第1986話 七つの大罪 ――もう一つの世界――
『暴食の罪』との戦いも終わり、救命活動が本格化した『リーナイト』。そんな中でカイトは改めてレックスとの最後の別れを惜しむかのように、幼馴染同士のじゃれ合いという名の殴り合いを行っていた。そのじゃれ合いの最中。現れたセレスティアが仰天した事により、カイトとレックスはじゃれ合いを終わらせて、改めて椅子に腰掛けていた。
「いやー、このじゃれ合いはいつもの事だからな」
「ああ。日に三回ぐらいは殴り合いやってるよな」
「てーか、今日なんて再会して初っ端ぶん殴ったしな」
カイトの言葉に、レックスは完全に癖になっていた、というぐらい楽しげに笑って再会の時を思い出す。そんなあっけらかんとした祖先の姿に、セレスティアは只々生返事を返すしか出来なかった。
「は、はぁ……」
「まぁ、気にすんな」
「は、はぁ……で、あの……一体どういった御用でしょうか……」
兎にも角にも呼ばれたのだから意味があるだろう。そう思ったセレスティアは、おずおずと言った具合でカイトとレックスに問いかける。これに、二人は顔を見合わせ首をかしげる。そうして、レックスが目を瞬かせて告げた。
「別に……特に用事は無いな」
「単に……まぁ、一応呼んだのセレスだし。一応話したい事とかあるかなー、って思って」
「そんな所」
カイトの言葉にレックスもまたうんうん、と頷いた。これに、セレスティアは頬を引き攣らせた。
「そ、それだけ……ですか」
「ああ……まぁ、イミナさんもなにかあるかなー、と思うが」
「い、いえ! 私なぞこの場にそもそも居れる事自体が光栄で! というより、今まですいませんでした!」
どうやら唐突にカイトに水を向けられ、イミナはかなりテンパっている様子らしい。机に頭を打ち付けるほどに勢い良く頭を下げていた。無理もない。
なにせカイトは真実自身の一族最大の英雄の一人なのだ。イミナからしてみれば初代マクダウェルと会うに等しかった。が、一方のカイトからしてみれば、何故謝罪されたかがさっぱりだった。
「……何が?」
「な、何がと申されましても……今までタメ口やら上から目線だの……」
「いや、そもそも正体隠してたのオレだし……そこ気にされても」
そもそもの問題として、カイトは自身の事情で正体を隠していたのだ。まぁ、後からは半ば趣味な気がしないでもないが、それもまたカイトの事情と言って良い。気にされても困るのは彼だった。
「で、まぁ……それはそれとして。オレは兎も角、お前がどこ居るか、か」
「それで言えば俺の方もお前がどこに居るか、と疑問なんだろうけどな」
「少なくともオレはここに居る事があっち側から確認されてる。その点に問題は無い」
レックスの言葉に、カイトはまた別の道理を告げる。これにレックスもなるほど、と頷いた。
「なるほど……ま、それで言ったらこっちは気にしないで良いよ。お前がこっちに来た時点で、少し俺の事は話に聞いてる」
「そうなのか?」
「ああ……なんだっけ。ニャルラトホテプ? そんなのから噂は聞いてるって」
「げっ……あいつ、結局そのままこっち居座んのかよ」
レックスから語られる少し先の自身の未来に、カイトは嫌そうに顔を顰める。何かとニャルラトホテプには縁があるらしく、そこから話を聞いていたらしかった。そんな彼にレックスは笑いながら、改めて本題に入った。
「で、それはともかく。どうする?」
「どうするって何が?」
「この子ら」
「それな」
セレスティアを指差したレックスに、カイトも困り顔でため息を吐いた。彼女らをどうするか。それは考えねばならない事だった。というわけで、レックスがそもそもの問題点を指摘する。
「まずなんでこっちの世界に居るのか、って所だ」
「そこが、気になる。あの馬鹿共がなにかしてないか、ってのは気になるが……後、えーっと……セレスのお兄さん。レクトールだっけ?」
「あ、はい。レクトールと言います」
「何故彼だけ一人別の所に飛ばされて、そして今の今まで傭兵団に所属してたのか、とか気になる所だな。そこ、なにか聞いてないのか?」
「いえ……それが、まだ何も。私も兄さんとは数時間前に合流したばかりです」
カイトの問いかけに、セレスティアは困ったように首を振る。改めて言うまでもない事であるが、昨日の再会の後、彼女らに話し合う時間は一切無かった。なのでまだ何があったのかさっぱりわかっていなかったのだ。
「ってことは、帰ってくるのを待つしかないのか」
「うーん……それなら、お前にオール丸投げで良いか? 俺も手を貸してやりたい所じゃあるんだけど……」
「写し身のお前にそこまでの助力は期待してねぇよ」
どこか無念そうなレックスの言葉に、カイトは笑いながら言外に気にするな、と明言する。彼は写し身。過去の想念などを頼りに一時的に現世に呼び寄せられただけの旅人だ。旅人という点ではセレスティアやカイト達も似たようなものだが、一時的な点が異なる。助力は一時的で、期待する事は出来なかった。というわけで、そんなカイトにレックスも頷き、次の話をする。
「そか……で、だ。次……彼女らを送り届ける事が出来たとて、どうする?」
「そっちは、頭の痛い問題だな。第五次防衛戦っすか」
「……」
カイトの言及した事態に、セレスティアもイミナもわずかに苦い顔を浮かべる。カイト達が繰り広げた魔界からの侵攻の撃退戦。彼らが居なくなった後に起きている今の戦い。それをどうやれば勝てるのか、というのは彼女らにとっても懸念事項だった。というわけで、レックスはひとまず情報を得る事にする。
「敵について何がわかってる?」
「……分かる範囲で良いですか? 私はあくまでも巫女で、基本は兄さんと姉さんが主力となっていましたので……」
「ああ……あ、ちょい待った。やっぱ今の現状……防衛戦が始まるより前の状況から頼む。今の国体とかがどうなってるか、が知っておきたい。今はどうなってるんだ?」
「あ、はい。今はヒメア様の御学友の方が提唱された統一王朝論をベースにした統一王朝が樹立しています。名はミステリオ。ミステリオ連合王国です」
これについては前にカイトが聞いた時にも言及されていた事だ。今はシンフォニアやレジディアの国は一旦解体に近い形となり、連合王国が出来上がっている、と。その名がミステリオだった。そしてこの名を、レックスは知っていた。
「ミステリオ……レジディアやシンフォニア……<<七龍同盟>>の祖となる英雄の一人の名だな」
「はい。彼の名を統一王朝の名とする事が一番良いとなった模様です」
「ま、政治的にはそれが一番か」
「だわな」
レックスの言葉にカイトもまた苦笑気味に応ずる。やはり対等な同盟で連合王国を設立した場合、名前は非常に問題になってくる。イメージの問題にはなるが、どこかの名前を優先してしまうとそこが中心となり他の国家が取り込んだような印象を得るからだ。結果、全てに縁のある王様の名を戴く事でどこの国にとっても受け入れやすい名となったらしかった。
「設立からどれぐらいだ?」
「二百と五十年となります。御身らが参戦された最後の戦いである第四次防衛戦から三十年。外の大陸に大陸を制覇した大帝国が出来た事があり、それへの対抗の為こちらも統一王朝を造る事に」
「大帝国……あそこか?」
「多分な。あの国はかなりの国力を有していた。第四次でもかなりの戦力を供出していたからな。こっちの要請もすぐに受けてたから、かなり先見の明もあった。あそこの帝王陛下の嫡男がかなり優れてたのを、覚えてる。時代的に彼だろう」
カイトの確認に当時は世界の裏に居る英雄として各国と付き合いのあったレックスは一つ頷く。と、そんな彼らに対して、セレスティアがどこか苦い顔で告げた。
「ただ……我が国も言えた事ですが、平和が長く続いた事で付け入る隙を生んでしまった様子です。申し訳ありません……」
「どういう事だ?」
「かの国はどうやら密かに魔界への扉を開いていたとの事です。かなり多くの魔族がこちらに気付かれぬ間に、入り込んでいた様子なのです。長く、ゆっくりと各所に入り込み、どこに潜んでいるかわからない状況です」
「「またか」」
聞いた話だ。カイトとレックスは思わず三度目の防衛戦を思い出した。あの当時も入り込んでいるのがわかりながら、腐敗を利用されて魔族達による情報操作で油断させられ、徹底的に痛い目を遭わされたのだ。そしてその歴史を知ればこそ、セレスティアもまた苦々しげかつ恥ずかしげに項垂れた。
「はい……申し訳ありません……」
「あぁ、良いって良いって。俺も入られている事がわかりながら、なんとも出来なかった口だからな」
「しかもオレなんてある意味なーんもやってないもんな。気にするな」
当時のカイトはあくまでも一介の騎士だ。なので呪いを解かれ復活した父や王達に状況を報告し対応を願う事が精一杯で、父と王はそれを真摯に受け止め精力的に動いてくれたものの、という所であった。
しかもセレスティアの場合は他国でもある。なおさら、どうしようもなかった。というわけで笑って慰めの言葉を掛けた後、カイトは改めてセレスティアに先を促した。
「ま、それなら大体の前提は理解した。で、現状は?」
「はい……現在、世界中に魔族による襲撃が行われている状況です。幸い、御身らが残してくださった教訓がある分ミステリオが壊滅的被害を被っているわけではありませんが……すでに異大陸では幾つかの国は滅びている状況です」
「結構な戦力か。まぁ、三百年だもんなぁ……」
仕方がない事か。レックスは魔界の魔族達が勢力を取り戻している事に、深くため息を吐いた。彼にとってはつい先日の事であるが、実際にはすでに三百年が経過しているのだ。しかも魔界を一掃したりしたわけではない。あくまでも、撃退しただけだ。こうなるのは当然といえば、当然であった。というわけで、そんな当然な事に対してイミナが問いかけた。
「あの……僭越ながら、よろしいですか?」
「ん?」
「何故魔界に戦力を送り込まなかったのですか? レックス様ならそれが出来たのでは、と」
「ああ、それか。そりゃ、一度は俺も考えたよ」
レックスは一度は王として即位した者として、イミナの問いかけに一つため息を吐いた。そうして、彼は出来なかった理由を語った。
「こいつが居なくなっちまった、ってのがデカイ理由だ。お前らに今更語らないでも良いだろうけど……こいつが世界に呼ばれて旅に出ちまって、数年後にヒメアも病で死んだ。攻撃力なら最強のこいつと、防御系・治癒系なら最高位の使い手であるヒメアが欠けた状態じゃどうやっても攻略出来る見込みが立たなかったんだ……しかも戦国時代が終わった後だ。その立て直しもする必要があった。なおさら、魔界に手出ししてやぶ蛇になりたくなかった」
「あ……」
言われてみれば、当然だった。イミナは当時のレックス達の情勢を思い出し、思わず目を見開いた。どうやっても彼らにそれが出来る余裕なぞ無かったのだ。彼らさえ無事なら。全員が口を揃える事だった。そうして、そんな事を語ったレックスにカイトが言葉を引き継いだ。
「で、君達からすれば三百年前か。その時点でオレ達がどうしても動けない理由があってな。というより、三百年前の撃退が終わった後、どうしても進めなかったんだ」
「動けない、ですか?」
「ああ……まぁ、こればっかりはオレ達側の事情で申し訳ないんだが……」
「い、いえ! 時を超え、怪我を押し三度も防衛されながら、何をおっしゃいます! 貴方方が居なければそもそも人類は滅びていました!」
苦い顔のカイトに対して、イミナが大慌てで首を振る。それに、カイトは苦い顔の中に苦笑を浮かべる。そこまで畏まられても困るのであった。
「あはは……まぁ、そういう事なんだ……オレの旅路の最中の事情やらが色々と重なって、ヒメアが精神を病んじまってな……その治療にオレは専念しないといけなかった」
「「そんな事が……」」
やはりここらは知られていなかったか。というわけで、苦い顔で彼は続ける。
「で、精神を病んだあいつの治療や、そこらの病む事になった事情なんかを片付けるのにちょっと色々と動かないといけなくてな。そっち放置すると本当に世界が滅びる事になるから、魔界にやっぱり手出し出来ない事に」
「あれはな……本当に精神状態ヤバかった」
当時を思い出したのか、レックスもまた苦い顔で笑う。今でこそ苦い思い出ではあるが、昔からすれば笑い話にもならない事だ。というわけで、撃退した後はカイトはヒメアの治療の為に別世界に行っている事になり留まれず、レックス達もそれに合わせて別の世界に行く事になり、と動けなくなってしまったのであった。
「あいつに無茶させすぎなんだよ、世界も。あいつも普通の女の子だってのに」
「世界に人の心が理解出来るかよ。割を食うのは何時もこっちだ」
「あははは……ま、そんな感じで第四次防衛戦の後、オレは動くに動けず。結局、根っこを刈り取れず。そこについては悪いと思うよ……というわけで」
「俺達も手伝うよ。本を正すと、俺達にも責任の一端はあるからな」
結局、本を正すと自分達にも責任の一端はある。カイトとレックスは笑って助力を確約する。そうして、改めてこの後の事を話し合う事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




