第1992話 新たな旅へ ――心の在り処――
<<七つの大罪>>の対策を話し合うべく集まったカイトやバルフレアを筆頭にしたユニオンの幹部達。そんな彼らは結論として、<<七つの大罪>>の対策としては今まで通り活動する事で決定する。成長する以上、どこかで必ず見付けられるからだ。というわけで、対策会議の後。カイトは改めて野営地に戻っていた。
「ふぅ……ソラ。現状は?」
「お? ああ、カイト。戻ったのか。終わったのか?」
「ああ。ま、結局今まで通り活動していきましょう、で終わりだ」
「良いのかよ、それで」
「それしかないんだから、しゃーない」
ソラの苦言にも似た言葉に、カイトは盛大にため息を吐いて首を振る。実際、<<七つの大罪>>に対して最も良い対策は、というとお祈りしかない。出現の予兆という物が無いに等しい以上、出ないようにお願いします、と祈るしかないのだ。
「第一、奴ら魔物だぞ。進化してそこにたどり着かれりゃ、そもそもそこまでに始末付けられんかった文明の負け。やるだけやったんだから諦めもつく。よしんば今回のように唐突に現われりゃもう運が悪かった、と言うしかない。奴らは天災と一緒だ」
「はー……まぁ、俺ははっきりと戦ったわけじゃないからなんにも言えねぇけどさ。あ、で、こっち。とりあえず引き継ぎは終わった」
「そうか。何か問題は?」
「いや、特には」
カイトの確認に対して、ソラは一つ首を振る。問題が無いか、と言われれば問題しか無いに等しいが、同時に引き継ぎと今後について問題があるか、と言われれば問題は無い。というわけで、ソラは一転ため息を吐いた。
「にしても……今回本当にボッコボコにしてやられたんだな」
「まぁな。流石に今回ばかりはオレも想定外だった……潰した筈だったんだがなぁ……まぁ、『暴食の罪』だけはしゃーない、と考えるべきなのかもしれないが……」
まさか<<七つの大罪>>を持ってくるとは。カイトは道化師達の戦略に苦いものがこみ上げる。今回、厄災種を筆頭に切り札に等しい物を幾つも持っているとは思っていたが、まさかこんなものまで持ってくるとは想定外だった。
「結局、あれはなんだったんだ? 俺、とりあえずユニオンの緊急事態の連絡が入って速攻出て来ただけだし……」
「この世界で最もヤバい魔物の一体。厄災種の上位種……の残滓だ」
「あれも厄災種かよ……」
そりゃ、全世界中から戦士が集められた挙げ句、どの国も禁忌に等しい『転移門』開封を決めるわな。ソラは世界各国の心胆を理解して、盛大にため息を吐いた。
この短期間に二体も厄災種を出されたのだ。しかも今回は無数の<<守護者>>が出て来るというおまけ付きだ。どの国もかつての悪夢を思い出し、そしてかつて以上の悪夢の訪れを危惧した。それこそ禁忌を解く決断をするほどだ、とソラは理解出来た。
「ああ……まぁ、倒した相手について考えるのはやめとけ。つーかぶっちゃけ、もうあいつの事は忘れたい」
「あ、あははは……ま、まぁ、それはそれとして。基本こっちは問題ない。入れ替わりの人員も今見繕ってる所。多分、明日の朝にはトリンから修正入ったプランが来ると思う」
「そうか。そっちについてはお前に任せる。こっちはこれからシャリク陛下との会談だ」
「おう。こっちは引き続き任せてくれ」
当然であるが、これだけの事態だ。世界中の国々や組織が早急に対策を話し合おう、と意見を一致させており、今まで動きが鈍かったウルシアの国々も本格的に動き出したとの事であった。
というわけで、ソラに引き続き自身の不在の間の統率を任せると、カイトは今度は付近に滞在するシャーナの旗艦へと乗り込んだ。そうして彼はまずシャーナへと挨拶へと向かう事にする。
「シャーナ様」
「カイト……お疲れ様です」
「ありがとうございます……貴方の方は?」
「私は問題無く。今回はあくまで兄上の依頼で現場の確認兼慰問にやって来ているだけに等しいですので……」
カイトの問いかけに、シャーナは特に問題無い事を明言する。基本的に彼女はカイトの婚約者の立場が確定しているのでラエリアの公務からは離れなければならない立場なのであるが、それはあくまでも内々の事だ。なのでこういった慰問などについては引き受ける事が出来た。
それにここに彼女の旗艦があれば、カイトが密かにシャリクと話す為に使える。カイトがシャーナの所にやって来ても、誰も不思議に思わないからだ。どちらにとっても色々と都合が良かった。というわけで、カイトは少しの間彼女との雑談に興ずる。
「そうですか……申し訳ありません、あの人が……ホタルもそうですが、こちらで養生させて頂いて……」
「いえ……ホタルはもちろんの事、あの方には私も良くして頂いております。何より、今回の戦いにおいて二人の活躍は称賛に値するものでしょう」
ひとまず聞いていたのは、灯里の容態だ。これについてはやはりユリィの報告通り、芳しくなかった。不相応な魔術の行使というのはそれ相応の代償を求められる。
今回の場合は脳へのダメージで、後遺症こそ残らないとのリーシャの診断であったが、しばらくは破損した脳の部位を再生する為に眠ったままになるそうだった。そしてそういう事なので安易に動かさない方が良いだろう、というリーシャの助言もありシャーナの旗艦に寝かされる事になったのである。
なおホタルは言うまでもなく旗艦の操艦が出来るし、メンテナンスカプセルに入っていれば基本は問題無い。こちらについてはすでにティナが動いてマクスウェルに帰還した頃には修理部品などを用意出来るように手配している、との事なのでこのままで良いだろう、との事であった。
「ありがとうございます」
「はい……あ、そうだ。カイト。一つ良いですか?」
「? なんでしょう」
幸い、少し早めにこちらには来ていて時間はある。なのでシャーナの問いかけに答えるだけの時間は十分にあった。というわけで彼女の問いかけにカイトは小首を傾げ、先を促した。
「貴方にとって、灯里はどのような方なのですか? 思えば、姉のような者とは伺いましたが、それだけです」
「どのような、ですか……ふむ。難しい質問です」
改めて問われてみて、カイトは少しだけ困ったように笑う。どのような相手か。そう問われた場合、答えは一つしかない。
「家族……でしょうか。間違いなく彼女は家族です。それ以上でもそれ以下でもない。ただ……なんでしょうね。複雑な感じ、と言えば複雑な感じです」
「複雑……ですか」
「ええ……そうですね……どう言えば良いのか……」
ここで一般的な家庭で生まれ育った者であれば普通の喩えが出来るわけであるが、シャーナは生まれも育ちも普通とは言い難い。というわけで、カイトは一つの答えを出した。
「……シャーナ様にとってのハンナ殿、という所でしょうか。姉の様でもあり、庇護してくれる者の様でもあった」
「ハンナの……」
おそらくこれは自身にわかりやすいように言ってくれているだけで、正確にそうではないのだろうが。シャーナはそう理解しつつも、カイトにとって灯里がそのような立場の相手なのだと理解する。
「ええ……ただ、あの人が何を考えているのかは、私にはわかりません」
「誰よりも近いのに、ですか?」
「近いからこそ、です。近すぎて、わからない……いえ、わからせてくれない。困ったものです。近すぎて、あの人は私に対して心の隠し方を本能的に理解してしまっているんです」
本当に心底困ったように、カイトは笑う。灯里はおそらくカイトの誰よりもの理解者と言って良いだろう。それ故に彼に対してどうやれば自身の心を悟られないように出来るのか、と理解してしまっているのだ。そしてある理由から自身を恥じているが故に、灯里は自身の心をひた隠しにしている。結果、ダラダラと今の関係を続けているのであった。
「そうですか……ありがとうございます」
「いえ……お役に立てれば幸いです」
当然であるが、マクダウェル家に輿入れする以上シャーナにとっても灯里は縁が切れない相手だ。故に彼女の事をカイトがどう思っているのか、という事は今後の立ち回りに重要なウェイトを占めると言って良いだろう。
カイトとしてはこの問いかけはそういう向きがあるのだろう、と思っており、その裏に潜むシャーナの意図を察せられなかった。というわけで、時間が来た事もありカイトが立ち上がる。
「おっと……では、お兄君との時間が迫っておりますので私は一旦はこれで」
「はい……あ、カイト」
立ち上がり背を向けそうになったカイトへと、シャーナがふと声を掛ける。それに、カイトは一度立ち止まった。
「どうされました?」
「……貴方は先に灯里がハンナのようなものだ、と述べておりましたね」
「はい」
「ですが私とハンナとは違い、貴方は男性で灯里は女性です」
「そうですね」
ここまでは単なる確認に過ぎない。なのでカイトもその問いかけに只々頷くだけだ。そんな彼に、シャーナはあくまでも仮定として問いかける。
「貴方と灯里が婚姻する事はあり得るのですか?」
「は……」
それは考えた事無かったぞ。シャーナの問いかけに、カイトは思わず唖然となる。が、彼はこの問いかけに馬鹿げた話、と切り捨てるではなく真剣に考える。シャーナはこういった話題において与太話と流すべき相手ではなかったからだ。
「んー……んー……むー……」
非常に珍しい事ではあるが、シャーナの問いかけに対してカイトは心底悩む。自分と灯里が結婚する。正真正銘今まで一度も考えた事が無い事ではあった。というわけで、彼は時間の許す限り本気で悩んで、思わず笑って答えた。
「……どうなんでしょ? すいません。わかりません」
「はい?」
「いえ……本気で考えてみたのですが……困った事にその可能性もあり得るんです。いえ、勿論ですが、その可能性なら何でもありだろう、という可能性ではなく」
どうやらカイトにとって、この質問の答えは本当に笑うしかない物らしい。シャーナに対して彼は心底呆れた様にも見える笑いを浮かべながら、困ったように告げていた。
「まぁ……嘘の通用しないシャーナ様ですので嘘偽りなく明かしますが、彼女を一人の女性として見ているのは紛うこと無く事実です。灯里さんは間違いなく、良い女性です。それは誰よりも近くに居るオレが断言します」
「は、はぁ……それなら何故わからない、と?」
「いえ……それが、その……その答えだけはあるのですが、そうなる道筋が見えないのです。求められれば、多分応じます。正直、彼女を誰かに奪われるのは嫉妬します。これが姉に対する嫉妬なのか、それとも自分の女と思っているが故かは今はわかりません。が、奪われないで良いのなら、自分の物にします」
あぁ、なるほど。これは確かに近すぎて、そして灯里の洞察力が高すぎてカイトが灯里の恋心を察せられていないわけだ。シャーナはカイトの返答にそう判断する。
が、今はこれで良いと彼女は思う。これ以上は灯里が判断するべき事だし、シャーナには何故彼女が本心を隠そうとしているかわからない。そうである以上、そして隠したい事である以上、これ以上は踏み込むべきではなかった。
「……わかりました。ありがとうございます。とりあえず、あり得る事はあり得る、と」
「そうですね。そう捉えて頂いて構いません……私はこれでも、独占欲の強い男ですので。掌中の玉は守り抜きますし、多くを守る為に手を大きくした。彼女を受け入れられるだけの度量と土台は持っていますから」
「そうでしたね」
カイトは勇者カイトであり、同時に世界最大の貴族の一つであるマクダウェル公カイトでもある。何人妻を娶ろうと許される立場だし、それどころか望まれる立場でさえある。問題は無いだろう。というわけで、シャーナは灯里の本心を明かす事なく、カイトもシャーナの本心と灯里の本心に気付く事なく、話し合いは終わりとなるのだった。
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