第1990話 新たな旅へ ――推測と対策――
『暴食の罪』に破壊され尽くした『リーナイト』の復興の傍らで行われたユニオンの幹部達による会議。それはユニオンの今後を話し合うものだったが、やはり参加者が参加者なので基本はのんきと言うか、どこか本気なのかどうなのか良くわからない状況だった。と、言うわけでそんな中でバルフレアがとりあえず、という塩梅で口を開く。
「カイト……改めて、教えてくれ。『暴食の罪』と同格の奴は後何体居る?」
「五体。『嫉妬の罪』『憤怒の罪』『淫蕩の罪』『怠惰の罪』『強欲の罪』……この五体だ」
「む? 先にお主、『傲慢の罪』なる者もおると言うておらんかったか?」
「ああ、『傲慢の罪』は復活の見込みが無いからな。あれだけは何があっても復活はしない」
なにせ自分だからな。カイトはティナの問いかけに、僅かに苦笑するように笑う。なにせあれはカイト自身。彼が正気である間は、何があっても復活しない。そして正気を失っても支えてくれる者たちが居るのだ。もう戻る事は無かった。
「ふむ……参考までに。その『傲慢の罪』はどのような魔物じゃ?」
「んー……残る六体と比較して戦闘力が最強。ぶっちゃけ、『暴食の罪』みたいな特殊能力が高い奴らならワンパン可能な化け物」
「「「……」」」
それ、現れたらエネフィアは本当に終わりだな。全員がカイトの言葉にそう思う。が、先に言った通り、あれはもう復活しないのだ。なのでカイトからすれば気にする必要も無い事だった。そんな彼に、クオンがおずおずと問いかける。
「……復活、しないのよね?」
「ああ。さっきも言ったが、奴だけは復活しない。これは確定だ」
「……良し。考えない事にしよう」
カイトの返答に、バルフレアは考えるだけ無駄と割り切ったらしい。無かった事にしておく事にした。そうして、カイトに改めて概要を問いかける。
「その『傲慢の罪』と『暴食の罪』以外の奴の特徴は?」
「ん? そうだな……『強欲の罪』は簒奪者。単独の魔物。受けた技、技術などを完全にコピーしトレースする」
「……聞くだけだと、弱く聞こえるな」
「聞くだけならな。というか、ぶっちゃけると<<七つの大罪>>はどれもこれも成長しなければ雑魚なんだよ。成長しなければ。だから初手をミスらず適切に対処しておけば、今回みたいな絶望的な状況にはならん。あいつだってあそこまで巨大化してなければ、一撃で片付けられた」
「まぁ……」
確かに、それはそうなんだが。『暴食の罪』の事を思い出し、全員が苦い顔を浮かべる。確かに『暴食の罪』を最初の内に対処できていれば、ここまで甚大な被害を被る事はなかった。が、彼らの所に報告が来た時点で、もうどうしようもない段階だった。無論、それを狙っての行動なので当然ではある。というわけで、ティナはこの言葉に対して最も重要な事を問いかける。
「で、カイト。一つ聞くがのう……お主、成長しておらん姿を知っておるのか?」
「ぶっちゃけ知らん。オレが戦ったのは全部成長し終えた後の姿だ。完成体を知ってて厄介さも知っているが、幼体だけは知らんのよ。まぁ、おそらく進化していく事で変態や変貌しているから、だとは思うが……」
「どうしようもないではないか、それでは」
「そうなんよ。どうしようもないんよ」
うだー、とカイトは椅子の背もたれにもたれ掛かる。どうしようもない。これが全ての答えだった。出たら終わりなのに、出現を阻止する方法が無いのだ。というわけで、現実を誰よりも知る彼は呆れ半分に笑う。
「ぶっちゃければ、奴らは出た時点で基本終わりといえば終わりなんだよな。見付けようがない」
どうしようもない。そう明言したカイトであるが、その後一転して笑って首を振る。
「ま、それでも問題はない」
「何故じゃ?」
「言ったろ? 奴らは成長した結果、あそこまで厄介な化け物になる、って。逆に言えば成長の途中で潰せば問題無い」
「それが出来ぬから、問題なんじゃろう」
カイトの言葉に、ティナは改めて問題点を指摘する。これが出来ない、というのはカイトも認めている事だ。が、これには逆にカイトが笑った。
「それでも、問題は無い。なにせ基本、あそこまで成長はしないからな」
「む? 何故じゃ」
「ある程度成長すれば、厄災種に分類されるだろ? で、厄災種になった時点で、人類が総力を挙げて戦いを挑む。そこで普通は倒される。実際、オレが居なくてもエネフィアはこうしてここまで続いている。国が幾つか滅ぶ程度で、なんとか厄災種は倒せるんだ」
「「「……あ」」」
言われてみれば、その通りである。カイトは先にこう言った。最初の段階で正しい対処ができていれば、本来はあそこまで苦戦するような魔物ではない、と。
まぁ、今回の場合は完全に成長しきった『暴食の罪』の残骸を賦活させた事で尋常ではない再生力を保有した状態で現れてしまったが、本来はその再生力とてどこかの段階で手に入れた物の可能性が高い。あれさえ無ければ、ここまで苦戦なぞしないのだ。
「厄災種になった時点で倒されるのなら、<<七つの大罪>>は現れない。厄災種より更に成長した結果、<<七つの大罪>>になるというだけだ」
「なるほどのう……確かに、道理やもしれん。が、それなら何故あのような化け物が生まれ得たとお主は思う?」
「興味深い質問だ」
ティナの問いかけに、カイトは楽しげに頷いた。現状、<<七つの大罪>>の情報をしるのはカイトただ一人だ。そして彼もまた、自身が苦しんだ相手の事については幾つかの考察を行っていた。
「可能性としては、幾つかある。まず可能性論として、例えばの話だが人の住めない星に魔物が生まれ、そいつが成長に成長を重ねた可能性」
「むぅ……それはあり得るが、同時にあり得るとも思い難いのう」
「まぁな。星の浄化作用がある事を鑑みれば、これは確かにオレも考えにくいと思っている。が、同時に起こり得ないわけではない、とも思う」
「それについては余も否定はせぬよ」
カイトの答えに対して、ティナは一つ頷いた。あくまでも可能性という話であれば、たしかに起こり得ないわけではない。天文学を地球で学んだ彼女にとって、星と一言に言っても様々な大きさがある事は自明の理だ。故にこれが起こり得ると認められた。
「さっきも言ったが、オレが長い旅の中であの領域の化け物と出会ったのは<<七つの大罪>>だけだ。何年、というのははっきりとはオレも覚えていないのではっきりとは言えないが、少なくとも数千年という単位を超えた時間を経ていた事だけは明言しておこう」
「嫌に時間だけははぐらかすのう」
「思い出したくねぇんだよ、あの頃の事だけは」
ティナの指摘に対して、カイトは心底嫌そうな顔で答える。実際、彼も何年経過したか、というのは覚えていないし何よりあまりに長すぎると今度はそこで色々と疑問が出かねない。数千年以上、とだけ告げておくのが吉だった。
「ま、それは兎も角……そんなウン万年の月日でたった七体だ。起こり得ても不思議じゃない」
「ふむ……確かにのう。天文学的確率にはなるが、ゼロではない以上は起こり得るじゃろ」
実際問題として数万年かつこの広大な宇宙に一度限り。ティナはそれを考え、正しく天文学的確率であれば起こり得ると考える。そうして、彼女は重ねて問いかける。
「では、他も似たような形か?」
「いや……例えばさっきも言った『強欲の罪』。これは逆に文明が無ければ生まれ得ない。技術などをトレースするからな。逆に言えば技術が無い奴なぞ雑魚と変わらん。サイズも人型程度だから、到底負ける要因なぞ無い。無論、技を受け止めるため、肉体は並外れて頑強だったが」
「なんでそんな輩がそこまで放置されたんじゃ」
単に頑強なだけの魔物。最初の時点がそうだったのだ、とティナには想像に難くない事だった。それ故の彼女の困惑気味な疑問に、カイトは盛大に呆れながら首を振る。
「そこは知らん。まぁ、オレの考えじゃどこかのバカが面白半分に技術を与えて、自滅パターンだと思うがな。実際、地球の現代兵器にも似た武器を使って攻撃された事もある」
「なるほどのう……まぁ、たしかに他者の技や魔術を模倣する魔物は存在しておる。これについては、その亜種と考えればさほど道理は損なわぬか」
おそらく元々はランクS相当かそこらの魔物だったのだろうが、それに何者かか如何なる組織かが技を与えた結果、自分達で制御出来なくなった。これはエネフィア――特にラエリア――も似た様な自滅を経験しているからこそ、誰もがすんなり受け入れる事が出来たようだ。
「もちろん、こっちが大半ってわけでもない。『淫蕩の罪』は逆に順当に生存競争に勝った魔物の可能性が高い」
「そやつは?」
「『淫蕩の罪』は他者に自身の肉腫を植え付け、自身の手駒にしてしまう魔物だ。他にも取り込んで、という事もしていたな。ある種の文明を構築していた」
「『暴食の罪』に似ておるのう」
「まぁ、性質として似てはいるな……単に取り込むだけの『暴食の罪』とは違い、あちらの支配は完璧だ。その支配下に取り込まれたが最後、抵抗は一切許さん」
ティナの言葉を認めながら、カイトはその違いを明言する。そしてそれ故、カイトはこの魔物を『淫蕩の罪』と名付けたらしい。自身の虜にして一切の抵抗を許さず、という様子に見えたからだ。
「奴の組織的な行動は本当に厄介でな。幾つもの星を支配する大軍隊と戦うようなもんだ……ま、これだけ言えば話し合いとかでなんとかなりそー、とか思えるが……実際にゃそんな良いもんじゃないがな」
苦々しげに、カイトはかつて見た光景を思い出す。そんな彼に、ソレイユが問いかけた。
「どんなのだったの?」
「うん? まぁ、そうだなぁ……生身で宇宙を移動する歪な生命体が闊歩する空間か。オレが聞いたのも、そんな奴らと戦争をやっている、という話だ。その時点ですでに百年近く戦争してたらしいな。オレも見たが……完全にイッた顔でこっちに攻撃してくるんだ。しかも脳みそになんか変なの張り付いてる奴。こう、ぴょこっと。なにかに寄生されてるみたいな感じ」
「うわぁ……」
絶対にそんな光景見たくない。ソレイユはカイトの言葉にそう思う。実際、カイトとしても二度と戦いたくない理由の一つは、そのあまりに異様な光景を見たくない、という事もあった。なまじ原型を留めているがゆえに、精神がすり減るからだ。
「こいつは最終的にオレやらなんやらで奴らの母星に突撃。衛星軌道上から惑星破壊の魔術を展開して、ようやく片付けた。もう二度とやらんぞ、あんな作戦……」
どうやら『淫蕩の罪』討伐戦についてはカイトとしてもあまり思い出したくない作戦だったらしい。『暴食の罪』との戦いを語る時には無かった嫌悪感があった。と、そんな彼は一転して気を取り直した。
「ま、そんなこんなで何かしらの人為的な影響が見受けられるような奴が居たり、逆に人為的な影響が無いからこそ生まれたのだろう魔物も居る。前者は馬鹿をやらなければ問題無いし、後者はもうどうしようもないな。文明の影響圏の外で生まれ、なおかつ<<守護者>>が対処してくれない、という最悪の事態にならない事を祈るだけだ」
結局の所、今まで通り魔物を見つければ倒せば良いだけ。カイトは改めてそう語る。そうして、その後は少しの間<<七つの大罪>>の情報共有が行われ、各々やるべき事を為すために戻っていくのだった。
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