第2002話 新たな旅 ――大地の知恵――
シャーナの婚姻報告に端を発して始まった『大地の賢人』との話し合い。そこでまず話し合われたのは、ソラと瞬、二人の今後の指針だった。そうして、二人の指針にひとまずの決着を見た後、改めてカイトが口を開いた。
「で、爺さん。この二人にはこれぐらいか?」
「うむ……で、カイト。お主のう……お主にも言わねばならぬ事は山程あるが。逐一言うてはきりがない」
「オレが一番多いのかよ」
「ふぉふぉ」
思わず、と言った具合のカイトのツッコミに、『大地の賢人』が楽しげに笑う。が、そんな彼は一転、少しだけ真剣な顔を浮かべた。
「……儂は大凡このエネフィアで起きるすべての事を把握しておる。それは今更言うまでも無い事であるが」
「なにせ大地に根付く精霊。星の知恵を持つからな」
「うむ……まぁ、大地に根付く所為で動けんがのー」
「あんたが動けるなら、動くだけで天変地異だ」
なにせ山にある超巨大な顔である。顔の大きさを鑑みた場合、もしこれに見合う身体があった場合は全高数キロはあろうだろう。重さは数万トンでは事足りないかもしれない。そんな巨体である。
歩くだけで地響きが起きる事は請け合いだった。というわけで、真剣な話でありながらも僅かな呑気さをにじませた『大地の賢人』は、そのまま告げた。
「ふぉふぉ……さて。それでお主に告げたい事は一つ。まぁ、お主が聞きたい事でもあろうが」
「うん? オレが爺さんに聞きたい事ねぇ……今で言うなら転移術だけだが」
「もう一つあろう……お主の身体の事じゃ」
「それ、ここで言うか……?」
単刀直入に言われた言葉に、カイトはがっくりと肩を落とす。彼が本来どう足掻いても本調子になれない事は一応、ティナらは知っている。が、それでもここで出されたい話ではなかった。そんな彼に、『大地の賢人』がため息を吐いた。
「仕方があるまい。儂、ここから動けんし。大地を使ってやり取りをしようにもあれの方が困ろう?」
「そりゃそうだが」
「まぁ、一応の配慮はする……なのでなんと言ったものかのう」
「考えてから話せや!」
相変わらず独特な雰囲気を持つな。カイトは話し方を一切考えていなかった様子の『大地の賢人』に、思わず声を荒げる。これに、『大地の賢人』は笑った。
「ふぉふぉ……さて。お主自身、自身の事についてどこまで理解が及んでおる」
「……まぁ、良くはねぇな。今は綱渡り。本来、オレは……いや『オレ』はこの状態で居る事を想定していない」
ぐっ、ぐっ。カイトは魔力で構築されている自身の左手と右手の感覚を比較して、僅かではない違和感を感じる。明らかに左右で感覚が異なっていた。
「嘆かわしい事に、最盛期の『オレ』に比べりゃ今のオレなんぞ雑魚だ。あいつとの再会で、嫌というほど理解した。肉体だけを見れば、あの頃の半分も出てない。おそらく、第三次防衛戦の頃より少し強い程度だ。おかしな話で技術は上がってるから、オレの意識としちゃ強くなった気にはなるが」
満足に動くようで満足に動かない右手を見て、カイトは僅かに苦笑混じりに笑う。何が笑えないかというと、右手は元来の自分の物の筈なのに、こちらの方が反応が明らかに悪いのだ。
かつて右手一つで食らい付かんとした結果が、なんの因果かここに来て裏目に出ていた。そうして、彼はまるで軽く右手を上に掲げ、本当に軽い感じで超火力の光条を解き放った。
「「「……」」」
放たれた光条は一直線に雲を貫き、周辺の雲を跡形もなく吹き飛ばす。それは本来、軽く出来る事ではない。それでも、カイトに掛かればこんなものは朝飯前だった。が、これに彼は首を振る。それは彼が無限の旅路で数多の猛者達と戦えばこそ、だった。
「駄目だな……最強と言われるが、こんな程度。この程度なら、オレは数千人は知ってる。明確に上回るのであれば、百は下るまいよ。落ちたもんだ……ま、こいつらが居るから今のが精神的には安定しているし、強いがね」
「そこらは儂は知らぬよ。ただ、儂はお主が本調子でない事を知るのみよ」
先に『大地の賢人』自身も言っていたが、彼はあくまでもエネフィアに根付く精霊だ。なのでエネフィアの事は大半知っていても、それ以外は一切知らない。ある種エルフ達の言う森と似ていた。これに、カイトが笑う。
「あははは……で、それが?」
「うむ……さて、どう言うた物か、という話にここで立ち戻る」
「……なるほどね」
流石は『大地の賢人』か。カイトはこの会話の流れがすべて彼によって構築されていた物である事を察して、思わず感心する。単なる雑談や現状認識に扮して、カイトにどういう話題なのかを悟らせる意味があったのだ。
「わかった。結論だけ教えてくれ」
「良いじゃろう……見付からんのじゃ。すまない話ではあるが」
「ああ、良いよ。そんなこったろーと思ったからな」
どうせそんな事だろうな。カイトは僅かな申し訳無さを滲ませる『大地の賢人』に、どこか呆れるように肩を竦める。とはいえ、ここで出してきた以上、まだ情報がある筈と彼は判断していた。
「どこの時点までは掴めていた? 最初から最後まで掴めなかった、は無いだろう?」
「勿論のう……一度星を抜けたのじゃ。儂の手の及ばぬ宇宙の世界へ」
「やっぱか」
想像通りといえば、想像通りの展開だったらしい。カイトは『大地の賢人』からの情報に、なるほどと頷いた。先に言われている通り、彼は星にある限りは大半の事を察知出来る。
そして隠そうとしても、その隠そうとしている範囲を掴める限り中の事を察知出来なくとも場所を掴む事は不可能ではない。が、逆に星から出られてしまえば、どうしようもなかった。つまり、星から出られるだけの技術が相手にはある、という事だった。
「どうしたもんかねぇ……一度星を抜けた、という事はあちらさんにも超高速で移動出来る手段がある、って事。はてさて……」
こちらが『転移門』という切り札を切れるようになった事でこちらに有利になったと思われる状況だが、実際にはこれで相手にも『転移門』には匹敵しないものの通常の飛空艇などよりも遥かに高速で移動できる手段があるとわかったわけだ。
無論、そもそも<<死魔将>>達には既存文明とも異なる未知の転移術がある様子でもある。問題は山積していた。単に魔力を使わない移動方法がある、というにすぎなかった。
「……わーった。とりあえず情報助かる」
「いや……すまんの。頼まれておきながら、禄に役にも立てんで」
「いいさ。そもそも力を借りてた立場だ。文句は言えん……何より、一番の大馬鹿はオレだからな」
「ねー……お爺ちゃんも気にしなくて良いよ。完全にカイトがバカなだけだから」
「ふぉふぉ」
カイトの言葉に相槌を打つようにフォローを入れたユリィに、『大地の賢人』が笑う。そしてどうやら、これで話題は終わりだったらしい。彼は次いで灯里を見た。
「さて……それでカイトの姉君と言うべきであろうかのう」
「はい……それで、今回越させて頂いたのは」
「それは知っておるとも。さて……先の話はわからずとも、大凡儂がカイトに一つ借りが出来てしまったというのはわかろう。すまぬが、もう少しこちらまで来てはもらんか」
「はい」
『大地の賢人』の言葉に、灯里は指示される通り手の縁まで移動する。
「うむ……むむむむむ……」
移動した灯里を見て『大地の賢人』は目を閉じると、僅かに力を込めるように何かを行っていく。そうして、少し。彼女の前に虹色の輝く一つのクリスタルが浮かんでいた。
「ふぅ……それを、手に」
「これは?」
「転移術の魔術の理論とそのサンプルが記された物じゃ。それを使えば、転移術を学ぶ事が出来よう。魔力さえあれば、今のお主でも出来ようて」
「ありがとうございます」
そもそも『大地の賢人』はカイト達が来た理由を把握していたのだ。であれば、なにかを言うまでもなくこれを渡してくれるつもりだったのだろう。そしてこれはカイトの活動というか、天桜学園、ひいては冒険部の活動において非常に重要だ。これで一つの目処が立った、と言っても良い重要なものだった。と、そんな情報の入ったクリスタルを見て、カイトが問いかける。
「情報の機密性は?」
「お主の所に合わせておるよ。更には追加で精霊の使う魔術による封印処置も施しておる」
「そうか。ありがとう」
それなら安心か。カイトはおそらく自分がわかる以上に幾重にも張り巡らされているだろう機密保持の為の手段を理解して、『大地の賢人』に向けて頭を下げる。これで、また一つ天桜学園の帰還に向けた手札が手に入った、というわけだ。後は如何にこれを世界間転移術に繋げるか、が肝要だった。というわけで、『大地の賢人』が問いかける。
「とはいえ、改めてではあるがわかろうな? これはあくまでも転移術。世界を越える術ではない」
「わかってるよ。前の時にも言われたからな」
「ふぉふぉ……にしても、相変わらず難儀なものじゃのー」
「言ってくれんなよ……」
楽しげな『大地の賢人』に対して、カイトはがっくりと肩を落とす。前の時は国を割りかねない、という事で地球に帰る為の魔術を開発し、今度は地球からこちらにやって来られた者たちを返す為に世界間転移術を開発し、である。しかも厄介な事に後者はカイトが使うわけではない為、また一からやり直しだった。と、そんな彼らに対して、灯里が問いかける。
「あの、一つ良いですか?」
「なんじゃ?」
「この転移術って地脈を利用した移動とかは出来るんですか?」
「地脈を利用した……カイトらがしておる転移術じゃのう」
なるほど。どうやら灯里は今回の謁見に際して、きちんと事前準備を行った上で来ていたらしい。転移術を理解している全員がそれを理解する。
実のところ、転移術と一言で言っても一種類だけではなかったのだ。そして術式でなければ、そういった事を調べる事は不可能ではない。特に彼女の場合は公爵邸の書庫にも出入り出来る。この程度調べる事は造作も無い事だっただろう。これに、『大地の賢人』は首を振る。
「……すまぬが、それは出来ぬよ。いや、勘違いせんで欲しいんじゃが、儂が知らぬというわけではない。あれは技術の伴わぬ者が使うべきではない。もしあれを使いたくばある程度の技術が必要になろう。そしてそれは即ち、基礎たる転移術を使える事とも言える。そこで初めて地脈などの脈を使う転移術も行使できよう。が、出来ぬ内に高望みをするべきではなかろうて」
「なるほど……正しいお言葉と思います。もしその際には、また越させて頂いてもよろしいですか?」
「無論、構わぬとも。その際にはカイトに頼むと良い。裏道を知っておるからのう」
少しだけ楽しげに、『大地の賢人』はまたの来訪を快諾する。先にも言われていたが、カイトは何度か密かに『大地の賢人』と会っている。なのでラエリア側にバレずにここに来る方法を知っていたのであった。そうして、それから少しの間『大地の賢人』と灯里との間で転移術に関するいくつかのやり取りが交わされる事になるのだった。
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