第1987話 七つの大罪 ――再会を誓い――
『暴食の罪』との戦いを終えて、少し。復興活動が本格化する『リーナイト』の片隅で、カイトはレックスとの別れまでの一時をセレスティアやイミナを交えて過ごしていた。
そんな中話し合われていたのは、セレスティア達の世界の現状だった。そして彼女らから自分達が去った後のおおよその現状を聞いた二人は、魔界からの侵攻の原因の一端が自分達にある事を明言。改めて彼女らへの助力を確約していた。
「手を……貸してくださるのですか?」
レックスの明言の後、セレスティアが仰天した様子で問いかける。これに、今度はカイトがはっきり頷いた。
「ああ。さっきこいつも言ったが、そもそもの原因はオレ達がしっかり根を断つ事が出来ていない事が原因でもある」
「それは……お話を伺う限り、仕方がない事ではあったかと」
「それでも、完全解決に至れていないのはオレ達の責任だ。そこについては責任を持つ必要がある」
確かに、カイト達が解決出来なかった事情というのは往々にして誰もが仕方がないと認めるしかないものだ。例えば第三次ならその後は戦後復興が必要になっていたし、そちらを疎かに出来るわけもない。
第四次も第四次でカイトは妻の精神が病んだという事情と、その前の長い旅の中でなにかの事情が生まれていた、というのは察するに余りある。彼の心が砕け散った、というのは知られていたからだ。
そこへの対処を怠ると世界が滅んだ、と言われる以上はそれを優先しないと魔界も何もあったものではない。どちらも仕方がない。が、それ故に対応が出来なかったのもまた事実だった。というわけで、そんなカイトは何度目かになる盛大なため息を吐いた。
「まー……それにいい加減五回も起きてるんなら、しっかり根っこ絶つべきじゃある。今、こっちの抱える事情さえ片付いてしまえば、そっちに移動出来る目処も出来る。幸い因果の関係でエネフィアとあっちは近くてな。まぁ、それ故に君達も移動出来たんだろうが」
「そうなのですか?」
「ああ……あ、言い忘れてたけどオレ、こっちでも勇者カイトとしてやってたから」
「「……」」
あまりにあっけらかんと暴露された真実に、セレスティアもイミナも思わず呆気にとられる。そうして、一度ゆっくり言葉を噛み砕き、セレスティアが慌てふためいた。
「そ、そんな事そんなあっけらかんと話してよかったんですか!?」
「話さんと話進まないからな」
「え、えぇ……」
そうと言われればそうなのだろうが。セレスティアはカイトの返答に困惑気味だ。が、これを話しておかねばだめなのもまた、事実だった。というわけで、彼は手を振るって指先に仕掛けられていた偽装を解除し、二つの指輪を見えるようにする。
「ま、そういうわけで大精霊達と繋がっててな。世界の距離とかはおおよそ分かるし、オレ単独には限られちまうけど世界間での移動も出来る」
「「……」」
ああ、なるほど。やっぱり彼は自分達の知る勇者カイトであるのだろう。あまりにぶっ飛んだ実力に、セレスティアもイミナも心底それを理解する。
「まぁ、流石に筋として天桜の生徒達をなんとかしてやるまで手を貸してやる事は出来ないが……それが終わった後で良いのなら、力を貸してやれる」
「それで十分です」
今まで絶望的だった戦いに見えた一筋の光に、セレスティアがどこか安堵の表情を浮かべる。というわけで、カイトの助力が決まったわけであるが、そうなると今度はレックスだった。
「で……お前はどうするか、だが」
「ま、頑張れ」
「結局がんばんのオレなわけね」
「そもそも俺は写し身。話通ってないからな」
肩を落とすカイトに、レックスは当たり前といえば当たり前の道理を述べる。そもそも彼は本物ではない。意識こそ本人と同等と言って過言ではないが、本人の記憶を読み取って作られているだけの偽物だ。ここで得た経験や知識は本人には引き継がれないのである。
とはいえ、それ故にこそ語る言葉は全て本人が感じ、述べるだろう言葉だ。本人の言葉と一切の違いはない。だから、助力しよう、という彼の心は一切の偽りのない彼の本心だった。
「でもまぁ……俺もなにか出来ないかやってみるよ。お前一人に全部任せちまったら、俺の英雄譚に泥が付いちまう」
「一人じゃないさ……オレ、ヒメア、ティナ、ルイス……そして、オレの相棒達……」
目を閉じて、カイトは自身の大切な宝物を思い出す。特に相棒達はこの戦いに必ず参戦すると明言しており、カイトもまた連れて行くつもりだった。そして必然、ティナ達も来るだろう。それを想い、カイトは目を開いて前を見る。
「オレの……勇者カイトの真の物語。今はまだ、物語は始まってさえない。オレの物語はオレ一人の物語じゃだめなんだ。その最初を始めるのに、けじめつけるのは良いかもしれない」
「そか……なら、やっぱり俺も必要だな」
「なんでだよ」
笑って告げたレックスに、カイトはどこか拗ねるように口を尖らせる。が、彼とてわかっていたし、それが出来るのなら何より幸いだと思っていた。
「お前の英雄譚の開始は、俺の英雄譚の開始でもある。お前が英雄譚を創るなら、俺は第二幕のスタートだ。そこに、俺とお前が居なきゃな」
「勝手に人の物語を英雄譚にしないでくれませんかね」
「英雄譚になってくれなきゃ困る。誰が困るって俺が困る」
「知らねぇよ」
何時もの事と言えば何時もの事なレックスの調子に、カイトは盛大にため息を吐く。これでも彼は齢一千歳にもなろうかという男で、なおかつ大英雄かつ王様でもあったのだ。それなのに、今でもこうやって英雄である事や英雄となる事にこだわりを持ち続けているのであった。そんな彼を思い出しため息を吐いたカイトであるが、一転して楽しげに笑った。
「……ま、そこらはお前の好きにすりゃ良いさ。オレはオレの道を歩くだけだしな」
「そういうこと。お前はお前の道を。俺は俺の道を。どこかで重なるのも良いだろうし、どこかで別れるのも良いだろ。それに、俺とお前で連絡が取れた方が絶対に良いって」
「あぁ?」
「お前一人だと無茶しすぎんだよ。俺達にも任せろよ……それが、幼馴染ってもんだろ?」
「幼馴染拡大解釈しすぎだろ」
肩を組むレックスに、カイトはどこか苦笑混じりに笑うしかなかった。が、それがレックスだ。故にカイトは苦笑混じりに笑いながらも、どこか呆れたように見せる。
「……ま、そうだな。楽出来るか」
「そういうこと……俺達は支え合って動け、って先生も言ってたろ?」
「……そうだったな」
遠い遠い昔。まだ世界が一つだった頃。その頃に授けられた教えを思い出し、カイトは僅かに笑う。結局、彼は一人別の道を歩む事になってしまった。なのでそんな考えが無かった、というより忘れてしまっていたのだ。そうして、そんな彼にレックスが組んだ肩を解く。
「おう……じゃ、また会おうぜ」
「ああ、何時か、必ずな」
「おう……その時までには、身体治しとけよ。今のままじゃ張り合いが無いからな」
「写し身並、ってのがどうにも腹が立つ話だが……お前こそ、腑抜けて腕落とすんじゃねぇぞ」
「誰に言ってんだ? 英雄、ってのはいつ何時でも誰かを救えるように鍛錬を怠らないんだぜ?」
楽しげに、カイトの言葉に応じたレックスはそう言ってセレスティアへと向く。この場でやるべき事は全て終わったし、なにかやりたい事があるわけでもない。なら、もう良い頃合いだった。
「……あー……まぁ、俺にも色々とあるんだろうけど。必ず俺達もそっちに合流する。写し身じゃなくて、本物の俺達が」
「……はい。お待ちしております」
「ああ……で、多分こういうのは変な事なんだろうけど。ありがとな。君が呼んでくれたおかげで、あの戦いの後のこいつと会えた。元気そうで良かった。写し身の俺が感じた事が本体に届くかはわからないけど、届いてくれると信じている。ありがとう、その機会をくれて」
「いえ……礼を言うのはこちらの方です。この度はありがとうございました」
レックスの感謝に対して、セレスティアは首を振る。まぁ、敢えてこんな事をレックスが言ったのは、言外に気にするな、と言わんがためだろう。自身の立場などをよく理解した言葉だった。
「そっか……じゃ、お互い気にしない事にしよう。もしまた何かがあったら、呼んでくれ。呼ばれて出れるかはわからないけどな……今回は多分、色々と特例的な事情が重なってるから呼べたんだろうけど……お前達の力になりたい、というのも嘘じゃないから。可能な限り、手助けはするよ」
「ありがとうございます」
「ああ……じゃ、またな」
頭を下げたセレスティアの言葉を背に、レックスは一瞬だけ真紅の閃光となって消えていった。そうして後に残るのは、今この場で生きる者たちだけだ。
「……ったく。結局大半こっちに丸投げになるくせに。相変わらず調子良い奴だ」
「「……」」
万感の想いの込められたカイトの言葉に、セレスティアもイミナもそちらを見る事はなかった。僅かだがカイトが顔を背けていた事が、目端に捉えられたからだ。そうして、彼が一度だけ深い溜息を吐いて感傷を追い出した。
「……ま、なんか色々とあったけど、セレス。君たちに協力しよう、という言葉は嘘じゃない。まぁ、流石に今の立場などがあるから天桜優先になる事だけは許してくれ。オレはたしかに君たちの知る勇者カイトだが、同時にそれはオレにとって過去でもあるんだ」
厳密に言えば、そうでもないんだが。カイトはそう思いながらも、今はひとまずこう述べておく事を良しとする。そんな彼の言葉に、セレスティアは慌てて首を振った。
「い、いえ! それで十分です! 本来は私達がしなければならない事ですから……」
「ありがとう……あ、そうだ」
「はい?」
セレスティアの言葉に礼を言ったかと思えば唐突に自身を見たカイトに、イミナが目を丸くして首を傾げる。そうして、彼はかつての弟から渡されたナイフを取り出した。
「これ。返すよ。マクダウェル家の騎士なんだろう? 直系……だよな?」
「あ、はい。えっと、それでこれは?」
「ウチの……マクダウェル家初代当主のナイフだよ。クロードの奴がどうしてかオレに渡してきたらしくてな。エドナから渡されたんだ」
「……いえ、これは御身が持ってください」
「君までか……」
かつてのカイトとして、イミナの言葉に深い溜息を吐いた。とはいえ、イミナとて意味もなく、そして相手が英雄だから受け取らなかったわけではない。同じくもう一つのマクダウェル家の騎士だからこその考えがあった。
「クロード様が何を想い、御身に託されたかはわかりません。が、分かる事は一つあります」
「ん?」
「間違いなく、御身もまたマクダウェル家の騎士でした。だから、クロード様はそれを忘れないで欲しい、とそれを託されたのだと思います。それを別の者に託すのは、違うかと」
「……そう、だろうか」
やはりカイトとしてネックになっていたのは、自身が孤児だという事だった。無論、父の事を父ではないと思った事はない。血の繋がりがなかろうと、父も母も自身を精一杯愛してくれた。そう思う。自身も、そんな二人を誇りとして精一杯接してきた。が、事実は変えられない。それが、彼に踏ん切りをつけさせなかったのだ。そんな彼に、イミナが一つ提案した。
「……確か御身はこう言われておりました。何時か、かつての仲間達を探す旅に出る、と。でしたら、クロード様から直に聞かれてはどうでしょうか。その時、マクダウェル家にそれを返すのであれば御身の決断として良いのかと」
「……そう……だな。ああ、ありがとう。少し楽になった」
イミナの言葉に、カイトはどこか救われたような顔で微笑んだ。そうして彼は再度小さなナイフを異空間に仕舞う事にする。と、そんな会話が終わった頃だ。レクトールが現れた。
「……レックス様は……帰られた後だったか」
「あ、兄さん」
「よ」
「っ……過日は失礼しました」
「お前もかよ」
イミナと同じく開口一番頭を下げたレクトールに、カイトは思わず苦笑する。そうして、ここから少しの間彼を交えて、今度は彼の話を聞く事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




