第1979話 七つの大罪 ――蒼と紅――
宇宙での戦いを終えて、『リーナイト』へと帰還したカイト。そんな彼はユリィにユニオン側の状況確認を任せると、自身は冒険部側の状況を確認するべく別の拠点へと入っていた。
そうして拠点で瞬やバーンタインらと合流したカイトは、同じく召喚による疲労でイミナにより休まされていたセレスティアと再会。彼女の祖先にして、自身の親友との再会に備えていた。その、一方。レックスはというともう一人の自身の子孫であるレクトールと合流していた。
「カイト様が帰られたそうです」
「わかってるよ。この気配……あいつしかいない」
虚空を蹴り、レックスは笑う。そんな彼に、レクトールは改めておずおずと問いかけた。
「その……良いのですか? 本当に」
「ん? 何が?」
「この大剣です。これは御身の物です。あなたがここにいらっしゃる以上、私が持っていて良いものではない」
どこか差し出す様に、レクトールはレックスへと大剣を差し出す。先にセレスティアも言っていたが、この大剣はレックスを召喚するための媒体の役割を果たしていた。
そして召喚とは当人に縁がある物を使う事が最も良いとされている。であれば、この大剣は本来はレックスが持っていたもので、彼がレクトール達の世界を去る際に置いていった物に他ならない。何故置いていったのか、などはレクトール達にも一切不明だが、彼らの物だった事は事実だ。
「良いよ。別に必要無いし」
「ですが……」
「そいつは、写し身の俺が持って良いもんじゃない。そいつは本当の俺が持つべきもんだ」
まっすぐな目で、レックスは前を見る。そんな彼は前を見て、自身の大剣に託された数多の想いを思い出す。
「そいつはたくさんの英雄達が、たくさんの戦士達が、たくさんの民達が願いを託して出来た剣だ。俺が俺である証でもある」
「存じ上げております」
「だから、だろ? 俺は写し身。願いで呼び出された過去の影……そいつは今を生きる奴の、想いを託された奴が振るうべきものだ。過去の奴が振るうべきもんじゃない」
どこか王としての貫禄を滲ませ、レックスはレクトールに自身の大剣の事を語る。そんな彼に、レクトールが告げた。
「であれば、やはりこれを」
「ん?」
「私の想いを、貴方に託したい」
「……だめさ、それは」
レクトールの言葉に、レックスは少し苦笑気味に笑って首を振る。
「確かに、俺はお前らの想いに呼応して呼ばれた……けど、俺がここに来れた何よりもの理由はあいつが居たからだ。俺はあいつの縁を頼りに、こっちに来た。お前らの想いを託されるわけには、いかないのさ」
「……」
元々、レックスを呼ぶにはセレスティアでは無理とされていた。そして実際、カイトという縁がなければ不可能でもあった。それ故にこそ、彼は自身がセレスティアらの願いに応じて来たのではなく、カイトという友の苦境を知ればこそ来たのだと認識していた。そうして、そんな事を語ったレックスは、少し恥ずかしげに頬を掻いた。
「それに……まぁ、なんてかさ。そいつ持っちまうと満足しちまうような気がすんだよ」
「満足、ですか?」
「ああ……俺達がなんで武器を置いていったか、お前知ってる?」
「え? いえ……なにせ三百年も昔の事ですので……ただ御身らが置いていかれた、とだけ」
少し楽しげなレックスに、レクトールは困った様に首を振る。これに、レックスは笑った。
「あぁ、良いよ。別に……そいつは、目印なんだ」
「目印?」
「ああ。また全員が集まるための……遠い世界に行っても、喩え世界が俺たちを別つとも、絶対に再会しよう、って」
どこか子供っぽい顔で、レックスは最後の時を思い出す。彼らは始源の英雄より教えを受けた先導者。様々な世界に転生する宿命を持った者たちだ。故に、八人が集まれる事は少なかった。それを、魂の記憶を知った彼らは理解していたのだ。
「ようやく、俺達八人が集えた。そして俺たちの最初の役目は終わった……なら、次に会う時にはどうやって会おうか。そう話し合った。で、それぞれが最も使い込んだ武器を縁にしよう、って決めたんだ。全部、あの世界で出来たものだからな。そして俺達にも繋がる。これ以上無いぐらい、俺達が集うには良い目印だ」
「では、御身らは……」
「ああ。何時か、帰るつもりだった。神官達、言ってなかったのか? 何時か取りに行くから、それまでは好きに使ってくれって言われたって」
「何時か帰る、とだけ……」
まさかそれが本当にそのままの意味だったとは。レクトールは神官たちの言葉が単なる言い伝えや伝説の類ではなく、正真正銘そのままの意味だとは思わず驚きを露わにする。
「そっか……ま、そういうわけでさ。今そいつを持ちたくないんだ。喩え写し身でも、なんか満足しちまいそうでさ。お前の気持ちは嬉しいけど、な?」
「……はい」
少年の様に恥ずかしげに告げられた言葉に、レクトールは微笑みと共に受け入れる。一族に伝わる彼らしい言葉だ。それを理解し、それなら受け入れるしかなかった。そうして、その会話が終わった頃に二人は『リーナイト』の上空へとたどり着いた。
「それに……大剣が必要なら手に入れられる」
「はぁ……」
「……あそこ、か」
自分が誰よりも信頼し信用し、そして誰よりも見知った気配を頼りに、レックスはカイトを見つけ出す。そうして、遂に。カイトと彼の視線が交わった。
「「……」」
ただ無言で、二人が笑みを浮かべる。そうして、レックスが一瞬でカイトの所へと舞い降りる。
「……」
「……」
拳を突き出したカイトに、レックスもまた拳を突き出す。そうしてぐっと拳を交えた後、まるでお互い示し合ったかの様に少しだけ拳を離して、お互いの顔面狙いで拳を叩き込んだ。
「っ……ボロボロだなぁ、お前! あいっかーらず無茶やってんな!」
「っ……うっせぇよ! てめぇ、何呼んでもないのに来てやがる!」
楽しげに笑いながら、カイトはレックスに憎まれ口を叩く。そうしてお互いの拳を顔面に叩き込んで挨拶を交えた後、二人は腕を交差させる。
「お前は写し身で」
「お前はボロボロ」
「「お互い、絶望的な状況だな」」
楽しげに、二人は笑い合う。カイトは元々ボロボロの上、今は腹に大穴が空いた後すぐだ。で、一方のレックスはあれだけ圧倒的な風に見えて、その実本来の彼の半分のその更に半分も出せない――アルとルーファウスは彼の最盛期を知らない――写し身だ。
これで、敵は<<七つの大罪>>だ。もう笑うしかなかった。が、それでも。この笑みは絶望に瀕した者が浮かべる笑みではない。必勝を、勝利を確信した者が浮かべる笑みだった。そうして一切の絶望が消え去ったカイトが、レックスに問いかける。
「で、ダチ公」
「なんだ、ダチ公」
「来た以上は、やるんだよな?」
「当たり前よ」
紅と蒼の闘気がまるで共鳴するかの様に渦巻き、天高く立ち上る。それに、カイトが笑った。どれだけ絶望的な状況だろうと、己と並び立つ者が居てくれる。それが、心強かった。そして何より。相棒が居る。
「カイトー。私忘れてない?」
「忘れるかよ……お前が居ないと、ここに立つオレは誰なんだって話になるからな」
「なら、良し」
カイトの返答に、ユリィが満足気に彼の方に腰掛ける。それに、レックスが笑った。
「あ、ユリィは俺分かる?」
「知ってるけど……そんだけ」
「そか……まだ俺達と会ってないもんな。ま、会った時は頼むよ」
「……ん」
どこかやりにくそうに、レックスの言葉にユリィが頷いた。まぁ、仕方がない。彼女は今までこの方レックスとは常に殺し合いを演じていた。しかもカイトとは違い幼馴染というわけでもない。
一応カイトから何度も聞いていたし自分達の因果を受け入れた上なので別に敵とは思わないが、どうしても複雑な感情を抱くのは無理なかった。そしてそれはレックスもわかっている。
なので、彼も何も言わなかった。何より、それは本体の仕事で、今ここでするべき事ではないからだ。が、言っておきたい言葉はあった。というわけで、少し気恥ずかしげに彼が告げる。
「……あー……まぁ、皆言うと思うんだけど。カイト頼むわ。こいつほっておくと一人で無茶しやがるからな」
「それはもちろん」
「おう」
ようやく見せた笑顔に、レックスは一つ笑って頷いた。そうして、そんな彼はカイトの横に進んで、肩を並べる。が、そんな彼がおもむろにカイトに手を差し出した。
「ん」
「……あ?」
「大剣。先生から武器創る力学んだんだろ?」
「おまっ……お前の剣、あっただろ!? なんでオレに言うんだよ!」
「子孫にカッコつけたかったんだよ! 良いだろ!?」
「てめぇ! そのカッコつける癖治せ!」
「お前にゃ言われたくねぇよ!」
「わっ! ちょっと! 私居るにの喧嘩おっぱじめないで!」
ボコスカボコスカ、と子供の殴り合いの喧嘩をする様にじゃれ合うカイトとレックスに、ユリィが思わず悲鳴を上げる。そうしてしばらく殴り合う事になるのだが、そんな一幕を見守っていたレクトールがおずおずと申し出る。
「あ、あの……やはり」
「あ、それはお前が持っとけ。こいつが出すから気にすんな」
カイトの顔面に殴りを入れていたレックスであったが、レクトールの申し出に笑って首を振る。なお、何気に彼自身もカイトに殴られていたので、微妙に首を振りにくそうだった。というわけで、そんな彼の言葉にカイトがため息を吐いた。
「お前なぁ……はぁ。ほらよ」
「サンキュ」
結局カイトも渡すんだったらはじめからそうすれば良いのに。レックスとの掛け合いを見ていたユリィら周囲の者たちは揃ってそう思う。というわけで、幼馴染の場違いなじゃれ合いが行われた後。カイトとレックスは改めて横に並び立つ。そうして、カイトが殴られた頬を撫ぜながら軽い感じで呟いた。
「あー……いてぇ……やっぱ拳でお前に挑むんじゃねぇわ」
「お前、昔から拳苦手だもんな」
「うるせぇよ。格闘技苦手なんだよ」
「ま、お前の場合はしゃーないか」
なにかを知っているのか、カイトが拳が苦手という事にレックスは特段不思議には思っていないらしい。そうして二人は戦いとは別の理由で疲労感と感じながら、改めて告げる。
「さてと……とりま、片付けるか」
「おう……で、どうなりゃ勝利?」
「ティナが居るからな。あいつに攻略の切り札作ってもらってる。後一時間以内に出来なけりゃ、何があってもこっちの負けだな」
「りょーかい。とりま潰しまくりゃ良いわけか」
そりゃ、楽で良いな。レックスはカイトの言葉に楽しげに笑う。そうして、先程より遥かに強い闘気が彼の身から放たれた。
「……」
神々しいまでの闘気を身にまとい、レックスは何時もの様に大剣の腹に額を当てる。英雄となった今でも、この癖は治らなかったらしい。それに対して、カイトもまた精神を落ち着ける。これに、レックスが告げた。
「……お前、やっぱ色々変わったな。前は常に抜き身だったろ? お前が帰還した時に見た時はびっくりしたんだ」
「そりゃ、オレはここで生きてるからな……今のオレにはこれが一番だ」
自然体で心を落ち着ける。戦闘前のカイトの何時もの風といえば、何時もの風だ。が、それは彼らが知る由もないもので、カイトの時間経過を理解するには十分だ。そうして、レックスが楽しげに告げた。
「似合ってるぜ」
「あんがとよ……お前が変わったかも見たいんだがな」
二人はまるで学校の帰り道かと思えるほど、軽い様子だった。が、そんな彼らの上では無数の魔物が産み落とされており、まるで豪雨のようだった。
「……じゃ、歴史繋げないとな。俺達とお前らが繋がる未来へ」
「おう……こんな所で負けちゃいられない」
レックスが見得を切る様に前に構え、カイトは肩の力を抜いて戦闘に備える。そうして、紅き英雄と蒼き勇者の闘気が渦巻き、産み落とされる魔物達を消し飛ばしていく。もしかしたら、闘気だけで残り時間を耐えられるかもしれない。そう思えるほどに強大な闘気だった。
「さ、やるか」
「おう」
「「おぉおおおおおおおお!」」
カイトの言葉に、レックスもまた応ずる。そうして、二人は雄叫びを上げて一斉に無数の魔物へと切り込んでいくのだった。
お読み頂きありがとうございました。




