第2001話 新たな旅 ――次のステージへ――
ラエリアの聖地に居るという『大地の賢人』。彼と会う為にシャーナやソラら天桜学園の関係者、アイナディスらと共に聖地へと足を伸ばしたカイト。そんな彼が見たのは、完全に木々に覆われてしまった『大地の賢人』の状況だった。
それを受けて一旦は彼の手入れを行う事になったカイト達であったが、そこから暫くして改めて彼との話し合いに臨む事となっていた。そうして、各々の自己紹介の後。シャーナが口を開いた。
「賢人様」
「おぉ、シャマナの子よ。大凡は聞き及んでおるが、めでたき事と儂からも言わせてもらおう」
「ありがとうございます」
『大地の賢人』の祝言に、シャーナが頭を下げる。そうして、彼女はそのまま報告を行った。
「この度、カイトとの間で婚儀が決まりました故、ご報告させて頂きます」
「うむうむ。まぁ、カイトは良い男ではあろうな。幸せになりなさい」
「ありがとうございます」
改めて言うまでもない事であるが、『大地の賢人』はある種の国父にも近い。なので基本的に王族はどういう理由や経緯であれ婚姻が決まると彼に報告に行くのが開祖シャマナの頃からの習わしであり、シャーナもその習わしに従う必要があったのである。
「で、カイト。お主もなにか言わんのか」
「なにかねぇ……今更過ぎるだろ。そもそも爺さん、事ある毎にオレ茶化してたじゃねぇかよ」
「ふぉふぉ」
カイトの指摘に対して、『大地の賢人』は楽しげに笑う。かつてカイトが言っていたが、彼はラエリアの王族や帝室達以上に『大地の賢人』と会っている。なので彼が少女らを一人落とす度に茶化されていたりしたらしかった。
「で、ユスティーナよ」
「賢人殿。お久しゅうございます」
「うむうむ……詳しくは述べまい。が……良かったのう」
「……ありがたきお言葉。余にとっても幸いです」
『大地の賢人』の言葉はどうやら、ティナには理解出来たらしい。これは言うまでもなくイクスフォス達の事で、そもそも彼女が彼の子である事は知っていた。ただ彼の望みにより知らぬ存ぜぬを通した――そもそも聞かれた事もないが――のであった。
「遠からず、彼らも来たろう。その時にはまた、カイトと共に顔を見せるが良い」
「その時は、必ずや」
「うむうむ……さて。何時もなら小さいお嬢さんに声を掛けるのであるがのう」
「違うの?」
こてん、と首を傾げるユリィに、『大地の賢人』は一つ頷いた。
「悪く思わんでくれ……フォシルの弟子よ。良く来たのう。此度は偶然であった様子じゃが……」
「「「……」」」
誰の事だ。その場の大半が『大地の賢人』の言葉に困惑を露わにする。とはいえ、これにカイトが教えてくれた。
「ブロンザイト殿の事だ。言われていなかったか? いくつかの偽名を名乗っていた、って」
「そ、そりゃ聞いてるけど……俺……ですか?」
「ふぉふぉ……彼は友人であった。儂の前では、フォシルと名乗っておってのう」
「は、はぁ……」
確かにブロンザイト自身からも自身がいくつかの偽名を名乗っていた事は聞いている。そしてこれは丁度彼が皇国に仕えた頃に名乗っていた名であり、一番最初の偽名であるとの事であった。その後は彼の言う通り、皇国から去る際にこの偽名を使わなくなり別の偽名を使い、その後いくつかの変遷があり最後のブロンザイトを名乗るようになった、との事であった。
「どれも茶色系統の宝石の名を使っておった……アゲート、ピーター……懐かしいのう」
「はぁ……」
『大地の賢人』から語られるブロンザイトの他の偽名に、ソラはどこか不思議そうな顔をする。どれもこれもがブロンザイトを指す言葉だとはわかっても、しっくりこない様子だった。それに、『大地の賢人』が笑った。
「ふぉふぉ。仕方があるまい……さて。わざわざお主に声を掛けたのじゃから、当然理由がある。それは良いな」
「はい」
流石にソラもブロンザイトの下で鍛えられたのだ。である以上、ここで自分が敢えて名指しされた理由があるぐらいは察せられた。
「何時か、もし弟子が来たなら。それが我が孫と共に歩む者であったなら、どうか伝えて欲しいと言われてのう」
「お師匠さんが?」
「お主宛、というわけではないのは許せ。これはまだお主が来るより遥かに前に、自らの死期を悟った彼より大地を通じて頼まれた事じゃ」
僅かな驚きを露わにしたソラに、『大地の賢人』は僅かな申し訳無さを滲ませる。これに、ソラは首を振った。
「いえ……お師匠さんの晩年に一緒に居たんです。多分、俺が居た頃にはえっと……賢人様に声を届ける事が出来るほどのお力は残っていなかったと思います」
「うむ……嘆かわしい事ではあったが、同時に彼らしくもあった」
「はい」
『大地の賢人』の言葉に対して、ソラもまた一つ頷いて同意を示す。そうして、そんな彼に『大地の賢人』は彼のもう一つの遺言を伝えた。
「では、伝えよう……もしその者がトリンが共に歩む者であったなら、どうか人を集めて欲しい。あの子は儂を上回る才覚を示せるじゃろう」
「人を……ですか?」
「うむ……カイト。お主は、委細承知しておろう?」
「まぁな。伊達に賢人達の教えを受けてないさ」
困惑気味なソラに対して、『大地の賢人』の問いかけを受けたカイトは一つ笑う。ブロンザイトが何を望んだのかは、彼も理解していた。そしてそれは彼の方針とも合致していたからだ。
「うむ……まぁ、これについては先にも述べた通り、お主らが来るより遥かに前の遺言じゃ。あまり役に立たぬのは致し方がなしではある」
「……どういう事ですか?」
「そのままの意味じゃよ。もし誰かと旅をするではないような状況であれば、仲間を集めよという言葉じゃ。わかりやすく言えば、ギルドを立ち上げよ、という指南とでも言うべきかのう。確かに、あの子は一人で旅をするにはいささか優れたる知性を持つ」
確かに。ソラは『大地の賢人』によるトリンの評について一切の異論を持たなかった。そもそも彼は賢者の弟子としてはソラの兄弟子に当たるし、そもそもの性格や来歴などの関係からソラより数段上の知性を身に着けている。一人で旅をするには不要なほどの知識だった。
「まぁ、それについては杞憂である様子であるが……ふぉふぉ」
「? どうしたんですか?」
「ここから先は、儂が語るべき事でもなし。ブロンザイトも語る事を望まぬであろうて」
「つまり……遺言は本当はこれで終わりじゃなかった、と?」
「然り。が、これ以上告げるのはブロンザイトが望まぬ。もし、どうしても聞きたいのであれば。遠い未来に地球に帰り、そしてまたこちらに戻り来た際に儂の所に来なさい……その頃に必要な言葉ではないがのう」
ソラの確認に『大地の賢人』は一つ頷くと、一転して楽しげに笑う。そうして一頻り笑った後、彼は次いで瞬を見た。
「そして……異なる世界の鬼の子よ」
「俺……ですね?」
「うむ……あぁ、気にせんで良いぞ。別にお主の気に食わぬ事にはならん」
「?」
唐突に語られた意味不明な言葉に、瞬が首を傾げる。これに、『大地の賢人』が告げた。
「おぉ、すまぬのう。酒呑童子とやらと話をしておった」
「出来るんですか?」
「これでも精霊じゃからのう。魂と話す事なぞ造作もない」
やはり流石は『大地の賢人』という所なのだろう。当人に悟られる事なく、内側に引っ込んでいる酒呑童子との会話さえ可能らしい。これについては酒呑童子当人が現在進行系で眠っていない事があるにはあるが、それでも凄まじい事だった。
「それで、よ……まぁ、お主が迂闊である事は今は横に置いておくとして。それはお主にとって強さでもあるからのう」
「ぐっ……」
のっけからの苦言に、瞬が思わず言葉を詰まらせる。確かにこれについては言い返す言葉はない。が、同時にこれは敢えてカイトが見過ごしている事でもあったし、彼自身の仕方がない事情があった。
「あぁあぁ、気にせんで良い。これについてはカイトも同罪じゃろうて」
「オレか?」
「兄弟子とやらの顔を立てておるからじゃろう。お主も出来る事をせず、兄弟子の依頼に沿って動いておる時点で言い逃れは出来ぬ」
「まぁ……そりゃそうなんだけどさ」
『大地の賢人』の言葉に、カイトはどこかバツが悪い様子でそっぽを向く。これに、瞬が問いかけた。
「兄弟子?」
「クー・フーリン。コーチだ」
「コーチが? なにかあったのか?」
一応、カイトは地球ではケルト神話においてフェルグス・マック・ロイやコナルら『赤枝の戦士団』と呼ばれる戦士達やフェルディア――クー・フーリンの好敵手――と共にスカサハの指南を受けている身だ。なので彼にとってクー・フーリンもまた兄弟子であり、宗矩や石舟斎と同じく顔を立てる必要があった。
「……先輩を自分で鍛えたいんだと」
「それは聞いている。光栄な事だ」
「だろうな。あんたならそう言う……が、それ故にオレはあんまりあんたには手を出せないんだよ。自分で学んでいく分には、好き勝手にさせられるんだがな」
そもそも瞬はクー・フーリンを非常に尊敬し、彼の教えを素直に守っている。なので一切憚ること無く地球に帰還後は彼の指南を受ける事を明言するわけであるが、そんな彼に対してどこかため息まじりに、カイトは一つ首を振る。これに、瞬が首を傾げた。
「何故だ? 別に教えてくれるのなら、学ぶが。今までもそうだったし、<<雷炎武>>だってそうだろう」
「そりゃ、生き残れる分と面白そう、と思った範囲は教えるさ。オレの役にも立つし、『影の国』でも弟子同士が教え合い、ってのは普通にあるからな。実際、姉貴が教えてる事なんてほっとんど無いし。下手すりゃ、オレが一番直々に教え受けてる可能性あるぞ。そんなぐらいだ」
「なら、問題無いんじゃないのか?」
「おおありだ」
再度首を傾げた瞬に、カイトもまた再度ため息を吐く。そんな彼に対して、ソラがおそらく、という感じで口を挟んだ。
「えーっと……多分っすけど。兄弟子の弟子に弟弟子が教え授けるのが筋違いってか……多分、そこらがまずいんじゃないっすかね。その兄弟子に頼まれたなら、別なんでしょうけど」
「む……」
「そういう事。師範代が居るのに、別の奴が教えるわけにゃいかんだろ。しかもオレ、一応まだ修行中の身だからな。卒業してるフリンの弟子には教えられん。教えを授けたらフリンじゃなく、姉貴に殺される」
なるほど、とどこか理解出来た様子の瞬に、カイトもまた自身の内情を教える。ここら困った事にカイトもまたケルト神話勢の一員にも等しい事が更に事態をややこしくしてしまっているらしい。
「しかもここで厄介なのは先輩も一応、オレと同じくケルト勢に入っちまう事だ」
「俺が?」
「ああ……先輩はさっきの例で言えば師範代から教えを受けている門下生。オレは師範から教えを受けている直弟子という所か。これが、別の流派とかなら交流という形でだまくらかす事も出来るんだが……流石にこの状況じゃあ、オレはどうあがいても手を出せん」
はぁ。カイトはこの話題に入り何度目かの深い溜息を吐く。一応、聞かれたら教えるぐらいは出来るらしい。それはカイトが立場上は瞬の兄弟子に近い立場になるからだ。そして現状では瞬の師となるクー・フーリンも居ないわけで、教えを乞える相手がカイトしか居ないから、という言い訳が出来る。
「まぁ、今回の酒呑童子の一件にせよ先輩は若干迂闊な所がある。無論、迂闊さは実力が伴えば余裕となり、強者の証ともなるんだが……」
「そ、それはまぁ……否定しきれん」
「いや、酒呑童子の一件については、オレも悪くはある。その点についてはオレも否定しない」
「お前が?」
何故酒呑童子の関連についてカイトが悪いとなるのだろうか。瞬はいまいち理解出来ず、不思議そうな顔をする。これに、『大地の賢人』が教えてくれた。
「そもそもこやつが酒呑童子を単純な悪党ではない、と言ったのであろう」
「それは……多分、俺も同意します。多分、ですけど……」
やはり瞬当人の事だからだろう。瞬自身、何度か話してみて酒呑童子は単純な悪人であるとは思わなかった。無論、純粋な善人ではない、とは思っていた。そんな彼に、酒呑童子が問いかける。
『くくく……本当にそう思うか?』
「……ああ」
『ほぅ……今、このように貴様の身体の主導権を簡単に奪えるのに、か?』
酒呑童子は笑いながら、瞬の右手を動かして瞬のへと手のひらを向ける。やろうとすれば、このまま頭を吹き飛ばすなぞ造作もないだろう。これに、瞬は一つ笑った。
「本気ではないだろう」
『まぁな。流石に俺も自殺する気はない』
「それに……まぁ、なんだ。少なくとも妻を大切にするような、そして妻を誇りとするような、そして妻に誇りとされるような奴が単純な悪いやつとは思わん」
『む……』
これは一本取られた。酒呑童子は瞬の言葉に思わず返す言葉がなかった。こればかりは酒呑童子も想定外といえば想定外だ。どうやら酒呑童子が目覚めている事で瞬は彼の記憶が若干だが流れ込んでおり、それを見る限りは瞬にはどうにも酒呑童子が単純な悪人とは思わなかったのだ。そうして、そんな会話を聞いて『大地の賢人』が笑う。
「ふぉふぉ……そうじゃのう。まぁ、儂も流石に異世界の事は詳しくはわからぬ。が、お主に起きつつある異変はたしかに酒呑童子が引き金であるが、同時にそれが直接的な原因ではない。これは確実じゃろう」
「そうなんですか?」
「うむ……儂もまだはっきりとはわからぬ。お主の身体の事である故、どうしてもはっきりとはわからぬのじゃ。世界から分かたれるが故のう。が、少なくとも酒呑童子が意味深に振る舞うのは、意味があろう」
『……』
『大地の賢人』の指摘に対して、酒呑童子は何も言わない。そしてこれは『大地の賢人』にもわかっていた。というわけで、彼が告げる。
「とりあえず、お主は今以上にお主自身の身体に注意を払うと良い。何かが起きてからでは間に合わぬかもしれん」
「わかりました。気を付けます」
兎にも角にも、これでひとまず酒呑童子がそこまでの危険人物ではない、と理解できた。であれば自身に起きている異変はなにか別種の原因がある。瞬はそれを理解し、少し注意する事にする。そうして、瞬とソラへの助言が終わる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




