第1985話 七つの大罪 ――蒼と紅の語らい――
かつての戦いで『暴食の罪』に取り込まれ、今また遠い未来の遠い世界エネフィアで再生させられたジーン。そんな彼は、かつての友であるカイトとの語らいの中で光になって消えていった。そうして、そんな彼が消えた後に遺された彼の愛銃を片手にカイトは『リーナイト』へと帰還する。
「担架は!?」
「けが人が多い! 増援は医師や治癒の魔術を使える奴を中心に組織させろ! 戦士は邪魔だ!」
「こっち! 崩れた瓦礫の下に誰かまだ居るぞ! 急いで救急の用意!」
カイトが帰り着いた『リーナイト』では、増援としてやってきた冒険者達を中心として大急ぎでの救急救命活動が行われている様子だった。
やはり『リーナイト』は冒険者の総本山。総会には不参加だったもののここが潰える意味を知る冒険者達も多く、本来は総会に姿を見せないような者まで特例的に来ていたとの事であった。とはいえ、戦う専門の者たちの仕事がそれで終わりか、というとそうではない。
「おい! こっち! 生き残りが見つかった!」
「魔物か!?」
「ああ! どうやら魔物は崩壊が遅いらしい!」
おそらく、取り込まれた人は自身への嫌悪感などから早急に消え去ってしまう様子だが、逆に魔物は人のように確たる自我が無い事からか消え去らずそのまま残ってしまう事が多いようだ。
カイトもかつての戦いの後、魔物達が消えずに残ったのが発見され、討伐任務に何度か参加した事があった。今後一年ほどはこの一件の後遺症に注力する事になるだろう。それが、彼の予想だった。
「おい! 大丈夫か!? 俺の声、聞こえるか!?」
「レックスさん! 医者連れてきました!」
「良し! おい! もう大丈夫だぞ! 気をしっかり持て!」
そんな中、レックスは討伐より人命救助に注力していた。彼ほどの戦闘力を見せたのだ。そして指揮力としてもかなり高く、中心として動いている様子だった。そしてそれ故、カイトもすぐに彼を見付けられた。そして向こうもカイトに気が付いた。
「! カイト! 手を貸してくれ! この人、ヤバそうなんだ!」
「わかってる……これ、飲めるか? 回復薬だ」
「う……あ……」
レックスの声を受けて、カイトは彼が起き上がらせた女性へと小瓶を差し出す。そうして中身を一口口にした彼女だが、傷が見る見る内に塞がり、しかしどういうわけか唐突に寝息を立て始めた。
「すぅ……」
「寝た……?」
「回復薬で魔力と傷は癒えるが、体力まで完全回復するわけじゃない。おそらく彼女は限界を超えるため、サクリファイス系の魔術を使ったんだろうな。その反動で疲労が限界を超えて、睡眠状態に陥ったんだろう」
「さっすが賢者様。頼りになる」
「うるせぇよ。こっちじゃ医者の真似事までさせられたからな」
レックスの称賛にカイトはどこか恥ずかしげにそっぽを向く。賢者様、というのは無限の旅路の後に帰ってきた彼が廃城の賢者やらと言われていた事を指しての事だろう。
「お前、だんだん器用になってくなぁ。お前の望み通り、って言えばそうだけどさ」
「オレだってここまで器用になりたかねぇんですがね」
「そう拗ねんなよ」
「うるせ。波乱万丈極まってんだよ」
「あははは……あ、こいつ頼む。怪我の治療は終わったから、少し寝かせれば目を覚ますだろうって」
「はい……良し。そっと運ぶぞ」
「おう」
カイトとの語らいを楽しんでいたレックスの言葉に、彼の指示で担架を持ってきていた冒険者二人が示し合って女性冒険者を搬送する。そうして、一旦救助活動を切り上げて二人は邪魔にならないように移動する事にした。
「どこか話せる所は……まぁ、あそこしかないか」
「あそこ?」
「ウチの野営地。設営する、って連絡来た」
レックスの問いかけに、カイトは冒険部の旗が立つ郊外の一角を見る。世界中から冒険者達が集まっているわけであるが、流石に施設の大半が破壊されたこの状況では宿泊施設も何も無い。
なので要請を受けて増援で冒険者と今回の総会の為に来た冒険者は大半が今日の内に『転移門』で帰還する事になっている。が、やはり全員帰還しては都合が悪い――街の防衛設備も全て破壊された――わけで、一部は残留する事になっていた。冒険部もその残留組の一つというわけであった。
この後の『大地の賢人』との会合とそれに伴うシャーナの護衛がある為、ラエリア側からの要望という形で数日だが残留の許可が出たのだ。まぁ、更に内情を明かせば、万が一に備えてカイトの支援が欲しい、という冒険者ユニオン側とラエリア側の心情が一致した結果でもあった。というわけで、二人は一旦冒険部野営地の外れに着地する。
「カイト……って、マジ聞いてた通り長髪だな」
「ソラか。元気そうで何よりだ」
「あははは。マジな。にしても、全員無事……っちゃ、無事で良かった。全員寝ちまったみたいだけど」
「全員生存出来たのか」
ソラの報告に、カイトは思わず目を見開いて驚きを露わにする。が、これにソラと一緒だった瞬が答えた。
「……源次綱さんが、助言をくれたんだ。それを徹底させた」
「助言?」
「ああ……迷うな、と。そして『暴食の罪』には攻撃せず、生き延びる事だけに注力しろ、と」
「そうか……」
やはり彼には彼の思惑があるのだろう。カイトは瞬から聞いた源次綱について、そう思う。と、そんな彼らの後ろから、宗矩が顔を出した。
「……カイト」
「宗矩殿。こちらに?」
「ああ……武蔵殿がこちらの方が良いだろう、と」
「……そうですね。今はこちらの方が良いでしょう」
宗矩は今の今まで敵だったのだ。彼としては復興の手伝いに入りたい所ではあったが、今回の経緯を考えればそれは流石に避けるべきだろう。今後武蔵の手柄として彼の捕縛は喧伝される事になるだろうが、おそらく今回の一件とは無関係になるだろう。幸か不幸か彼が協力したのは『リーナイト』が大混乱に陥った後だ。彼が居た事を知る者がどれだけ居るか、という所だった。それほどの事態だった。
「ああ……それで、そちらに協力させて貰っていた」
「ありがとうございます……しばらく、お願いしてよろしいでしょうか」
「ああ……聞いている。貴殿が、かの紅き英雄か」
「ああ……俺もあんたを知ってるよ。柳生但馬守宗矩……凄腕の剣士だった」
どうやらかつての出会いの折り、宗矩とも会っていたらしい。まぁ、彼ほどの剣士だ。それを遊ばせておけるほどの余裕があったとは思えない。下手をするとありったけの戦力を持っていった可能性さえある。宗矩がその中に加わっていたとて、不思議はなかった。
「そうか……では、後はこちらで。今は弟弟子との別れを惜しまれるが良い」
「ああ、ありがとう」
「ありがとうございます」
再び冒険部の統率の補佐に入った宗矩に、カイトとレックスが頭を下げる。そうして彼が去った後、カイトはソラと瞬へと改めて顔を向ける。
「二人共、悪いが少しの間だけ冒険部の統率を頼む。まぁ、もう問題は無いと思うが……」
「なにかあるのか?」
「いや……まぁ、ちょっとこいつと話をな」
「そういえば……彼は結局誰なんだ? セレスティアのご先祖様とは聞いたんだが……良くわからなくてな」
どこか苦笑を滲ませるカイトの言葉に、瞬が少しの困惑を露わにする。これに、カイトが教えてくれた。
「ああ……まぁ、ダチだよ。大昔の……オレがアルやルーファウスが所属した騎士団の団長だった時代のな」
「お前騎士団長じゃなくて一応王族だろー? いい加減認めちゃどうなんですー?」
「うっせぇよ……って、そこはどうでも良い……まぁ、その時代のダチだ」
いつもの感じでバカをやるレックスに、カイトは若干胡乱げにため息を吐く。そうして彼は一転気を取り直してどこか恥ずかしげに告げた。
「こいつには、返しきれない恩がある……最後ぐらい、話がしたいんだ。だから、すまん」
「「……」」
珍しく頭を下げて頼み込むカイトの姿に、そして彼の姿が変貌しているという事実に、おそらく何かがあるのだろう、とソラも瞬も察したらしい。何より、二人共<<原初の魂>>が目覚めたり目覚めつつあったりするのだ。前世の関連でなにかがある、と思う事は容易だった。
「わかった。行って来いよ。先輩も良いっすよね?」
「ああ。何時も世話になりっぱなしだからな」
ソラの確認に、瞬もまた同意する。それに、カイトは再度頭を下げた。
「ありがとう……あぁ、そうだ。セレスと彼女の兄は?」
「あ……グリム……じゃなかった。レクトールなら討伐に出る、との事で一旦出ていっている。セレスティア……だったな。彼女ならこの陣の中だ。野営地をそこまで多く設営しても邪魔になる、との事で一緒にしたが、問題あるか?」
「いや、それが最良だろう。悪いが、セレスも呼んでやってくれ。自身のご先祖様だ。話ぐらいはしておきたいだろう」
「あ……そうだな。わかった。伝えておこう」
言われてみれば、それはそうだ。カイトの指摘に同意した瞬が一つ頷く。そうしてそれを受けて、カイトとレックスは一度野営地の中。中心にある司令室へと入る事にする。
「……まずは……ありがとう」
「……きも」
一応の立場として頭を下げたカイトに対して、レックスは舌を出して顔を顰める。これに、カイトが声を荒げた。
「うるせぇよ! 一応立場なんだからさせろよ!」
「いらねーよ……お前、さっき俺に恩がある、つったけどな。俺だってお前に返しきれない恩があるさ。お前も俺も、もうお互いに返しきれないだけの恩が出来ちまってる。だろ?」
「お前な……親しき仲にも礼儀あり、って言葉は知らんのか」
「知らね、地球の、それも一地方のことわざなんてな」
楽しげに、レックスが嘯いた。そもそもカイトに言われても居ないのに日本の事を出せるあたり、聞いていたとしか思えなかった。そんな彼に、カイトもまた畏まったのはこれでおしまい、と乱雑に椅子に腰掛けた。
「まぁ、良いわ。確かに頭下げたぞ」
「おうおう……どーせ、俺の本体の方だって何かヤバい時にはお前呼んで助けて貰ってるんだろうし。お互い気にしないでおこうぜ。数えたらキリないだろうしな」
「はぁ……お前は何時も軽いな」
「お前も似た様なもんだろ」
呆れ返るカイトに、レックスは楽しげだった。とはいえ、そんな彼の態度で救われてきたのもまた事実だ。故にカイトはどこか懐かしげで、嬉しげだった。
「あははは……で、久しぶりっちゃ久しぶりなんだが。本体のお前は元気そうなのか?」
「わかんね。俺は本当に写し身だからな。しかもお前が知ってる時代の」
「どこに居るか、とかもわからんか」
「そゆこと」
やはりカイトとしてはレックスとは可能なら再会したい所ではあった。レックス自身が言っていたように、彼はカイトにとって唯一無二の対等の親友だ。会いたいと思うのは当然の事だろう。こればかりは、ソラや瞬達ではだめなのだ。
「とはいえ……俺やお前の武器がある以上、また会えるだろ。この様子だと、一番はお前とヒメアになりそうだけど」
「ついでに、サルファもな」
「見つかったのか?」
「どういうわけか、ガチ弟に生まれ変わりやがった。あのバカ……何考えてるんだか」
「あっははははは。あいつ、お前大好きだもんなー」
伝え聞くもう一人の幼馴染の現状に、レックスは楽しげに笑う。そんな彼は少しだけ笑うと、笑いながら告げた。
「ま、実はそこらは聞いてたっちゃ聞いてた。多分一人だと無茶するだろうから、少し支えに行ってきますって」
「マジか。止めるに止められないよなー……」
過去に戻った際にやるな、と言っても結局やるだろう。と言うより、結局やらねば因果律が変わってしまうので、言った所で一緒だ。というより、言った上でやった可能性もある。そこらはカイトにはわからなかった。というわけで、カイトは一つため息を吐いた。そうなると、もう一人居るからだ。
「はぁ……ま、その関係で多分地球にノワールちゃんも居る。サルファの対だからな」
「ノワか」
「そ。どこかの誰かの妹に似つかわしくない可愛らしいお姫様が」
「だーれの事だ?」
「ん? オレは一言もお前の事なんて言ってませんよ?」
にっこりと笑うレックスに、カイトがさも素知らぬ顔で首をかしげる。そうして、レックスが殴り掛かりカイトがそれに応戦するわけであるが、それが十分ほど続いた所で部屋にセレスティアが入ってきた。
「失礼しま……」
「「お?」」
思いっきり顔面に殴りを入れていた二人にセレスティアが絶句し、カイトとレックスの二人はまるで何事も無かったかのように首を傾げる。そうして二人のじゃれ合いは一旦これで終わりとなり、改めて話し合いとなるのだった。
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