第1983話 七つの大罪 ――決着――
遂に開始された『暴食の罪』討伐戦の最終段階。レヴィの総指揮により始まったそれの第一段階は、『暴食の罪』外周部に無の空間を創り出す魔術を習得した冒険者達を送り届けるという護送任務だった。そんな護送任務であるが、最後の一人が指定されたポイントにたどり着いたのは、作戦開始から一時間後。『暴食の罪』の出現からおよそ十一時間と三十分後の事であった。
「第二十三部隊! 作戦ポイント到着! 繰り返す! 作戦ポイント到着! これで全員の筈だ!」
何人もの冒険者達に護衛されながら、<<知の探求者達>>の冒険者が通信機に声を大にして連絡を送る。そんな彼らの後ろには無数の魔物がまるで津波のように押し寄せており、とてもではないが普通には突破出来る様子ではなかった。では、どうやって突破したのか。それは、彼が居たからだった。
「おい、あんた! 助かった!」
「おぉ! まぁ、もうひと押ししたら俺は別の所の増援に向かう! 大丈夫か!?」
「ああ! 見てくれ! あっちからラエリアの艦隊が来ている! 外の冒険者達も乗っているとの事だ!」
レックスの言葉に、<<知の探求者達>>の冒険者が数隻の戦艦からなる艦隊を指し示す。今回の作戦にあたってラエリアの各地に居た冒険者達の大半はレヴィの指示で『転移門』による『リーナイト』への直接的な転移はせず、大半が外周部での増援に回っていた。彼らが来れば、一時的にだろうと耐えられるだろう、という判断だった。そうして、そんな背後を見てレックスは一つ気合を入れた。
「おし……なら、最後に一つ波を押し戻してやるか。はぁ!」
自身の相棒を模した大剣を一つ薙ぎ払うように振るい、およそ百メートル前方までの魔物を全て消し飛ばす。そうして、彼は何時ものように大剣の腹に額を当てて意識を集中する。
「……良し」
何時もの動作を行い意識を集中し、レックスは大剣を脇構えと呼ばれる後ろ側に構える構えを取る。そうして彼は大きく息を吸い込んで、莫大な闘気を身にまとった。
「おぉおおおおおおおおおおおおお!」
雄叫びと共に、神々しい真紅の光を纏いレックスが大剣を振りかぶる。そうして、一瞬の後。巨大な真紅の閃光が迸り、魔物の大津波を消し飛ばした。
「「「……」」」
一撃で消し飛んだ魔物の大軍勢に、その場の全ての者たちが唖然となる。まさしく、勇者カイトでもなければ出来ないような圧倒的な力。それを放ったのだ。そうして、その場を去ろうとしたレックスへと誰かが興奮気味に問いかける。
「ま、待ってくれ! まさか、あんた!」
「ん?」
「まさか……あんた、まさか……勇者カイト……なのか?」
「……いや、違うよ。本当に違う。あいつとはダチ……親友だ。俺は何があってもあいつを裏切らないし、あいつも何があっても俺達を裏切らない。あいつと俺達は同じ先生の所で学んだ幼馴染なんだ」
「ってことは……あんたも地球人、なのか?」
どこか穏やかな顔で告げられた言葉に、冒険者の一人がおずおずと問いかける。これに、レックスはしまった、と困った顔を浮かべた。
「あ、いや……違うんだけど。まぁ、ここら色々とあってさ。でも、俺はあいつを知ってるし、あいつも俺を知ってる。そうだなぁ……何時か、あいつに会ったらさ。こう聞いてくれ。あんたが一番強いと思う男は誰か、ってな。俺はあいつと答えるし、あいつは俺と答えるだろうさ」
楽しげに、笑うようにレックスは呆気にとられる冒険者達に告げる。そうして、彼は一人ごちた。
「俺とお前は二人居ないとだめなんだ。お前と俺はどこまでも平行線……そうですよね、先生」
遠い世界に居るという始源の頃の恩師の事を思い出し、レックスはわずかに目を閉じて胸に手を当てる。彼から教わった全てが、彼が学んだ王としての全てが、魂の奥底で眠っている。
「俺は<<紅の英雄>>。<<蒼の勇者>>の対となる者……そして<<幽玄の紅皇>>。<<夢幻の蒼王>>と共に最果ての世界にて最後の王となる二人の真王」
今までの英雄としての顔から、レックスはどこか遠くまで見据える王にも近い顔を覗かせる。が、そんな彼は一転、先程までと同じ英雄の顔を浮かべた。
「……ここまで来いよ、カイト……人類の善も悪も見たお前が、俺には必要なんだ。俺にお前が必要だったように、さ。だから、こんなデカイだけの奴に負けんなよ。お前の物語は、ここで終わりじゃないんだ。そのために、俺は来たんだから」
ぐっ、とレックスは拳を握りしめ、数十キロに渡る範囲を探知する。そうして、一番魔物が集まっている場所を見つけ出し、ただ一人無数の魔物を殲滅していく事にするのだった。
たった一人で無数の魔物を殲滅していたレックスに対して、『リーナイト』に留まりこちらも無数の魔物を相手に無数の冒険者達と共に戦っていたカイト。そんな彼はレックスの奮闘を肌身で感じながら、作戦の完了を聞く事になる。
『カイト! 最後のポイントまで届いたと報告が入った! レックスが最後の波も押し戻し、陣形の構築も完了!』
「ありがとよ、ダチ公……」
最後の最後まで、力借りちまったな。カイトはレヴィの報告を聞き、どこか悔しそうに笑う。本当なら、彼の力を借りずに勝利したかった。が、それが自分のわがままだという事ぐらい、彼もわかっていた。
「……ティナ。全部終わったぞ」
『うむ……で、ついぞ聞きそびれたが、レックスとは何者じゃ』
「ダチだ。何時かのな……昔言った、唯一オレが互角と認める奴だ。その写し身だがな」
『お主に匹敵する戦闘力の持ち主が本当におるとはのう』
「嘘じゃなかったろ?」
『素直に信じられんわ』
なにせ単身で全てを覆せるというカイトである。それに匹敵する存在が居る、と言われた時、誰もが信じなかった。それが喩えカイトの言葉であろうとも、だ。が、現実として今そのレックスはこのエネフィアに居て、カイトと同等の戦果を上げた。これでは誰も嘘といえるわけがなかった。
「あっははははは……ま、より正確にはあいつに追いつくために、オレはずっと走ってきたのさ。そしてこれからも、な。あいつと出会った時、置いてかれてたら格好つかんからな」
『会えると?』
「会えるさ。あいつらとは何時かまた会おうって言って別れた。目印とか色々と仕込んでな……お前らとまた会おう、って言って別れたように、あいつらともそう言って別れたのさ」
『まーた余の知らぬ余か。まぁ、良いわ。お主の独占欲の強さは余も知っておるからな』
楽しげに、ティナが笑う。そうして適度に笑い合って緊張をほぐした後、改めて二人は作戦の状況確認に入った。
『さて……それで現状じゃが。後は信管を起爆させるだけで、全ての魔術が一斉に発動出来る段階まで持っていける。地脈を通しての各地の術者との接続は<<知の探求者達>>が行っておる。あちらはあちらの方がよくわかっておるじゃろうからな』
「か……良し。そうなると、後はオレの出番か」
『うむ……気張れよ』
気合を入れたカイトに、ティナもまた一つ気合を入れる。ここからカイトが動くわけであるが、それに伴い無数の魔物が彼を目掛けて殺到するだろう事は明白だ。であれば、それに合わせて支援をしなければならなかった。そうして彼女が支援の準備に入った一方で、カイトもまた準備に入る。
「双龍紋……解放。<<守護者>>……憑依」
ランク2の<<守護者>>を呼び出して、自身の外周を覆わせる。一応カイトはそのまま触っても問題無い様にはなっている――『暴食の罪』は一度やられた経験からカイトだけは取り込もうとはしないが――が、万が一にも取り込まれないように<<守護者>>を自身の外側に顕現させ鎧のように身に纏う。本来これはランク3以降でないと出来ない事だが、制作に携わったカイトだからこそ出来るようにされていたのであった。
「ふぅ……これで偽装にもなるか」
ぐっぱっ、と感覚を確かめて、カイトは一つ頷いた。そうして、彼は意識を集中して『暴食の罪』の周辺に無数の<<守護者>>を顕現させる。
『っ! 報告! 更に無数の<<守護者>>が出現! 巨大種も数十体居るそうです!』
『この状況だ! 何でも起き得る! 攻撃に巻き込まれないように注意しろ、とだけ伝えておけ!』
『了解!』
『リーナイト』中心のユニオン本部からの通信がカイトの耳朶を打つ。が、もうこういった全ては無視だ。今更どうでも良い。と、そうしてこちらが動いたのを見たからだろう。『暴食の罪』がゆっくりと、降下を開始した。
『『暴食の罪』、降下開始! 落ちてきます!』
『っ! ちぃ! これ以上の肥大化は諦めたか! 奴も賭けに出たな! ジュリウス! 作戦の進行状況は!?』
報告を受けたレヴィが、忌々しげに舌打ちする。実際、こちらは予定より少し早い段階で動けていた。なので想定ではまだ『暴食の罪』が星へと取り付いた所で自浄作用で消し飛ぶ可能性が高く、本当に『暴食の罪』としても賭けと言ってよかった。
が、今ここで動かねば待つのは自身の敗北だ。故にあちらも動くしかなく、そしてそうなってはこちらも動くしかなかった。そうして、通信機の中に珍しい焦りが滲んだジュリウスの声が響く。
『っ、えぇい! 些か強引だが、仕方がない! ジュリエット!』
『ええ! 細かな調整は展開しながらやるわ!』
『ああ! 行ける!』
ジュリエットの言葉に、ジュリウスは若干やけっぱちになりながらゴーサインを出す。それに、ティナが告げた。
『カイト! 行け!』
「あいよ! こんなデカブツ、一気に押し返してやる!」
ティナのゴーサインを受けて、カイトが地面を本気で蹴って加速する。そうして跳んだ彼の前へと、魔法陣が展開される。
『道はある程度は作ってやる! お主は一直線に前に進め!』
「ああ!」
<<守護者>>の背面にある噴出孔から虹色のフレアに似た閃光を撒き散らしながら、カイトは更に加速。そこにティナの魔術による爆発が生まれ、前面の多くの魔物が消し飛んだ。そうして加速する彼の耳に、さらなる報告が入る。
『報告! 各地の<<守護者>>が一斉に『暴食の罪』へと突撃! これは……押し戻そうとしている!?』
『っ! 全員に指示! 『暴食の罪』を押し戻そうとする<<守護者>>を全力で支援しろ! 奴を落とさせるわけにはいかん!』
三文芝居も良い所だ。カイトは全てを知っていながら、敢えて初めて聞いたかのように振る舞うレヴィの言葉にわずかにほくそ笑む。そうして前面の無数の魔物がティナにより消し飛ばされ、背後を追撃する魔物はレヴィの指示を受けた冒険者により消し飛んだ。
「おぉおおおおおお!」
『暴食の罪』へと接触する瞬間。カイトは雄叫びを上げて、全ての力を解き放つ。それに合わせ背後の噴出孔から、正しく虹色の太陽の如き輝きが生まれる。そうして、誰もが目を覆うような閃光の中、わずかだが『暴食の罪』が押し戻された。
「行け!」
「頑張ってくれ!」
「そんなデカブツ、押し戻せ!」
カイトの背を、冒険者達の声が押す。そうして、ゆっくりとだが『暴食の罪』がエネフィアから遠ざかっていく。が、その次の瞬間だ。誰もが勝利を確信してしまい、一瞬の油断が生まれる。
「!?」
唐突に真横に生えた無数の魔物に、カイトが思わず目を見開く。そうして彼が驚きを露わにした瞬間、ずるりと無数の魔物が生まれ落ちて即座に転身し、カイトを含めた無数の<<守護者>>へと向いた。
「おい、撃ち落せ!」
「だめだ! 近すぎる! <<守護者>>にも当たるし、何よりあのデカブツにも当たっちまう!」
あまりに近すぎる。支援をしようとしてもどうしようもない距離に留まった魔物達に、冒険者達が苦々しげな声を上げる。
「っ! ちぃ!」
ここから離れるわけにはいかない。カイトは自身が避ければ同じ様に攻撃を避けるだろう<<守護者>>を考え、そのまま耐え忍ぶ事を選択する。が、その無数の攻撃が放たれるよりも前に、無数の魔物たちに向けて無数の光条が迸った。それは無数の魔物たちを吹き飛ばして、『暴食の罪』の極わずかな領域を消し飛ばす。
「どこのバカだ!?」
「どこだ!?」
どこのどいつだ。見境のない攻撃を放った何者かを、冒険者達が探す。が、今の攻撃は『リーナイト』ではなく、それより遥か彼方から放たれていた。その方向を、カイトが振り向いた。
「!?」
「……」
「っ……おぉおおおおおおおおおお!」
わずかに溢れた涙を拭う事なく、カイトはこここそが絶好の好機と今まで以上の力を込める。そしてそんな彼の力に呼応したかのように、かつて散って『暴食の罪』の中に取り込まれた者たちが、カイトへと力を与える。
「何だ!?」
「虹!?」
「あの<<守護者>>、輝き出したぞ!?」
無数の祈りを束ね、無数の願いを束ね、カイトはかつてと同じく一気に『暴食の罪』を押し戻す。そうして『暴食の罪』が地上から大きく離れ成層圏へとたどり着いた所で、ティナが魔術を始動させた。
『<<無空間>>展開!』
『<<無空間>>展開確認! 急速に暗黒空間が広がっていきます!』
『良し! ジュリエット! しくじるな! 一瞬でも気を抜けば終わりだ!』
『わかってる! パパこそ私より性能悪いんだから、しくじんないでよ!』
『一世代分ぐらいの性能は経験でカバー出来る!』
ティナの口決と共に、『暴食の罪』を無の空間が覆い尽くしていく。それは一切合切を取り込んで、『暴食の罪』の餌を全て無に帰した。そうして、そんな中にカイトは一人残される。
「……ありがとう、皆。また力を貸してくれて」
『……いいってことよ、神様』
『ありがとう、私達を忘れないでくれて』
『さぁ、やろう。今回も、俺達が一緒だ』
無数の力が、かつて『暴食の罪』が取り込んだ全ての者たちの力が、カイトへと注がれる。そうして、カイトはかつて『暴食の罪』を滅ぼした魔術を更に彼が改良した魔術を展開した。
「<<七つの大罪>>が一体『暴食の罪』……」
無数の生命が取り込まれ、無数の生命がごちゃまぜになってしまった。もう誰も救えない。その事実に、カイトは僅かな涙を流す。この『暴食の罪』にはまだあの当時生きた者たちの力が残っていた。それを、改めて彼はしっかりと胸に刻む。
「<<最後の審判・滅>>!」
<<最後の審判・滅>>。パニッシャーとは罰する者。暴食の罪になぞらえ名付けられた魔物を滅するための魔術の一つだった。そうして、エネルギーの供給が絶たれた『暴食の罪』は跡形もなく消滅する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




