第1998話 新たな旅 ――聖地――
『リーナイト』での一件を終えてやって来た、『大地の賢人』なる精霊が居ると言われているラエリアの聖地。そこに到着した一同は、明日の謁見に備えてひとまずは聖域の外れにある宿泊施設へとやって来ていた。
「……誰も居ないのか」
「ああ……まぁ、そもそも聖域に入れるのなんて王族か王族が認めた者だけだ。基本は供回りか見張りが一緒なのが基本で、施設と道具さえあれば問題無い。流石にこんな所に誰か人を配置している方が非効率的だろ?」
「そりゃ、そっか」
カイトの指摘に、ソラは道理を見て頷いた。幾ら大大老達と言えど、ここは聖域だ。あまり人を置いておきたくないとは思っていた。一応万が一の場合に備えた軍は居るが、この宿泊施設からは少し離れた所だった。
というわけで、ここは施設だけがあり、極稀に施設管理の者が軍基地から来るぐらいで、常時誰かが滞在していることは無いらしかった。そんな施設の扉を開いて、カイトはティナへと一つ頷く。
「で、とりあえず……ティナ。こっち準備オッケー」
「うむ……ほいよ」
「ひゃあ!」
ティナが杖を振るうと同時。灯里の悲鳴が聞こえ、彼女がカイトの正面に転移させられる。先にも言われていたが、彼女はまだ怪我人だ。なので移動はなるべく避けるべきは避けるべきなのだが、今回は理由があってこちらに連れて来られたのであった。
「はいキャッチ」
「うぅ……」
流石の灯里もお姫様抱っこは恥ずかしいらしい。思わず恥ずかしげに頬を朱に染めていた。とはいえ、そんな彼女も流石に満足に歩けないのだから、仕方がない。
「良し……じゃあ、連れてくぞー」
「うむー。余は一旦飛空艇の状況精査してくるぞー」
「あいよー……さて。そんな恥ずかしがるなら、無茶はやめとけ」
「肝に銘ずるわ」
カイトの言葉に、灯里は心底次からは無茶はしないようにしよう、と心に決める。とはいえ、今は言っても詮無きこと。素直にされるがままにされるしかなく、そんな彼女はカイトに抱えられて施設の最奥へと向かうことになる。
「で、奥に何があるの?」
「ベッド」
「どゆこと?」
言っている意味が理解出来ない。楽しげなカイトに、灯里は首を傾げる。一応これから受けるのは治療と聞いている。というより、彼女は天桜学園最高の頭脳の一人。今回の『大地の賢人』との謁見は主に彼女にしてもらうことになる。カイトを筆頭にした冒険部の面々はその護衛という立場だ。
「あははは……ま、見ればわかる。後色々と我慢はしろ」
「?」
なんのこっちゃ。カイトの言葉に、灯里はいまいち理解が出来ずに首を傾げる。とはいえ、そんなことを話しながらも進むこと少し。宿泊施設の最奥へとたどり着いた。
「……何、ここ」
「特別ベッドルーム……と、言ったは良いものの、特別な医務室か」
「ふーん……」
一見すると木漏れ日溢れる森林のど真ん中。そんな印象を受ける一室に、灯里はどこか不思議そうな顔を浮かべていた。とはいえ、そんな彼女はすぐに気が付いた。明らかに可怪しいのだ。
「あれ? 今夕方じゃなかった?」
「夕方だ」
「明るくない?」
「明るいな。そういう部屋だからな」
見た感じ、日光が照り込んで明るくなっているように見える。が、そもそも夕方の筈で、こんな明るい筈がなかった。とどのつまり、なにか特殊な魔術がこの空間をそう見せているというわけなのだろう。というわけで、カイトはそんな部屋のど真ん中にある木を加工して出来た様子のベッドへと灯里を横たえる。
「よいしょっと……これで良い」
「あ……すっごいぽかぽか……」
「基本は日光浴みたいな感じだ」
「あー……」
どうやらよほど心地よいらしい。灯里は心地よさげな声を上げる。彼女はこの時知る由もないが、これはこのベッドルームの副次的な効果らしい。常に森の中で日光浴をしているような感覚が得られて、ストレス解消になってくれるとのことであった。
なのでまだ大大老が権勢を握る前の時の王族の中には、ここにこの副次効果を求めてわざわざ遠路はるばる来た者も居たそうだ。それほどの所とのことであった。が、今回はストレス解消ではなく、メインは灯里の脳の回復だ。というわけで、カイトはベッド脇に備え付けられたコンソールに手を乗せる。
「さて……灯里さん」
「んー……?」
「服脱げ」
「……え?」
常日頃カイトの前では素っ裸ということもある灯里であるが、流石にそんな彼女もこの場で服を脱げと言われれば、思わず固まるだろう。とはいえ、カイトも勿論冗談で言っているわけではない。
「全部とは言わねぇよ。下着姿になれ、つってんの。まぁ、脱がなくても前だけはだけりゃそれで良い」
「……どして?」
「検査するからに決まってるだろ。なんのためにコンソールの前にオレが立ってると思ってる」
「……え? あんたがやんの?」
「おい! 露骨に嫌そうな顔すんじゃねぇよ!」
明らかに脱ぐより別の方面で嫌そうな顔をした灯里に、カイトが思わず声を荒げる。ここで脱ぐことをいとわない時点で、彼女も彼女だろう。というわけで、彼女は笑いながらパジャマの前を開いた。
「にゃははは……はいはい。とりあえず開ければ良いのね」
「そういうこと。ティナが来るまでに検査を終わらせとかないと」
「というか、これぐらいならあんたじゃなくても良かったんじゃないの?」
「まぁ、たしかにオレじゃなくても良いんだがな……これを使えるんなら、だが」
どうやら木漏れ日に似た光はコンソールで操れるらしい。コンソールより送られる信号により、木漏れ日が僅かに収束して灯里の全身をスキャンするように検査する。
「無理なの?」
「ウチの奴らに出来ると思うか?」
「アイナさんとかは?」
確かに天桜学園の生徒に出来るとは灯里も思わない。というより、天桜学園の生徒にしてもらうぐらいならカイトにしてもらう。とはいえ、それは他に誰も居ない場合であって、アイナディスが今回は居た。なので彼女の方が良いのでは、と思ったらしかった。
「アイナもユリィも使い方を知らん……アイナに至っては使ったことも無いだろうな。ソレイユは言うまでもなく」
「? あんた使ったことあんの?」
「何回かはな。一応、これでも勇者様なので」
首を傾げた灯里に、カイトはどこか自慢げに告げる。まぁ、三百年前の彼は世界中を転戦していたし、ラエリアでも何度か勲章を貰うほどの戦いを経ていたとのことだ。そこに来て『大地の賢人』との関係を考えた場合、何度か使っていても不思議はなかった。そしてそうなると使い方も覚えたのであった。と、そんな話をしていると、検査の結果が出たらしい。
「身体面破損状況……問題無し。頭部破損……っ」
「どしたの?」
「……お説教、追加したいなー、って」
「だからごめんってば」
寝そべりながら、灯里がカイトの言葉に口を尖らせる。どうやら中々に厳しい状況だったらしい。これに、カイトも頷いた。
「まぁ、良いわ。それで?」
「ああ……っと、もう検査は終わったから、前閉じて良いぞ」
「えー、めんどいー。あんたしか居ないしいいじゃん」
「良いわけねぇだろ……」
何時もの調子に戻った灯里に、カイトはがっくりと肩を落とす。一応治療中なので鍵は掛けているが、それだけだ。中を覗けないわけではないし、急に誰かが駆け込んでくる可能性だってある。とはいえ、言っても無駄なことは彼は良く理解していた。
「はぁ……まぁ、好きにしてください。後はこっちで色々とやる……あ、寝るなよ? 寝たら面倒だからな」
「えー……無理。超寝たい」
「これでも寝れるなら、どうぞ?」
「ひゃあ!? ちょ、やめっ! まぶしっ!」
顔面に照射される日光に似た光の束に、灯里が悲鳴を上げる。寝ると脳の反応が鈍化してしまう為、検査と治療が難しいらしかった。色々と我慢しろ、というのはこの微妙に眠たくなる環境において寝ないように頑張らないといけないことと、時折降り注ぐ光の束に耐えること、カイトの前で服を脱ぐことの三点が主だった。というわけで、この後も一時間ほど掛けて灯里の治療が行われることになるのだった。
さて、一同が聖域とも言える領域に到着した日の翌日。夕方から夜に掛けて治療をしていた灯里であるが、流石はカイトが特別な医務室というだけのことはありこの日を持ってほぼほぼ完全回復を遂げていた。
「うみゅ……ふぁー……」
「起きたか」
「ふぇ……? あ、おはよー」
「おう、おはよ」
灯里の挨拶に、治療終了後に横で一緒に寝ることになったカイトが片手を挙げる。というより、どうやら彼の方も怪我の治療をすることになっていたらしく、ティナが来た時点で彼女により精密検査をされて、灯里と仲良くこの部屋で眠ることになったのであった。
「で、そっちの身体の調子は?」
「……おぉー……すご。普通に動く」
やはり脳にダメージを負っていたため、日常生活には支障を来していた。が、それも完全に治っており、灯里からしても違和感は感じられなかった。
「問題ないわね……カイトはー?」
「よろしい。まぁ、こっちは一朝一夕じゃ治る怪我じゃない。軟膏ベタ塗りして怪我が癒えるのを待つだけだ」
「ふーん……よいっしょっと! さ、着替えてご飯ご飯ー」
「だからオレが居るのに平然と着替えようとすんな!」
どうやら肉体面と一緒に精神面も完全復活を遂げていたらしい。何時もの日常がそこにはあった。というわけで、朝から少しのひと悶着を混じえた後、二人は他の面々と合流する。
「カイトー。調子どう?」
「まぁ、なんとか、って所か」
「灯里はー?」
「こっち完璧よー。もう久方ぶりに走りたいぐらい」
ユリィの問いかけに、灯里は自身の復活を示すようにいくつかの簡易な魔術を展開してみせる。魔術師らしい復活報告と言えただろう。というわけで、そんな話を混じえながら他の面子の到着を待ち、カイトは最後に訪れたシャーナに頭を下げた。
「シャーナ様」
「カイト……皆も揃っていますね?」
「はい」
シャーナの問いかけに、カイトは全員が揃っていることを確認して一つ頷いた。それを受けて、シャーナも一つ頷いた。
「わかりました……では、行きましょうか」
「はい」
シャーナの言葉を受けて、カイトは立ち上がり改めて移動を開始する。そうして、そんな二人の背に、他の面々も付いて行くことになるのだった。
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