第1981話 七つの大罪 ――到着と完成――
レックスとカイトの奮闘により奮起した冒険者達による、最後の一踏ん張り。そうして始まった無数の魔物達と冒険者達の戦いだが、やはりこれは冒険者達が劣勢と言うしかなかった。
「やっぱ……キツい!」
「キツかろうとやるしかないんだよ!」
「わーってる! 喋んないとキツいんだよ!」
正真正銘無数の魔物を、たった数百人で抑え込む。普通に考えて出来るわけがない。が、それでもここで終われば本当に終わりなのだ、とわかっているからこそ、冒険者達は最後の最後まで声を上げて悪態をつきながらも、決して折れずに戦い抜く。
「ふむ……」
「流石に、そろそろ厳しいわね。あの二人のおかげで奮起はしたけれど、という所で」
「クオンか」
「ええ……まさか、貴方がそこまで強かったなんて。剣士なら一手所望した所よ」
地上から戦場を見ていたレヴィに対して、真横に舞い降りたクオンが告げる。そもそもレヴィの詳細は殆ど不明で、彼女がここまで強いとは思わなかった、という冒険者は無数に居た。クオンは強いかな、とは思っていたがここまでとは思わなかったらしい。というわけで、彼女は少しの休憩がてら、レヴィに問いかける。
「何匹やった?」
「さてな。私にとって数える事にさほどの意味はない。二桁を超えた当たりで意味もない、とやめた」
「残念ね……わかっていれば、おおよその参考になったのに」
「なんの参考だ」
クオンの言葉に、レヴィは呆れた様に笑いため息を吐く。と、そんな彼女はクオンへと問いかけた。
「で……貴様はこんな所で何をしている」
「あら……ここが重要地点なのでしょう?」
「……流石は剣姫か」
とんとん、と足で地面を叩いたクオンに、レヴィは一つ称賛を述べる。彼女が戦場に出た理由は一つしかない。絶対に取り込まれたり破壊されてはならないものがあり、その場所を万が一にも『暴食の罪』に悟られない様にするためだ。故にそれを知り戦える彼女が出て、その防衛に就いていたのである。
「この下に、『転移門』がある。そこから来る世界中の戦士達こそが、最後のひと押しになってくれる」
「ああ……ここまで十時間近く。彼らはよく頑張ってくれた。が、ここからはより熾烈になる。彼らではもう保たん」
レヴィはやはり軍師であればこそ、現状を正確に認識していた。カイトとレックスにより奮起した冒険者達であるが、それは謂わばろうそくが燃え尽きる直前に輝きを増すのに似ている。ここが、本当に最後なのだ。これ以上はもう誰もが耐えられない。限界なのだ。
そして限界が来てしまえば、『暴食の罪』に取り込まれていくだろう。そうなると、『暴食の罪』の肥大化は加速し、生まれる敵の数も増えていく。劣勢は加速する。そうなれば、負けなのだ。
「……ここから来る世界中の戦士達こそが、エネフィアを守る最後の切り札だ。後は、彼らに頑張ってもらうしかない」
「そうね……じゃあ、まぁ……その最後の時まで必死に頑張る事にしましょう」
レヴィの言葉に同意して、クオンが刀を軽く振るう。流石にこの状況では彼女お得意の<<次元斬>>を放って魔物を消し飛ばす事は出来ない。が、彼女は剣姫。それ以外に無いわけがない。そして空中の冒険者達が仕留めきれなかった魔物は山程いる。それを片付ける必要があった。
「はぁ!」
一振りで、無数の斬撃が迸る。その一撃はまるで狙撃銃の様に正確に魔物のみを切り裂いて、彼方へと飛んでいった。
「さて……後、どれぐらいか。あまり出力を上げられんが……後は、奴らの思惑か」
ただ戦うクオンに対して、レヴィは再び無数の蒼い光球を生み出して魔物達を貫いていく。が、そんな彼女はまるで戦闘がついで、と言わんばかりに<<死魔将>>の思惑を推測していた。そうして、圧倒的な二人は増援が来るまで、その場に留まり続ける事になるのだった。
さて、カイト達が最後の一踏ん張りを開始して、およそ一時間。タイムリミットまで後二時間、という所だ。流石に最後の一踏ん張りを見せていた冒険者達の多くが、飛空術で飛ぶだけの力を失っていた。
「ちっ……」
「流石に……もう飛べない……けど!」
「まだ腕は動くんだよ!」
飛べなくなり地に墜落した冒険者達だが、それでも決して心は折れていなかった。故に各々が出来る最後のあがきを見せ、なんとか奮闘を続けていた。そんな中でも最後の最後までカイトと共に空中に残っていたのは、やはりバーンタインを筆頭にしたエネフィア最強戦力達だった。
「叔父貴! デカイのやりやす! ユリシア叔母上!」
「りょーかい! 支援入るよー!」
「終わり次第投げるから、受け取れよ!」
流石にこのもう殆ど誰も空中に残っていない状況だ。バーンタインが大声で叔父貴と言っても誰も聞いていなかった。まぁ、聞いていたとてそんな事になにかを思える状況でもない。それほど、全員必死だった。余裕があるとすれば、カイトを筆頭にした冒険者の上位陣ぐらいだ。
というわけで、バーンタインの支援要請を受けたカイトがユリィを伴いその場を飛び退くと、直後にバーンタインが炎の巨人となった。
『おぉおおおおおおおおおおおお!』
雄叫びと共に、炎の巨人となったバーンタインが腕を振るう。そうして雨の様に降り注ぐ魔物の群れを灰燼に帰すと、すぐに元の大男の状態に戻った。そこに、カイトが『霊薬』を投げ渡す。
「おらよ!」
「すんません!」
本来、<<炎巨人>>は今のバーンタインでも十分な準備も無ければ出来ない大技だ。が、そこにカイトとユリィが補佐に入った事でなんとか出来たのであった。
「ったく……何体潰したか、もう考えたくねぇな……」
倒せど倒せど振ってくる魔物に、カイトは若干の苦笑を浮かべる。そんな彼の目の端に、巨大な長方形に近い魔物の姿が映り込む。
「させるか、クソ芋虫!」
目の端に映り込む長方形の魔物に向けて、カイトは回転させた無数の武器を降り注がせる。そうして細切れに切り裂かれた魔物の中から、何人もの冒険者達がこぼれ落ちた。
「ユリィ!」
「あいさ!」
こぼれ落ちた冒険者達に向けて、ユリィが魔糸を放ち緩やかに地面へと着陸させる。限界が来て魔力不足で気を失った所を、回収されたらしい。
「これで良し、と」
「結構、ヤバそうだな……」
見る限り今の長方形の魔物はまだ何体も降下してきており、倒れ伏した冒険者達を掻っ攫い『暴食の罪』へと運ぼうとしているらしい。まだ無事な者たちもそれに気付いて討伐しようとしているが、強固な外殻が十数時間にも及ぶ戦いを経た身体には厳しかった。救出作業は難航している、と言ってよかった。と、そんな地上を見るカイトへと、ユリィが声を上げた。
「カイト、上!」
「ん? っ!」
どうやら、『暴食の罪』はここが攻め時と判断したらしい。上から振ってくる魔物の群れの中に、先の収穫用とでも言うべき長方形の魔物が群れをなして降下していた。もちろん、攻撃力は無いのでその護衛とでも言う様に無数の戦闘力に長けた魔物も一緒だった。
「ったく……あとちょっとだってのに……」
面倒くさいな。カイトは苦い笑いを浮かべながら、刀を構える。が、そんな彼の真横を、無数の弓矢が飛んでいった。
「! ソレイユか!?」
『違うよ!?』
「っ!」
ソレイユの言葉に、カイトは下を見る。そうして、深く息を吐いた。
「来たか!」
やっとこさ、この絶望的な状況に一筋の光が見えた。カイトの顔に笑みが浮かぶのは、仕方がなかった。そんなカイトの前で、見慣れぬどこかの民族衣装にも似た旅人の服を着るエルフの冒険者が声を上げた。
「おい! あのデカブツには当てるな! わかってるな!」
「っと! ごめん!」
「あぶね! そういや、当てるな、って依頼書に明言されてたな!」
弓兵達を率いるエルフの冒険者の言葉に、他の弓兵達が笑う。そこには今まで戦い抜いた者たちにある疲労感が無く、そしてそんな彼らの横を高速で剣士たちが駆け抜けた。
「大親父! 生きてるな!」
「親父!」
「お前らっ……おせぇぞ!」
赤髪の冒険者達の声に、バーンタインが笑う。やってきたのはどうやら<<暁>>の冒険者達らしかった。そして、そんな彼らの最後尾にはオーグダインが居た。
「親父。無事だな?」
「おぉ……これで全部か?」
「いや、第一陣だ。ピュリが率いる第二陣がまだ来る」
「そうか……」
オーグダインの言葉に、バーンタインは一度だけカイトを見る。それに、カイトもまた一つ頷いた。
「すんません」
ギルドマスターが居て、そしてギルドメンバー達が居るのだ。なら、バーンタインが総指揮を取るのが良いだろう。というわけで降下していったバーンタインを見ながら、カイトは通信機を起動する。
「先輩」
『ああ』
「<<暁>>の増援が来た。神殿都市の分隊も来るそうだ。そちらと共同して動け」
『ピュリさんが……わかった』
『おい、瞬の小僧! 生きてるね!』
どうやら、言うが早いかピュリが来たらしい。通信機の中に彼女の声が漏れ聞こえる。そして彼女と共に、マクダウェル家の増援部隊もまた到着する。
「お兄様!」
「カイトー」
「おっと……二人共来たのか」
「はい」
やってきたのはクズハとアウラの二人だ。どうやら、彼女らが本隊を率いて来たらしい。そもそも『転移門』研究の第一人者はティナだ。そしてその研究をしていた事があり、皇国の『転移門』の一つはマクダウェル家が管理しており、許可が出た時点で早々に開けたのである。
そしてマクダウェル家がまずウルカの『転移門』を開いて最大兵力を抱える<<暁>>の本隊を送れる様に手配し、クズハとアウラがマクダウェル家の増援部隊を率いて転移。他の従者達が各地の『転移門』を開き増援移送の手配をしていたのであった。
「良し……これで、なんとか」
敵の増援も出たが、それと共に完全武装かつ一切の疲労も無いこちらの増援も来た。そしてそれに合わせて今まで戦い抜いた冒険者達が大休止を取れる。
これで、最後まで保つだろう。カイトは続々と現れる万を超える戦士達が横を通り抜けていくのを見ながら、そう安堵する。と、そんな彼にレックスが声を掛けた。
「なんとかなったな」
「あははは……ま、なんとかな。はぁ……」
「まー、これで大丈夫なら俺は去るべき所なんだが」
「そう言わずに、最後まで残ってけ」
「当たり前よ」
後は時間内にティナ達が魔術を完成させるだけ。そんな状況になったわけであるが、手が足りているというわけではない。というわけで、カイトとレックスは先程までより遥かに軽い感じで構えを取る。と、そんな所で、だ。無数の魔法陣が空中へと生み出される。
「これは……」
「すっげー……」
正真正銘無数。無数の魔物に対するかの様に無数に生み出された魔法陣に、カイトもレックスも思わず呆気にとられる。何が起きても不思議はない。そう思っていたこの場であるが、それでも呆気にとられるほどの多さであった。
『待たせたの』
『こちらから支援を行う』
聞こえてきたのは、ティナとジュリウスの声。どうやら増援が到着すると共に、彼女らも魔術を完成させられた様子だった。
「ティナ! 終わったのか!?」
『うむ。後は試験のみになった。そしてその試験も……』
『終わったわ。吸収率イレブンナイン。理論上、これだけあればいくらその……お、大きすぎない!?』
どうやら最後の締めを担当していたらしいジュリエットが報告に入ろうとした様子であったが、入った時に比べあまりに肥大化した『暴食の罪』に思わず声を荒げた。
「だから言ったろ。後少しすると手に負えんって」
『そ、それでも大きすぎでしょ……』
『それは良いわ。で、結果は?』
『あ、うん。問題無し。無の空間を創り出せるわ』
『良し……カイト。そういうわけじゃ』
ジュリエットの報告に、ティナが一つ頷いてカイトへと告げる。どうやら、これで後はかつてと同じく、決めの一手を叩き込めばそれで終わりらしかった。
「良し……レヴィ!」
『ああ! これより、『暴食の罪』討伐作戦の最終段階に移行する! 増援部隊各員、及び全ての冒険者達に告げる! これより最終作戦の概要を説明する! 一度しか言わんから、耳をかっぽじって一言一句を記憶しろ!』
カイトの言葉を受けたレヴィが声を荒げる。そうして、彼女から『暴食の罪』討伐の最終段階の作戦概要が語られる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




