第1989話 新たな旅 ――今後――
『リーナイト』にて起きた『暴食の罪』を巡る一件。それはカイトを筆頭にした世界中の冒険者達の奮戦により、冒険者達の勝利に終わる。
そうして大陸間同盟の英断とも言える『転移門』解放により各地からやってきた冒険者達の大半は必要に応じて『リーナイト』へとやって来たり、資材を搬送したりして復興に取り掛かっていた。
そんな傍らにラエリア・ユニオン側からの要請もあって野営地を設営していたカイトは、クズハ達を戻すと入れ替わりで瑞樹達残留組の一部を招集。緊急で会議を行っていた。
「さて……まぁ、まさかこっちで会議を開く事になるとは思わなかったんだが。瑞樹。まずはマクスウェルに戻したけが人の状況を報告してくれ」
「はい。まずけが人ですが、桜さんからの報告では総じてなんとか峠は越えた、との事ですわ」
「そうか……では、けが人の内訳を頼む」
「はい」
カイトの要望を受けた瑞樹が、桜達が取り纏めた被害報告を報告する。どうやら幸いな事に死者はゼロで抑えられている、というのは事実だったらしい。とはいえ、決して被害がゼロだったわけではない。
「重傷者二十余名。軽傷者は全員、と」
「そもそも重傷者で言えば最大の重傷者はカイトさんですわね」
「まー、オレだからなー」
ぽんぽん、とカイトは自らの腹を撫ぜる。言うまでもなくあれだけ衆人環視の中で土手っ腹に風穴を空けられたのだ。本来痛みによるショックで即死しかねなかったわけであるが、彼自身が幾重にも張り巡らせたセーフティにより生き長らえたわけである。
「まぁ、重傷者についてはしばらくベッドでのんびりしてもらう事にして……金銭面については備蓄がある。そちらを使ってくれ」
「ええ。すでに楓さんが桜さんに具申し、そのように指示を出してますわ」
「上出来だ。全員救え。それだけの費用と技術はマクスウェルにはある」
瑞樹の返答にカイトは一つ頷くと、そのまま進めるように指示を出す。これについてはこれで問題無い。カイトにとって死者の有無というのは統治能力の死活問題だ。今回のように出る可能性が高かったものの出なかった案件ではゼロを目指すべきだった。
とはいえ、今回は先にバーンタインやカイトが述べていたように、『暴食の罪』がなるべく生きたまま捕食しようとしていた事があり、重軽傷者は多いものの死者は思うより多くない。なので死者が少ない事については誰も疑問は無かった。そうしてそこらの手配を行った後、カイトは改めてこちら側の人員について話を行う事にした。
「さて……それでソラ」
「おう」
「ここから部長連の代理でお前はこっちに残ってくれ。部長連に怪我がヤバい人は居ないんだが、藤堂先輩や綾崎先輩を筆頭に戦闘を継続させるべきじゃない怪我は負っている。実際、先輩も怪我はしているしな」
「そこまでひどいわけじゃない。俺の場合は鬼の血のおかげでかなり身体が頑強だしな」
カイトの言葉に、瞬が少し困り顔で問題無い事を明言する。とはいえ、彼もかなりの手傷を負っており、身体全体に包帯がぐるぐると巻かれていた。と言っても、彼の場合は酒呑童子の血の力が覚醒した事により尋常ではない戦果を上げている事を鑑みればこの程度で済んだのは十分過ぎるだろう。
というわけで、瞬はこのまま残留でソラと入れ替わりに瞬の補佐に就いていた藤堂達が『転移門』でマクスウェルに直接帰還する事になったのであった。
「わかった。じゃあ、俺はこっちだな。何か今やっておく事とかあるか?」
「引き継ぎは後で先輩から聞いておいてくれ。逐一ここで話す内容でも無いからな」
「それもそっか。先輩、後で頼んます」
「ああ」
「頼む」
瞬とソラのやり取りに一つ頷いたカイトは、ひとまず引き継ぎに関する話はここまでとしておく。そうしてそのやり取りに区切りをつけたわけであるが、まだまだ話し合わねばならない事はたくさんあった。
「さて……それで。瑞樹。他になにか残留で変わった事はあったか?」
「いえ……こちらは至って平穏という所ですわね。『リーナイト』での一件は全世界的に見ても寝耳に水の事態と言って良いのでは無いでしょうか」
「そうか……残留組は無事か。まぁ、そっちはなにかが起きる事は無いだろう。桜には今まで通り運営してくれ、と頼んでおいてくれ。瑞樹はその補佐を頼む。楓にもそう伝えてくれ」
「はい」
カイトの言葉に瑞樹は一つ頷いた。それにカイトもまた一つ頷く。
「良し……それで、まぁこれは最初から言っていた事ではあるが、帰還後は一度転移術の解析に入る。そちらの進捗は?」
「そちらについては滞り無く。発注していた機材も明後日には到着する、と」
「そうか……今回の一件で帰還は若干遅くなる。帰りに『転移門』は使えないからな。が、それ故にこそ研究チームには帰還後すぐに解析の準備を整えるように改めて通達を」
「ええ」
カイトとしても帰還に『転移門』を使えれば、と思わなくもないが、こちらに来た際の足があるのだ。そこらを持ち帰らないといけないし、ここからしばらくの間は『転移門』は各地からの資材搬送で使用される事になる。マクダウェル領への帰還には使えなかった。
「良し……じゃあ、後は各員出立の準備を整えさせてくれ。ソラは先輩方と共に一度引き継ぎを。瑞樹。もうしばらく頼んだ」
「ええ、おまかせを」
カイトの要請に瑞樹が快諾を示す。そうしてそれを最後に会議は終わりとなり、カイトもまた自分のしなければならない事をするべく、ユニオン本部へと向かう事にする。この後にユニオンの上位層を集めた会議が開かれる事になっていたのである。
というわけで、カイトはほぼ全壊した『リーナイト』の中でも数少ない原型を留める施設であるユニオン本部へと向かい、職員に話を通して奥へと通してもらう。
と言っても現在ユニオン本部の奥にある大会議場は臨時の病室として使用されているため、カイトが通されたのはユニオンの職員達が集まって会議を行う小会議室とでも言うべき所だった。
「あ、にぃー」
「おーう。まだ全員、ってわけじゃないか」
「流石に怪我してない方が多いもん。にぃも入院中だし……退院は出来るけど」
「ま、しゃーない。今回は三百年ぶりぐらいの大戦だった。あのクオンが若干だが手傷を負ったぐらいだからな」
「私を化け物みたいに言わないでよー」
カイトの軽口に、クオンが拗ねたように口を尖らせる。厄災種相手に無傷で終わらせられる彼女であっても、今回の『暴食の罪』討伐戦は凄まじい激戦だったらしい。
当然だろう。なにせ厄災種をかけ合わせたような魔物が無数に出ていたのだ。そういった相手はこちら側の被害を減らすべく彼女らランクSの中でもとびきりの腕利き冒険者達が討伐したが、やはり厄災種相当かそれ以上の魔物との連戦だ。いくら彼女らでも誰も彼もが手傷を負っていた。無論、ソレイユもそうである。
「まぁ、それでも貴方よりは全員マシ。最強の癖に一番ひどい怪我ってどういう事なの?」
「今回ばかりは、色々とあったのよ。色々とな」
「色々とが無い方が無いと思うけどねー」
カイトの言葉にソレイユが楽しげに指摘する。実際、そうと言えばそうだ。彼の場合は幾つもの因果や縁が複雑に絡み合っているため、何も無い事の方が少なかった。
「あはははは……ま、最強の名は守り抜いたぜ? なにせこの怪我でも最多キルだろうからな」
「そこ、本当にハラタツ。土手っ腹に風穴空いたハンデありながら誰より倒してるってのが理解不能よ」
本来なら、瀕死の重傷の筈なのだ。にも関わらずカイトは平然とピンピンしている様子だし、実際誰よりも多くの敵を倒した。おそらくクオンら超級を除いた全員を合算した数ぐらいは彼一人で倒していただろう。それほどの戦果であった。と、そんなわけでクオンの呆れとも苦言とも取れる言葉を受けながら時間を潰していたわけであるが、そこにティナがやってきた。
「おぉ、カイト。来ておったか」
「おう。で、第一人者様。『転移門』の様子は?」
「まぁ、なんとか安定はしておるよ。余が発掘した時と同程度の状態、と言ってよかろうな」
前々から言われていた事であるが、『転移門』を発掘し解析しそれを使えるようにしたのは四百年前のティナ達だ。なので『転移門』を誰よりも知っているのは彼女だ。
なので三百年ぶりに連続的に使用した事で不具合が起きていないか確認するべく、シャリクからの提案を受けた大陸間同盟の依頼を受けたユニオンからの依頼――正体を隠すために幾つもの迂回をしなければならなかった――で『転移門』の調査を行っていたのである。
「それ、やばくね?」
「ヤバいのう。正直、この状態であんま連続して使用したくはない。が、今は使わねばならなかった以上、仕方があるまい」
「まぁ……実際、今回死者が少ない最大の理由はそこだしなぁ……」
カイトは苦い顔でティナの言葉にレヴィの対策の一つを思い出す。今回、死者が少ない事はすでに判明している。が、同時に重傷者は非常に多く、重軽傷者の比率は普通の戦いとは比べ物にならないぐらいで重傷者が多かった。
「預言者の奴が延命処置に終始させたからのう。『転移門』が起動すると同時に、各地の病院に救急搬送。おかげで各地の『転移門』近辺の病院はてんやわんやしておるじゃろ」
「実際、マクスウェルの病院は大混雑だ。クズハ曰く、市民達から何事か、という問い合わせが殺到しているとの事だ」
「それについては、各地の領主に対応をすでに依頼している。事を明かすか否かは各領主の自由だがな」
ティナの推測に答えたカイトに対して、レヴィが口を挟む。それに二人はそちらを向いた。
「おーう。おつかれ。終わったのか?」
「終わるものか。一旦切り上げてこちらに取り掛かる事にしただけだ。今後の方針を話し合わねば何もならんからな」
カイトの問いかけに、レヴィはため息混じりに首を振る。復興の手配であれば彼女が居なくてもどうにかはなる。もともと『リーナイト』に居るのは冒険者やそれに手を貸すユニオンの職員達だ。一般市民達より遥かに多くの滅びた街やその復興支援を行ってきていたため、今更レヴィの手が無くともどうにかはなる。が、今後の事を考える事については彼女の知恵が必要で、こちらに来たのであった。
「バルフレアは?」
「あちらももう来る」
「おーう。悪い、遅れたー」
噂をすればなんとやら。カイトの問いかけにレヴィが答えると同時に、部屋の扉が開いてバルフレアが姿を現す。そんな彼はやはり若干の疲れが見え隠れしており、会議室の椅子にどかりと腰掛けた。
「おつかれ」
「そっちもな……カイト。お前の方の怪我、大丈夫なのか? お前が土手っ腹に風穴を空けられるのは何時もの事だけどさ」
「何時も言うな何時も……まぁ、何時もだけど。ま、ありがとよ。とりあえずは大丈夫だ。それより今後考えりゃ頭の方が痛い」
「あっははははは……はぁ」
カイトの言葉に同意するように、バルフレアもまた盛大にため息を吐いた。『暴食の罪』ほどの化け物を繰り出されたのだ。その対策をどうするか、など考えねばならない事はたくさんあった。そうして、バルフレアが来た事によりまだ来ていない者は何人か居たものの、時間が無いので会議を開始する事にするのだった。
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