第2000話 新たな旅 ――大地の賢人――
『大地の賢人』と会うべくラエリアの聖地に入ったカイト率いる天桜学園一同。そんな彼らであったが、道中でカイトと同じく道を知るシャーナとの間で情報の齟齬がある事が発覚する。
そうしてその会話をきっかけとして声を張り上げたカイトに応じて響いたのは、どこかおっとりとした声だった。そんな声に導かれ、一同はカイトを先導役として二つの山が対面に並ぶその片方の中腹へとたどり着いていた。が、たどり着いて早々、カイト達三百年前に来た面々は目を見開く事になった。
「これは……」
「ありゃりゃ……」
「覆われちゃってる」
カイト以下、ユリィ、ソレイユの三人は思わず目が点という具合で目を瞬かせる。これに、丁度見える対面の所へと入っていたシャーナが首を傾げた。
「どういう事ですか?」
「んー……シャーナ様はたしかあちらへ向かわれていたんですよね?」
「はい」
カイトが指差したのは、対面に見える山の中腹。木々で覆われた一帯だ。基本的にラエリアの王族と帝室はあちらに入り、中腹の所のとある岩に手を当てて対話を行うらしかった。別に声は出せるが、聞かれたくない会話などもあるので基本はこの形式を取るとの事である。とまぁ、それはさておき。カイトはシャーナの返答から大凡を理解した。
「ということは……ここ三百年で覆われちゃったかー。じいさーん! どんぐらい前からその状態だー!?」
『前にソレイユちゃんがアイナちゃんと一緒に来て少しぐらいじゃなー』
「どれぐらい前だ?」
「んーっとね。二百と五十年ぐらい前」
「正確には二百五十三年ですね」
カイトの問いかけを受けたソレイユの言葉をアイナディスが補足する。これに、『大地の賢人』もまた同意した。
『それぐらいじゃのー。まぁ、元々儂が頼んだんじゃがのー。そしたらその時の王様が暗殺されてしまっての。そのままこうなってしもうた』
「なにやってんだよ……」
『丁度口元の所に生えた苗木に猫が住み着いてしまってのー。動かすのもなんじゃから、そのままにしてもらったんじゃ』
呆れ返ったカイトに対して、『大地の賢人』が楽しげに笑う。どうやら『大地の賢人』に相応しいおおらかさを持っている様子で、なにか困っている筈なのに一切困っている様子が見受けられなかった。
「で、困り事はつまり?」
『うむ。これでは口も手も動かんでなー。すまんが、少し生えてしまった木を動かしてはくれんかのー』
「はぁ……来て早々それかよ……」
『転移術はしっかり教えるから、それで許しとくれー』
「「「……」」」
本当になんでも知ってるんだ。何も聞いていない筈なのに、こちらの要件をしっかりと把握していた『大地の賢人』の言葉に、天桜学園一同は思わず呆気にとられた。どうやら賢人の名に違わぬ博識っぷりだった。と、そんな驚きに包まれる一同に対して、カイトがふと気が付いた。
「……って、手もか?」
『うむ。手もなんじゃなぁ、これが』
「あのなぁ……はぁ。ソラ」
「お、おう」
唐突に自身に向けられた視線に、ソラが慌てて頷いた。これに、カイトが指示を出す。
「お前にこっち任せる。オレはユリィ、ソレイユ、アイナと一緒に向こうの方を動かす。ティナ。お前は悪いが灯里さんと一緒に一度戻って、時間が必要になりそうな旨をホタル達に伝えてくれ」
「よかろ。まぁ、灯里も一度薬の時間があるからのう」
「えー、見たかったー」
「後で戻ってくるから我慢せい」
カイトの要望を受けたティナが灯里と共に消える。転移術を行使したのだ。そうして二人の移動を見届けると、カイトは再びソラの方を向いた。
「ソラ、お前も頼む」
「……え、いや、すまん! ちょっと待った! 何がなんだかさっぱりなんだが!?」
「ああ、そりゃそうか……んー……まぁ、教えるより見た方が早い。とりあえず、爺さんの声に従って作業すりゃ、それで良い」
「お、おう……」
『すまんのう』
「は、はぁ……」
『大地の賢人』の謝罪に、ソラが困惑気味に頷いた。というわけで、空中に飛び出して対面の山へと向かったカイト達の一方、残った面子は声に従ってとりあえず移動する事にする。
『そうそう。そこを下って……そこじゃ』
「ここっすか」
『うむ。とりあえず、そこの見える木に手を付けてくれるかの』
「はぁ……」
とりあえず、言われるがままにソラは木々に手を付ける。そうして、次の瞬間。彼が手を当てた木が蠢いて、根っこがまるで生きているかのように地面から抜け出した。
「うわぁ!? 何!?」
『すまんのう。少し動かせんでなー。場所は空けておいたんで、そっちに移動しとくれ』
「え? え? え?」
何が起きているかさっぱりなソラの前で、根っこが完全に地面から抜け出る。そうして根っこまで完全に抜けた木が、ソラへとまるで身体を預けるようにゆっくりと倒れる様子を見せる。
「と、ととととと!」
「ソラ!」
「すんません!」
危うく押しつぶされそうに見えた所に瞬が割って入り、ソラが声を上げる。そうして、二人で前後に木を持った。
『良し……それをあっちに持ってってくれ』
「う、うっす……」
くいくい、と動く木を抱えながら、ソラと瞬はどこかおっかなびっくりという具合で木の指示に従って移動する。そうして彼らが木を搬送する一方で、『大地の賢人』がシャーナへと告げた。
『確かシャーナじゃったのう。お主はすまんが、木が抜けた穴に土を入れてはくれんかのう』
「かしこまりました」
『すまんのう。魔術についてはこちらで補佐するでな。とりあえず土で穴を埋めてくれれば良いよ』
「いえ……貴方に開祖は大恩があります。この程度、いささかの苦ともなりません。シェリア、シェルク。補佐を」
『大地の賢人』の依頼を受けて、シャーナもまた作業を開始する。そうして、暫くの間は一同で『大地の賢人』の指示に従って周囲の清掃作業を行う事になるのだった。
さて、一同が『大地の賢人』の指示に従って作業を行う事、およそ二時間。本来なら戻る筈の時間になったが、その頃になりようやく一同は再度最初に来た場所に戻ってこれる状況になっていた。が、そこで改めて対面の山を見て、ソラは思わず目を見開いた。
「……顔?」
「ああ……あれが、『大地の賢人』。大地の顔だ」
「ふぅ……皆、すまんのぉ」
「喋った!? というか、動いてる!?」
声に合わせて動く巨大な顔に、ソラが思わず仰天という具合に声を上げる。対面の山の顔はまるで普通の人の顔のようになめらかに動いており、山が一つそれそのものがまるで生命体のように思えた。そんな『大地の賢人』に、シャーナが少し困ったように告げる。
「お顔がありましたのでしたら、仰って下さればよかったのに」
「ふぉふぉ。すまんのう。限られた人員でしか来ないのでの。どうせカイトが来るからそれまで待つか、と思ったらうっかり森が出来てしもうた」
「あははは。賢人様は相変わらずのんびりですね」
「なにせエネフィアが出来た頃から生きておるからの。時間なぞ殆ど無いが如くじゃ」
シャーナはまるで普通に『大地の賢人』と雑談を交わす。元々彼女は何度か『大地の賢人』と話をしている。なのでお互いに顔見知りで、動く事には驚きはしたものの元々大地の顔等の言葉を知っていたからか特に驚きはなかったし、それどころか納得さえしていたようだ。そんな雑談を交わす二人の所に、カイトが口を挟んだ。
「爺さん。とりあえず腕も全部元通りになっただろ? 一度動かしてみてくれ」
「そうじゃなぁ。折角きれいにしてくれた事じゃし、動かしてみるかのう」
カイトの要望に従って、ソラ達がきれいにした一角が揺れ動き、巨大な岩石の手がゆっくりと動いて山の合間へと移動する。
「……先輩。俺、何が起きてももうびっくりしないと思ったんっすけど……」
「奇遇だな。俺もだ」
まさかこんな事が起きるとは。ソラと瞬は起きている現象に理解が追いつかず、どちらも只々呆気にとられていた。そうしてそんなあっけに取られる二人の見ている前で手が少し自由自在に動いた後、カイト達の前で停止した。
「良し。大丈夫そうだな」
「うむうむ。三百年前より調子が良いぐらいじゃ」
「なんだよ。掃除しなかったってのかよ」
「さて、どうじゃったかの」
カイトの言葉に、『大地の賢人』が楽しげに嘯いた。そうして、そんな手の上にカイトが乗り込んで、シャーナへと手を差し出す。
「シャーナ様」
「……よいのですか?」
「ここからではおちびさん達の顔がイマイチ見えんでな。乗ってくれるとありがたい」
『大地の賢人』の返答を聞いて、シャーナはどこかおっかなびっくりという具合でカイトへと手を伸ばす。そうして、カイトに引かれて彼女もまた巨大な岩石の手の上に乗っかる。
「ほら、他のも」
「わーい」
「失礼します」
「失礼する」
「私も失礼しまーす」
やはり三百年前に来ていた面子――灯里は別枠だが――はこれが普通だったからか、特に躊躇いもなく岩の手に移動する。そうして残るのは、瞬とソラの二人だ。
「……」
「……」
行くしかないよな。っすよね。ソラと瞬は二人で顔を見合わせ、意を決する。そうして二人もまたおっかなびっくりという具合ではあったが、岩の手の上に乗った。
「良し……爺さん、全員乗ったぞ」
「うむ。少し揺れるが、落ちる事は無いんで安心しとくれ」
「周囲に結界が張られるからな」
『大地の賢人』の言葉に、カイトが一応の補足を入れておく。そうしてゆっくりと手は再び山の合間の丁度中間地点に移動し、停止した。そこは丁度『大地の賢人』の顔が見やすい位置で、同時に彼がこちらを見やすい距離でもあった。
「うむ。見やすい距離になった」
「そう思うんなら、昔からそうしておけよ」
「そうなんじゃがなぁ……なんというか、別に良いかと思うてな」
「あんたは……」
どうやら『大地の賢人』はやはり大地に相応しいおおらかさを持っているらしい。カイトは大地の賢人の言葉に肩を落とす。と、そんな彼は一転気を取り直して、改めて『大地の賢人』に一応の確認を行っておく事にした。
「で、爺さん……一応わかってるとは思うんだけど」
「うむ。要件ならすべて把握しておるよ。とはいえ、それは実に味気ないからのう。きちんとお主らの口から、要件を聞きたい」
「わかってる……っと、その前に。一応、今回初の面子の紹介はしておいた方が良いか?」
「大切な事じゃ。名とは他者と自己を分ける大切な符号。そして挨拶はすべての基本じゃろうて。であればお互い名乗ってからにするのが、基本じゃろう」
カイトの問いかけに、『大地の賢人』が一つ頷いた。そうして、そんな彼が一応の事と自己紹介した。
「であれば、儂からの方が良いじゃろう。儂は大地の顔。ラエリアの者たちは『大地の賢人』なぞと言うが、儂は大地に生まれた顔というだけじゃ。まぁ、名は無いんじゃが……お主らの好きなように呼ぶと良い」
『大地の賢人』が、一応は挨拶だからか少しかしこまった様子で自己紹介を行う。そうして、そんな彼に続いて今回初めてやって来た形となる天桜学園の関係者達が自己紹介をしていく事になるのだった。
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