第1995話 新たな旅 ――お説教――
『リーナイト』での一件を終わらせ、改めて『大地の賢人』へと会うべく帝都ラエリアへ戻ってきたカイト。そんな彼はシャリクから改めて発行された許可証を受け取ると、この日の宿となるホテルへと戻る事になる。そうして戻った彼を待っていたのは、ソラと彼がかつてラグナ連邦の一件で懇意にしていたニクラスという警察官だった。
というわけでソラによりニクラスの紹介を受けたわけであるが、そのままはいさよなら、は出来なかった。というわけで何もする事が無かった事もあり、カイトと瞬はソラとニクラスの話の場に同席する事になっていた。
「で、ニクラスさん……どうされたんですか? ラエリアまで……一応、オレの方でソラからの報告書は受けていて、貴方がラグナ連邦の警察だというのは存じ上げています。が、それ故にここに居るのが少し不思議で」
「あはは……だよねー。俺も来る気なかったんだけど、部長に言われてさー」
カイトの疑問に、ニクラスはいつもの呑気な顔で笑う。そもそも彼はブロンザイトの活躍したあの一件で不当な処遇が撤回され首都に戻されていた筈だ。その彼が大陸を越えてここに来ている事は不思議といえば不思議な事だった。とはいえ、話を聞けば別段不思議の無い事だった。
「実はラエリアの警吏隊の方々との間で交流会しててね。それで今回部長に言われて俺らが、ってわけ。本当はもう帰ろうかー、って話をしてる所だったんだけど……『リーナイト』の一件でドタバタしちゃって、飛空艇が出なくてねー。で、呑気に街を歩いてたら、偶然ソラくんと」
「って、わけ」
そもそもの話として、ソラは別にニクラスともエマニュエルとも連絡を取り合っていたわけではない。彼としては一応ラグナ連邦の首都に行く事があれば連絡でも取ってみるか、程度だ。
エマニュエル達にしても復帰直後という事もあり、色々と手配が必要だ。なのでソラも落ち着いた頃にコレットの状況等を含め手紙を出してみるか、としか考えておらず、こちらに来ている事さえ知らなかったのであった。と、そんな彼の言葉にソラがふと気が付いた。
「あれ? 俺ら? ってことは、他の人も来てるんです?」
「あぁ、ごめんごめん。実はやっぱり前に言ってた通りになってねー。部長はラクスに戻った時点で昇格。僕も合わせて昇格。おかげで僕課長でね。部長に至っちゃ、本部長。まぁ、元々の措置に不満持ってた奴ら全員が納得させられるのがこの地位だった、っぽいけどね」
「あ、そうなんっすか。おめでとうございます」
「素直に喜びたくないよ」
ソラの称賛に対して、ニクラスはどこか困ったように笑う。そもそも彼は怠け者。怠けられるのなら怠けたい、というのが本心だ。そして課長という事は即ち、エマニュエルが就いていた地位と同等だ。ということはつまり、彼も今や部下持ちなのであった。
「まぁ、良いか。そういうわけでとりあえず俺が今回こっちで交流会に参加しててね。でも、君も大変だねー。こっちで総会、参加してたんでしょ?」
「あ、いえ。俺は参加してないんっすよ」
ニクラスの問いかけに、ソラは自身が蔵胃炎として来た手合である事を語る。これについては別に隠している事でもない。というわけで、暫く彼との間で話し合いが持たれる事になった。
「で、交流会って具体的には何してたんですか?」
「うーん……具体的には昨今の犯罪事情の意見交換かな……ほら、やっぱり非合法な組織も国を越えて動く事があったり、<<黒き湖の底>>のような超大規模組織にもなると大陸を越えて動く事だってある」
冒険者がそうであるように、裏組織に所属する者や裏ギルドに所属する者であれば大陸を越えて動ける事もある。なので各国の警察機関も国を越えた共同体制を構築しており、これはソラも地球の常識を知っているので不思議はなかった。
「で、そんな時に異大陸で一度やられた手なら、そこの警察機関が情報を持っていたりするからね。定期的にこうやって交流会を開いて、情報共有をしている、ってわけ。今回は丁度<<黒き湖の底>>の崩壊もあったから、僕か部長がぜひに、って頼まれてね。で、部長は手が離せん、って事で僕が」
「はー……って、そういう事は部下の人とか居るんじゃないんっすか?」
「オフ。さっきも言ったけど、本来ならもう出国している時期だからね。ただ帰れないっていうだけで」
「まぁ……現状しょうがないっすか」
ニクラスの言葉に、ソラは仕方がない、と頷いた。やはり『リーナイト』での一件があり、ラエリアとしても一時的に国境の往来を制限していた。それに伴って国境を越える者たちについては全て旅券などを再検査される事になったらしく、ニクラス達もその煽りを受けた、との事であった。
なお、彼らの検査については招かれた側という事もあり早々に行われ、今は他の乗客や積荷の検査を待っている所だそうだ。こればかりは、彼らの都合だけで飛空艇を動かせないのだから仕方がない所だろう。
「そういうこと。後半月ぐらいは、このままこっちで残留かなー」
「な、長いっすね」
「逆に冒険者達が早いだけだよ。俺達が乗る飛空艇は一般の観光客とかも居るからね。そして異大陸になると、一度出られると早々手が付けられないからね。手間取ってるみたい」
まぁ、実際には再検査で手配犯が見付かった――上に今回の一件の裏に<<死魔将>>が居るため、念入りに再調査されている――らしいんだけど。ニクラスは警察官として教えられた少しの裏事情を思い出しつつも、この場では口に出さなかった。というわけで、そんな彼は何時も通りの雰囲気で告げる。
「まー、部長には早く帰ってこい、って言われてるしなるべく早くしてくれー、とは言ってるんだけどね。流石に事情が事情だからそうも言えないかな」
「そりゃ……そうっすね」
なにせ相手は<<死魔将>>だ。まさか紛れ込んでいる事は無いだろうが、荷物になにかを仕込まれている可能性は往々にしてあり得る。そういった再検査も含めれば、一朝一夕に終わる事ではなかった。
特にニクラス達の乗る長距離輸送艇になると道中でなにかが起きれば一巻の終わりだ。積荷の再検査を念入りにしているため、どうしても時間が掛かってしまうのであった。と、いうわけでそんなニクラスの言葉に、ソラがふと思い立った。
「あ、そうだ。なぁ、カイト」
「ん?」
「ニクラスさん達って乗せて帰る事出来ないのか? 俺達、一週間以内にゃ帰るだろ?」
「帰るが……真逆だぞ?」
ラエリアと皇国、ラグナ連邦の地理的な関係を地球に当てはめると、皇国が日本とするのならラエリアはアメリカ。ラグナ連邦はさしずめフランスやイギリスだ。完全に正反対になるのであった。
「一応、皇国からラグナ連邦行きの連絡船あるじゃん」
「まぁ、あるが……多分、こっちで待ってても数日しか変わらんぞ?」
「数日でも変わるじゃん……どっすか?」
「んー……」
ソラの提案に対して、ニクラスは少しだけ考える。別に彼としては待っても良かったが、ボトルネックになっているのはエマニュエルに早く戻れ、と言われている事だ。というより、これの裏に彼は別の意図がある事を察していた。
「……お願い出来る? 多分、部長が早く帰ってこいって言ってるのって更に上から言われてるんだと思うんだよね。下手すると大統領府あたりから言われてるかも」
「こっちの情報が知りたい、って事っすかね」
「多分ね。数日であっても早く帰れるのなら、帰っておいた方が良いと思うんだ」
エマニュエルの性格だ。基本的に事情があって数日遅れるぐらいなら問題視しない。その彼女がその事情を踏まえた上で早く帰ってこい、と言っているという事は、それに優先されるなにかが起きたという事で間違いない。下手に上に睨まれるのは得策ではない、とニクラスは判断したのであった。というわけで、そんな彼は一応の明言を行っておく。
「まぁ、皇国からラグナ連邦までの足はこっちでなんとかするよ。確かまだ出立まで数日あるんだよね?」
「ええ。これから一度『大地の賢人』と呼ばれる精霊に会いに行かれるシャーナ様の同行でそちらに行く必要が」
「ま、また君達は君達でぶっ飛んでるね……とはいえ、それならその間にこっちも準備を整えておくよ。部長にも良いか確認する必要もあるしね」
カイトの返答に、ニクラスは頭を下げて立ち上がる。そうして、彼は急ぎ手配を進めるべく動き出した。それを見送って、カイト達もまた明日に備える事にするのだった。
ニクラスとの再会から明けて翌日。カイトは朝一番の朝食前に受けた連絡により、予定より少し早めにシャーナの所にやって来ていた。が、そんな彼は珍しくシャーナの所に行くではなく、いの一番に飛空艇内部にある医務室にやってきていた。
「……」
「……」
ヤバい。完全に怒ってる。無言で椅子に腰掛けじっとこちらを見つめるカイトに、灯里は顔を僅かに青ざめる。先にカイト自身も言っていたが、灯里はカイトの事を誰よりも理解している。
それ故にこそ、彼女は自身の理論武装を全て無効化されるだろう事も悟っていたのであった。というわけで、彼女は長い付き合いから早々に最善の一手を繰り出す事にした。
「……ごめん」
「はぁ……よろしい。てーか、普通は逆だろうが」
「そうだけどさー」
本来、教師とは無茶や無謀を行う教え子を諌め、導く者だろう。が、今回は無茶をした灯里にカイトが説教をしていた。逆という彼の指摘が正しかった。
「はぁ……あまり無茶はしないでくれよ。あんたになにかがあったら、こっちが困るんだ」
「わかってる。だから一応幾つかの対応策は打っていたんだけどねー。見通しが甘かったわ」
「そういう事だ。確かに灯里さんは才女だろうさ。それはオレが太鼓判を押す」
「さ、流石に面と向かって言われるとハズいわ……」
カイトの称賛とも取れる言葉に、灯里は思わず恥ずかしげに視線を逸らす。とはいえ、これはカイトは正当な評価と考えており、特段不思議には思っていない。というわけで、視線を逸した彼女の頬を掴み、改めて自身を向かせる。
「それはどうでも良い……あんたが優れてるのはあくまでも物理学と錬金術だ。それ以外については優れていても、人より少しだけ優れているだけに過ぎない。あんたがやった事は本来は年単位で修行した魔術師がやって初めてやれる事だ。あんたがやって良い事じゃない」
「……」
やっぱり怒ってるな。灯里は珍しく真剣な顔を見せるカイトに、どこか嬉しくも思いながら申し訳なくも思う。そんな彼が、更に続けた。
「無茶をするのは、別に構わん。が、一言声を掛けろ。あの場合、まだ別に良い手があった。素人が素人考えで手を出したら、今回みたいな事になる。というより、今回だって本来なら後遺症も残りかねなかった。ただオレ達が居た、という一つだけが幸運だっただけだ。わかったな?」
「はーい」
「はい、よろしい」
どれだけ子供っぽく見えようと、灯里も良い大人なのだ。そして子供っぽい行動の裏には種々の大人びた言動が見え隠れしている。というより、子供っぽい言動はカイトやその家族の前だけだ。
そして無茶をするのもまた、彼らの為だけだった。それを、カイトも良く理解していた。だからこそ、この程度で留めておく事にした。というわけで、彼も一転気を取り直して、何時もの顔を見せる。
「というか、本気であんま無茶はしてくれるなよ。なにかあったらどうするんだ」
「カイトに責任取ってもらうー」
「あのな……」
そう言ったのはカイト自身であるし、その覚悟もある。が、同時にそれは彼の本心であり、語らない本心でもあった。というわけで、今はまたそんな事を口にした事を忘れたかのように――実際忘れていたが――肩を落とす。
「えー。部下の無茶はリーダーが責任取るべきでしょ?」
「教師の無茶の責任を生徒に取らそうとすんな」
「にゃはははは」
何時もと言えば何時もの掛け合いに、灯里が楽しげに笑う。それにカイトは彼女が本調子に戻っている事を確認し、暫くは彼女と馬鹿な話をしながら他の面子が来るのを待つ事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




