第1980話 七つの大罪 ――先導者――
<<七つの大罪>>が一体『暴食の罪』との戦いの最中に起きた、かつての親友との再会。喩え写し身であろうと、カイトにとっては親友に違いなかった。というわけで、親友との再会を経たカイトは、彼と共に最後の一踏ん張りに乗り出していた。
「ルー!」
「わかっている!」
最後の一踏ん張り、と宙へ躍り出たカイトとレックスを見て、アルとルーファウスの二人もまた歓喜と共に大空へと飛び出した。この二人と共に戦う事が、前世の彼らの最後の望みだったのだ。喩え方や写し身方やボロボロだろうと、この場で彼らに続かない事が二人にはあり得なかった。
「団長!」
「陛下!」
「「お供します!」」
「ああ!」
アルとルーファウスの言葉に、カイトは笑って四人で背中合わせに円陣を組む。そうして、四人は無数の魔物を前に、しかし一切怯む事はなかった。
「「「……」」」
一瞬の沈黙。四人と周囲の魔物達がお互いに機を見計らい、沈黙が生ずる。が、それはどこかでの戦いで起きた爆発をきっかけとして、破られる事となった。
「アル! 追撃は任せる!」
「もちろん!」
ルーファウスの言葉に、アルが一切の迷いなく応ずる。そうして、ルーファウスが突進してくる鳥型の魔物を切り裂いて一瞬怯ませると、その次の瞬間にはアルが焔を宿した剣を振るい、消し飛ばす。そうして一体を消し飛ばした後、アルは即座に屈んだ。
「ルー!」
「わかっている!」
アルの背中に左手を着けて、ルーファウスが更に先に居た魔物へと蹴りを叩き込み距離を取らせる。そうして距離を離した瞬間、ルーファウスが斬撃を放った。
「はぁ!」
「しょっと!」
ルーファウスが斬撃を放った直後。アルが起き上がり、半回転してルーファウスと背中合わせになる様に移動すると即座に背後に向けて斬撃を放つ。数えるのも嫌になるほどの魔物の群れだ。すでに背後にも魔物が迫ってきていた。
「流石双子。息あってるな」
「あいつらは二人居てこそだ」
双子ならではの動きを見せ無数の魔物を殲滅していくアルとルーファウスの二人に述べられる称賛に、カイトがどこか自慢気に笑う。そうして、そんな彼にレックスが問いかけた。
「俺達もやる?」
「まさか……オレ達がそんな事するのは、本気でヤバい時だけだろ」
「まーな」
おそらく、誰が聞いても今以上に絶望的な状況は無いだろう。そう言うだろう。が、二人にとってこの程度は絶望にもならない程度でしかなかった。とはいえ。連携を取らない、というのはまた話が別だった。
「おらよ!」
「はぁ!」
レックスが横に薙ぎ払うと、カイトがそれに合わせるかの様に縦に切り払いを放つ。そうして十字に切り裂かれた魔物の群れの中へと、レックスが突っ込んだ。
「おぉおおおおおおおおお!」
「うっわぁ……カイトがもう一人」
突っ込んだレックスが巻き起こした巨大な斬撃。それは十キロを薙ぎ払う一撃だった。正しく、カイトしか出来ない筈の破壊。それを、対等である彼は出来た。というわけで、そんなレックスを見たユリィがカイトへと問いかけた。
「カイト。持ち味取られちゃってるけど、どうする?」
「決まってらぁな」
どこか茶化すようなユリィの言葉に、カイトは無数の武器を生み出して獰猛に笑う。
「アル・アジフ、ナコト……<<ニトクリスの鏡>>を」
『やりすぎるぞ』
『どうせ言っても聞かない』
『……珍しいな。お前が少しやる気なのは』
『彼と会うのは久しぶり。そういうアル・アジフもどこかやる気』
『父が唯一認める相手だ。私も本気でやる意味がある』
ユリィにはさっぱりわからないが、どうやらナコトもアル・アジフも本気でやるらしい。そしてもちろん、カイトもやる気だし、ユリィもやる気だ。
「ユリィ……万単位でやるが」
「りょーかい。私も技を見せるよ」
「オーライ」
楽しげに笑うユリィに、カイトは空間が許す限りの武器を編む。そして編み出された武器に、ユリィが即座に各種の属性を纏わせた。そしてそんな武器を、アル・アジフとナコトが無数にコピーする。
「億千万……どっちが上か、やってみようぜ」
楽しげに、そしてどこか挑発する様にカイトは倒されたそばから新たな個体を生み出す『暴食の罪』を見上げる。あちらが無限に魔物を生むのなら、こちらはそれを無限に破壊するまで。そんな気合が見て取れた。
「おぉおおおおおおおお!」
「お、おぉ!? やる気だな!」
雄叫びを上げ無数に降り注ぐ魔物の雨を無数の武器で粉砕していくカイト達に、レックスが一瞬は驚きを浮かべるも楽しげに笑う。ここまで無数の武器を生むカイトは見た事がなかったらしい。
が、これだけやっても焼け石に水。多少降り注ぐ勢いが弱まる程度でしかない。当たり前だ。なにせここ以外でも降り注ぐからだ。無論、上からをカイトが防げば、横からをレックスが防ぐ。なので確かに減ってはいる。それが意味のないほどに、敵が多いのだ。そしてカイトの投射でさえ倒せない魔物だっている。
「っと!」
現れた『厄災の獣』――ただし双頭など違いはある――に、レックスが切り上げる様に大剣を振りかぶる。そうして股間から頭頂部まで真っ二つになった『厄災の獣』だが、即座に両断された部位が伸びて癒着。元通りになった。
「また違うの混ざってんな!」
両断しても意味の無い流動性の肉体を見て、レックスが今度は横薙ぎに両断する。が、これも両断された瞬間には触手の様に断面が伸びて癒着する。そうして、元通りに回復した『厄災の獣』であったが、左手から触手が伸びた。
「キモチワル! 触りたくない! カイト!」
「あいよ!」
伸びた触手を大剣の薙ぎ払いで切り払い背後に跳んで距離を取ったレックスの言葉に、一転カイトが武器の雨を『厄災の獣』へと降り注がせる。が、狙いは貫通ではない。故に無数の武器が『厄災の獣』に突き立てられた。
そうして、カイトと入れ替わりに上向きに大剣による斬撃を放ち生み出される魔物たちを殲滅するレックスの一方、カイトは突き立てた無数の武器に魔力を流し込む。
「ぶっとびやがれ!」
過剰な魔力を流し込まれた武器が、極光を上げて爆発を起こす。そうして無数の爆発に飲まれ、流動的な身体を持つ『厄災の獣』が消し飛んだ。
「さて……次だ」
「ああ」
カイトとレックスが背中合わせに立ち、周囲を包囲する無数の魔物達を睨みつける。そうして一瞬の沈黙が生まれたが、その次の瞬間。少し離れた所で小さな太陽のような火の玉が生まれ、太陽から吹き出したフレアが周囲の魔物を飲み込んだ。
「何?」
「あいつらか」
「みたいだな」
眼前を舐める様に敵を焼き払ったフレアに驚きを浮かべたユリィに、カイトとレックスはわずかに笑う。この太陽はアルとルーファウスが生み出したものだ。今の二人なら決して出来ない、かつての彼らのあわせ技だった。そんな二人を見て、カイトは背後のレックスと頷きを交わす。
「……負けちゃ、いられないな」
「だな」
双剣を構え大剣を構え、二人は無数の魔物の群れに向けて一気に突撃する。
「はぁ!」
倒しても倒しても現れる無数の魔物。それを、五人はただひたすらに殲滅していく。そんな光景を、『リーナイト』の休んでいた冒険者達はただ呆然と見守っていた。
「「「……」」」
凄まじい戦闘力。そうとしか言い得ない五人を見ながら、バーンタインは思わず感動さえ覚えていた。
(叔父貴と互角に……ついてける奴が居たのか……)
バーンタインが何より驚いていたのは、カイトと共に圧倒的な戦闘力で魔物を殲滅するレックスの姿だ。まだ、カイトは分かる。彼は莫大な魔力を背景として、そして彼の数少ない特異な力である武器の創造を行える事で圧倒的な殲滅を行える。が、レックスはそれも無しにカイトと同等の殲滅力を見せていたのである。そんな彼の見る前で、アルとルーファウスが太陽を生み出し、無数の魔物を焼き尽くす。
「あいつら……」
前に見た時は単なる小僧程度にしか思わなかった。バーンタインはアルを思い出し、そう思う。当然だが、リィルを知っていた様にアルもまた見知っていた。なので少し前までの彼を知っていたのだ。そうしてそんな彼らの太陽で、バーンタインははっとなった。
「なにしてんだ、俺ぁ……おい、てめぇら! 何呆けてやがる! 俺達も行くぞ!」
「「「お、おう!」」」
自分より弱い奴らが、カイト達と並んで戦っているのだ。なのに八大の長であり、そして同じく英雄の子孫である自身がここで呆けていられるわけがなかった。そうして、彼の言葉に今まで空に上がる事の無かった冒険者達さえ大空へと飛び出していく。
「……なんか、懐かしいな」
「あははは。ガキの頃を思い出す」
カイトの言葉に、レックスが楽しげに笑う。二人が思い出したのは、たった二人で挑んだ一度目の魔王との戦い。齢十三歳にて成した偉業。その時はたった二人で絶望的な戦いに挑んで、気付けば一人二人と仲間が増えていた。そうして気付けば、数百人の冒険者達が宙へと舞い上がり、無数の魔物と戦いを繰り広げていた。そしてその中には、二人が知る者も居た。
「陛下!」
「カイト!」
やってきたのはレクトールと瞬の二人だ。どうやら酒呑童子の力で瞬は一時的に飛翔が出来る様になっていたらしい。
「我らも、共に」
「俺も行く。今なら、並以上でやれるはずだ」
「ああ」
「おう」
瞬とレクトールの言葉にカイトとレックスが頷いた瞬間。一同の前を巨大な火の玉が飛んでいく。それは数百の魔物を飲み込んで、道を創り出した。そうしてその道を、セレスティアとリィルの二人が通り抜ける。
「兄さん!」
「瞬! 先走るな、と言ったでしょう!」
「……こりゃぁ、気を抜けないな」
「まったくだ」
ここまで顔見知りが増えては、カイトとしてもレックスとしてもやる気になるしかない。というわけで、レックスがカイトへと問いかける。
「カイト……親父さんとおふくろさんの力、使えるか?」
「親父とおふくろ? なんの話だよ」
「お前の腕のだよ。ほら、『龍紋』」
「ああ、双龍紋か。出来るが……」
「なんだよ、やりたくないのかよ」
「身体に負担デカイんだよ。あれ、今の身体には重い」
レックスの問いかけにカイトは腕に『龍紋』と呼ばれる特徴的な紋様を浮かべる。なんだかんだ、やるらしい。
「はぁ……良し」
「それでこそ……じゃ、俺も」
どんっ。レックスから、カイトにも匹敵する圧が放出される。別に彼は神族などの特殊な種族の血を引いているわけではない。もちろん、何かしらの異族に類する血は引いているが、それだけだ。それなのに、カイトにも匹敵し得る力があった。そうして、そんな彼が声を上げた。
「さぁ、最後の一踏ん張り! 全員、やろうぜ!」
「「「おぉおおおお!」」」
レックスの号令に、周囲の冒険者達が雄叫びを上げて呼応する。そうして、残り数時間の最後の戦いが開始される事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




