第1991話 幕間 ――道化師の哀愁―
カイト達が『暴食の罪』の討伐を終わらせ、復興への道のりを歩き始めたその頃。道化師はというと、数日に渡って幾つかの手配を行い研究所に帰還していた。
「よぉ、道化師さん。終わりかい?」
「おや……久秀さん。ええ、全部終わりです」
「そうかい……誰か、生き残ったか?」
「お二人共、と言いたい所ではありますが……お父君の方は半死半生、意地で生きているという所でしょう」
「あはははは。御大将に手ひどくやられたか」
意地で生きている、という事は逆説的に言えば死んでいても可怪しくない怪我を負った、というわけだ。本当に生きているのが不思議なぐらい、という所なのだろう。というわけで笑う久秀であったが、どこかさみしげであった。
「にしても、これで遂に七人衆からも離脱者か。ま、息子の方は生きるとは思ったがね」
「ええ。彼の方は私としても生きて下るでしょう、と判断しておりましたので……」
どうやら久秀も道化師も共に宗則は生存で一致して、そこから先の戦略を立てていたらしい。なのでこの結末についてはどこか満足げに笑っていた。
「で、道化師さん。こっからどうするんだい?」
「何も変わりませんよ。貴方達には今後も今まで通り動いて頂くだけです」
「ま、そりゃ良いがね。で、次はどこに?」
「それは今しばらくお待ちを。今回の結果を基にして、次の行動を考えますので」
「あいよ。ま、また呼んでくれ」
「はい」
久秀の言葉に、道化師は一つ頷いて研究所の奥へと歩いていく。そうして自室に戻った彼は一つ疲れたようにため息を吐いた。
「はぁ……全く。あそこまでとは思っていませんでしたよ。貴方も、ありがとうございました」
「……」
道化師の言葉に剣士がぬるりと現れる。今回の一件は彼らにとってとても重要な物だった。なので<<死魔将>>の二人が動いており、エネフィアが間違っても滅びないように彼らも戦っていたのであった。
「久方ぶりに手応えのある魔物と戦えた。満足ではあるが……」
「ええ。あはははは……はぁ。巫山戯るなよ。あれで全盛期の半分以下だと……あんなのが出てくれば戦略も戦術も一切意味をなさん。こちらは廃業だ」
「……あれは別枠と考えておけ。お前は何時も真面目過ぎるきらいがある」
「はぁ……」
道化師は仲間内という事で演技を一切取り払い、盛大にため息を吐いて椅子に深く腰掛ける。とはいえ、その結果としては十分な物があった。
「とはいえ……これでなんとか、だ。真紅の英雄王レックス。あの化け物との出会いのおかげで覚醒段階が一気に跳ね上がった」
ぱさり。道化師は異空間の中に収納していた報告書の一通を剣士へと投げ渡す。
「あの交戦中の間の研究所からの報告書だ。やはり対となる英雄との会合は『勇者カイト』にとっても目覚めを促すものだったようだな」
「……ふむ。覚醒率は一週間前の倍か」
「ああ。魂が活性化した事により、肉体もまた賦活したようだ。遂に心臓が動いたそうだ……物理的な心臓、だがな」
「……バレていないか?」
「問題はない。話のわかる奴にはきちんと話を通しているし、逆に話もわからん奴には単なる実験体としてしかわからないように細工してある」
一応の確認と言った具合の剣士に、道化師はため息を吐いた。そんな彼に剣士は楽しげに笑う。
「そうか……にしても、どう思うのだろうな。自身のもう一つの肉体をこちらが復元してやっている、と知れば」
「上等だ、後悔しやがれ、と言うだろう。あの勇者殿ならな」
「か……」
くくくくく、と楽しげに剣士が笑う。前にカイトにははぐらかしたわけであるが、実際の所は彼らが裏から操って堕龍の肉体を隠していた。というより、カイトに写真をもたらした彼らが在り処を知っていないわけがない。
「とはいえ……気を付けねばならんぞ」
「わかっている。勇者カイトの目覚めは英雄レックスの目覚めも促す。逆もまた然りであるように。そしてそれがトリガーとなり、他の者達の目覚めも促す事になるだろう」
「特に、勇者殿の弟には気をつける必要がある」
「そのために、彼女に動いてもらっている。直接ではなく姉の方に、だがな。弟の方に直接関わるのは避けるべきだ」
道化師はカイトの弟、海瑠の魔眼を思い出し、苦い顔を浮かべる。あの魔眼は最高位の魔眼だ。完全に覚醒し海瑠が使いこなせれば、彼らとも真正面から戦える。それは彼らの計画にとって不確定要素になりかねなかった。
「そうか……ここから、どうする?」
「『塔』の建造はまだ半ばだ。ひとまずそちらに注力しながら、陛下を何とかする」
「陛下……陛下といえばあちらは?」
「ああ、それか」
やれやれ、という具合で道化師は剣士の問いかけに資料を探す。そうして数分。また別の研究所から送られてきた報告書を手にとった。
「これだ……なんとか、先月になりまともに動けるようになったそうだ」
「そうか……まぁ、良い灸にはなったか」
「反動で好き勝手してくれなければどうでも良い」
苦い顔の道化師は、詳細は自分で読んでくれ、とばかりに剣士へと報告書を投げ渡す。
「土台無理な話ではあった。他者の肉体に憑依しようなぞとな」
「そうしなければ死んでいた……意地汚くも生きようという姿勢は、評価に値する」
「それについては、同意しよう。あのしぶとさだけは評価に値する」
剣士の評価に対して、道化師もまた素直な称賛を口にする。とはいえ、彼は一転してため息を吐いた。
「はぁ……しぶとさは評価に値するが。やはり他者の肉体に憑依する禁呪は嫌なものだ。まぁ、これが最後になりそうなので、もう意味のない事だろうが」
「ユナルという男を勧めたのはこちらだろう。今更、なにか思う事でもあるのか?」
「まぁ……な」
ユナル。言うまでもなくそれは教皇ユナルなのだろう。それを鑑みるに、やはり教皇ユナルには何者かが憑依している様子だった。とはいえ、それをカイト達に悟らせないようにした結果、教皇ユナル――正確には彼に憑依した何者か――はしばらく動けないようになってしまっていたらしい。
「とはいえ……陛下が役に立つのも事実だ。何より、でもある」
「そこに意味は無いが……まぁ、役に立つのは娘の方だ。ユナルという男自身に意味はない。あの男が選ばれたのは、娘が居たからだ。娘の方にはなんとかして裏切って……いや、『真実』を語って貰わねばならん」
楽しげに、どこか悪辣な様子で道化師は笑う。それは軍師特有の笑みである所を見ると、素でも演技でもどちらでも軍師という立場に彼はあるのだろう。そんな何時もの彼の表情に、剣士は僅かな安堵を浮かべた。
「……そうか」
「……お前は何時も分かりにくい」
「……すまん」
「……いや、気を遣ってくれて感謝する」
どうやら疲れている――そもそも彼は軍師なので戦闘は専門ではない――様子の自分を見て、柄にもない気を回してくれていたらしい。剣士の様子から道化師はそれを察したようだ。故に彼は友へと一つ頭を下げて、少しだけ気を取り直す。
「まぁ、そこらは俺が考える。お前らは俺の指示に従って動いてくれればそれで良い」
「もとより、そうだろう」
「ああ……今までの数千年そうだったし、これからも」
「ああ」
いつもの調子を取り戻してきた道化師に、剣士は何時も通り物静かに頷いた。とはいえ、ついでなので彼はこのまま幾つかの確認事項について聞いておく事にする。
「そういえば……蒼の少女については?」
「蒼の少女? ああ、テニアか」
「紛らわしい言い方だったか」
「良いさ……彼女なら、監視下に置いている。監視が居るだろう事は向こうも察しているだろうが……資料を奪われたままではあちらに接触出来んからな……いや、接触したくない、のだろうが」
テニアの事を思い出し、道化師は僅かに苦笑する。とはいえ、それを彼は蔑んだりする事はなく、それどころかどこか哀れみさえ覗かせていた。そしてそれは同じく、剣士もまただった
「……どうするのだ?」
「……彼女については、手は出さん。遠ざけるだけだ。自分勝手だとは思うが」
「……お前らしく、良いと思う」
「うるさい」
どこか恥ずかしげに、そして拗ねるように道化師はそっぽを向く。が、そんな彼の顔が僅かに赤らんでいたのは、見間違いではないだろう。そんな彼に、剣士が朗らかに笑って告げる。
「情を捨てるための道化師の面だろう? それを脱いでいる間ぐらいは、かつてに戻っても良い」
「……」
自身も仮面を脱いだ剣士の言葉に、道化師は今の自身の象徴となる半分だけの道化師の仮面を見る。四人が被るこの仮面の一つ一つに、各々が各々の想いを込めた。無論、道化師のこの仮面が半分だけなのにもきちんとした意味があった。
「……かつて、か。今と昔、何が違う?」
「……ふむ」
どこか苦笑の混じる道化師の問いかけに、剣士は僅かに考える。哲学的、と言えば哲学的な問題だ。が、彼はしばらくして考えることを放棄した。
「わからん。こういう事は昔から得意ではない」
「そういう所が、お前らしいよ。何が変わったのか。俺にもわからん。昔も今も、俺はずっと陛下と共に歩いている。お前も、あいつもそして彼女もまた。何も変わらない」
道化師が思い出すのは、数千年前。今の四人が集った日の事だ。あの日の事は今でも鮮明に思い出せる。そしてそこには、彼ら四人以外にも何人もの人が一緒だった。
「が……思えば随分と変わった。何人もの仲間が去っていった。最初の頃を知り残るのは俺達四人だけだ」
「……仕方がない。長い旅だった」
「長い旅、か……勇者カイトの旅よりは、短いがな」
正真正銘悠久の時にも等しい時間を歩いたカイトよりも遥かに短く、しかし人の一生どころか文明の歴史にも匹敵するほどの旅路。それが、彼らの横を駆け抜ける。
「たった一つの陛下のワガママ……そこから始まった旅路だが、よくもまぁ、ここまで延々と続けたものだ」
「まさかここまで時間が掛かるとは思わなかったがな」
「仕方がない。世界の深淵に触れねばならなかった。それだけで一千年掛かった……まぁ、その間に幾つかの予測出来なかった事態はあったが」
「確かにな」
道化師の言葉に剣士もまた深くため息を吐いた。この内幾つかは彼らをして大いに焦るものであったが、その結果については彼らをして呆れ返るとしか言いようがなかった。
「特にあの方は本当にめげん。あの状況下に置かれて平然と問題ないな、逆に有り難い、だと? あの人は本当に化け物か。『狭間の魔物』が遊び相手にしかならんのか」
「そうでなければ今の状態の勇者カイトでは相手にならん、なぞ言えん。無論、勇者カイトでも本来であれば遊び相手にしかならんのだろうが」
「はぁ……あの方の場合、肉体が万全なおかげで制限が無いからな……」
これが本当なのだから、頭が痛い。道化師は自身が仕える相手の事を思い出し、盛大にため息を吐いて頭を抱える。そんな彼は、一転首を振る。
「はぁ……いや、もう良いか。そういえば」
「ん?」
「お前、柳生の親子に正体は教えていないな?」
「無論だ。常に仮面は被っていたし、来歴については一切問われていない。二人共、興味も無かった様子だ」
道化師の問いかけに、剣士は一つ頷いた。
「そうか……なら、良い」
「そうだ……あの梟雄を何時まで泳がせておく?」
「裏切るまで、だ」
楽しげに、道化師は剣士の問いかけに答える。そうしてそんな彼は仮面を手に立ち上がった。
「また出る。気分転換出来たおかげで、考えが纏まった。お前も何時も通り頼む」
「ああ」
「良し……では、ありがとうございました。行ってきますね」
「……そうか……」
道化師は自身の象徴となる仮面を被ると、何時もの人を食ったような道化師の顔で剣士へと笑い掛ける。演技に入った、という事なのだろう。そうして、彼はまた世界の裏へと消えていく事になるのだった。
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