アザトースか」
思わず、ティナは地球に伝わるクトゥルフ神話の神の名を口にする。クトゥルフ神話ではこの世はアザトースの見る夢とされており、その目覚めは世界の終わりと言われていた。
「にしても……お主なんでそんな事知っとる」
「オレ、一応これでも一番古い魂だからな。てーか、時々先生とそんな話してんの知ってるだろ」
「そういや、しとるのう」
なるほど。確かにあの英雄王の教え子であったのなら、それも不思議はなかったか。ティナはカイトの返答に納得を示す。そうして、その後は暫く<<七つの大罪>>についての議論が交わされる事になり、それを最後に一同は予定より少し遅れて戻る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




